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2014年6月10日 (火)

豊福坂を越えれば1972年の豊旗雲

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またくらにやまなみいつさつかこひこむ

豊福坂を越えれば1972年の豊旗雲

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豊福坂ととびかた山

2012年8月22日 (水)

大いならざるを

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2006年9月16日 (土)

切字論、川本皓嗣 4-1

                                    4

 和歌の切字というものは別として、連歌の切字に関するくわしい議論は、南北朝時代の二条良基に端を発し、救済、宗砌(そうぜい)、心敬らを経て、『専順法限之詞秘之事(せんじゅんほうげんのことばひのこと)』(写本、専順著か。専順は室町から戦国時代にかけての連歌師)に至って、その形を整えたという。専順の「発句切字十八之事」は、伝宗祇の「白髪集」に受け継がれたが、その後、時代を下るにつれて、切字の数はだんだん増えていく傾向を示す。

 専順のいう十八の切字を品詞別にまとめると、「かな」「もかな(もがな)」「か」「よ」「そ(ぞ)」「や」が助詞、「けり」「らむ(らん)」「す(ず)」「つ」「ぬ」「じ」が助動詞である。しかし一方、「し」は形容詞終止形の語尾(青)、そして「せ」「れ」「へ」「け」は、いずれも動詞命令形の語尾(尽く、氷、散りそ、吹)にすぎない。そして「に」も、助詞ではなく「いかに」の「に」、つまり疑問の副詞の語尾である。

 今日の目から見れば、あまり分類の統一がとれているとはいえないが、用例に照らせば意図は明らかである。また動詞命令形の語尾ならば、この四つの他にいくらもあるが(立、歩、往)、もっとも頻度の多いもの四つに代表させた形だろう。言うまでもないが、この十八字はいつでも切字になるわけではなく、用法や位置によって、そうならないこともある。またこうした「てには」以外に、名詞を切字のように用いることもできるが、近代以前には、それを切字とは呼んでいない。

 ここには、いくつかの問題がある。まず浅野氏は、芭蕉の「蕣(あさがほ)昼は錠(ぢやう)おろす門(もん)の垣」に見られるような、詠嘆の間投助詞「や」を切字と認めるが、

  物ごとに道あらたまるけふの春   晶叱(しょうしつ)

のように、疑問の意をもつ係助詞の「や」は、切字ではないとする。というのはむろん、「道や」の直後に大きな意味の切れ目がなく、「や」の係り結びによって、「あらたまる」までそのまま文が続いていくからである。だから、この句は「例としても適切でなく、この例をあげた切字観もおだやかでない」という。この句例は江戸時代の『暁山集(ぎょうざんしゅう)』(元禄一三、1700)から引かれたものだが、ただここでふしぎなのは、伝専順の『詞秘之事』や編者未詳の『白髪集』でもやはり、「や」の用例の代表として、わざわざ係助詞と見えるような句(「露や色花の木ぬれの朝ぼらけ」。二書に小異あり)が挙げられていることである。そして『白髪集』の切字解説の部分にも、「や。うたかひの詞」と記されている。

 「や」については、伝統的に「七つのや」と呼ばれる詳細な分類が行われているが、『白髪集』の解説には、この「疑utagaiのや」のほか、同様に係助詞に類するいくつかの「や」が、例句とともに列記されている。むろん、浅野氏が認める詠嘆の間投助詞に当たりそうな「切kiruや」も挙がっているが、これについても、「うたかひものにもかよふべし。又知らぬにも似たり」とあるのが注意をひく。つまり詠嘆の「や」にさえも、係助詞のような疑問の語気を感じ取っているらしい。(4-2につづく。)

※ ここを入力中、芭蕉の句、「蕣(あさがほ)や昼は錠おろす門の垣」に、石橋秀野がにおいづけのようにして詠んでいる句をおもった。昭和16年「菖蒲湯へ罷りし留守のかどの錠」「朝顔の咲き放題にいつも留守」。ほかにも秀野の句には芭蕉の句と蕪村の句の面影がある句がいくつもあり、夫の山本健吉の影響もあったんだろうなあと思ったりする。純粋な古典の血統をまっすぐにひく魅力。それが俳人石橋秀野の最大の魅力である。

2006年9月15日 (金)

切字論と寺山修司

「切字論」川本皓嗣・著を書き写しております。切字きれじというわりには、共通の認識がないような気がずっとありました。俳句をはじめて十五年ほどたちますが、最初に知る切字の「かな、や、けり」、批評のときによく目にする「句に切れがないから深みがない」ということば、はたまた、たった17音の俳句の途中に切れを作るということの意味。そういえば、いつか書いた川柳家・倉本朝世についての文に、川柳と俳句についての素直で深い意見を述べていた青森高校三年生だったころの寺山修司の文をかなりの量、引用した記憶がある。ちょっと待って、さがします。http://www.geocities.jp/nomark6061/toge8.htm(倉本朝世「no mark」あざみのとげ7と8の8のほう)。この冒頭の二十行ほどが修司の書いた文章ですが、彼は高校生ですでに切字とは何か、そこらのちゅうくらい有名な俳人よりわかっていて、というよりむしろ切字とはなにかを必死で考えたあとが歴然と認められることに、たいそう驚かされます。十七歳の彼は文字ではなく、断層そのもの、虚空そのものを切字ととらえている。

私も切字とはなにか、さっぱりわかりません。

それを深く考えて、腑分けして、きっちりつめてくださった川本皓嗣 という人の仕事を、とても素晴らしいと思います。ということで、ぼちぼち続けます。(朝世さん。引用ありがとうございました。)

2006年9月14日 (木)

切字論、川本皓嗣 3-2

9/9からのつづきです。間があいてしまいました。おまたせしました。

 試みに『菟玖波集つくばしゅう』(延文一、1356)に収められた発句を例にとって見ると、句末に切字がくるもの、たとえば、

  風ふけば花にちりそふ心かな    道生(どうしょう)法師
    さゆる夜は風と月とにふけにけり  救済(きゅうせい)法師
  水をせき月をたたへて夏もなし   二条良基(よしもと)

 などは、一句のなかに、いかなる文体上・意味上の対立や矛盾も見られない(「夏もなし」は、〈夏の暑さも忘れてしまう〉の意)。言い換えれば、「情緒の複雑さ」も「重量感」もない。

 また、句の途中に切字があるものについてさえも、事情はほとんど変わらない。

  日にそへて青葉になりぬ遅ざくら    道生法師
  雲かへり風しづまりぬ秋の雨      救済法師
  なけばこそ名はのこりけれほととぎす   同

ここでもやはり、切字を境として、その前後ではっきり文脈が変わるわけではない(「なけばこそ」の句は、〈時鳥は鳴くから尊いのに、なぜ鳴かないのだ〉の意)。また、『新撰菟玖波集』(明応四、1495)に目を転じても、切字の種類や用法は『菟玖波集』よりずっと多彩になるとはいえ、切字があるから句が二段構えになるとか、切字がないからことさらに意味が重層化されるということはない。切字の目的は一句の完結性を保証することにあるが、それはあくまでも形式上の問題で浅野氏のように、「内容の重量感」の問題を持ち出すのは、やはり切字にこだわるあまりの本末転倒だという他はない。

 それでは、なぜこういう論理の矛盾をおかしてまで、切字と二句一章の相関性がたえず力説されるのだろうか。その要因は発句を独立させるという切字本来の任務が見失われたためではけっしてなく、むしろ切字が句中と句末の両方に出現するという、ふしぎな事実のせいだろう。たとえば、「風ふけば花にちりそふ心かな」の「かな」のように、句末にくる切字が一句を後続の句から「切り離す」働きをもつことは、すぐにわかる。しかし、「日にそへて青葉になりぬ・遅ざくら」の切字「ぬ」が、句の途中にありながら、この句を「切る」というのはいったいどういうことか、うまく説明がつかない。ここに、切字がその名のとおり、一句を二つに「切り分ける」ものだという、はじめから内部に矛盾をはらんだ解釈が生まれる素地がある。

 しかもこの解釈は、近代に始まったものではない。すでに江戸時代の俳論書にも、ときおり同じような思い込みが見られ、議論の混乱に輪をかけている。切字が発句の独立を支えるという、ひろく認められた事実を明らかにするためには、ぜひとも句中の切字という奇妙な現象を説明しなければならない。これは逃れようのない問題であって、その点があいまいにされているために、切字論がはなはだ歯切れの悪いものになるか、あるいは浅野説に見られるような矛盾を招くことになる。もっとも浅野氏は、内部の齟齬はともかく、一方の見方を厳密に突き詰めたという点で、貴重な貢献を果たしたと言えるだろう。 

※ 文中、何度も浅野氏の、と出ておりますが、浅野信『切字の研究』(1962)を指します。

2006年9月 9日 (土)

切字論、川本皓嗣 3-1

今年中にすべて打ち込もうと思っているのですが、川本皓嗣のヒット作「切字論」、9/5付、当ブログ記事続きです。右のカテゴリー欄の「切字論」をクリックすると、これまでに打ち込んだ分が読めます。

                  3

  連歌時代からの沿革をたどってみると、発句に切字が要請されたのは、明らかに発句の完結性・独立性を保証するためである。なぜ発句に限ってそういう手立てが必要かというと、もしはっきり句末で完結したという形を整えなければ、発句はそのまま脇句と結びついて、和歌と少しも見分けのつかないものが出来上がる恐れがある。そうなれば、長句(五・七・五)と短句(七・七)を別人がかわるがわる「付けて」いという、連歌の独自性そのものが損なわれるからである。

 すでに平安後期の源俊頼『俊頼髄脳(としよりずいのう)』永久一、1113以前か)には、こう明記されている。「そのなから(歌の半分。上句の五・七・五)がうちに、言ふべき事の心[表現内容]を、いひ果つるなり。心残りて、付くる人に、言ひ果てさすはわろしとす」。これは短連歌(五・七・五+七・七またはその逆)についての注意だが、長連歌の発句では、発句の完結性への要求が、なおさら強くなる。したがって切字は、和歌とは異なる連歌・俳諧というジャンル自体の存立にかかわる重大な約束であり、どうしてもはずせない絶対要件である。この点は、俳諧辞典のたぐいにも、つねに明記されているところである

 そこで問題となるのは、切字がどのようなやり方で発句の独立をはかるかという点である。これについてはさきに触れたように、切字のもっとも重要な働きは、一句を二つに切り分けることだというのが、一般の見方であるように見える。浅野氏の言い方を借りれば、一句をそうして両断することで、「内容の重量感」ないし「とりあわせの複雑さと妙味」が増し、その重みによって、発句が一篇の詩として独立することができるのだという。しかしそれならば、よくあるように切字が句末にきて、浅野氏のいう一句一章の句ができるときはどうなるのか。この場合、切字は句を二分するという本来の、もっとも重要な役目を果たせないことになる。浅野説によれば、だからこそ一句一章の句には、なおさら「内容の重量感」や「情緒の複雑さ」が必用なのだという。だがそうだとすると、そもそも切字が本来の任務をおろそかにしてまで、なぜわざわざ句末に置かれることがよくあるのかという、当然の疑問が残ることになる。

 実は取り合せや二句一章論に代表される発句の修辞論、意味論は、俳諧史の上から見れば、いわば芸術としての発句の〈詩〉を濃密にするための工夫のなかで、主として芭蕉以後にだんだん練り上げられていったものである。したがって、ジャンルとしての発句の存立に、どうしても欠かせない基本条件ではない。現に連歌時代の発句には、二段構えの構成をもたない、一句一章的で平坦なものがきわめて多い。

          3-2へ、つづく。

源俊頼『俊頼髄脳』・・・http://oak.zero.ad.jp/teru/gakusyu/karon/tosiyori/

藤原定家筆『俊頼髄脳』発見・・・http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200608100019.html

和歌論・・・http://www5b.biglobe.ne.jp/~kamunaki/kokubun/wakaron.html

2006年9月 5日 (火)

切字論、川本皓嗣 2-2

(きのうからの続きです。かなり前に八女図書館蔵書で読み、とても感動してコピーを取り、人にも送った記憶があります。こういうのこそ、著作権のどうのとけちなことをいってないで、ひろく公開すべきです。)

 とはいえ、こうして切字の位置ひとつに頼って一句を二分したり、すべての発句を構成の上で二種に大別したりするやりかたが、本当に適切だといえるだろうか。たしかに「病雁の夜さむに落て旅ね哉」には句中の切字がない。しかしよく見ると、「夜さむに落」ちるのは「病雁」であり、一方「旅寝」をするのは語り手の「私」である。あっさり「落て」と言い渡されてはいるものの、むろん病雁が落ちたから、だから私が旅寝をするというわけではなく、したがって意味の上では、「旅ね哉」と上の+二字との間に大きな飛躍がある。すぐには意味の続かないこの二つの字句の強引な連辞化にこそ、この句の力がひそんでいる。この両者の間の断絶を、切字のある「六月や」と「峰に雲置あらし山」の間の断絶と比べてみるとき、どちらがより大きいと言えるだろうか。また、もし「秋風や」が独立体だというならば、「旅ね哉」も同様に、「私はー旅ねをすることだ」と、文の形に言い換えることができるはずである。

 切字さえ問題にしなければ、「病雁の」の句と「六月や」の句との間には、一篇の俳句として、いかなる本質的な違いも認めることができない。どちらも「二句一章」的な、あるいは「取り合せ」的な二段構えになっている点では同じことであり、ただその分かれ目が、必ずしも切字の位置とは一致しないだけである。

 私見では、主として芭蕉以後の発句について「二句一章」論を一般化すれば、句は文体と意味の上で「基底部」と「干渉部」に二分される。前者は表現の誇張(重複)や矛盾(対立)によって読み手の意表をつく部分(病雁の夜さむに落て)、後者は基底部への重複的あるいは対立的な干渉によって、意味を完成する部分(旅ね哉)である。「病雁の夜さむに落て」は、それほどに厳しい寒さという誇張(そして、ふだんなら羽根を列ねて月の面をかすめていく優雅な雁が病んで墜落するというショッキングな矛盾)を含んでいる。そして「旅ね哉」はそんな寒い夜にひとり(病雁のように群れを離れて)旅寝をする心細さという意義への方向づけを果たす。

 そしてその場合、切字の位置は、かならずしも基底部と干渉部の境界の目印とは重ならない。たとえば、

 <蛸壺やはかなき夢を>夏の月    芭蕉

では、面白い対立を内に含むのは、どう見ても< >でかこんだ基底部であり、「夏の月」はそこに背景を添える(そして夏の短か夜を暗示することで、はかなさの含意を補強する)ものである。この句を、切字に頼って「蛸壺や」と「はかなき夢を」 以下に切り分けたりすれば、基底部の文体的興味がすっかり失われることになる。かりに芭蕉がどうしても意味上の切れ目を切字の位置に一致させたかったとすれば(そして句の出来ばえさえ気にしなければ)、おそらく「蛸壺のはかなき夢や・夏の月」とでもしたことだろう。そもそも切字ひとつを盾にとって、俳句というジャンル全体を、一句一章と二句一章の二種に区分するのは、本末転倒というべきだろう。

    3へつづく。

2006年9月 4日 (月)

切字論、川本皓嗣 2-1

  (以下は川本皓嗣 の「切字論」から引用しております。)   

                   2

 切字については、近代以後に現れたほとんど唯一の系統だった論考として、浅野信『切字の研究』(1962)がある。これは、和歌の時代から芭蕉前後に至るまでの理論と実践を一望のもとにおさめる野心的な研究で、ことに資料の博捜ぶりと、文法論にも及ぶ分析の周到さにおいては他に類をみない。ここではその浅野説を直接の対象としながら、ひろく行われている切字論の再考を試みたい。したがって、扱う資料の一部は『切字の研究』に仰ぐものであることを明記して、浅野氏に感謝の意を表したい。(以後、他に明記のない数字は、同書の頁数を指す)。

 切字には句中にくるものと、句末に置かれるものとの二種類がある。そしてこれら二種類の切字の働きを、一応はっきり区別して、別々に考えようというのが一般の見方であるように見える。以下の浅野氏のことばは、そうした通念を代表するものである。

 切字が十七字一句の末端(これを座五ざごという)にある場合は、一句一章をなし、それ以外は二句一章をなす。二句一章の場合は切字が上五じょうごか中七なかしちかを中心として適宜随所に入る。(・・・・・)一句一章の場合はその構成が単体であるためにできるだけ含蓄ある詩情をこもらせて、一句の風格をととのえる。(二四一)

 二句一章というのは、句が切字を境として二部に分かれ、その両者の対立と呼応のなかに、暗示ゆたかな発句の「詩」が生まれるという考えかたで、発句が極端な短詩型でありながら、複雑な意味をもつ「まじめな詩」serious poetryとして成り立つわけを説明する試みの一つである。大正の初めに大須賀乙字おおすか・おつじが提唱したが、浅野氏によれば、すでに江戸時代、原田曲斎が『貞享式海印録じょうきょうしきかいいんろく』(安政六、1859)に説いているという。(二四三)

 発句が二段構えの構成をもつという観察は、いわゆる「取り合せ」と「句神くしん」の説(中村幸彦、二三一以下)、あるいは西脇順三郎の「二つの相反するものの融合」説(西脇、四一以下)、などをも含め、ひろく認められているところである。とはいえ、浅野氏に代表される一般的な切字論の上に立てば、世の発句のすべてが、切字の置かれる位置によって、構成上一句一章のものと二句一章のものと、大きく二種に分類されることになる。

 浅野氏によれば一句一章の句は、たとえば「病雁の夜さむに落て旅ね哉」のように句全体が「一つの独立体」となり、また二句一章の句は、「六月や・峰に雲置(く)あらし山」や「ほろほろと・山吹ちるか・瀧の音」のように、切字の直後で分かれた二つの部分が、それぞれに一個の独立体をなすという。ここで独立というのは、「ひろい意味での叙述(陳述)の完結」を意味する。たとえば、「秋風や」という上五は、見かけはどうであれ、「秋風がー吹いていることだ」というれっきとした文(主語+述語)と、文法学的に「等価」だという。(七-九)。

2006年9月 3日 (日)

切字論、川本皓嗣 1-2

(1からのつづきです。)

 だがそれならば、そういう二種類の切断のうち、切字本来の役割としては、どちらが本質的なのか。というのは、切字が途中にあって句を両断しているときには、むろん一句全体を他から切り離すという任務が果たせないし、逆に句末を固めているときには、句の切り分けという仕事がおろそかになる。その両方の役目を一挙に果たすことは、どう見てもむりなように思われるからである。そもそもこのように、かなり性質の違う働きをするものを、無差別に切字と呼んでいいものだろうか。また発句は連句の第一句としてではなく、それだけで独立して詠まれ、かつ読まれることも多い。この場合、一句全体はいったい何から切れているのだろうか。これは、おそらく俳句に親しむ誰しもが一度は抱くに違いない重大な疑問だが、この問題に正面から取り組んだ論考は、まだ見当たらないようである。

 これらの疑問は、せんじつめれば同じことに帰着する。問題の核心は、切字の「切れ」という語のあいまいさにある。連歌の時代から、切字はごく表面的な切字のリストと簡単な解説を除いて、秘伝とされてきた。去来でさえ、芭蕉から秘伝を授かりはしたが、ことの性質上、すべてを明かすことをはばまれたからこそ、これまで切字論があまり振るわなかったと見ることもできる。しかし、これも連歌の時代から残された数々の言説の性質から察するに、そうした明示的な説明の背後に、切字の働きの根幹に触れるような重大な秘密が隠されていたとは思えない。

 つまり、連歌というジャンルが成立したごく初めから、切字という語についてはある種の用法の混乱があり、その意味のあいまいさが人々を悩ませてきた。その上、切字に用いるときは四十八字みな切字という蕉門の伝承があって、なおさら話が厄介になる。そのもどかしさが、このように神秘めかした、あるいは奥歯にものの挟まったような物言いを強いたのであろう。秘伝の中身が拍子抜けするような些事だったという例としては古今伝授の「三木三鳥sanbokusantyo」を挙げるまでもない。

切字論、川本皓嗣 1-1

川本皓嗣という人の「切字論」を、全文引用したいきもちがある。

こういうのは、誰かにお断りしなければいけないのだろうか?

自分が読んでなるほどと思ったものを、多くの人に紹介したい。

先日から、連句の第三のかたちがどうのとこだわっているのは、切れ字論ともかかわりがあるので、やはり、めんどうでも、全文引用してみよう。学者ってすごいなあと思うのは、その読む本の圧倒的な物量なのだ。それは、北海道の杉浦清志先生にも感じる。それが学者の仕事だから、と言われては、仕方ないが。

ーーーーと、朝っぱらからまた写経みたいに写し始めたけれど、だんだんきつくなる。読む人いるかなあ・・というきつさ。どこからか、論はいいから、という声がしそうな気がして。

検索をしてみると、この面白い論文はネットでは読めない。

そこで、やはり、面倒でも、数日かけて全文写経することにした。それだけの価値があると思うからに他ならない。

       「切字論」     

                川本 皓嗣

                                  1      

 発句の基本条件が季語と切字であることは、誰でも知っている。この二つの要件のうち、季語(あるいは和歌以来の季の詞kotoba)に関しては、これまでにおびただしい研究の堆積がある。ところがもうひとつの切字については、文学辞典や俳諧辞典などのごく型どおりの説明を除けば、本格的な論考をめったに見かけないのはなぜだろうか。

 また、これもよく知られているように、同じく切字とはいっても、たとえば、

  病雁の夜さむに落て旅ね哉    芭蕉

の「かな」のように、それが句末にくる場合と、それから、

  六月や峰に雲置あらし山     芭蕉

  ほろほろと山吹ちるか瀧の音   同

の「や」と「か」のように、どこか句の途中に置かれる場合とがある(芭蕉の句は、すべて中村俊定校注『芭蕉句集』から引く)。もしふつうに考えられているように、切字が句を切断するものだとすると、まず切字が句の途中にある場合には、何も問題がない。たしかにその切字を境目として、句が前後二つに切り分けられるからである。(ここでは、「句」の語を、つねに一句十七字の意味で用いる。したがって「句末」とは、一句全体の末尾を言う)。しかし一方、句末にくるときには、途中のどこにも切れ目ができないので、まるまる一句全体が、その末尾で「切れる」という妙な事態になる。この場合には、その一句全体が、その後にくる何ものかから切断されると見る他はなく、連句ならば当然、その何ものかは発句に続く脇句(第二句)ということになる。  (つづく。長い論文なので、十日か二週間かかるかもしれません。毎日ちょっとずつお付き合いください。国文科の授業を受ける感じです。)

引用元:http://www.otemae.ac.jp/gaiyo/gakucho/chosak.html

19.シリーズ俳句世界別冊1:芭蕉解体新書
シリーズ俳句世界別冊1:芭蕉解体新書
共著 平成
9年
4月
雄山閣出版 芭蕉俳句の今日的意義をさまざまな角度から考察する論集(228p.)
担当部分:編集と座談会「芭蕉の永久革命」pp.12-62、および「切字論」pp.197-208
「切字論」は発句の必須条件として句中や句末に置かれる切字が、どのような機能を担っているのか(発句独立の保証か、句の両断か)という問題を、連歌以来の発句論を検証しながら明らかにしたもの。

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