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2013年12月25日 (水)

『生』  杉山平一

   杉山平一

ものをとりに部屋へ入って

何をとりにきたか忘れて

もどることがある

もどる途中でハタと

思い出すことがあるが

そのときはすばらしい

身体がさきにこの世へ出てきて

しまったのである

その用事は何であったか

いつの日か思い当るときのある人は

幸福である

思い出せぬまま

僕はすごすごあの世へもどる

杉山平一全詩集〈上〉「ぜぴゅろす」所収

同朋新聞 真城義麿師の説教文より引用しました

2013年4月21日 (日)

明治の赤ちゃんポスト(前編)

明治の赤ちゃんポスト

   京都文教学園学園長  澤田謙照

幕末から明治の時代に亘って、福田行誡(ふくだぎょうかい・1806~1888)という学徳兼備にして、詩歌に卓越した浄土宗の偉いお坊さんが居られました。六歳で出家得度し、十歳で京都に学んだ後、小石川の伝通院山内に住まいし、『大蔵経』を刊行し、晩年は、増上寺の法主、そして、知恩院の門主(管長)として活躍された方でした。晩年の明治の維新は、「廃仏毀釈」の嵐が吹いて大変な時代でしたが、師は仏教復興に努力する傍ら、仏の慈悲の実現を志しての社会福祉事業の発起・推進者の一人でもありました。

明治の晩年に、その著作、講演記録などを集めた『福田行誡全集』が刊行されていましたが、絶版となり、最近、その全てを収録した同『全集』全八巻が復刊されました。購入した私は、第三巻の中で、『福田会育児院説教録』(明治12年)なるものを拝見し、今日ご参集の皆さんが頑張っておられる赤ちゃんの「生命尊重運動」が百数十年前に始まっていること、そしてそこに「赤ちゃんポストの記述」があることを知ったのです。その驚きから、今日のお話をすることを思いついたのであります。ご承知のように、”赤ちゃんポスト”は、「生命尊重センター」の勧めもあって、2007年、熊本の慈恵病院で創設され、大きなニュースになったのでしたが、その「赤ちゃんポスト」が、西洋では大昔からあったことを行誡師が紹介していることを知って大きな驚きでした。今日は二時間くらい話せる資料を用意しましたが、時間の限定がありますので、端折りますが、ご勘弁下さい。

福田行誡と仏教思想

この「福田会育児院」でありますが、「福田」はふくだではなく、仏教用語で「ふくでん」と読みます。福徳を生み出す田であります。「福田」というのは、例えば、いいお米が獲れるのは、田んぼがいいからで、その田んぼが大事です。そういう意味で、みんなが幸福になるには、自分だけではなしにあらゆる人々の幸福を生む田んぼが必要だということです。私たちは良い田んぼを人に提供したら、おいしいお米が獲れる、言い換えると、自分が善いこと(功徳を積む)をしたならば、必然的に、そこに明るい社会が出来る、ということになります。それが「福田」です。

仏教では「八福田」と言いまして、仏、聖人、和尚、阿闍梨、僧に対して、六番目がお父さん、七番目がお母さんを大事にする、そして八番目が病人を大事にする。この八つの福田の中では、病人を大事にするのが最高であるとお釈迦様がおっしゃっている。善行は誰に対しても為してよいことですが、特に、今、本当に困っている方をこそ優先すべきでしょう。聖徳太子が千四百年前に、貧窮者、病者、孤児の救済施設である悲田院を作られたのも、この福田思想の実践ですが、苦しみ悲しんでいる人を大事にすることが、一番功徳があるという考え方なのです。その意味では、現代、「お腹の赤ちゃんの生命尊重」は緊急にして最重要の課題です。

資料の「福田会育児院開設」の最初、「化益と云う事」をご覧いただきたいのですが、この「化益」は仏教では「けやく」と読みます。本当に相手に利益を与えるという意味ですが、自分の為したことが、相手の実りになってこそ初めて化益と言えるのです。慈善事業として、いいことをしてあげたという自己満足は決して化益にならず、自分自身が真剣にその人のことを考え、その人が良くなってくれることを願い、よくなってくれたことを心から喜ぶ、言い換えれば、主体と客体を超える有り方こそ、一番の化益であるというのです。慈善事業として、お金があるから余裕があるから、私が相手に善いことをしてあげるのだという事では決してない、ということを行誡師は申されています。

「資料」「育児院説教録」をご覧下さい。これは、この育児院開設のための趣意書でありまして、発起人であられた高岡増隆、多田孝泉、福田行誡の三師が執筆されていますが、今は、行誡師のものを掲載しました。この育児院開設の歴史的背景については、「資料」「福田会育児院開設」をご覧いただきたいのですが、これは、今回の『全集』の編集者の解説文を借用させていただきました。

これによりますと、「明治九年は熊本神風連の乱、福岡秋月の乱、萩の乱に始まり、各地における地租改正の一揆等が簇生(ぞくしょう)し、翌年は西南の役、十一年には大久保利通が暗殺されるなど、維新は十年代に入ってもなお不穏であり、地方の疲弊は年を追ってひどかった。とくに農村における窮乏は甚だしく、子供の堕胎、圧殺、捨て子などは近世末期からとはいえ、富国強兵策をとる新政府にとっても人口の確保は急務であった。真宗本願寺派では、明治四年三月、とくに東北地方に多いこの悪習の是正を求めて、「御消息」(=通達)を発しているが、容易に改まらなかった。翌五年、行誡が育児院を作ることを思い立ち、これを実行に移したのもこのような状況下にあってのこと」とあります。これも堕胎、圧殺、捨て子などの行為がいかに人道を外れたものであるか、その思いを行誡師は、この『説教録』で心をこめて語っておられますから、後でお読みいただきたいと思います。

因みに、「仏教用語であなたの好きな言葉は何ですか?」と問われたら、私は「衆生(しゅじょう)」と答えます。仏教徒は、「四弘誓願(しぐせいがん)」といって四つの広大な願いの実現を誓いますが、その第一は「衆生無辺誓願度」(生きとし生きる者は皆救われなければならない)であります。「衆生」とは、人間だけでなく、あらゆる生きとし生けるもの、生命あるものを意味し、我々は、その生命あるもの全てを憐れみ、そのいのちを生かしていくという決意をもつという意味です。人間に限らず、どんな小さな昆虫でも、生命は大事で、いのちのある限り生きたいはずです。具体的実践としては「不殺生戒ふせっしょうかい」とも言われ、生命あるものは殺さないということであります。インドのマハトマ・ガンジーのアヒンサー(非暴力)運動も、この不殺生戒を起源としています。

福田行誡師にとっても、赤子の堕胎、圧殺、捨て子などの事実は、見過ごすことのできない罪悪であり、『福田会育児院』の創設も緊要の課題であったのでした。先の解説文にも、『福田会育児院』とともに、「このような施設の奨励は、生命を考える宗教者にとって、ゆるがせにできない点であったに違いない。秋田布教中に大内青鸞に与えた書状に、〈此の日、独立育児院開園式あり、保嬰会と名(なづ)け遣わす〉とあり、秋田で育児院の開院式で「保嬰院」と名付けたという。おそらく各地でこのようなことが問題になっており、行誡にとっても、化益と救済の問題として重要な任務だとおもっていたにちがいない」と述べておられるとおり、行誡師の問題意識の深さが窺えます。(京都円ブリオいのちのセミナーより  次号につづく) 

 

(平成25年2月1日発行 生命尊重ニュースより転載)

▼鵲のひとりごと

連句仲間のぼんさんが(坊さんではない、呆夢とかいてぼんと読む)貸してくれた小冊子から、まるごと引用しました。

これを転載しようと思ったのは、仏教のテキストとして、です。
こんにち、(お坊様にはもうしわけないのですが)、説教を聞く機会がほとんどないものですから、心が飢えておりました。
みなさまはいかがですか。

アメリカでおきたイスラム教の狂信的信者の若者による無差別テロの裏側を、今日は少し報じていましたが、いたましい、やりきれない事件でした。また繰り返されるに違いない。と思わせる不気味さがあります。

アメリカは聖書を利用しているだけ。という批判がありましたね。
たしかにそう感じます。いつだって、目には目を、で、相手を許すことがない。
基督の精神とは対局にあると感じる。
皮肉なことに、その精神は、アメリカが負かした日本の戦後のどさくさのなかで、わかい女性もまじって出来上がった憲法のなかに、見出された。
その女性はシロタという日本人みたいな名前でしたが、先だってなくなりました。
心より哀悼の意を表します。
ベアテ・シロタ・ゴードン。

ユダヤ人だったのですね。

写真引用:
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%82%A2%E3%83%86%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%AD%E3%82%BF%E3%83%BB%E3%82%B4%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%B3

2013年2月17日 (日)

「何日君再来」   テレサ・テン


電話の横に見たこともない黒い手帳があった。
それを手にとってパラパラとめくれば、歎異抄。
へえー、誰のだろう。とみると、長田恒雄著。
明治35年清水市生まれ、本は昭和35年のもので130円の定価が書かれている。
こないだ「行空」のところを開いてブログアップしたあの本です。
これが、わなんとも不思議な本で、詩人の視線があるんだよね。
伊藤左千夫が出てくるんで、なぜか口がゆるみました。(にんまり)

気になって、せいちゃんブログからかえって、いちばん真っ先にこの人を検索、。
すると歌の和訳もされていて、これ、ということは、これ、中国語だったん?
渡邊はまこさんが元歌をうたっていたらしいよ。


2012年8月12日 (日)

地湧の菩薩

福島第一原発 吉田所長のことばから、もっとも感動したところ。

そんな中で大変な放射能、放射線がある中で、現場に何回も行ってくれた同僚たちがいるが、私が何をしたというよりも彼らが一生懸命やってくれて、私はただ見てただけの話だ。私は何もしていない。実際ああやって現場に行ってくれた同僚一人一人は、本当にありがたい。私自身が免震重要棟にずっと座っているのが仕事で、現場に行けていない。いろいろな指示の中で本当にあとから現場に話を聞くと大変だったなと思うが、(部下は)そこに飛び込んでいってくれた。本当に飛び込んでいってくれた連中がたくさんいる。私が昔から読んでいる法華経の中に地面から菩薩(ぼさつ)がわいてくるというところがあるが、そんなイメージがすさまじい地獄のような状態で感じた。現場に行って、(免震重要棟に)上がってきてヘロヘロになって寝ていない、食事も十分ではない、体力的に限界という中で、現場に行って上がってまた現場に行こうとしている連中がたくさんいた。それを見た時にこの人たちのために何かできることを私はしなければならないと思った。そういう人たちがいたから、(第1原発の収束について)このレベルまでもっていけたと私は思っている。

2012年1月27日 (金)

報恩講で星野の樋口不可思先生の法話を拝聴する

報恩講

八女郡広川町久泉のお寺浄徳寺(真宗大谷派)。

かささぎはこの椅子の女性たちの背後で、膝を抱えた行儀悪い格好のまま、法話を聞いておりました。
一時から四時近くまで、講師の先生は星野のテノール僧侶・樋口不可思師。
武蔵野音大声楽家卒のお坊さんが八女星野におられる摩訶不可思議さ。
しかもその仏教の知識たるや、だれよりも深い。

日々の仕事がとってもきつくてバテ気味で、今朝いきなり母からお寺でお講まかないのお世話役だと聞いたときには、うっへえ、くそ寒いのに、だーれがお寺なんかにいくかよ。なにか言い訳考えて休もう。と罰当たりな気持でいたのですが、それがなぜか急に心の奥深くで、いきなさい、今日の休みは偶然と思っているのですか、という声がして、その声に従いました。

ほんとに久しぶりのお寺でした。

十時に着き、うじゃっと女性たちが割烹着姿で大勢の客の接待をやっている中に交じりました。第二日目の報恩講の日である今日は、参拝者が多く、二百人近かったのでは。
ご飯を装ったり御膳を作ったりおかわりを運んだり、柚子入りの煮豆を人に勧めたり。

おときと呼ばれる食事がすみますと、法話があります。

講師の先生が樋口不可思師だとわかって、ああ、来てよかった。と思いました。
個人的な面識はありませんし、詳しいことは何も存じ上げないにもかかわらず、先生のお話の内容はことごとくダイレクトに胸に飛び込んできて、わたしはこのお坊さんがとっても身近に思えます。こよなく音楽を愛しておられる御坊様、とても誇らしい。すばらしいです。方言交じりで日常の愚痴話をおかしく語られますが、その法話の視野はとても広い。真の知性ある御坊様です。

五木寛之の親鸞への感想も、うすうす感じてたこととまったく同じで、そのことを不可思師はことばではっきりといわれました。これにはおどろきました。
何十年とものを書いてきた人にさえ、むずかしいものなのですねえ。
というような表現で。

さて。
今朝、わたしはちょうど、玄奘と九条の頁を開いて、しょうまんきょうぎげと玉勝間とは何か関連があるんだろうか。みたいなへんなことを考えていたので、その延長線上で、未来義務分詞みたいな「如来大悲のお約束」を反芻してました。

ひとはだれでもたからのクラを蔵している。
それをひらく鍵が念仏申すこころ。
あちらがわからねんじられているのです。
わたしたちはひとりのこらず、ほとけになるのですと。

今日の法話で驚いたこと。

帰りのラジオで吉松隆にばったり出会った話を数日前に書きました。

その中で左手のピアニストのために吉松が書いたアベマリアの編曲がありました。
カッチーニのアヴェマリア。せつないメロディの印象的な曲です。
そのピアニストである館野泉さん77歳が去年星野に二度も見えたそうなんです。
あっとおどろきました。
なぜ。どうして。という思いでいっぱい。
なんでも、館野さんのファンである山本源太さん《詩人。陶芸家》の呼びかけに応じて下さったとかいう話でした。
樋口不可思師のお寺で、星野の浄円寺でコンサートがあったらしいのです。
わたしは知らなかったなあ。
館野さんってお方はフィンランド在住となっていますよね。
フィンランドからみえたのでしょうか?
ますます謎です。
脳溢血で倒れて半身不随になっても、まだ左手が動くからと演奏を続けておられる左手のピアニストが館野泉さんでした。

不可思先生はその館野さんの靴ひもを結んでさしあげたそうです。
先生はシューベルトは弾かれなかったけど、先生のシューベルトを結びました、と云って笑っておられた。

お寺のお堂は解体されて更地になっています。
来年の秋には新しい本堂がこの土地に建つ予定です。


普請中

寺

2010年11月26日 (金)

57歳の森澄雄の『往生要集』  念仏の窮極の境地とは

森澄雄(1919大正8年2月28日~2010平成22年8月18日歿)を読んでいる。

いや、本来なら俳人であるから、句集を読んでいる。と書きたいところだが、句集が図書館では入手できなかった。随想集を二冊借りてきた。

俳句燦々』という随想集の半ばにある「齢のおもい」は、澄雄が五十代の終わりころに書いたもので、俳文に隠された想いがなんとなく仄見える(様な気がする)。
この人の読書範囲には、目を瞠る。たとえば、この文中のつぎのことば。

また舎衛に女ありて須門と名づくと。これを聞き心に喜びて、夜夢に事に従ひ、覚め已(をは)りてこれを念(おも)ふに、彼も来らず我も往かざるに、しかも楽しむ事、宛然たる如し。当(まさ)にかくの如く仏を念ずべし。
(源信『往生要集』大文第六「別時念仏」ー「尋常の別行」より)

これが念仏の窮極の境地だそうだ。
「性をもつ人間のかなしさを大きくつつんだ源信のいいようのないやさしさ。」
と、澄雄は感動的に書いている。源信は親鸞の師である法然の師であり、浄土教の祖である。
かささぎには難解すぎてさっぱりわからなかった源信の言葉が、この森澄雄のコメントに出合って、ああなるほど!とすとんと腑に落ちた。
かささぎが品のないところでがさつに意訳しますと。。。。やっぱやめまひょ。
ただ、「夢で逢えたら」って歌がありますよね。あんな感じじゃないのかな。
それと、この文章の詞には白居易の長恨歌が匂付されているように思う。
これです。→http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E6%81%A8%E6%AD%8C

さらに、森澄雄がこれに続けて書いている次のくだり。
講演会に出かけた町で目に入った交通安全の横幕。
「交通事故死の三割減を成功させよう」とあるのをみて、澄雄は漠然とした違和感を抱く。
善意から出ている言葉だと知りながらも、商品を扱うような「三割減」や「成功させよう」という言葉には、人間の命に対して何か大事なものが欠落していまいか。と問う。

わたしはこれを読んではっとした。何も感じなくなっている自分がいる。

源信『往生要集』大文第六「別時念仏」検索で、真っ先に出てくるもの;
http://home.kobe-u.com/lit-alumni/hyouronn15.html
『往生要集』;http://amiyan.jp/seiten/ojoyoshu.htm
源信:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BA%90%E4%BF%A1_(%E5%83%A7%E4%BE%B6)

森澄雄『俳句燦々』ー「齢のおもいー言葉の中の人間ー」
 平成21年6月20日初版発行、角川学芸出版

2010年6月 7日 (月)

夕光の慈母観音、右斜め後ろから

慈母観音無量寿光の水子抱く    恭子

2010年5月21日 (金)

朧橋にて  口蹄疫談義

朧橋

八女上陽町朧大橋 2010・5・16・13:00

コメント
新聞・テレビの報道姿勢はともかくとして、「週刊誌」の静けさは何なのでしょう。
どういう裏事情があり得るでしょうか?

たとえば、17日発売の週刊現代
   ↓

http://online.wgen.jp/

投稿: 日本の終わり | 2010年5月19日 (水) 12時16分

今ニュースで ワクチン打って処分 と
これはどういう意味ですか
どうせ殺すなら 打たなくてもと 思えますが

投稿: きちきちばった | 2010年5月19日 (水) 16時13分

感染源の殺処分に手間がかかっているのでやむを得ず、という判断のようです。
数十万頭に接種しないと狙った効果は出ないでしょうから、殺処分数が結果的に数倍に膨れあがってしまいます。
なお、えびの市周辺は、感染源対策が着々と進んでいますので、もう少し観察すれば終息が確認できそうな気もします。こちらもワクチンでしょうか?報道ではよくわかりませんでした。

投稿: 学長とりまき | 2010年5月19日 (水) 18時19分

御疑問への答え。
殺したほうが確実なのですが、埋却場所がないので殺すに殺せず、しからば殺すまでの時間稼ぎにワクチンでリスクを少しでも低めよう、ということだと思います。

投稿: 学長とりまき | 2010年5月19日 (水) 18時23分

きちきちばったさんの質問。ワクチンをうつ意味。
いつか学長が答えられたように、ウイルスをやわらげる。ってことなんでしょうね。いきりたつ暴れん坊ウイルスが体内にいつ入ってきてもいいように、温和なタイプのウイルスをあらかじめ注入しておき、いざという時に備える。で、こうていえきに罹患したときは、待ち受けていた温和な免疫が、こらこらすこしおとなしくしてなさい。って、なだめすかしてそのおそろしいまでの力を殺ぐ。
・・・そんなかんじかも。だけど、なんでその牛を豚を処分しなきゃいけないんだろ。性格、よいこみたいなのに。20万頭も!前のぶんとあわせたら30万頭を越しますよね。牛塚、豚塚を作って弔わねばなりませぬ。

投稿: かささぎ | 2010年5月19日 (水) 22時55分

政府の対策本部がようやく具体的な、大掛かりな対応策を打ち出しました。宮崎県の初動の遅れが取りざたされていますが、省庁への報告は4月23日にはなされています。このかささぎの旗で、元官僚さんや、学長取り巻きさんが国からの緊急指令がでないことについて指摘されたのが、5月連休のころでしたよね、たしか。

危機管理体制の検証を、と題して、慶応大学教授が「農林水産省の対応に関して、官僚が主体的に動きにくくなった影響があるのではと自民党が指摘している部分についても、慎重に検証すべき」というコメントを出しておられました。
わたしはこの検証の行方にも、民主党を支持したひとりとして、注目したいと思います。

一日も早い、口てい疫の終息をこころから祈りつつ。

投稿: seiko | 2010年5月20日 (木) 06時27分

セイコ。心のこもったあついコメントいつもありがとう。
マスコミはどうしたといま非難しまくってますが、はっと思い至るのは、中にいらっしゃるのは、わたしたちとおなじ心をもった人たちだってことです。
きっと、言うにいえない事情があって、それが阻害して、思うことが書けないんです。テレビでも追えないのです。その人たちのこころへむけて、ものを書こうとおもう。かささぎ慎重になる。パソコン生命がかかってるからです。固まるのはいやです。

投稿: かささぎ | 2010年5月20日 (木) 11時31分

かささぎさん
嚇されているのですか
どこかに何かいわれたのですか

だけど負けないでください
ぼくら草葉のかげからおうえんしてますんで
ちなみに
ぼくは『世界の終わり』の大ファンです
虹色の戦争、パーカッションの音が気になるけど
たいへんいい歌ですね
『幻の命』ふるえがくるほどいい
かささぎさんはぼくらとおなじって思うから
とくべつに
むいしきのせかいの住人たちがふえるということの
意味をおしえてあげましょう
それはね
無量寿ってことですよ

投稿: きちきちばった | 2010年5月20日 (木) 11時39分

もう時間がありません。きちきちばったさん。どうもはじめまして。ってきのうからコメントくださってましたね。どなたでしょう?
わたしも世界の終わりがだいすきです。
ひとめですきになりました。じゃなかった、ラジオでちょこっときいただけで心奪われた。
んでearthかって聞きました。鼓舞される、なごまされる、いやされる。
じゃ、またおいでください。無量寿、むずかしいです↓

http://www.gyokueiji.net/hirose1.html

投稿: かささぎ | 2010年5月20日 (木) 13時21分

報道のどたばたがよくわかるニュース
~~~~~~~~~~~~~~~~~
「怒りに震えている、本当に。あり得るわけがない。(外遊に)行った人が職員含めて10名くらいいるのだから、そういう人たちに聞いても分かるし」(赤松広隆農水相)
赤松大臣の外遊を巡っては、19日夜、民主党の複数の幹部が、長期出張していたことは問題だという考えを示し、この間に大臣がゴルフをしていたと、明らかにしていました。
これについて赤松大臣は20日朝、このように全面的に否定した上、民主党幹部も、20日朝になって、大臣がゴルフをしていたという情報は「伝聞だった」などと発言し、具体的な根拠は無かったことを明らかにしました。
JNNでは、20日朝のニュースで、19日夜の民主党幹部の発言を報じましたが、発言に対する裏付け取材が不十分でした。お詫び致します。(20日11:12)
~~~~~~~~~~~~~~~~~
大臣が外遊する時には、通常、官僚が随行しますので、公務出張として非常識な行程については官僚が制止します。
私も、過去、何十回も公務出張しましたが、お偉いさんを同行団員としてお連れする時、ゴルフをしたいと要望されても、許したことはありません。
ハワイへ日米会議で出張しても、海岸の砂の一粒も、海の水の一滴も触れずじまいで帰国するというのが、公務員バッシングのここ二十数年来、普通のことですので、大臣がおっしゃる通り、「あり得るわけがない。」ことだと直感的に思いました。
ただ、政治家と官僚との力学が変われば、今後は「あり得ること」になるかもしれませんので、何らかのブレーキシステムを設ける必要があるかもしれません。

投稿: 元官僚 | 2010年5月20日 (木) 14時40分

元官僚さんへ。
政治はよくわかりませんが、それでもお察し申し上げるのは、前政権党のとき経験したこうていえき対策課の官僚たちのつらいお気持ちです。
その方々には今回のこのざまの大本の原因がきっちりとみえているにちがいありません。
投稿: かささぎ | 2010年5月21日 (金) 00時00分

2010年5月12日 (水)

八女郵便局前

八女郵便局前

コメント

この看板、ちっごにも立ってたよ。
田母神さんがくるんだね。

あの事件以来、気にかかるお人です。
聞いてみたいような、
聞いたら影響されそうでこわいような。笑

このようなカリスマ現場監督は有事の際には暴走しがち。これまで現場の暴走がなかったのは、防衛官僚の調整のたまもの。
今は官僚は力を奪われているので暴走が怖い。
もっと怖いのは、政治主導下では自衛隊は政権党の私兵と化すること。次に政権がひっくりかえりそうな時にはクーデターもありかも。

乙四郎のいうとおりかもしれませんね。
今という時代には一時的に国民の熱狂的な支持を得ることができる思想だろう。が、そのあとがこわいとおもう。

本日、衆院内閣委員会で、国家公務員法改正案が強行採決で可決しました。
これで官僚は政権に逆らえなくなります。逆らう人は飛ばされます。
・首相または官房長官は、内閣の重要政策を実現するために必要があると判断するときは、任命権者に対し、幹部職員の任免について協議を求めることができる。任命権者は、幹部職員の任免を行う場合は、あらかじめ首相および官房長官に協議する。
・事務次官と局長級は同一の職制上の段階に属するとみなす。他の幹部職員と比べて勤務実績が劣っているなどの要件に該当する場合、任命権者は次官・局長級から部長級への降任を行うことができる。

国家公務員法改正の続きです。
さりげなく「強行採決」と書きましたが、本来、議会が正常に機能している場合には強行採決はないはずで、何かおかしなことが起きていると思わなければなりません。
ところが、これまた大手紙はその背景の詳細を伝えていません。
意外にもスポーツ紙が頑張っていました。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 自民党の小泉進次郎衆院議員が12日、衆院内閣委員会で国家公務員法改正案の質問に立ったが、議員になって初めて途中で質問を打ち切られ、法案が民主党の賛成多数で強行採決されたことに激怒。与党の国会運営に猛抗議した。
 進次郎氏は、国家公務員の人件費カットや天下り根絶について政府の姿勢をただした。
質問終了時間が迫ると、応援に駆け付けた民主党議員が野党の抵抗に備えて待機。
自民党議員が反発し、委員会室が異様な雰囲気の場外戦に突入する中、進次郎氏は40分の質問時間後も「なぜ今採決するのか」「委員長、絶対おかしい」と10分以上叫び続けた。「小泉は退席しろ」とやじられても続けたが、田中慶秋委員長が打ち切りを通告、採決は強行された。
 悔しそうな表情で委員会室を出た進次郎氏。声はすっかりかすれ、目は真っ赤だった。

「民主党は政権を取って現実を学べば学ぶほど、天下り根絶は無理という現実に気付いちゃった。それを認めずに終えたかったから強行採決した。この法案はもともと、超党派で合意ができていた。野党だけでなく与党の中の声もつぶす、今の民主党の姿そのもの。古い政治に回帰した」と、自民党政権時代に逆戻りしたような民主党の手法を批判した。
 与党は同法案を13日の本会議で可決、参院に送付する。自民党は田中委員長の解任決議案を提出する方針。6月16日の国会会期末まで約1カ月、重要法案の強行採決は続きそうだ。(日刊スポーツ5月13日)

2010年1月25日 (月)

母校

母校

親を思えば夕日をおがめ
親は夕日のまん中に
西の空みてなむあみだぶつ
みだは夕日のその先に

  五木寛之『親鸞』より

八女市老連広報2010の、江崎雄二氏(八女市南国武在住)の書かれていた『思い出す子どもの頃のうた語り』の一節を孫引きしました。
土曜日。
冬独特の空の下、かささぎの目の前を女学生二人が談笑しながら坂をおりていきました。

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