『安楽病棟』 を読む
松永 伸夫
1 はじめに
開業医であり作家でもある帚木蓬生さん*の作品(四六判、1999年4月15日新潮社発行)である。全462頁は30の話から成っている。装丁は、目次に続いてそのまま第一話が始まり、第30話のすぐ後には奥付が来ている。(このような構成は、聖書が全部で66の話=旧約聖書39話と新約聖書27話*から編集されていて、前言もあとがきも著者紹介もないのと似ている。)
この本『安楽病棟』 は、介護老人保健施設で働く医師と看護婦との目を通して、老人医療・福祉・介護のあり方について鋭く問いかけている。全30話は1話ごとに完結しているが、全体を通してこの本の底を流れているのは、現在の日本が直面し将来にむけて善処すべき課題の、老人医療対策である。
特に高齢者医療・看護の問題に関係する話をとりあげて、自分の思うところを記してみたい。
2 本文から
「(略) もう亡くなられた高名な陶芸家の残された言葉があるので、みなさんにも紹介しておきましょう」
先生はそう言って、黒板に大きく四つの漢字を書きました。
〈手考足思〉という言葉でした。
「手で考え、足で思う。これは看護の精神そのものなのです。机の上ばかりでひねくりまわさない。何はともあれ、患者さんの傍に駆けつけ、手で触れ、そして見守るのです。机の前に坐って手も動かさず、考えるだけでは看護とは言えません」
(略)
そこで強調されたのは、痴呆といっても個人によって千差万別だということでした。その人の病前の性格、学歴、職業、家族の状況によって、何十通り、何百通りの呆け方がある。(略) それぞれの特色に応じた看護が要求されるのです。ーそんな言い方で、その日の講義は終わりました。
(略)
先生はスライドを百枚近く持ってきていました。痴呆病棟でのお年寄りの暮らしぶりと、看護婦の働きぶりを、余すところなく撮ったという印象でした。食事、入浴、歯磨き、身体の運動、おむつ替え、排尿誘導、散歩、そして雛祭の行事など、人間の生活の隅々までよくもこんな風に援助できるものだと感心しました。〈手と目で護る〉看護、〈手考足思〉だと先生が言ったことは、全く本当だったのです*。
(略)
「これから先、痴呆の患者さんはどんどん増えていきます。こんなにお年寄りの多い国は他にありません。日本が世界に先駆けて、老人国に突入していくのです。これまでの歴史で、どの国も体験しなかった状況にわたしたちの国が立ち向かって行きます。人類史上初めての大きな実験といえます」*
(略)「老人をかかえる経済的な負担も、国としては相当なものでしょう。それに看護についても、まだまだ模索状態です。有効な薬物もないし、各個人の実情に合わせた看護や介護も確立されていません。みなさんが現場で働いてみたら、多くの矛盾を感じるでしょう。無力感を味わうでしょう。あるいは絶望を感じるかもしれません。
しかし、(略)この老人問題にこそ、日本の進む道があるような気がします。本当に困難な事業ではありますが、今の時代こそ、日本が世界に先駆けてよその国にお手本を示す絶好の機会なのです。(略) ここで本当の知恵を出して、歩むべき道を見出すチャンスでもあるのです。どうか、老いから眼をそむけないように。老いや痴呆に接する機会があったら、そこに何か、人の生きる道、いやこの国が生きる道のヒントが隠されていると思って下さい。(略)」*
3 私見
1 「後期高齢者医療制度」について
健康保険の仕組みが大きく変わって、2008年4月1日から、「後期高齢者医療制度」なる公的な医療保険が、新しくスタートした。
従来の医療保険から、高齢者だけを分離して管理していこうとする新制度である。
具体的には、75歳以上の人は、医療機関での発生医療費の一部を自分達で負担しあい、その保険料は各県ごとに設けられた広域連合が運営する。
高齢になれば多くの人は、体のあちこちにがたが来て、病院にお世話になる機会がふえる。そのための支払医療費も多くなる。その医療保険料を、若い人たちの支払う保険料だけにのっかっていくのではなく、高齢者だけの別会計で管理しようという仕組みである。
だから、今までは息子らの扶養家族になっていて保険料負担がなかった人にも、新制度では負担を平準化させる。すなわち高齢者全員に、医療費応分の負担(一律月額6000円)が発生する。この新制度のもとでは、夫婦の一方が後期高齢者である所帯では、実質的な保険料が増額負担となるケースが発生している。
2年前小泉内閣の時に行財政改革の一環として、この「後期高齢者医療制度」が国会で可決されて今回スタートした。内容面では、保健・医療・福祉・介護の方法を、これまでの症状別に専門病院での治療・看護・介護という方式から、かかりつけ医による治療、在宅介護という方式に変更している。
今回の制度改正は、医療費削減の視点からだけで、せっせと在宅治療へと促す厚生行政の思惑がある。医療費の発生総額を抑えるためにだけ、机上で編み出した制度であるので、医療の現場・市町村の窓口ではすでに混乱が生じていることを、マスメディアは伝えている。
また、この政府による「診療報酬」の抑え込み策によって、閉鎖に追い込まれた医療機関が多く発生している。このような現実に直面して、まさしく医療・看護・福祉に関わる教育機関には、「昨今の福祉切り捨ての中で、社会の中の弱者とされる高齢者や障害者の方々とともに生きていくすべを考え、実践する役割が課されている」* のである。
2 地域医療の衰退の現実とその対応策
小泉内閣のもとで、行財政改革の一として全国で市町村の大合併が推し進められた。複数の行政機関の合併により業務の合理化を図ろうとしたのである。
この医療制度改革の大きいうねりの中で、医療機関についていえば、次のような現実がある。例えば、長崎半島の最南端にある長崎市野母崎町(旧・長崎県西彼杵郡野母崎町)は、合併前は町立病院を常勤の医師5名体制で運営していた。しかし、合併後は市民病院の分院として、常勤医師は3名になった。これまでは町立病院で診てもらえた診療科目だったのに、現在ではバスを50分ばかり乗り継いで都心部にある市民病院の当該診療科まで出向かなければならなくなった。
このような地域医療衰退の実態に対しての善後策は何なのだろうか。
30余年前、高齢者の死亡数が全国でも上位にあった長野県では、鎌田實医師らが旗振りをして、その時から地域全体で地道に生活習慣の改善など予防医学への取り組みを進めてきた。その結果、現在では高齢者の死亡数は減少し、必然的に地域での医療費の発生額も日本で際立って少ない地域へと成果を勝ち得ている。*
為政者はこのような事例を研究しながら、中長期スパンでの医療行政・厚生行政へと、舵取りを見直すことが緊要だと思う。
4 おわりに
この『安楽病棟』 は、10年前に出版された本である。
帚木蓬生さんの視点のすごさに敬服させられる。
著者は、今回の「後期高齢者医療」にどのような意見をもっておられるのだろうか。
保健医療と経営とを学ぶ本学の学生達にとって、大変参考になる本だと思う。
* 帚木蓬生:小郡市生まれ、本名は森山成彰。
東京大学文学部卒業後、民放勤務を経て、九州大学医学部に学び精神科医になる。現在は中間市でメンタルクリニック開業医師として診察をしながら、作家としてヒューマニズムに満ちた作品を発表している。最新刊は『インターセックス』(2008.8月)がある。
* カトリック教会ではこのほかに、旧約聖書続編13話を第二正典としている。
* 帚木蓬生『安楽病棟』p141-142「起床」
* p142
* p144
* 井手信「聖マリアグループの福祉のこころの行方を問う」
『ルルドの聖母』2008・8月巻頭言
*国民健康保険中央会は、このたび(9月4日)、後期高齢者医療の4月分医療費を発表したが、加入者一人当たりの平均額は7万350円で、最低の長野県は5万6697円、また、最高の福岡県は8万7396円であった。
同じく一人当たりの入院費は、最低の長野県が2万5861円、最高の高知県が5万1475円であった。(『毎日新聞』ホームページ2008・9・4)
▼執筆者
松永伸夫:保健医療経営大学(みやま市瀬高町)
学務課 参与
『保健医療経営大学 紀要』
創刊号 平成21年1月刊より引用。
最近のコメント