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2017年8月30日 (水)

モリモリ森山さんの評論集、出た。

モリモリ森山さんの評論集、出た。
モリモリ森山さんの評論集、出た。
モリモリ森山さんの評論集、出た。

2017年7月 4日 (火)

横山康夫句集 往還

横山康夫句集   往還


往還や夕かなかなのひとしきり


おーかんとは、作者には中津日田往還という歴史的な
道を指すのであろうかと思えます。
が、特定の道ではなくとも、古くて広さもある道は
往還と呼ばれていたようです。
今でもわが母などは、おーかんばたに◯◯があったはずが、
などということがありますから、まだ死語にはなりきっていないようです。

さて、
おなじ日に偶然目にした御説法のなかに、
似たことばが出ていて、だけど難解であまり分からないのですが、

水月さんの仏法ブログより引用します。


おそらく幼い子供一人残して、此の世を去らねばならなかったお母さんの心は、どんなにかつらく悲しかったかしれません。それを慰め、支えてくれたのは、阿弥陀仏の救いのみことばでした。この子と別れるのではなくて、この子の生涯を支え導き護ることのできる還相の菩薩とならせていただくとお聞かせにあずかったことでした。親鸞聖人が、
  南無阿弥陀仏の回向の
   恩徳広大不思議にて
   往相回向の利益には
   還相回向に回入せり
とたたえられたのもそのこころでした。

2016年5月14日 (土)

もりもり森山さんがアジる句集


句集 無私の法を以て衆生にそそぐ

森山光章著 より

2016年5月13日 (金)

石積みの棚田を六月降りてくる   中山宙虫さんの一句

コメント

草刈りをしたくなくてねえ

草刈り機は使えません おそろし。

このところすげえ勢いで伸びてくる、竹をちょんぎるのみ。

草刈機、慣れないと怖いよ。
用心しないと大きな事故につながると思ってます。
草の勢いがはんぱない。

棚田って、下から作るでしょう?
違うの?

あたしは上から水を落としてくのだと思っていた。
高いところから低いところへ移動するのが水だから。

石積みの棚田を六月降りてくる 中山宙虫

いまかくにん。これ、いい句ですね、。
棚田はみんな石積みじゃろ。なんていわない、いわない。
棚田から水がこぼれ落ちて六月の梅雨入りとなるみたいな。

2015年12月28日 (月)

祝上梓 句集『陶器の馬』 舛田傜子・著

祝上梓  句集『陶器の馬』

母よ秋
陶器の馬の
足折れて     舛田傜子

祝上梓  句集『陶器の馬』

祝上梓  句集『陶器の馬』

2015年7月31日 (金)

うだるよなあつさのなかのまことの忌

まこと忌や緑ふかまりゆく歌仙  

貞永まこと句集ひもとく七月尽

貞永まこと句集より不肖かささぎの旗の選句

 

嫁姑双璧として緑濃し

 

山ざくら産めと云い張る岩のこえ

 

労農の血をまたぎゆくつばくらめ

 

下萌えや祖は足軽のふくらはぎ

その森の深さとなりしもずの眼の

子は転び再び転び草若葉

汽車一輌一輌づつの枯野くる

耳を殺ぎ目も閉じ他郷に春ななめ

孤絶して新芽に埋めし里心

 

春あらし人になつかぬ海のいろ

 

寒風や京嵐山の詩集売り

 

新兵は雪の匂いで訛りけり

 

鰯雲いきてかえらぬ羽をつけ

 

海添いに海の訛りや夏来たる

 

雪ふるや少しすき間のあるからだ

 

白椿ひとは其の死をさらしけり

 

古井戸や三井三池の草いきれ

 

のびる摘む水子に放屁させてから

 

ゆく秋の墨色うすき隷書体

 

万緑や十一枚目の診察券

 

肉親や月夜の蓋をうごかして

 

茄子の紺われ等の水子ありしこと

 

 梅雨ながしブルーカラーの昼の酒 

夕焼や親なき赤胴鈴之助

 

男にも旧姓やあり鰯雲

 

子を叱る我を見ている扇風機

 

暮遅し旅の子役の声がわり

 

ふゆざれよやまとことばよメルトダウン

 

石投げて落ちてこぬまま秋のそら

あかどうすずのすけ:http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/shouka/akadousuzunosuke.html

2014年9月 8日 (月)

句集 『実には在れども滅すと言ふ』

題名、法華経の如来寿量品からって。

モリモリ森山さんの八冊目句集、そのタイトルに注目!

『句集 実には在れども滅すと言ふ』  森山光章

法華経如来寿量品第十六

自我偈 真読

為凡夫顛倒 実在而言滅

訓 読

狂子を治せんが為の故に 実には在れども而も死すというに 

(引用元:http://www.kujhoji.or.jp/noframe/sub14_2.htm)

ほかに参照;http://www.geocities.jp/kokoronoshikumi/hokekyo.016.html

寿量品』は、法華経の中において、もっとも肝要な一品であるとともに仏教全体の眼目となるのです。
・・・・と書かれています。

水月さんに講義してもらいたいものです。この「実在而言滅」について。

2014年5月 2日 (金)

薔薇の門と男のこころざし

薔薇の門と男のこころざし

渡り鳥わたしひとりの晩ごはん   澤 好摩

子の茶碗つぼめ西日をきりかへす   石橋秀野

裏窓の雪富士男のこころざし    澤 好摩

風花やかなしびふるき山の形(なり)  石橋秀野

薔薇の門と男のこころざし

我つねに我を置き去る薔薇の門     澤 好摩

たとい 一生を盡くしてでも
遇わなければならぬ
一人の人がいる
それは 我が身自身である     ー藤代聡麿ー

  澤 好摩句は、句集 『光源』より引用しました。
  石橋秀野句は、創元社『句文集 櫻濃く』初版本からの引用です。
  藤代としまろ師のことばは、我が家の菩提寺、安楽山浄徳寺師の三月のお彼岸のご案内に書かれていたことばで、「藤代聡麿先生法語集」からとあります。

恋句

恋句

恋句

句集『光源』 澤好摩・著

2014年5月 1日 (木)

みだりがはしき三句

みだりがはしき三句

想ふとき故人はありぬ遠白波   澤 好摩

 想太き、とは何ぞ。
想念が人より太いのだろうか。
だから死してなおオーラが強く、いまもその人を思うと、まるで思いに応えるかのように、ほら。むこうの沖に白波がたったよ。

(と、最初はこんなアホな読みをしていた。あながち、間違いではないだろう。)

  
みだりがはしき三句

裏町のみだりがはしき芙蓉かな    澤 好摩

 先日から本願寺派の僧、水月師とああでもないこうでもないと論じている、そして論じれば論じるほど、なぜかなつかしい、親鸞が御上(後鳥羽院か)に書き送った奏状にあった、「みだりがはしき(猥)」が強烈に残像として生きているため、これがまっすぐ目に飛び込んできた。
裏町を歩いていると、庭先の芙蓉が目にとまった。どぎつい桃色であった、しどけない娼婦のように思えた。。。という読みが一つ浮かぶ。
連想句として、摂津幸彦の次の句が浮かんだ。

露地裏を夜汽車と思ふ金魚かな   攝津幸彦

みだりがはしき三句

凭るるは柱がよけれ妹よ    澤 好摩

この柱は俳句の詩形をさすだろう。
どんなどでかい妹でも倒れんめや。
(※この「~めや」、今でもヤメでは生きている、方言として。)

ほかに、印象にのこった句に、追悼句があります。
ここに紹介したいのですが、あいにく句集を工場に忘れてきました。
影まで酔ひて駅の戒壇に消えてゆく、というような句でした。すみません。
石橋秀野に、雪の銀座の一句あり。
宴が果てれば論も果てたり雪の銀座
だったっけ。ああいいかげんだなあ。わすれてしまった。
さけものまんのに、こまったことだ。

そうそう。煙草吸う、という句がありましたよね。場は機だというよな一瞬の隙をつく。
そうそう。ここらへんでは、たばこは「のむ」というのです。
(たばこは飲んだらいかんでしょう。)

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