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2017年3月28日 (火)

くめんいも、てのは、ヤツガシラだったよ。

くめんいも、てのは、ヤツガシラだったよ。

2017年3月 8日 (水)

墨作二郎点鐘主宰の死と遺句集

墨作二郎点鐘主宰の死と遺句集
墨作二郎点鐘主宰の死と遺句集
墨作二郎点鐘主宰の死と遺句集
墨作二郎点鐘主宰の死と遺句集


隔月できちんと届けられていた点鐘誌が、
ことしはまだ来てないぞ。
どうしたのかな。スミサクさんはご病気なんだろか、
と案じていた。

 身ひとつの鳰のうきすや置き巨燵

この古句みたいな感じで、
分厚いドテラを着たスミサクさんが、
こたつにすっぽり入って、編集後記を書きながら
絶命されたという。
営々と成し遂げてこられた川柳の読みと詠み、
その三十年という長い編集人生の途上で、
最期までペンを握ったままで息をひきとられた。

享年九十。

かささぎの旗子は
その生き方がガバガバ羨ましく、妬ましく
だれがご冥福やら祈るか、大往生やんか、とおもった。

しかし、
やはりさみしい。

川柳家墨作二郎先生のご冥福をお祈り致します。

2017年2月23日 (木)

ゆうメールとクロネコ便

ゆうメールとクロネコ便

2016年10月29日 (土)

まゆみとゆかり

まゆみとゆかり

俳句誌 円錐70号より

だん、という漢字は、まゆみ、でしたね。


関係ないはなしですが。
梱包係りのかささぎは、たくさんの種類のテープを使います。
この紫のテープは、正式には、養生テープゆかり、といいます。
バイオレットやむらさきではなく、ゆかりと名付けたところに、テープ製造職人の心を感じる。

2016年10月 3日 (月)

くまたじんじゃ、て。れぎおんが懐かしい。

くまたじんじゃ、て。れぎおんが懐かしい。

2016年6月 1日 (水)

三誌

さんし
さんし
さんし

2015年12月 5日 (土)

澤好摩の渋さ

澤好摩の渋さ

澤好摩の渋さ

2015年10月 7日 (水)

ゴワゴワで痛くて

ゴワゴワで痛くて

墨作二郎発行『点鐘』 172号より

  海老名市  やまぐち珠美

迷走

父には父の褪せた晩鐘 マリア像
掌に深く刻む 濁世の西遊記
胡瓜の棘疼く無数のナルシズム
子を捨てた親に聖書の紙おむつ
泣けぬまま目の眩むまま海光る
融点になるまで黒い迷走図

▽かささぎのふかい感動

仕事休みのわずかな時間に点鐘をひらいた。

「聖書の紙おむつ」に目が釘付けとなる。

かみおしめとして人の尻にあてがわれるのは、聖書にとって、有史以来はじめての経験だろう。

いたくて、こころでないた。

2015年10月 6日 (火)

点鐘の折癖に反る志功板勁

点鐘の折癖にのる志功板勁

2015年10月 3日 (土)

これが正確なマチガイとヨミです。

これが正確なマチガイとヨミです。

落日をゆく 落日をゆく 真赤(あか)い中隊  富澤赤黄男

 評者: 澤 好摩

 昭和三十九年十一月下旬、東京オリンピックの
ほとぼりもさめらやぬ頃、第一回全国学生俳句連
盟大会が山梨県都留市の都留文科大学で行われ
た。このことは幾度も触れたので、詳しくは繰り
返さない。ただ一日目の行事が全て終わったあ
と、都留大の俳句会会員の各下宿に文宿というこ
とになった。私と坪内稔典を含む四、五人が都留
大俳句会の会長の六畳一間の下宿に泊まった。
炬燵を囲んでの俳句談義が真白に霜の下りる未明ま
で続いたのを憶えている。その時、坪内が、わが
郷里からは富澤赤黄男という俳人が出て、「落日
をゆく 落日をゆく 真赤い中隊」などという句を
書いていると紹介した。冨澤赤黄男のどの句集に
も採録されていない句だが、私はこの句から感電
したかのようなショックを受けた。当時、私は
大学二年生だったが、わが俳句会は写生句が殆ど
で、私の貧しい俳句認識からは、こんな句のある
事が信じられなかったのである。私が俳句に惹
かれるようになるキッカケが、まさにこの句だった。

以後の大学生活は俳句が中心となり、各大学の
俳句会との交流をしているうちに、学生生活は
終わった。富澤赤黄男への関心は、やがて高屋窓秋
、渡邊白泉といった新興俳句の作家たちに及び、
また、二十代に出逢い、かつ、指導を仰いだ俳人も、
伊丹三樹彦、桂信子、高柳重信と、みな新興俳句の
流れを汲む俳人だった。
まことに私の俳句覚醒の一句が、極私的昭和俳句
ということになる。

 俳句誌『円錐』66号43頁転載
特集・昭和が遠くなりません

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