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2017年1月 8日 (日)

鎌田さんちで見た、こころの時代にABCCが

鎌田さんちで見た、こころの時代にABCCが
鎌田さんちで見た、こころの時代にABCCが
鎌田さんちで見た、こころの時代にABCCが
鎌田さんちで見た、こころの時代にABCCが
鎌田さんちで見た、こころの時代にABCCが


母と叔母二人を連れて上津の従姉の家へゆく
いろいろご馳走になり、のしいかみたいにノペーとなったところで、
ひろこちゃんが、こころの時代をみる?朝五時の番組の録画よ、という。

へえ、なんの話かな、と再生してもらう。
高塚の叔母、目が悪くてほとんどかぶりつきです。

広島のある教会の家に生まれた近藤紘子(こうこ)さんのお話でした。
渡米して原爆被害の恐ろしさを訴え、米国の援助を請う父に同伴、あるテレビ番組で被ばく少女だったこうこさんとエノラゲイ副操縦士との出会いがありました。

人生でもっとも多感な少女期に、放射線影響調査のため、ABCCのステージに立たされ、半身はだかになれと命じられたそのショッキングな記憶が、親にも誰にも話せないほどの恥辱としていつまでも残っていた、と近藤さんは語られた。

初めて知る話ばかりで、あっと思いました。

原爆を落とした兵士を絶対許さぬと思ったこうこさんが、ルイスパイロットの、私たちはなんということをしてしまったのだろう、という心の声に触れ、考えを変えます。

ルイスパイロットはその後、まわりに悔悟の思いを吐露したことを責められ、
精神を病み、入院してしまう。入院中つくった彫刻には、
キノコ雲と大きな涙ひとつぶがあったという。

こうこさんは、少女期に知り合い、ひと月ほど毎日遊んだパールバックの養女の話もされました。
国籍や血縁に関係なく、つながる縁。
その縁への大きな信頼により、自分は放射線の影響てあったのか子供に恵まれなかったけれども、養女二人に恵まれた、と話を締めくくられました。

正月からいい話が聞けて良かった、と、叔母ふたり。
我が母は、よく聞き取れてなかったみたいですが。

暮れに乙四郎さんコメントに出てきたABCCにばったり出くわしたことにギョっとした私は、
この記録に残します。

2016年3月14日 (月)

中島みゆきの「一期一会」と 高木麻早の「会者定離」

3:00くらいに、なみだをひとつぶこぼすぶんぺいさんがいる。
きれいだなあ。。。

やまなみ歌人山下整子さんがこれをみて、よせてくれたコメント

ぼん、一期一会のプロモーションビデオを見てごらんよ。
かずおちゃんは、変わってなかった。
あの頃の面影がそのまま残ってます。特に眼が変わってない。

文平さんは、覚えておられるでしょうか。
高校生の頃、文芸部のメンバーが山口へ旅行したことがありましたね。
あれは、夏休みだったかな?リュックを背負って、寝袋持って。
池ちゃん、園原さんが一緒でした。もちろん文平さんも。
文平さんがリーダー格だったように記憶しています。
どこかの河原で寝ましたね。
テント張って。
石がゴロゴロして、背中が痛む河原にみんなで並んで見上げた夜空を思い出しました。
みんな若かったですね。

文平さんが書かれた「苺畑の魔法使い」という本を持ってます。
文平さんと眼がよく似た友人がくれました。


二番の歌詞にひきこまれます。

2015年12月13日 (日)

紙ふぶき  

マルーン5の「シュガー」にはさまざまな結婚式がでてきます。
東洋人とおぼしき一組のには、『一枚のハガキ』で知った俳優の六平とかいてまさかのむさかさんにそっくりのひとがでてますが、あの集団はジャパニーズじゃなくチャイニーズでしょうね。

紙ふぶきの中でつらそうに歌っていたさぶちゃんの映像をさがしましたが、期待通りのがありません。
これは歌の背景に迫っていて、津軽三味線の音がすばらしいので。

2015年12月 5日 (土)

糸巻きの聖母

動画をぜひひらいてみてください。

展覧会に行ってもこんなに近くで見れることはないです。

「ダビンチの「糸巻きの聖母」日本初公開へ江戸東京博物館 」

http://www.dailymotion.com/video/x2ucv08

ニュース記事、ここにかきました。

連句的。

http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post-2271.html#comment-112231045

2015年11月17日 (火)

いかけやさんティンカー・ベル

明治・大正期の鋳掛屋(日下部金兵衛撮影)

写真引用元;https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E9%8B%B3%E6%8E%9B%E5%B1%8B

江戸時代から昭和期にかけての家財道具であるは主に鋳鉄製であったが、当時の鋳造技術では鬆(ス)が入りやすく、また、ひび割れ等により穴が開くことがあった。その一方、「月夜に釜を抜かれる」といったことわざにみられるように、鍋釜を含む金属類は近代工業以前まで泥棒が真っ先に狙うほどの貴重品であった。したがって、穴が開いたとしても容易に捨てたり買い換えたりするわけにいかず、完全に使い物にならなくなるまで補修を繰り返しながら使っていたのである。これを請け負う修理業者が鋳掛屋である。[2][注釈 1]

語源は金属を「鋳て」(溶かして)「かける」から「いかけや」である。

てぃんかー・べる

  • 人間の赤ちゃんが最初に笑ったとき、妖精は生まれ、「妖精なんていない!」と言われる度に、妖精が一人ずつ消えていく。ティンカー・ベルも、その妖精の一人である。
  • ネバーランドに住む妖精で彼女の妖精の粉を浴び、信じる心を持てば空を飛べる。Tinkerとは鋳掛(いか)け屋のことである。
  • ティンカー・ベルは、壊れたおなべフライパンなどを直す、金(かな)もの修理の妖精である。腕のいいティンクは、物を修理することがなによりのよろこびであった。
イライラしたり、何かに集中したりすると、前髪をひっぱるくせがある。
性格は気が強く、かなりの焼きもちやきでウェンディ・モイラー・アンジェラ・ダーリングに意地悪をする。しかし、正義感も友だちを思う気持ちも人一倍強い。その証拠に、友人のピーター・パンがフック船長の罠によって毒を飲みそうになったときに、ピーター・パンを助けるために彼女が代わりに毒を飲み干すシーンがある。
  • ちなみにロンドンからネバーランドまで、2時間45分で飛ぶことができる。

2015年10月 1日 (木)

月光と馬盥と火星の水

機関車の底まで月明か 馬盥  赤尾兜子 

   昭和44年

  (円錐誌65号より引用)

うまだらいに水が張られている。
月がその水面に光の筋をみせている。

真っ黒の機関車の底、という言い方。
まるで潜水中の潜水艦のように思えてくる。

この句の作りは、火星にも水がある、というニュース映像を連想させる。
(なぜかなあ?)

軌道上から「模様」をとらえた写真(ニコニコ生放送の会見映像より)

2015年9月20日 (日)

「思考の部屋」と金子兜太先生と東妙寺らん

「かわる」という言葉から刻まれるもの

           思考の部屋

2015年09月19日 | ことば

 「かわる」ということはどういうことなのか。古語の世界では「かはる」と書くこの言葉、「かわる」という音韻に接しそこに現れてくる漢字はどういう感じになるだろうか。

 他者との対話の中で他者が発する「かわる」という言葉は、会話の内容により自ずからその漢字が現われてきます。いつもの楽しみで古語辞典を紐解きますが、ベネッセ古語辞典では「かは・る」【変はる・代はる・替はる】で解説されていますが、岩波の古語辞典では「かは・る」はなく、「かはり」【代り・替わり・変り】が解説されています。

 ベネッセの「かはり」は、【代はり】の漢字表記の言葉だけが解説され、「①交代。後任。②身代わり。代理。③つぐない。代償。④代価。代金。」の四つが掲載されています。

 参議議員で新安保法案が可決されNHKニュースでは「大きく時代が転換することになります。」という言葉を耳にしましたが、古語の世界ではどうもこの「転換」という言葉に使用されている「換」を使った「換わる」はありませんが、

 大きく時代は「かわる」ことになる。

 現代の「かわる」は、【変はる・代はる・替はる・換わる】と国語辞典を引くまでもなく常識感覚で理解できます。

 どうしてこのように国会前は静かなのか、「60年安保」やその後の時代には「安保阻止闘争」は火炎瓶が飛び、ゲバ棒が振り回され、催涙ガスが漂う流血の時代がありましたが、時代は大きく「かわり」前時代に比べるととても静かなのです。

 流血や死者をともなう闘争からの教訓から「何か」を学んだのだろうか。

 今回の「絶対平和を主張する」国会広場の人々や国会内で同じように「絶対平和を主張する」野党議員さんの中には「替わりない」人もいるようですが、「何か」が人を変えたのでしょう。

 一方国会内で「絶対平和を主張する」与党側の議員さんの中にも若かりし頃に国会前側に居た人もいるのではないか、今は黙して語らない人が・・・・。

 ここで私は与党側を「絶対平和を主張する人々」であるとして書いていますが、ここに矛盾を書き綴っているわけでもなく、「戦争をしないための新法案」という言葉に「肯定・否定」を加えないで聴くならばどうしても双方の共同無意識が働く「絶対平和主義」の世界があるように思うのです。

 精神的無意識を語るV・E・フランクルならば「良心」「愛」の集合的、普遍的、共同的な無意識があると思うのです。

 仏教の世界ならば「誰もが仏になる可能性」という「仏性」のようなものがあると思うのです。

 「絶対平和な時代」

があったのだろうか。

 「見知らぬ外国人が突然訪れて強行に及ぶ」・・・この場合の強行とは強行犯のことで殺人・強盗罪に該当する犯罪を敢行する事態を意味します・・・こういうことは稀なことですが、「絶対平和な時」というものがあります。過去にこんな記事を書いたことがあります。

ほんとうの幸い[2011年12月29日]

私は、ここで語られる(松竹KK「男はつらいよ 寅次郎恋歌第8作」)の寅さんの妹さくらの夫博の父親(志村喬)が寅さんに語る、

【志村喬】
 「いや、そんな話じゃないんだ。ポツンと一軒の農家が立っているんだ。りんどうの花が庭いっぱいに咲いていてね。開けっ放した縁側から、灯りがたくさんついた茶の間で家族が食事をしているのが見える。わたしゃね、いまでも、その情景をありありと思い出すことができる。庭一面に咲いたりんどうの花、あかあかと灯りのついた茶の間、にぎやかに食事をする家族たち、わたしは、その時、それが、それが、本当の人間の生活ってもんじゃないかと、ふと、そう思ったら、急に涙が出てきちゃってね。・・・・・・人間は絶対に一人じゃあ生きて行けない」

このセリフが大好きです。

「絶対平和な時」

精神的無意識にあるとされる「愛」の世界です。

「時・時・時・時・・・・・」

 時は刻まれて代(だい)が代(かわ)って行くことから「時代」があるのでしょうか、そうなると「替わらない人々」は何が「かわった」のだろうか。

「絶対平和な時代」

は思考の彼岸においているのではないだろうか。一方

「絶対平和の時」

は、個人的に思うのですが思考の此岸にあります。

世の中はどうしても時の流れです。突然の災害や突然の強行はおとずれるのが常です。

常ではないが常であるという矛盾。

矛盾的自己同一の世界は現れる。

 事実「絶対平和な時代」の主張は双方の常識なのです。正しさの主張は常に矛盾をもつものであり、常識の衝突が現象として現われます。

「人間は絶対に一人じゃあ生きて行けない」

 まるで俳人金子兜太さんの万葉の「情(こころ)」の「ふたりごころ」で語る相手に開かれた「こころ」です。

 金子さんは「アベ政治を許さない」という文字を書きました。

しかし世の中は国技館では相撲が開催され、球場に人々が集い幸せそうに観戦し、災害の爪あとの復旧にまい進しています。時は同時に刻まれてゆきます。

▽コメント

雨の中の一家総出の田植え (かささぎの旗)
2015-09-19 09:24:19
志村さんのせりふ、よくわかる美しいことばですね。
おなじような場面をいくつも記憶している世代です。
自分でさらにつけくわえたい場面もあります。
あれは一昨年のこと、雨の中いとこの若い一家が田植えをしているのに通りかかり、遠くからみていました。
まだちいさな娘二人にはおそろいの雨合羽をきせ、二十代の父親は田植え機をうごかし、可愛い嫁は苗配りをしていました。
ゆめのようにうつくしい光景でしたが、それが最後でした。
その年まででした、外に仕事をもつ身のひとが、うちの水田をかわって作ってくれたのは。
本業が忙しくなると手間暇のかかる稲作はやめるしかなくなります。
そんな家ばかり増え、いまはみわたすたんぼじゅう、耕作依頼をしているたんぼばかりです。
わたしはブログをはじめて今年の冬至で満十年になりますが、そのころには、まだわが家でちゃんと田をつくっていたのだ、とおもうと、感極まります。

もはや郷愁の中にしかありえない世界。

きのう成立した戦争法案も、いのりとして永遠であると皆が思う憲法九条も、根はおなじなのだろうとおもいました。
そんなふうにして、戦前も時代がつくられていってたのですね。そのときどきで、最善を尽くすというやり方で。
きっと思考の部屋さんもそう思われたのではなかろうか。

折鶴の吹き込む息にある九条    東妙寺らん
 第62回長崎原爆忌平和祈念俳句大会
 金子兜太特選句

2015年9月 5日 (土)

時間学研究会活動報告 第17回~第25回

What’s 時間学 ? (その56)
時間学研究会の歩み(その2)

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保健医療経営大学 時間学研究会の活動記録(その2) 

① 時間学研究会(その2:第17回~第25回)

回数 開催年月日 テーマ   発表者  出席者(含・発表者)

第17回 2014年7月17日(金)
「異文化理解と戦争回避」~ヒンズーとイスラムの理解~ 
橋爪章学長   6名                                         
第18回 2014年8月21日(金)
「プロジェクトマネジメント~時間を可視化して情報を共有する~」
  伊達卓二 先生   6名
第19回 2014年9月18日(木)
「鈴木榮太郎の社会学的世界と時間学」             
辻 正二 先生    6名
第20回 2014年10月23日(木)
「児童文学書『モモ』における「時間」を考える(その1)
 ─「モモ」DVDの字幕スーパーをたどりながら ─ 」
 松永伸夫会員   4名
第21回 2014年11月20日(木) 「天文年間」
          橋爪 章 先生   5名
第22回 2015年1月22日(木)
「フットパスによる地域活性化効果の可視化と評価」
   中村寛樹 先生   6名
第23回 2015年3月19日(木)
「随筆「宿題としてのキリスト教」(橋爪大三郎)、に学ぶ 
      (その1)讃美歌  」 
          松永伸夫 会員  4名
第24回 2015年4月22日(水) 
「みやま市民の地域課題とコミュニティ分析 」
       辻 正二 先生   6名
第25回 2015年5月27日(水)  
「実働時間と契約賃金─ぶどう園の労働者のたとえ:
 10時間労働と1時間労働の賃金が同じという信じがたい話 」
松永 伸夫会員 6名
                                                                       
② 日本時間学会活動

日本時間学会第6回大会(2014年6月7~8日、保健医療経営大学)
 自由報告:
 
6月7日(土)木下宏一会員:
       「時間学」から読む太平洋戦争
               ─安岡正篤と日本海軍─


6月8日(日)内田和実会員:
観光・ツーリズム研究における「時間」の捉え方に関する一考察

時間学研究会の発足から1年半を経た2014年6月、保健医療経営大学を
会場校として「日本時間学会第6回大会」が開催されました。主催は山口
大学時間学研究所でした。会場校としてハード面からの準備を
辻正二代表のもとで進め、重責を無事果たすことができました。
そしてこの大会では二人の会員の研究発表がありました。
両者とも月例活動での発表をベースに敷衍しての発表でした。
これからもこの研究会活動は地域の文化発展の一助としての役割を
果たしていくことになります。

(投稿者:保健医療経営大学松永伸夫)

▽かささぎのあまり関係ないひとりごと

けさ、まっさきにアマゾン書店で発送済み履歴を調べた。
いつまでまっても「古寺巡礼 輪王寺」(山本健吉ほか)が届かない。
およよキャンセルあつかいになっている。
古書、そのとき最安値のが1700円くらいだった。
もっと安いのでいいとおもったのだろう。
ところが、いまは最安値が2000円もする。

こうしてはいられない。

けれども、ちょっとまってちょっとまって。笑。

関係ないことばかり書くなよ。って。
足尾の星野氏が銅山開発にからんでいることを知り、よみたくなったのである。
山本健吉の父祖の地が武蔵(横山氏)と八女(石橋氏)でもあり興味がある。

2015年9月 3日 (木)

地名のなかの時間学

コメント

上毛新聞と言って思い出すのは、アタシの好きな作家の一人、横山秀夫さんが書いたクライマーズハイですね。
横山さんご自身が上毛新聞の新聞記者だったと聞いてます。その記者時代に遭遇した日航機墜落事故のことを書かれた作品でした。
作品の中にライバル社として上毛新聞が登場してました。実在する新聞社なんだと、改めて実感。

お昼に上毛新聞ググると、真っ先に櫻井翔くんが出ます。
はにゃー?

クライマーズハイ、映画をみにゆき、テレビでも二回みました。
じょうもうしんぶん、が、出ること、シリマセンデシタ。
きっと活字でよんでたら、記憶しただろうね。

きょう、はじめてしったことがあります。
おもわず、ぶっとびました。

>ジャンボ機は実際には御巣鷹山の隣の山に墜落した

のだそうです。
そして、そのやまのなまえは。

高天原山!http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1055425595

御巣鷹山頂と高天原山頂との間を結ぶ尾根に墜落しました。
墜落地点をどちらの山とするかですが、どちらかといえば高天原山の山稜といえる場所(北緯36度0分5.41961秒東経138度41分37.68596秒)だったので御巣鷹山に墜落したというのは誤りでしょうが、御巣鷹山の尾根に墜落したというのは誤りとはいえないでしょう。
後に上野村村長が墜落地点を「御巣鷹の尾根」と命名しています。

当時の事故処理官僚さん。
ありがとうございます。
また教えて下さい。

2015年8月26日 (水)

地名のなかの時間学

地名のなかの時間学

上毛新聞という地方紙、はじめてみました。
かささぎは工員をしています。梱包。
備品をスチコンにおよそ十個つけますが、その備品の発注先、多彩!
大きな会社も知らない町工場もある。
もちろん韓国もあります。
これはその包装のなかにまじっていたもの。
なんだったかな。減圧弁だったか。

工場はどこもオンデマンド方式ですからねえ。

じょうもう、とよむのか。と、まず思い。
大分にあるのはしもげぐん、かみげぐんです。

それと、今日の歴史。
ベトナム戦争激戦中の、あの、事件をとりあげてあります。

わたしは南京事件を連想した。

七十年のこの平和、ありがたかったなあとしみじみ思います。
地名のなかの時間学

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