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2013年5月24日 (金)

西日本読者文芸欄から

庭隅の百年前の井戸跡にうす紫のしゃがの花咲く

     小郡  飯田淳子
使ふことなきを埋めたる井戸なれど水神様を踏むをためらふ
     宇美  宮内澄江
  (以上、栗木京子選)
天地(あめつち)のあはひに書簡つばくらめ
   小郡  さやま舞
いろいろの過去を許してひこばゆる
   八女  水町好江
  (以上、秋尾敏選)
伊万里富士大景にして浮寝鳥
   伊万里  原宗次郎
初幟(のぼり)染め抜きし名の天翔ける
   久留米  秋吉鈴子
糸よりも細き春月上りけり
    太宰府  入江眞己子
惜春や壱岐に果てたる曽良の墓
    福岡早  原田初子
筑後路は野仏多し桃の花
    久留米  岡 望
  (星野椿 選)
うわ、もう時間がなくなりました。
あと、伊藤一彦選がのこりました。北川透のえらぶシも。
すみません。ではいってきます。

2013年1月 3日 (木)

お正月の詩歌

初諷経(ふぎん)叡山香を奉る    星野椿

 

元旦の西日本新聞文化面で目をひいた一句です。
ふぎん(ふきん、ふうぎん、ふき、ともいうらしい)という言葉がお初でした。

また、叡山香というのがわかりませんでした。
お香の名前でした。
えいざんこう:http://trickortreatjpapolo.blog.so-net.ne.jp/2011-11-08

  1. ふう‐きん【諷経】-日本国語大辞典

    〔名〕「ふぎん(諷経)」に同じ。 ...
  2. ふ‐ぎ【諷経】-日本国語大辞典

    〔名〕「ふぎん(諷経)」の変化した語。*かた言〔1650〕三「看経諷経を かんき、ふぎ さて此かんきんふぎんは、禅家の名目なりとかや尋侍るべし」 ...
  3. ふ‐ぎん【諷経】-日本国語大辞典

    〔名〕(「きん」は「経」の唐宋音)声を出して経を読むこと。特に、禅宗では仏前の勤行をいう。読経。ふうきん。*正法眼蔵〔1231〜53〕安居「本寮につきて前点諷経す」*言継卿記‐天文四年〔1535〕正月 ...
  4.  

くるくると回る地球にしがみつき
振り飛ばされじと今日も必死に 
        鶴田雪枝(101歳)

若かりし山幸彦を助けたる塩土のをぢ今の世にあらむ

        伊藤一彦

海上の雲を染めつつのぼり来し朝日は波を息づかせをり

        栗木京子

明の春怒涛を矛の雫とも

        秋尾敏

初春を独りいただくものばかり

       森中惠美子 

影たち

    北川透

わたしたちがいなくなったら
その影たちは 束ねられたアルバムや
メモリーカードの中に 閉じ込められて
いつまでも眠り続けているのだろうか

わたしたちがいなくなっても
影たちの呟き 無言の叫び声は
街路の雑踏や食品売り場の喧騒のなかを
ひっそり歩いているのだろうか

たとえば一冊の詩のアンソロジーの中では
大勢の影たちが、雷雨のように激しく
生命と時を打ち続けている

あるいは 青い光の波が苦しげに渦巻く
遥かな糸杉の村の星月夜の絵のように
記憶の底に住みついている影もいる

  (この頁は全部西日本新聞の元旦付から引用しています。)

2012年11月20日 (火)

九年庵・地蔵院の六地蔵を拝す

六地蔵

仁比山護国寺地蔵院にて

永正十四年(1517)のものだと案内板には書かれています。

「御開帳の仁比山護国寺御本尊千手千眼観世音に寄せて」

 

五首

 

       西野いりひ

 

うち仰ぐ蒼穹のなか純白の山茶花いだき銀杏樹の黄金(きん)   

 

巡礼の徒にはあらねど輝ける大銀杏樹の下に平伏す

 

銀杏の黄、紅葉の赫に照り映えて、頑ななまでに白きさざんくわ。

 

行基作観音像の千の御手の一つ一つに万の指の縋らむ

 

青海のやうなる空の神のまみ もみ出づる奥処に裂けて見ゆるは

 

 

2011年7月30日 (土)

子が泣けば

子が泣けば紙すきやめて乳をやり
  寝かしつけてはまた漉く妻よ
 

   八女上妻村の紙漉き歌人  高山道之

子が泣けば父が飯炊く寒燈(かんともし)  
   
  八女市無量壽院にねむる俳人  石橋秀野 
   

たかやまみちし(みちゆき)という歌人のこと、黄櫨誌にも出ていました。
杉山洋先生のブログでもみました。

http://ameblo.jp/yameyobanashi/entry-10959344297.html?frm_src=thumb_module
それでつい。もう秀野の事はかくまいと思いながら、つい。

2011年6月 7日 (火)

梨雲100号序文から 漢詩の歴史~今田述

『梨雲』百号序

 葛飾吟社代表理事   菟庵 今田 述

 「漢詩」という日本語は明治末期まで無かった。手元にある明治45年版の『随鴎集』(森槐南主宰の詩誌)にも漢詩という語は見当たらない。中国では「漢詩」といえば一般には漢代の詩を指す。「漢詩」という日本語は大正初期に創られたらしい。奈良時代以降それまでは単に「詩」であった。西欧のポエムの翻訳が漢字かな混じり文で為され、やがて日本人自身が同様な詩を作るようになる。そして大正時代にそれを「詩」と称し、従来の漢字のみの詩を「漢詩」と称するに到った。
 中国では今日でも詩と詞が格律詩の両輪である。これを所管する国家機関は中華詩誌学会という。日本で古典格律詩の短歌や俳句が愛されているのと同じである。詩詞の本家は中国である。だから外国人がそれを詠むとすれば中国に依拠するのは当然であり、中国の詩人や詩壇との交流こそ基本である。今日わが国に七言絶句を書く人が千人以上いるといわれるが、本家の中国詩壇と交流している人は殆どいない。実は中国で出版されるアンソロジーを見ていると、登場するのは殆ど葛飾吟社詩友の作である。作詞法にも誤解が多い。中国の「起承転合」がわが国で「起承転結」と誤り伝えられている。詩の最後が結句では詩情を盛ることは難しい。
 葛飾吟社の主宰中山栄造先生は、徹底して中国詩壇に学び、中国格律詩の手法を極めた。中国詩人は多くの詩形の抽斗を持つ。現在の日本では、歌人は短歌だけ、俳人は俳句だけ、漢詩人は絶句だけ、と抽斗を一つしか持たない。1997年葛飾吟社で「中山栄造短詩研討会に参加したとき、林林翁が中山先生編纂の『詩詞譜』を絶賛して、「日本では詩を詠む人はいるが、詞を詠む人は殆ど居ない。先生は詞の普及を目指すといい。」と語った。葛飾吟社の社友は、皆この教えを守り多くの抽斗を用いている。
 その中で、1980年に創設された新詩形「漢俳」は、日中両国の文化交流の観点から特筆すべきだろう。これは蘇山人以来、百年にわたる中国人の俳句研究の結果生まれた詩形である。漢俳は今世紀に入るころから民間で急速に認知され、民衆詩の様相を持つに到った。ケータイの普及によるメール便が後押ししたという。2005年、中国政府は漢俳学会を設立し劉徳有先生が会長に就任された。発足祝賀会に中山主宰と筆者が、俳句界の金子兜太、有馬朗人氏らとともに招聘された。その後、温家宝首相はじめ多くの政府要人が来日するたびに自作漢俳が日本への敬意表明に献呈されている。しかし漢俳界も俳句界も関心が薄いのは遺憾である。
 この梨雲百号は、その間を通じて、葛飾吟社が中国と交流し、真の中国格律詩を学び、制作してきた集大成である。その間多くの中国詩人の暖かい支援を得た。最大のイベントは2002年の林岫女史と鄭民欽先生の来日講演会である。今回も多くの中国詩人が作品を寄せられた。そのご厚意に心よりお礼申し上げる。日本の現代漢詩人の多くは、李白や杜甫を追って現代中国には背を向けているように見える。しかし俳句や短歌が古典確立を用いても現代の感激を詠うように、中国の格律を用いても現代人は現代を詠うしかない。この一冊がその指針になることを願ってやまない。

梨雲創刊号:2001年4月発行

梨雲100号



梨雲百号:2011年4月発行

作品から

白堤  
  
   詩号  菟庵(今田 述)

白堤放風筝     訳) 白堤風筝(たこ)を放つ
蕉翁魄今天上漂     蕉翁の魄 今 天上を漂い
追慕西施情        追慕せん、西施の情を

鎮江

  菟庵

桐花谷底開    桐花 谷底に開く
莫非呉母媒劉備 呉母 劉備を媒せしを 非する莫れ
紫煙春意濃    紫煙 春意濃し

長江渡輪(フェリー)二首

   菟庵

渡輪發揚州  渡輪(フェリー)揚州を発つ
満載大蒜貨敞車  大蒜を満載せり 貨敞車
一気過長江     一気に長江を過ぐ

渡輪解纜縄     フェリー  纜縄(らんじょう)を解く
忽地眼前浮鑑真  忽ち眼前に浮かぶ鑑真
幻影在春中     幻影 春の中にあり

2011年6月 6日 (月)

桃仙人のうた

桃仙人  

   西野いりひ

桃の木の根の虚(うろ)に棲む仙人は白き眉毛の垂れてをるなり
口ゆるび眠りこけたる仙人の喉の真洞に桃の実れる
桃の実のまだ稚なくてうすみどり割れ目もいまだ刻まれぬまま
白桃のふとる夜の音ぴちぴちと魚が跳ねる娘が跳ねる
桃の木に夕日がもえる金焦土この世いつまで裏返る亀

うたのうまれた場所・・・山下整子ブログ『31文字倉庫』
http://tanka-souko.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post-b1f4.html

2011年5月18日 (水)

『訪れ』

訪れ 

  姫野恭子

黄色の水仙が
固い蕾を解き始めた三月の朝
春一番は突然に
大きな風を巻き
たくさんの雨を降らせ
稲妻を地にはべらせた

いまの雷どこに落ちた・・・?
「黒土じゃろうのう・・」
ふいにじっちゃんの声がする
昔 かみなりが鳴り始めると
どんな農作業をしていても
ほっぽりだして家に駆け込み
茂平じっちゃんは
神棚のしたに隠れたっけ

不思議なことに雷はいつも
くろつちという村に落ちた
雷が落ちるたび土が焦げるから
こんな地名がついたのだろうか
そこには昔から
雷神様を祀る祠があった

永いこと雷神さまは
風雨に晒されていたので
珍しい朝鮮風の
赤松で彫られた像は白っぽくなり
村人の目に
とってもみすぼらしく映った

村人は皆で話し合って浄財を募り
この素朴な像に彩色を施し
ちっぽけなお堂の奥に
ガラス戸を付けて
丁重に収納した

古色蒼然として
気骨のある
野武士みたいだった雷神さまは
ドサ廻りの旅役者のように
思い切り派手な化粧を塗られて
泣きたいような
笑いたいような
怒り出したいような
そんな神妙な表情に見えた

星野川支流の山の井用水で泳いでいると
突然
夕立がくる
夏休みも半ばを過ぎるころ
笹藪の後ろの田んぼに
ぼつぼつと太い雨玉が刺さり
みるみるうちに
澄んだ川が濁流に変わる
ちかくの椎や欅で鳴いていた蝉の声も
鳥の囀りも止み
ただ雨の音 水の音 雷の音
祭りのような嵐の匂い

少女をすり抜けてゆく
生温かい汚れた水
さっきまで一緒に泳いでいた
どこかよその村の子どもたちも
メダカやフナたちも
ちりぢりになって退散する

黒土にしか雷さんは落ちんとよ・・・
いつしか増水した川は
十三歳になったばかりの少女を
力尽くで押し流そうとする

「こん横道者が!はよ逃げんか!」
不意に 死んだじっちゃんの声がして
シャリシャリカキーン
雷が落ちたー

くろつちの雷神さまの方角だ

雨脚が緩くなる
妙によそよそしげに吹く風が寒い
紺色の水着のかすかな胸の隆起が
ちくちくと痛くて少女は
乳首に触れぬよう水着を摑んだままで
ぬるぬるした川藻の土手を蹴り上がる

その夜少女は夢を見た
あの旅役者の雷神さまが燃えている夢
翌朝 
少女に初潮が訪れた

『俳句ざうるす』平成5年?6年?の春の号より引用。
鍬塚聰子さんよりコピーが送られてきました。
ありがとうございます。
なつかしい。
少女時代も、俳句を始めたばかりのざうるすの時代も。

俳句ざうるすで、連句のおっしょさんとであった。
それが窪田薫先生であり、先生からたくさんの連句の本とれぎおんをいただき、私は夢中になりました。

ところで、この自分のつたない詩をよんで、おなじくらいの長さの、福島の詩人の詩をおもいだした。なぜかといえば、原発のことがきになってわざわざ買った週刊誌の一冊に引用されていたからです。さすが一流週刊誌の記者になると、ちがうな。とびっくりしたことをわすれない。それは草野比佐男の『村の女は眠れない』という詩です。なにもない地方、農閑期、おとこたちは仕事を求めて街へ出ていく。残された妻たちの切なさを歌って秀逸でした。
かささぎはこの詩人を何で知ったかといえば、日本農業新聞でです。
米作農家だったころ、(ついこないだまでそうだった)一時期読んでいました。
ちょうど朝日の折々のうた、みたいな詩歌の欄があり、その担当者でした。
私の句もひとつご紹介してくださった。

ぜんたーいとまれ 遠くで虫すだく   恭子

亡くなられました。お悔やみもうしあげます。合掌。

2011年4月14日 (木)

保健医療経営大学英語公開講座開講式あいさつ

保健医療経営大学学長

  橋爪 章

2011 年 4 月 14 日 英語公開講座開講式
夕桜

昨夕、佐藤教授による英語公開講座の開講式があり、次のようなあいさつをしました。

保健医療経営大学は、開学4年目を迎えました。
本学は、社会の役に立つ人材を育成することを目的に設立しましたので、世界に視野を広げ、かつ、コミュニケーション能力、洞察力を醸成する教科として、外国語教育の重要性に着目し、開学にあたり、本学の教育理念を実現していただける佐藤哲三教授*をお招きしました。
本学はまだ学生数が少ないため、宝の持ち腐れとならないよう、開学年より、この英語公開講座を開講し、宝を広く市民へ開放しています。
今年は、この公開講座も4年目ということになりますが、佐藤教授は本学学生への教育と同じく、語学学習の真髄を教えてくださいますので、充実した学習ができると思います。
ここで、受講生の皆さんに、学長としてお願いがあります。
皆さんの身近に、英語に興味がある生徒さん、英語を生かせる進路を希望している生徒さんがおられましたら、遠くの大学の英文科に行かなくても、地元に、英文科よりもはるかに実用性に富んだ英語教育を提供している大学があるということを教えてあげてください。

本学は、保健医療の経営を教える大学ですが、卒業後、社会人となって、どんな状況下にあっても能力が発揮できる人間を育てることが教育の主眼です。
本学のPRとなってしまいましたが、これからも社会の役に立つ大学として地域貢献を心がけてゆきたく存じますので、よろしくお願いいたします。

(保健医療経営大学『学長のひとりごと』転載)

▼佐藤哲三教授のご紹介、ひとこと。

英語教育に命を懸ける人。三度のめしより英語の宿題問題づくりに精魂かたむけている。(にちがいない)。

▼かささぎの旗でサトーせんせの記事を読む。

1、保健医療経営大学で学ぶ:

http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2008/08/post_d8f8.html

最後に最近付け足したコメントから

『 アブラハム・リンカーンは、友人宅に滞在し、その友人から借りた便箋でゲティスバーグ演説を書き上げた。
 アーネスト・ヘミングウェイは、普通のペンで数々の傑作を遺した。タイピストがいたそうだが、それは晩年の話だ。
 ヴァン・ゴッホは、6色以上使って絵を描くことはまずなかった。』
『オリジナル・ワンな生き方』Hugh Macleud(ヒュー・マクラウド)著、青木高夫訳より引用。(長男の本です)。連句的につけたしておきます。ここと↓、よく読まれているようなので、おまけです。笑。

2、保健医療経営大学・英語の公開講座にて

http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/post-bf52.html

3、let's 俳句を英語に

http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/lets-a055.html

4、君も魚われも魚なり  英語詩1

http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-f98c.html

5、英語俳句

http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-d85d.html

6、英語俳句3

http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-8555.html

7、英語俳句その4 蕪村の琵琶

http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-f456.html

おまけ:詩「蕪村の俳諧」鈴木漠(連句人・詩人)
http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-66a5.html

8、芭蕉の櫻 英語俳句5

http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/post-8165.html

9.hのあるジョン、hのないジョン

http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/hh-5ddb.html

10、夕桜

http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-b771.html

(上掲の写真を学長の本文にも引用しました。)

▼かささぎの独り言

探してまとめてみました。ちょうど十個ぶんありました。
編集していて、とてもおもしろかった。

あと、忘年会写真もありますが、個人情報なのでカット。(笑)

読み返して新鮮だったのは、英語俳句。
へたほどおもしろいんだな、とわれながら思って。
なるべく、恋句をやろうと思ってた。
だってさ。ガッコウ教育なんて、こちんこちんでしょ。
色気あるやわらかい方が楽しいに決まっている。

連句的にふとおもった。

大学生に連句を導入したら、西洋人とは異なる「暗黙のコミュニケーション能力」が数段あがるし、人生のすべてが学べる。
(学長、大学に連句、どうすか。)

かささぎ、働かねば食っていけず、で、暇がなくなり、今講座受講ができない。
だけど、連句仲間の澄たからさんから折に触れ、みなさまの話、先生の話、お聞きしております。頑張っておられるご様子、悲鳴をあげつつも、実力がきっちりついていってるんだな。と傍からじわじわと感知できますよ、たからさん。

あのさ。かささぎみたいに、短大で英語を学び、結局8年も英語を学んだのに、話せないって人はものすごく多いはずです。経験がないのもあるけど、でも、やはり基本は勉強する以外ないのですよね。時間をかけて。それしかない。

話す、理解する、文法もわかる。

これが、佐藤哲三教授の教授法なら、身に付きます。
いやでも宿題をしていかねばならなくなるから。笑。

でも、それが苦ではなくなります。ご安心ください。

以上、かささぎの旗より、応援メッセージでした。

2011年4月 6日 (水)

かくも切羽つまったときに

「今朝6時前に岸壁割れ目からの漏水は完全に止まったと8時のニュースがあった。(8時半追記)

4日夜に始まった低レベル汚染水の海への放出は、わたしも“突然のこと”で少々驚いた。韓国・ロシアなどが驚いて抗議するのは当然だと思う。わたしの感じた疑問は、このことが、時間を争うようなそんなにせっぱ詰まった状況になっていたのかということだ。各国へ、十分な合理的な理由を書面で述べて通告した上で日本の国内法に従って実行する、という手順を踏む数時間さえ待てない状況だったか、ということだ。この点の説明は、まだ、ないと思う。
また、日本国民むけ、特に当該海域の漁業者に対して通告し、東電・政府が共同で説明の記者会見をしたうえで実施してしかるべきであった。被害者は国民であるという認識がおろそかになっていると感じた。」http://www.ne.jp/asahi/kibono/sumika/index.htm

「き坊の近況」大江希望さんの今朝のブログから引用させていただきました。

※ところで、「低レベル汚染水」というのは正しい表現でしょうか?
こちらのブログのあるじ↓は、高レベル汚染水と書かれています。
http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2011/04/post-66e5.html

昨日参照につけたファクタ編集長・阿部重夫氏とジャーナリスト・手嶋龍一氏による福島原発対談(四月四日付)、これは読みごたえがありますのでぜひご一読をお願いいたします。
時系列をおって、何が起き、政府や東電が何をなし、どこに問題点があるかを、現在わかる範囲でびしっとおさえておられるので、全体がよくわかります。全体のなかの日本がよくみえる。http://facta.co.jp/blog/archives/20110404001000.html

そのもっとも印象的な部分を抄出いたしますと、

手嶋 いま日本の政治指導部は、国内だけでなく、国際社会との対話、つまり真摯なコミュニケーションを取れずにいます。日本のフクシマではいま、尋常ならざる事態が起きつつある、と諸外国は疑いの眼差しを向けている。アメリカの統帥部は、第7艦隊の隷下にいた原子力空母「ロナルド・レーガン」を真っ先に東北沖に急派した。むろん、日本を助けたいという善意から出ていることは間違いないのですが、心臓部に原子炉を内蔵した原子力空母「ロナルド・レーガン」を真っ先に差し向けた、その意図はもう少し複雑です。

実は母港のサン・ディエゴに係留されていた「ロナルド・レーガン」に乗せてもらったことがあります。まず見せてくれたのは、炉心溶融が起こった時に対応する防護チームでした。そういう危機対応チームが控えている船員を乗せた原子力空母を差し向けたアメリカの真意はもうお分かりでしょう。

阿部 メルトダウンを起こす可能性について、当事者である日本政府よりも、アメリカのほうが早くその可能性を考えて、ロナルドレーガン空母を派遣したととうことですね。

手嶋 ええ、これほどの危機に立ち向かう日本の政治指導部そのものがメルトダウンしているのではないかと疑っているのでしょう。「アメリカがお手を貸しましょう」と申し入れたのですが、菅内閣はこれを事実上拒否してしまう。ワシントンで正式な外交ルートを通じて日本側に打診したのですが、日本側は明確な返答をしなかったようです。

※お二人の対談中、出てきた専門用語、パーシャルメルトダウン(部分的炉心溶融)。
世界はそう見ているし、実際にそうなんだろうと思われます。でもそういうことは口がさけてもだれもいいませんね。なにもみなかったことにしよう、とでもいうように。

現総理のもとで働いていた前歴をもつ元官僚の言葉を記録する仕事をずっとやってきたかささぎの旗は、手嶋龍一さんの発された、「国民はパニックを起こさなかったが、官邸のほうはメルトダウンしかけている」、という言葉が元官僚が折に触れて発されたさまざまなことばと重なり、じつに真に迫って感じられます。一国の代表とはいつだってどんな人だって叩かれるものではございますが、かくも「ふつうのひと」であった総理には、悲痛な痛々しさしか感じません。まるでかがみにうつったじぶんのすがたをみるようで。そんなかんじであります。

春潮

    西野いりひ

ありとある国と生きとし生くるものわれらの中をめぐり春潮
三陸の若布あじはふ夕鳥の肢に絡まる日知り沖つ藻
底(そこえ)には雪嶺あると人の言ふおほわだつみに咲け紫荊(はなずはう)

2011年3月 5日 (土)

北原白秋の写生の一首

この歌に遭遇したのは、神田の書店が送ってくれたカタログの中。

なにかどこかが印象深く、仕事が手すきのときにメモ紙に書き写してました。

バッグの中を整理してたら、それがくしゃくしゃになって出てきたのです。

強霜の朝の畑、それも小川近くの、が、浮かんできます。
深紫の首長のかもが、まるでたおやかな女性であるかのよう。

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