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2013年5月 7日 (火)

生活保護の実際

保健医療経営大学学長

橋爪章

2013 年 5 月 7 日 生活保護の実際

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本年1月の生活保護の被保護世帯数は157万2966世帯、被保護実人員は215万3642人でした。
全人口の2%近くになっています。
扶助の種類別には次の通りです。
生活扶助 195万6702人
住宅扶助 183万1778人
医療扶助 173万1474人
介護扶助  27万6876人
教育扶助  16万 834人

その他(出産扶助、生業扶助、葬祭扶助) 6万2513人
国民皆保険といいながら生活保護は保険とは別立てで医療扶助が行われていますので、実態は国民98%保険です。
被保護世帯は、類型別には次の通りです。(括弧内は昨年1月)
高齢者世帯  68万2428世帯(64万1680世帯)
傷病者世帯  29万7342世帯(32万1789世帯)
障害者世帯  18万 669世帯(17万2845世帯)
母子世帯   11万5793世帯(11万6108世帯)
その他の世帯 28万9978世帯(25万8482世帯)

生活保護世帯数の増加の主因は高齢者世帯の増加であることがわかります。
しかし、5年前の平成19年度の月平均被保護世帯数は、高齢者世帯49万7665世帯、障害者世帯・傷病者世帯40万1088世帯、母子世帯9万2910世帯、その他の世帯11万1282世帯でしたので、増加率としては「その他の世帯」が極めて大きいようです。
生活保護については偽装離婚などによる「不正受給」、あるいは意図的に勤労しない不適切受給が問題とされていますが、それらの事例の多くは「その他の世帯」に計上されていると思われます。
生活保護157万世帯の少なくとも5分の4は、高齢、傷病、障害等の必然的な理由が背景にあります。
しかし一部の不心得者のために、世論は、生活保護制度全般の抑制に傾いています。

(保健医療経営大学学長ブログ転載)

▼かささぎの連句的。

有明海のムツゴロウを調べていて、ついつかまってぜーんぶ読むはめになった、人間の方のムツゴロウの話。http://japan.digitaldj-network.com/archives/51663787.html

そういえば、同級生の井上くん、くまもとくんは、元気だろうか。
彼らは福岡の都市部で福祉方面のお役人さんをしているのです。
この生活保護制度担当の実際の苦労話を聞いてみたいものです。
丸山消挙。このひょうひょうとした人も元気だろうか。
長崎長崎原爆忌俳句大会応募用紙が先日届いたので、そう、思った。

IMGP4645 

  地平線まで麦青し鵲(かち)飛べり   下村非文 

写真は保健医療経営大学オフィシャルブログ引用。撮影:白木秀典先生。

▼生ログ解析こぼれ話

幻の命。
一週間のアクセスでも、全体のアクセス数の三割をこれが占める。
なぜまた。きっと月詞(つくし)の命日のせい。
生ログに、検索ワード、「幻の命 小説」で見えてるのがありました。
かささぎの旗10番目、思考の部屋の幻の命五位。
小説1番目にあったものを引いておきます。
かささぎ小説のカテゴリーにリンクさせておきたいから。

それでは、「幻の命 小説」の一位。

『幻の命』

作者takuto
理想と現実は違う

それを強く思ったのは、この瞬間が初めてだったのを今でも良く覚えている。
医師臨床研修制度で、僕は必修科目でもある産婦人科へと行く事が決まった時
僕は医者として、人間としての現実を目の当たりにした。

研修先の病院へと配属されて数週間後
僕は異常なまでの忙しさに体中が悲鳴を上げていた。
産婦人科の人員不足……
ニュースでは何度も叫ばれていた話題ではあったが、実際にこの身で体験して
その辛さ、困難さを理解する。研修医である僕でさえ、まるで奴隷のように働かされる環境。
ここで働く人間に昼も夜も無かった。
そういえば、たまたま仲良くなった産婦人科医の村井先生は
自虐染みた笑みを浮かべながら、俺に向けてこんな愚痴をこぼしていたことを不意に思い出す。

「医者一人あたりの医療訴訟が、一番多い診療科ってどこだか知ってるか?
何を隠そうこの産婦人科だよ」

口にはしなかったものの、その言葉の本質には

これだけ俺達は頑張ってるのに……

そんな心の奥底からの叫びが聞こえた気がした。
深夜の呼び出しが多い過酷な労働環境、低い対価、医療訴訟の多さ。
これが産婦人科の現状だった。

「やっぱ産科はないよな~。目指すんなら外科でしょ、外科」

僕の身の回りの同期研修医からそんな声が聞こえてくる。
これだけの悪条件をまざまざと見せ付けられたのだ。
その反応は当然と言えば、当然なことだった。
でも僕は皆と違い、意外にも産婦人科の興味は尽きてはいなかった。
元々産婦人科医になりたくて、という思いは別段持ち合わせていなかったし
何か特別な理由がある訳でもなかった。
ただ、初めてこの病院を訪れた日、その時に見た赤ちゃんを抱えた親子の姿が妙に眩しく見えて
その光景が脳裏に焼きついて離れないのが、理由と言えば理由なのかもしれない。

この時は産婦人科医になるのも一つの道

そんな考えすら芽生えていたかもしれなかった。
一人の、ある女性と出会うまでは……
その彼女との出会いは、何の前触れも無く訪れたのだった。


それは顔馴染みにもなった村井先生の診察室に、連絡を伝えに向かった時のこと

「どうもありがとうございました」

目の前で診察室の扉が開き、一人の女性の姿が視界に入り込んできた。
少し身長は小さめで、髪が茶髪な今風の女の子といった風貌。
何よりも彼女の服装である制服姿の格好に、僕の視線は集中していた。
僕の横を通り過ぎるその表情は、あまりにも自然体で普段通りのような振る舞い。
携帯を取り出し、ここが病院である事を忘れているような笑い声を浮かべながら
彼女はこの病院を後にしていく……
その姿が妙に印象的な光景として、僕の中に映った。

「おい研修医。さっきの女の子、何で俺の所に来たのか分かるか?」

いつの間にか僕の後ろに、村井先生の姿があった。
村井先生はこうやって突拍子も無く、僕に質問をすることは多々あった。
でも何故か今日の質問は、普段とは違う重みのある質問に感じられた。

「あの、えっと……」
「何だ? 歯切れが悪いな、いつもなら俺にズバズバと言ってくるくせに」

右手に持った缶コーヒーに視線を向けながら、先生が小さく笑みを浮かべる。
数秒間の沈黙……その後、先生はゆっくりと言葉を再び紡ぎ始めた。

「中絶したいんですけど……そう、さっきの女の子に言われたよ」
「……えっ?」
「調べたら、彼女は妊娠七週間だった。中絶を希望するなら本人と配偶者、保護者の同意が
必要だって説明してやったよ。そしたら彼女、迷うことなくこう言った。はい、分かりましたってね」

淡々と先生はその時の様子を説明していく。
僕は一言も口を挟むことなく、ただ聞こえてくる言葉を受け止める事しか出来なかった。

「どうした研修医、ショックだったか? でも分かっていたはずだろう。お前だって知っていること
年間の人口中絶数は約24万人。こんなことは日常茶飯事なんだ」

そうだ、分かっていたはずなんだ。
大学で嫌という程教えられた、年間出生数約110万人の実に4分の1に当たる数が
人口中絶数として存在している。
この現場にいる限りは、この場面に立ち会うことは避けられない事実。
頭の中では、始めから分かっていたはずなのに……
割り切れない僕が、納得できない僕がそこにいた。

「先生、先生はさっきみたいな女の子を見て……何も思わないんですか?」

僕の口から不意に、抑えきれない感情が溢れ出して来る。
己の拳を握り締めて、様々な感情に揺れ動かされて出てきたその言葉。
その質問に対し、先生は当然とばかりに

「何も思わないなんてあるものか、慣れる訳ないんだ。俺は産婦人科医になってから十数年……
ずっと耐え続けているんだよ、今にも爆発しそうな己の感情とな」

そう僕に向けて、言い放ったのだった。
先生が放ったその言葉は、僕の胸に嫌という程突き刺さって離れる事はなかった。


その日、僕は夢を見ていた。
生まれた子供を、愛しげに見つめる彼女の姿
横には初めて自分が父親になった事に、妙な恥ずかしさを感じている父親の姿
僕はそれを笑顔で眺めていた。
この三人には輝かしい未来があって、この生まれた子供には無限の可能性を秘めている。
そんな幸せに満ち溢れた光景、ありえたはずの瞬間。

これは幻、幻の命……

僕はその日がやって来るまで、そんな幻で作られた幸せな夢を見続けたのであった。


中絶手術そのものは、たったの十数分程度のものである。
その日に帰ることの出来る手術なため、彼女は数時間の間病院の治療受けて
この場を後にしていく。
帰り際、彼女の姿を確認できた。
その姿はやはり、初めて会った時と変わらない自然体であり
何事も無かったような表情を浮かべているように、僕は見えた。

「よぉ、研修医。コーヒー飲むか?」

先程まで、彼女の手術を担当していた村井先生が僕に缶コーヒーを投げ渡す。
二人で快晴の大空を眺めながら、ポツリと僕は先生に向けてこう言った。

「初めて先生に会ったとき、先生は僕のことを医者に向いてないって言いましたよね」
「あぁ、そうだな」
「何でなんですか?」

耳元にまだ幻の、命の声が聞こえる。
先生は一口、コーヒーを口に含みながら

「お前は優しすぎるからだ」

そうはっきりと僕に向けて、先生は言った。

引用元:http://ncode.syosetu.com/n2044l/

2012年12月 7日 (金)

平成23年医療施設調査・病院報告(12) 患者数から標準医師数を割り出して見えるもの

保健医療経営大学学長

橋爪 章

2012 年 12 月 7 日 平成23年医療施設調査・病院報告(12)

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病院報告により、人口10万対1日平均患者数がわかります。
医療法により入院患者48人あたり1人の医師を配置しなければならない病床(療養病床、精神病床)の人口10万対1日平均患者数は477人(標準医師数9.9人)、入院患者16人あたり1人の医師を配置しなければならない病床(一般病床、感染症病床、結核病床)の人口10万対1日平均患者数は540人(標準医師数33.7人)、患者40人あたり1人の医師を配置しなければならない外来の人口10万対1日平均患者数は1097人(標準医師数27.4人)なので、人口10万人あたり計71人の医師が必要ということになります。
(※厳密には、内科、外科、産婦人科、眼科および耳鼻咽喉科を有する100床以上の病院と大学附属病院の精神病床では入院患者16人あたり1人の医師配置が必要で、また、耳鼻咽喉科と眼科の外来では患者80人あたり1人の医師配置でよいのですが、ここでは厳密な計算はしていません。)
実際の病院従事医師数は人口10万人あたり156人ですので、標準医師数の倍以上の医師が病院で働いていることになります。
医師不足が叫ばれていますが、全国的には医療法による標準医師数が満たせないほど不足しているというわけではありません。
なお、病院の全国平均が標準医師数を満たしているとはいっても、病院ごとにはばらつきがありますので、地域平均値と標準医師数との差が小さい地域では、医師数が標準医師数に達していない病院もあり得ます。

都道府県別に、人口あたり医師数と標準医師数との比が大きい順に並べると、次の通りです。

3.1 東京
2.6 神奈川
2.5 栃木
2.4 京都、滋賀、大阪
2.3 愛知、
沖縄、福岡、奈良
2.2 兵庫、岡山、静岡、千葉、宮城、鳥取
2.1 島根、埼玉、山梨、石川、徳島
2.0 長野、群馬、福井、岐阜、
佐賀、和歌山、三重、岩手、茨城、長崎
1.9 山形、富山、広島、香川、
大分、熊本
1.8
 宮崎、愛媛、福島、鹿児島、高知、山口、秋田
1.7 青森、北海道、新潟

比が小さい地域では医師の絶対数が不足気味である可能性がありますが、比が大きい地域における「医師不足」は、絶対数の不足ではなく医師配置の偏在によるものでしょう。

(保健医療経営大学学長ブログ転載)

▽鵲の一人ごと

あの記事が常にヒットしている理由が知りたかった。
「診療報酬のおおもとにある人員配置基準数を求める数式」
これから、患者数がわかれば、標準医師数も求めることができますね。

▽参照:

標準医師数の求め方、数式:
http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-ef0b.html

常勤と非常勤医師のカウントの仕方:http://www.pref.ehime.jp/tou25101/shikokuhoken/iryoukanshi/hp/03hpbesshisankou.pdf#search='%E6%A8%99%E6%BA%96%E5%8C%BB%E5%B8%AB%E6%95%B0'

年度平均数か、直近一年か(←これ、同じことを聞いているんじゃないみたいですね。)http://mediwel.livedoor.biz/archives/1208253.html

▽かささぎ小説

23歳という年齢は未婚女性にとって微妙な年齢である。
ここを過ぎると、姥桜になりかねないと少しあせる。
かおりは自分ではまったく気づいていないが、それがあったのかもしれぬ。
職場への不満がさほどあるわけでもないのに、ふとその職員募集の求人広告に心が動いた。
徳峰会病院が職員を募集していた。このごろのしてきた新しい病院で、院長の徳嶺はまったく新しい経営理念で病院経営に意欲を燃やす人として、注目されていた。聞くところによれば、徳嶺は徳の島出身だという話であった。
とにかく面接試験に行ってみよう。
かおりは何かわからないものに背中を押されるようにして、建ったばかりの病院に出かけた。
受験者はたくさんいた。徳嶺自身も来院していて、自身で質問を受けたり、浴びせたりしていた。
かおりは、あまりものごとを深くは考えないタイプである。
第六感ばかりで生きてきた。そのかおりには、実際に会ってみた徳嶺の印象は、なにか、暑苦しいような、ひたひたと押し迫るような、そんな雰囲気を身にまとった人に見えた。とたんに、この集団面接会の席上を飛び交う会話も耳に入らなくなる。
もうここへは来ないだろう。とかおりは思う。

帰路、病院を出て、バス停まで歩きかけたとき、あっと思った。
小さなワゴン車の窓をあけて、声をかけてきた男。
車には医薬品卸の会社名がある。
「どうして?」
「そっちこそ」
まあ、のれよ。と男はいった、駅まで送るからと。
学生時代に知り合い、就職して疎遠になった南であった。
南は仕事でここを回っているといった。
きけば、かおりの勤めている医院にも南の会社は取引があった。
高宮駅につくまでには、南はすっかりかおりの心をとらえてしまった。

それからしばらくして、かおりは仕事をやめ、南と結婚した。
あの徳の島出身の徳嶺がいなければ、南との再会はなかったのだ、とかおりは思う。
えにしの糸の摩訶不思議さ。
南は、徳嶺以上に暑苦しい熱血漢であったことを付け加える。



2012年10月 6日 (土)

人工妊娠中絶船

保健医療経営大学学長

橋爪 章

2012 年 10 月 6 日 人工妊娠中絶船

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昨日、モロッコ海軍がオランダのNGOが運営する人工妊娠中絶船の入港を阻止して領海外に退去させたというニュースが配信されました。

モロッコでは人工妊娠中絶が禁止されています。

中絶禁止国には、不適切な方法や不衛生な環境による違法な中絶により多くの妊婦が命を落としている実態があります。

人工妊娠中絶船を運営するオランダのNGOは「Women on Waves」という団体でオランダの医師が1999年に設立しています。

中絶が禁止されている国の女性を船に乗せて国際公域(公海)に行き、そこで安全な中絶手術を無料で行う活動を行っています。

この人工妊娠中絶船は、これまでアイルランド、ポーランド、ポルトガル、スペインを訪問しています。

公海上での事件は、船や航空機の登録国が管轄権を持ちます。

公海上でなく領海内であっても、船や飛行機などの移動体内での主権は、旗国主義の適用を受けるという解釈が一般的なのだそうです。

旗国主義というのは、登録国の国旗を掲げた船や飛行機の中での事件の管轄権は登録国にあるというもので、大使館や軍事基地の敷地内での主権と同じく治外法権です。

日本でも、刑法第1条2項の規定で旗国主義を採用しています。

日本の領海に、健康保険適用外の高度医療を提供する外国の病院船が出現した場合、どう対処すべきでしょうか。

(保健医療経営大学学長ブログ転載)

▽かささぎ小説ー都忘れの花

「どうしよう。ねえ、そっちの産婦人科、どっか紹介してくれない。
なんとかしないと、・・・もうそろそろ五ヶ月になるのよ。」

えっ、五ヶ月って、。
ひろみは思わず友からの電話に絶句した。
お腹の子を中絶なんて・・・・そんなこと、できるの。

わからなかった。
二十九歳のひろみは、第一子を出産して二年近く経つ。
普段大人っぽく冷静な、一歳年長の友人夏子がそんな切羽詰った声を上げるのを聞いたのは、これが初めてだった。
夏子は隣県に住んでいるため、学校を卒業してからは自然と会うことがなくなったひろみの短大時代の友人である。とても流暢な英語を話す夏子は、米国人から直接英会話を習ったと言っていた。英語の授業中、先生に指名されて夏子がテキストを読むと、皆が何か尊いものに打たれたような顔になったものだ。それほど夏子はみんなに尊敬されていた、といっていい。
そんな夏子が弱りきって、ボストンバッグ一つ下げて、ひろみの住む街にやってきたのは、その翌日だった。
まださほど目立つおなかではなかった。友はひろみの娘をみて、うわあ、かわいいわねえ。といって、誕生日には早いけどと愛らしい服を贈ってくれた。

できるの?とひろみはそればかり気になって、友に尋ねる。
彼女は、だあいじょうぶよう、電話で産院に聞いたもの。
教えてくれてありがと。助かったわあ。と答えた。


ひろみは軽乗用車に友を載せて、自分がかかった産院に連れて行った。
そして、夏子はそこに入院した。

どうするんだろう。
人ごとながら気が気ではない。
医学的なことはまるでわからないが、五ヶ月ともなると胎児が大きくなっていて普通の中絶はできず、出産させ流産させるような形になるみたいだった。
家事を終えて、夕方夏子を見舞うと、子宮口に風船を入れて無理に開くのだという。神妙な顔で、ベッドに寝ていた。ナーバスになった夏子も、初めて見るものだった。妙に饒舌になって、学生時代の楽しかった思い出を次々に話してくれた。名物先生の傑作な話や、友だちの誰それの噂話や、それから最後にこの誰も望まない妊娠のもととなった自分の「過失」について。

たった一晩、遊んだのだという。
彼女は酒豪で酒が強かった。
それが久々に後輩とあって、つい出来心でそうなってこうなったのだと。

相手はこのこと、知っているの?
しいらないわよう。こっちが悪いのだから。
言えない。誰も知らない。

彼女は涙をはらはらと流し、ベッドをきつく握り締め、まるで妊婦の出産のときみたいに、ううっ・・苦しい痛い・・・こんちくしょう、とうめいた。

その姿をみているうちに、いたたまれなくなったひろみである。

ね。ちょっと待ってて。
夏子、相手の人が知らないというのはそれは絶対にいけない。
こどもはひとりでうまれるものじゃないもの。ほしくてもできない人もいるのよ。
男にしらせよう。教えて。名前。電話番号。

嫌がる夏子の口から、どうやって聞き出せたのか、二分後にはひろみはある大学病院へ電話をしていた。その人を呼び出し、名前を確認し、今夏子が置かれている状況、その局面をざっと告げた。

それによって、この施術が中止になるわけではないとひろみも夏子も勿論知っていた。そこまでこどもではなかった。しかしひろみは可愛い一児の母であった、どうしても相手の男には、女の苦しみを痛みをしらせておかねばならないと思った。
なぜなら、相手は、人の命を扱う医師のたまごだったからである。

男は電話の向こうで、凍りつき、それから絶句した。

その心の混乱がまるで見えるように、沈黙から伝わってくる。
見も知らぬ彼に深く同情しつつ、そのまま、電話を切った。

それから。
それからひろみはどこかで期待している自分にはっとした。

彼女の中絶をとめさせてください。と言ってくるのではないかとのかすかな、あるかなきかの希望にすがりたかったのだ。

どうかそうであってください。と祈りつつ、翌朝また産院へ向かう。
都忘れの紫の小鉢をもって。
しかしまだ彼女は苦しんでいた。
そうして三日目の朝。
夏子は個室についている小さな手洗いで自分の洗い物をしていた。
振り返り、すっきりした顔でこういった。

さあ。これで済んだ。
帰るわ。あなたにはすっかりお世話になったわね。

その日ひろみは小さな娘を抱いた友を助手席につんで、隣県へと夏子を送り届けた。

行く手には、もうすでに夏の雲が真っ青な空に浮いていた。




2011年7月26日 (火)

フィリピンの社会保障制度(1)               看護師も医師も八割流出し

保健医療経営大学学長

 橋爪 章

2011 年 7 月 26 日 フィリピンの社会保障制度(1)

サウジアラビアの医療従事者は外国人に支えられていますが、サウジアラビアで働いている看護師の3分の1以上はフィリピン人です。
サウジ人看護師は増えつつありますが、サウジ人の女性看護師は夜勤、準夜勤と男性患者の看護を拒否しますので、外国人看護師の需要が大きく減ることはないでしょう。
フィリピン人看護師は、8割以上が外国で働いています。
サウジアラビアで働けば、看護師はフィリピン国内の5倍の給与を得ることができます。
フィリピン国内の医師給与よりも多いので、フィリピン人医師の8割は看護師資格を取得して看護師として海外に職を求めています。
看護師資格を取得した医師や看護師が毎年1万5千人も海外へ流出していますが、これはフィリピンの医師と看護師の毎年の国家試験合格者数の倍の数です。

医療従事者の海外流出のため国内では人材不足が深刻で、地方の医療システムの維持が困難となってきています。
医療に限らず、フィリピン人の1割は海外で働いています。
海外勤務フィリピン人から本国への送金額はGDPの1割以上ですので、労働力輸出はフィリピンの主要産業であると言うこともできます。

(保健医療経営大学学長ブログ転載)

∇かささぎの連句的独り言

「上記のことから、なにがいえますか。」

わずかの看護師と医師は本国にとどまって現地の医療を支えています。
お金に換えられぬもの(価値観やしがらみまでをふくめた)が国を支えるということがいえるとおもいます。そしてそれは、全体のたった二割である。

それとあと一点。
看護師が流出するのは、学校へ入った時点からその目的であるようなので腑に落ちますが、医師、八割もの医師がよその国へ出て行ってしまう、それも「看護師」として、という、このような精神は非常にわかりづらい。医師としてのプライドはどう処理されるのだろうかと。
むかし読んだ近藤紘一の『目撃者』に書かれてあったと思うのですが、フィリピン人は国境を接するベトナムや中国、タイなどの国々の国民性と比べてはるかに軽くて節操がない、それは長い間の政治的軍事的な歴史がもたらした属性であるにちがいない。言語も英語に占領されてしまってタガログ語はちいさくなっている。。。。
こういう見方、たしかによくわかります。
と同時に、英語が自由に操れる国民性は今の時代に重宝され、低い位置からものをみる能力とともに、あらゆる国家でその国のかたちにあわせた柔軟な対応がとれ、周囲に溶け込んで無私の才能を発揮できる。ともいえるのでしょう。

∇かささぎ小説ー『フィリピ―ナのジェイン・ドゥ』

ボスの愛人の一人であったかわいいフィリピン人娘の顔がふいによぎる。
名をジェーンといった。
いまどこにいるだろう。本国へ帰ったろうか、三つになる娘をつれて・・・
フィリピン人の恋した女すべてを孕ませ、子を産ませ、それぞれに養育費を払っていた。
それができるのは、ボスが甲斐性のある男だったからではなく、それを可能にしてくれていたのは、たしかな影の存在があったからである。
結婚こそしていなかったが、自分の資金でたちあげた会社をボスに任せ、ボスをたて、すべてをボスの自由にさせていた女性がいた。
彼女はおそろしく強くて有能な女性だった。
或る日、なにがボスの逆鱗にふれたのか、みんなの前で火がついたようになったボスが彼女を打擲していた。
周囲は凍りついた。誰も手を出せない。
からだが固まってうごかなかった。
はじめて人が人をあんなにもはげしくなぐるばめんをみた。
そこにいたボスの兄さんがはっと正気に立ち返り、弟をひきはなした。
 もういいから、もうやめなさい。
といって後ろからそっと弟の震える肩を羽交い絞めにした。

この一途な激しさがボスをボスたらしめていた。
かささぎの目にはだれより強い女と映っていた女性は、暴力で抑え付けられた、ほんとうは弱い女性であった。
けれども、それでもある予感がかささぎの胸をうつ。
どんなに男に愛人の数がふえていっても、どんなにこどもの数がふえていっても、この二人のあいだにある強い絆は、決して切れないだろう。
なぜなら、その理由は、はっきりと目にみえた。
ふたりが育てた会社がふたりのこどもだったからである。
会社が擁する一人一人の隊員たちが、ふたりの可愛いこどもであった。

(※これはフィクションです。)

2011年4月12日 (火)

Back to the 70's いまでもときどき思い出すこと(1)

Back to the 80's いまでもときどき思い出すこと(1) 橘玲

http://www.tachibana-akira.com/2011/04/2391/comment-page-1#comment-1059

この話を読んで、わたしも同じ年頃まで戻ってしまいました。
玲さんより一回り古い人間ですが、青春時代のもつ香りは、同じですね。
そして、歌。歌はなにより大事です。
時代をつれてくるから。

きみもみるだろうか
いちご白書を
ふたりだけのメモリー
どこかでもう一度

「いちご白書」をもう一度  バンバン(1975)作詞作曲;荒井由実

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