無料ブログはココログ

2009年9月24日 (木)

クレヨンしんちゃん、サヨナラはいうまい。

クレヨンしんちゃんの作者がなくなりました。
とてもこどもがしんちゃんを大好きでしたので、作者のことはほとんど知らないにもかかわらず、お悔やみ申し上げます。

今朝、き坊の棲みかの大江希望ブログにいきました。
以前チラッとよんだアメリカでは今オバマ大統領への抗議デモがすごい規模でおきているっていう件をもう少し詳しく知りたいと思って。そしたら、おもいがけずここで臼井さん追悼文をよみ、しみじみとした気分になり記事をいただいて帰りました。以下、引用文です。

「クレヨンしんちゃん」の臼井儀人の遭難のニュースで、わたしが最初に注目したのは、つぎのフランスのブログを紹介する「サーチナ」で、フランスで人気だったというもの。ただしこの「サーチナ」は、遭難者がまだ臼井儀人であると確認される前の段階。

19日朝、群馬・長野県境の荒船山で男性の遺体が発見された。この遺体は、11日から行方不明となっている『クレヨンしんちゃん』の作者、臼井儀人さんの可能性もあり、警察で調査が進められている。フランスでも『クレヨンしんちゃん』はフランス語版で約20巻が出版されており、人気となっている。
漫画に関するフランスのウェブサイトTAITEI NO KENでもこのニュースが取り上げられ「遺体の身元は明らかでないが、臼井さんである可能性がある」と報じられた。この記事のコメント欄には「最初に読んだ漫画の一冊が『クレヨンしんちゃん』だった。もし臼井さんが亡くなっていたとしたら大変悲しい」といったコメントが寄せられており、フランスの漫画ファンの間でも臼井さんの知名度が高いことがうかがえる。
また、遺体の身元がまだ判明されていないことから、「孤独に亡くなり、誰にも発見されなかったかもしれないことを思うと胸が痛む。もし遺体が臼井さんでなかったとしても、悲しい出来事だ」とこの事件自体を悲しむ声も挙がっている。(サーチナ9/20)

類似の臼井遭難を惜しむファンの声は、いまは中国や韓国からの報道にもある。

わたしは「クレヨンしんちゃん」は好きで、単行本を20冊近く持っていたと思う。06年春の転居の際、放棄した。わたしはアニメを見る習慣はなく、「クレヨンしんちゃん」のアニメはほとんど見たことがない。面白そうなマンガを知ると、古本屋に出かけていって一気に10冊程度買ってきて、それを繰り返し読む、という“何周遅れかのランナー”のようなファンである。

臼井儀人と確定したとき、“しんちゃんが丸い目に涙一杯溜めて泣いてるだろう”と、倒錯したイメージが湧いた。合掌。 (大江希望・文)http://www.ne.jp/asahi/kibono/sumika/kibo/kinkyo0909.htm#saisin

▼ かささぎの追悼文

しんちゃんのどこが好きかといえば、下品なところでした。
おしりを出してはもちあげて、フリフリってしたり、おちんちんを出してはぞうさんをやったり。まことに男の子らしいやんちゃなところがかわいくて楽しかった。
とうちゃん、かあちゃん(ミサエと呼び捨て)もいっしょけんめい生きてるかんじがすきだった。みさえさんの九州弁がたまにでてくるのも親近感もてた。
春日部に住んでたしんちゃん。
二年前夏に東京の昭和館でアナウンスが春日部小学校のみなさん、お集まりの時間ですって聞こえてきたとき、あっしんちゃんがきているかもしれない!とかささぎはすぐに思ったくらい身近なアニメヒーローでした。

しんちゃんをエッチなこどもに仕立てた臼井さん。
どんな素顔の人だったのでしょう。
かささぎはクレヨンしんちゃんを読むと、欲は聖なるもの、ほとばしるものである。
というような密教の思想を思い、はればれと解放されるのでした。

2009年9月11日 (金)

政権交代と医療(12)  乙四郎元官僚語録

保健医療経営大学学長

 橋爪 章

政権交代による医療の行方については、厚生労働大臣のポストに誰が任命されるかで流れが変わります。

民主党政策集の記載事項に方向性が示されていますので、個人プレイでそれらに逆らうことはできないでしょうが、政策の実現手順など子細については、大臣の匙加減の余地があります。

大臣自身の、医療についての見識や哲学に委ねられます。

また、大臣と官僚との距離の取り方のスタイルにもよります。

固有名詞の世界です。

厚生労働行政は、医療だけではなく年金、労働、福祉と幅広い課題を管轄していますので、それぞれの分野ごとに候補者がいます。

ここでは医療がテーマですので、民主党国会議員で特に医療政策に詳しいとされている2人をピックアップし、選挙後、業界ニュース(ロハスメディア取材)で流れた彼らの発言を拾ってみます。

仙谷由人:医療再建議員懇談会会長、がん治療の前進をめざす議員懇談会会長

(国立の)医療施設について、「減価償却も未来投資もないような貸借対照表でやっているのはおかしい。そんな状態で中期的にもプロフェッショナルとしての医師や看護師がどう育ち、どう継続していってくれるのか。そこから考えてもすぐ分かるようなでたらめな事が行われていた。ビジネスモデルを色々照らし合わせてモデルを提示し、医療と経営ができる人を育てていくことが必要」

中央社会保険医療協議会(中医協)について、「診療報酬の付け方として、ことここまで来させて、国民から怨嗟の声が上がって、民間病院の首が全部絞まって公的病院は赤字だらけ。国って何なのかと、中医協という存在はそういうことは考えなくてよかったのかと。公益委員の役割は何だったのかと。保険組合とか開業医、財務省との三者の綱の引き合いの中で祭り上げられてまとめ役をやっているような気になっていたけど、まとまった結果としてもそのことが医療現場をどういう状況にさせたのかという反省なしに、金があるかないかの話するだけなら、そういう中医協ならいらないのではないかと僕は思っている」

鈴木寛:医療現場の危機打開と再建をめざす国会議員連盟幹事長

国家戦略局がマニフェストの内容を体制整備していく際の方向性について、「トッププライオリティ*は医療であるのは間違いない」

中医協改革について、「12月まではいじらない。本格的には1月後半」

中医協改革というのは象徴であって、本来は診療報酬の決定プロセスをどうするかということ。それには実態がきちんと把握されていることが大事で、医療の手間ひま、あるいは技(わざ)の実態調査からまずやらなければいけない。その実態把握がフェアで納得のいくものでなければいけない」

国務大臣というのは民間人の登用も有り得ますし、過去の連立政権では、厚生労働大臣を連立党から登用したことが何度もありました。

現段階では予測がつきませんが、しっかりとした社会保障哲学を具有された方を登用してほしいと願います。

保健医療経営大学ホームページ:http://www.healthcare-m.ac.jp/
「学長のひとりごと」9月11日付記事より

かささぎのひとりごと:

とっぷぷらいおりてぃとは何。

top priority  最優先課題
first priority とどう違う。たぶんおなじ意味。
(こげな横文字つかってほしくない。)

コメント:

竹橋乙四郎という厚生官僚としてかつて医療行政の中枢にいた人から、じきじきに今まさに展開しつつある政治劇のみどころを毎朝ていねいに解説してもらっているわけで、連日かってに文章を引用しつつ思うことは、へえーやっぱりなんのかんの言っても官僚ってすごい沢山詳しく医療のことを知ってるし、普通に考えられる限りの分析はしつくしてたんだな。という驚嘆の思いであります。

で、かささぎあたまがおもうこと。

「はいはい、一見さんや素人さんはどいとくれ。
こっから先は長年やってきたもんじゃないとわかんないよ。
はい帰った帰った。」と境界を設けず堰をつくらず垣根を持たず、ふつうのことばでふつうの人とふつうに医療用語や行政用語を交えての話をしてほしいってことだけ。そうしない限り、必要性も緊急性もだれにも伝わらないから。そうしないといくらすばらしい保健医療を編み出しても、ありがたささえわからないから。

かささぎは全く乙四郎のえらさがこれまでわからなかったのですが、これをずうっとコピペしていくうちに、官僚ってすごいな。と思うようになりました。

さて連句的コメント、
「き坊の棲みか」大江希望さんのブログに最近載った欧米諸国のワクチン事情。ひいておきます。9月10日付記事です。http://www.ne.jp/asahi/kibono/sumika/kibo/kinkyo0909.htm#saisin

なお、希望さんのブログでは、びっくりするような虫のアップ写真をみることができます。表情ゆたかで、とっても愛らしい。しっぽがまるでブラシみたいなコスカシバとか。

2009年8月18日 (火)

あたらしい視点を教わる。

さいきん、秋色紫陽花っていうのがはやっているんだって。

神崎さくらさんのブログでおしえてもらいました。

なんのことはない、そのまま紫陽花が枯れていくまでの色の深まりを愛でるものらしいのですが、さくらさんの写真でみせていただくと、とってもきれいなんです。これです。

あきいろあじさい:デジカメ日記http://blog.goo.ne.jp/ssj19430903/e/c9e04970b5e698136290f29afdc7d2bd

それから、希望さんのブログであっと驚くことを教えてもらいました。

これです。

http://www.ne.jp/asahi/kibono/sumika/frame/big-photo.htm

このちょうちょ、よく日陰のくらい陰気なところを陰気な顔でとんでいますよね。
でも、名前すら知ろうとしませんでした。

きれいなもの、はなやかなものにばかり、目がいって。

ひめじゃのめ、という名前なのですね。ありがとうございます。覚えました。

大江希望さんの留め書き引用:
(ひめじゃのめの交尾写真)

蒸暑い日中、ヒメジャノメが突然現れて、道の脇の草に止まった。たいてい薄暗い木陰にいる蝶なので、よいシャッターチャンスなのだ。よく見ると、交尾行動のカップルだった。それで、いつもと少しちがったふるまいをしたのかも知れない。
海野和男が「訪花することはきわめて稀で、果物などから吸汁することが多い。イネ科の雑草をより好む」と書いているが(『フィールド図鑑 チョウ』)、この場合もネコジャラシか何かのイネ科の葉に止まっている。

8月1日撮影 於小金井市

では、今日も元気にいってきます。

みんな、夜七時だからね。ガスト、ね。ガスト、ってどういう意味かしら。
忙しくてこれないって人たちも、かたづいたら、きてよ。

2009年7月11日 (土)

雨籠りに昔の映画ばなしをしよう。

 『冒険者たち』はけっこうファンが多い。これをパクった日本映画もいくつかあって、1981年の『冒険者カミカゼ』は軍艦島(端島)でロケしてます。そして偶然ながら、最近近くの図書館から『軍艦島1975 模型の国』というドキュメントDVDを借りてきたばかり。
 『ゲッタ・ウェイ』もよかったですね、サム・ペキンパー監督作品は好きなのが多かった。大学に下駄履きで行った時、友達が言った「下駄・ウェイ」という下らないダジャレまで思い出してしまった。
 好きな日本の女優さん、書き忘れてました。八千草薫や小津安二郎作品に出てくる若い頃の香川京子~でも決してマザコンではありません、為念。そして60年代末から70年代前半にかけての梶芽衣子が最高の好みかも。クエンティン・タランティーノにまで影響を与え、「キル・ビル」シリーズではクライマックスで「怨み節」が流れるし。あ、「キル・ビル」って御存じでしょうか、千葉真一や栗山千明などが出ているバイオレンス映画だけど、日本人が馬鹿にしやすい日本映画が、映画の本場ハリウッドなどでいかに評価されているか、日本人よ、もっとわが国の文化を見直せ!と、またこんな時だけ民族主義者になる私であった。

ででで。ではろいりさん。こんど「冒険者たち」と「下駄ウェイ」と「きる・びる」かりてみる。おどろくほどなにもみとらん。おれたちにあすはない。もしらんし、あれもこれもなんもみとらん。ああそういや、「ある愛の詩(うた)」ってのは唯一みにいった気がするが、たいくつなえいがだったよね。

恥ずかしながら、中学生の頃松原智恵子のファンでした。。。。。なーるほど。以下、連句的。
隊員さんに舟木一夫の大ファンがいて、千曲ちかく歌えるといばっていた。そんなに曲があるのかな。
小学六年のころ?五年?バスのなかで、くにこちゃんが舟木一夫の歌「絶唱」をながながと歌っていたのをわすれない。かなしいうたですからしんみりとして、ああいうときにうたううたではないなあとおもった。(→絶唱は、かささぎの旗がときにリンクする大江希望さんのお父上の作品みたいです。よく存じ上げませんが。)
いま、いくらなんでも失礼だと思って、ちゃんと調べてみました。ウィキにあります。はりつけました。
それをよんでいましたら、大江賢次は、ナップに所属してたことがあるようです。はっとしました。石橋貞吉も入っていたからです。(若かりしころの山本健吉のことですが。)
縁というのはほんとに円になっていますねえ。

>「ある愛の詩(うた)」ってのは唯一みにいった気>がするが、たいくつなえいがだったよね

あたしも美しい映画、美しい歌、これはすきくないよ。以外やろ?

たとえば「シクラメンの香り」みたいな歌がきらいでねぇ、退屈でふうたらぬるかつがすかん。

びじゅある的に美しかとは好き。
先日のドヌーブのあの場面すっかりはまっとる。

映画はあまり見たことがなほう。でも、ゲットアウェイやひまわり、ゴッドファザー、ダラスの暑い日、戦場のピアニストは見に行った。

小6の頃かな、兄に無理を行って、若大将シリーズの3本立てを見に連れて行ってもらった。今は1回の入場で1本しか見られないから損したような気分だよね。

2009年6月25日 (木)

大江希望さんの渋の話から思い出したこと

大江希望ブログ日記、気になったので引用させてもらいます。
以下、全文引用。

その過程で、今井敬潤の「柿」(渋柿)についての労作を知ったのは収穫だった。わたしが学んだことは、多いが、とりあえずメモしておくと、

  1. 柿は世界中にあるが(例えば、黒檀もカキ科)、甘柿は日本にしかない。 木津川を柿渋を詰めた樽を満載した船が航行するのは、大正期までは、普通に見られた光景であるという。酒を絞る袋は柿渋で厳重に染め上げる必要があったが、それは、もしそうしなければ、木綿糸のヨリがすぐ戻ってしまって目が詰まり、酒を絞ることができなくなるという。漁網はすぐ腐ってしまうので柿渋で染め直しつつ使ったものだという。これらのために常時消費される柿渋の量は莫大なものであり、それをバックアップする体制が存在していたのである。
    ナイロン糸の登場によって、有史以来の“有機化学技術”のひとつが、“時代遅れ”の技術として忘れ去られようとしているわけである。
  2. 甘柿が日本に広まったのは「御所柿」(奈良の御所市からはじまる)だが、それは江戸時代前半だという。したがって、それ以前は、食べる柿は渋柿を甘くしてから食べた(干し柿、熟柿、酒を使うなどの加工)。
  3. 柿渋の利用が、おそらく有史以前から行われていた。漆を使うよりずっと扱いやすい柿渋による防腐効果などは早くから知られていたであろう。家屋の柱、木器に柿渋を塗ることなど。
  4. 漁網・酒や醤油などの醸造業・番傘などへの柿渋の利用は、少なくとも江戸期には産業として発達しており、「柿渋屋」は重要な産業の一翼を担っていた。渋柿を生産する農村に対しては、かなりの課税が(柿の木1本あたりいくらとして)実施されていた。

    (大江希望)

http://www.ne.jp/asahi/kibono/sumika/kibo/kinkyo0906.htm#saisin
『き坊の近況』21年6月22日付けより転載。

上記の文章を読んでいて、かささぎは熊本出身の俳文学者・故東明雅先生のことばをハタと思い出しました。
魚のギギについて最晩年の明雅師と無駄話をしたことがある。(手紙で)
師はこういうはなしを余白にかかれていました。
「そういえばむかし、釣具屋の前を通ると「ぎぎあります」と貼ってありました。
あれは結核のくすりになったのでしょうか。
」 


それをこんなときになんでおもいだしたのか、それがわからない。

とにかく、希望さんのこの文章を読んでいて、それを連句的におもいだした。
ぎぎ、さかな、結核のくすり。で検索したら、でたなかに次があった。

http://homepage2.nifty.com/onibi/wakan50.html

ぎぎは、ぎーぎーと泣くさかなです。
結城秀康の幼名がこの魚からとって、おぎい。といいました。
カンのつよい、よく泣くこどもだったのでしょう。

さらに、ぎぎと結核のくすりで検索すると、こういう記述にもであった。
煩悩即涅槃、密教思想、空海とつうじる。
http://blog.goo.ne.jp/5066_2007/m/200704/1 ヨーガ健康術の9

煩悩即菩提
しかし条件が悪くとも、呼吸に変化がない人は、例えストレスがあっても、それに耐え却って進歩するのです。
昔殿様に、アユ献上するのに長距離の移動で、アユが死んでしまいますので、賢者が、一匹のギギ刺す魚を入れたところ、緊張感から全てのアユが生きていたそうです。
人間も緊張感を持ち、腹式呼吸で呼吸が乱れない人は、ストレスがその人の気力の根源になります。
自然呼吸で生活しているしている人は、病気のダメ-ジを受けるのです、今のようにバリヤ-フリとか、刺激を少なくしますと、だんだんとボケ老人が増えるのです。

(こんなことをあさごはんもたべずにやっている私はなんて暇なやつかとおもう。
とびきりいそがしいのに。)
       

2009年5月15日 (金)

迦楼羅捨て去る

  半歌仙 『蓑虫の』
蓑虫の音を聞きに来よ草の庵(いほ)  翁
  やや寒の身を入るる寝袋      乙四郎
海にある月の真顔をあらために      恭子
   ブロガーといふひたむきなもの  整子
鉄人の面子が返る風暮れて      宙虫(雑)
   冬の泉の静かなる面(おも)   らん

この時を簀にちりばめて紙を漉く   乙四郎
   舌でしめらせ裂いて二つに    ぼん
油きりのへたな女と暮らしをり     虫
   迦楼羅捨て去る不動明王    整子

この意味するところ、わかりますか。
不動明王の背後の光背に「迦楼羅焔(かるらえん)」という模様があるそうです。かるらという竜(蛇であり虹であり)をたべてしまう巨大な鳥を模した炎が不動明王を取り巻いているんです。それをとっぱずす、ってことはどういうことかな。
こっちとったら動きが出ますね。はげしい調子になる。
「迦楼羅の母が龍の母と仲が悪かった事から、龍の仇敵になった、という伝承が生まれたようです」↓
(高野山へ、だんだんいきたくなってきました。)

迦楼羅焔…………………三毒(三つの煩悩)を食べ尽くす伝説の火の鳥「迦楼羅」の形をした炎

↑の資料の小学校の校歌、作曲が信時潔なんです。さいきん、リカさんのブログで紹介されていた人ですので、あっと思ってしまいました。
「海ゆかば」(第二国歌とよばれたらしい)の作曲者だそうです。「海ゆかば」には二種の曲があるんだって。その資料をみていたら、神津善行の講演があっていたことも知る。のぶとききよしとわたし。という題。神津さんはかささぎの成人式での講演者だったので気になる。まったく関係なさげなことが繋がってくることがこわい。


この時を簀にちりばめて紙を漉く   乙四郎
   舌でしめらせ裂いて二つに    ぼん
油きりのへたな女と暮らしをり     虫
   迦楼羅(かるら)捨て去る不動明王 せいこ
プラハから核廃絶の時の声      恭子

よっしゃ、きまった。
われながら見事な転じだ。自画自賛。
おつしろうが以前翻訳してくれていたので。

「オバマ大統領のプラハ演説」竹橋乙四郎
http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/post-ac94.html

で、『蓑虫の』まき、つぎは裏6句目、夏でいきます。
夏の季語をいれて、どんなことでも結構ですんで。
だしてください。たくさん出してくださいませ。

ばどさん、きっと流れについてゆけないだろうと思います。
ばどさんは気がのったときに恋句をだしてくれる人、そしてその恋句が時に
みんなとは違うはっとするようなモノをもっている人です。
だけどそんなわがままな投句のやりかたではいけないです。
連句はいろいろときまりがあって、たとえば、さっきまで冬だったのになんで急に夏なんだ。って思うでしょう。
式目の、「季戻りを避ける」という決まりは、あくまで、一つの季節のなかでの季節の戻りはやめる、という約束です。
季節と季節のあいだは雑といって季語なしの句をはさみます。この雑句のなかから川柳がうまれました。
その代表的なものが恋句、恋をよまずになんの川柳人であろうか。
とはいえど。

ばどさんの持ちネタ、今朝ブログへ行ってみてきました。
おもしろい句もあったしかなしい歌もあった。
http://622.dtiblog.com/blog-entry-193.html

ばどさんブログ「輪のぼやき」競輪ですった話中心主義ブログ。
さいごに必ず一句のまたは一首の句や歌が添えられる。
でもおどろいた。全部主語はおれ。それ以外の句はあまり無い。
それってさびしいよ。やっぱ連句しなよ。
自分以外のものになって、その視点で句を出してみる。
これがまず、課題としてばどさんへ与えられました。
ただの景色の句とか、作るれんしゅうをしておいてください。
次の句は夏の景色の句がほしいです。
ばどさん、出してほしい。
なんの感情もはさまず、ただ夏の景色を短句の77で表現してください。
前句を意識のどこかにおいて。

あの演説に関して、希望さん(大江希望さん)のブログでしたたかなアメリカ外交戦略を揶揄する記事を見ました。

ついでですから、まるごと引用しておきましょう。とっても公的。
じつに簡潔に各国の反応をまとめてあります。引用は、大江希望「希望の棲みか」
http://www.ne.jp/asahi/kibono/sumika/kibo/kinkyo0904.htm

4/12-2009  (大江希望日記ブログ)

米国のオバマ大統領が欧州で行った「核廃絶宣言」に対し、フランス政府の内部文書が「米の海外でのイメージアップ戦略に過ぎない」と強く批判していたことが10日、わかった。仏の高級紙・フィガロが伝えた。文書は、核実験全面禁止条約(CTBT)を批准していないなど、米の核廃絶の取り組みの遅れを逆に指摘、「理念ばかり唱えず行動すべきだ」と批判している。
同紙によると文書は仏のサルコジ大統領の外交補佐チームが作成した。

文書はまず、オバマ氏が欧州訪問で「米国は核なき世界の実現に努力する」とする一方で、他の核保有国にも協力を求めたことに、「問題を作っているのは米国だ」と指摘。米のCTBTや、ロシアとの戦略兵器削減条約(START)に対するこれまでの消極的態度を厳しく批判した

文書は、核削減に関するオバマ氏の各種提案を「大部分がブッシュ前政権の政策の焼き直し」だとも指摘。「米のイメージ改善のための“輸出用”の主張だ」と皮肉っている。(毎日新聞4/11)

↓バラク・オバマ大統領の演説(ネット記事のトップに表示されるもの)

2009年4月 8日 (水)

みつばち失踪

ローカルニュースであまおう苺生産者が「受粉をしてくれるミツバチが最近少なくなってきているせいで、きれいな形のいちごが出来ず、困っている」と訴えていました。
かささぎは十年前まで苺農民だったので、その意味するところがよくわかる。

蜂はただではきてくれない。
お金を業者に支払っておいで願う。一シーズン二万円くらい。(だったよね?)
蜂さまは木箱入り、一族郎党いらっしゃる。
お天気がよいとご機嫌よくぶんぶん畠を浪漫飛行、花から花へお尻を下ろし、くるりとお花のなかで回転なさるやまた次の花へと移ってゆく。そうやってたくさんの花に受粉をまんべんなく施すと、蜂たちは巣箱の女王様に蜜を奉納する。この女王蜂が死んだりいなくなったりすると、このたくさんの働き蜂どもは一匹残らずじっと死んだふりで出てこない。女王蜂の威力はすさまじい。

▼つぎの文章は、「き坊の棲みか」からの引用です。

ミツバチの大量死が日本でもニュースになっている。たとえば宮崎県で「3年前から気づいてはいたが、顕著になったのは08年末から」という(宮崎日々新聞2/20)。農薬の散布、寄生ダニに薬耐性種が出現したこと、女王バチの輸入禁止措置がとられていること、などが理由として上がっている。
アメリカなどで見られる「蜂群の大量失踪」などは、日本ではまだ大きな話題にはなっていない。アメリカの場合は、広大なアーモンド単作地帯での吸蜜作業を強いられるミツバチが単一食物による免疫力低下に陥っているのではないか、という説がある。また、長距離の自動車輸送によるストレスなど、人間の労働者と同じようなことが指摘されている。
いずれにせよ蜂蜜生産だけでなく、イチゴ栽培などの農業への打撃が心配される状況になっているという。(4/6記入)

       大江希望

昔読んだ農業新聞の投書記事をまだ覚えています。
地方農民のその人はこんなことを書かれていました。

じぶんは果樹をつくっているが、受粉作業を人手でするのが大変なのでミツバチをいれた。が、蜂はその蜜が苦いからか嫌って受粉をあまりやってくれない。
ところがある時異変がおきた。
近くに植えていた大根に収穫が遅れたため花がさいた。
蜂はその菜の花に寄ってきて喜んで蜜を吸い、ついでに傍のにがい蜜の花にも飛んできては受粉してくれた。これは意外な有難いことだった。
(でその農民が出していた結論)
野菜は何か一品種を「ばかり植え」するより数種類を植えたほうが育ちがいい。
それと似た何かがあるのではないだろうか。

というものでした。
希望さんの文章を読んでこの話を思い出しました。
かささぎがその文章を今でも覚えているのは、オスの不思議と悲哀をつくづく感じたからです。笑
ちなみに、お花見をした産土のお宮の大きな樹の洞に数年間棲みついていた蜂の一群が、去年からいなくなりました。
何処へいったのでしょう。

2009年3月10日 (火)

きぼうさんの一人称話を聞く

>つかぬことを伺いますが、きぼうさんは、ご幼少のみぎり、ご自分をなんと呼ばれていたでしょう。
>ぼく。わたし。おれ。わい。おどん。おい。いろいろあるとおもいますが、教えてください。     (かささぎの旗 姫野)

わたしは、東京の淀橋区(今の新宿区の西側)で生れました。昭和20年4月に東京から鳥取県日野郡に戦争疎開しています。父親の郷里です。その時わたしは満3歳何ヶ月かでした。
おそらく、3歳の男の子が東京でしゃべるようなおぼつかない「ぼく」と言っていたと思いますが、記憶していません。そのまま日野郡の山村で子供の集団に入りましたが、自分の言葉づかいがおかしい(山村の子供と違っている)ことにとまどいながら、入りこんだのだろうと思います(このこととは別ですが、わたしは、ドモリの子供でした。10代後半まで続きました)。

次が言葉についてのわたしの最初の記憶なのですが、ある夕方両親に向かって、わたしはしばらく躊躇した上で、思い切って

 「わしは・・・・・・」

と言ったのです。そのとき、父親と母親は顔を見合わせて笑いました。両親は野良仕事から戻ってきたところで、イロリのむこうの土間に立っていました。そのときのことをわたしは、つい先ほどのことのようによく覚えております。両親ともそのときは30代の若さだったのですが、今はとうに亡くなっています。その時わたしは満4歳になるかならぬか、という頃だったのでしょう。

その山村では、男の子は自称が「わし」、「わしゃ」(自分は)、「わしらち」(自分たち)でした。女の子は「うち」だったと思います。

わたしはそのあと東京に戻りましたが、少年時代を通して「ぼく」と「おれ」を併用していた(場面によって使い分ける)と思います。


大江希望

2009年2月28日 (土)

波郷の門、秀野の門、かささぎの門、希望の門。

きぼうさん
ひとつお尋ねしてもよろしいですか
石田波郷の
綿蟲やここは屍の出でゆく門
この最後の門は、やはりモンとよむのでありましょうか
ずっとトとよんできたため、モンのルビにとまどっています
お考えをいつか日記にでも書いていただけませんか
   
      そこつもののひめの
ひめの さま

こんにちは。
メールありがとうございます。


波郷の句のなかでも、有名なもののひとつだと思いますが、

 綿虫やそこは屍の出でゆく門

をわたしは、「モン」と読んでおりました。字余りのモンを句尻におくのがこの場合、落ちつきがよいように長年(そう
意識せずに)思っておりました。
ひめのさんに問われて、あらためて自省してみますと、わたしは病床の波郷が落葉して寒々とした雑木林をすかして、療養所の門を見ている、という具体的なイメージを強固につくっておりまして、その中で「屍の出でゆく門」が詠まれていると思っております。
おそらくその背景には、わたしが少年時代から自転車で石神井・田無・清瀬あたりの雑木林や麦畑の間を走り回って、具体的によく知っているという個人的な事情があると思います(今はすっかり都市近郊宅地に変貌しましたが)。
わたしの解する波郷に即して言えば、「屍の出でゆく門」の響きの奥には、“地獄門”とか“肉体の門”(田村泰次郎は近すぎるかな)などの、人間苦や世界苦の象徴としての「門」があるように感じられます。

この後は蛇足の憶測です。
ひめのさんの、


 綿蟲やここは屍の出でゆく門

は、もし、単純なタイプミスではなかったとして、「ここは」とご記憶されておられたのだとすれば、わたしのイメージする「門」とは、作者にとって距離感がまるで違っているように思います。より強い切迫感をおぼえます。「ト」はそういうことと関連があるかな、と考えたりしている次第です。

大江希望
大江希望さま
拝復。
丁寧な返信をいただきまして、ありがとうございました。
そこは!そこはでしたね。はあ~・・・脱力してしまいました。
なんとまあせっかちに生きていることでしょう。
確認してみました。たしかにそうです。
みごとなフォローまでしていただいて、赤面のほかありません。
もん。肉体の門、は読んでいません。こんど気に掛けてみてみます。
石橋秀野の秀句ではない句に、
菖蒲湯へ罹りし留守のかどの錠  昭和十六年
というのがあります。この句の「かど」は、門だとおもうのですが、
カドといういいかたをきっちりとひらかなでしてみせる秀野に、
なにか強いこだわりをもっていたのだろうかと思ってしまう。
希望さん、このかど、どう思われますか。
また暇なときにお返事くださいませんか。
ありがとうございました。
冬日宙少女鼓隊に母となる日
ふゆひそら・ふゆひちゅう。ふゆひそら。とおもっていた。みづえさんは、ちゅうでしたね。
それと、
寒椿つひに一日の懐手
これはヒトヒとおもっていた。イチニチでしたね、みづえさんは。
あと、
日盛のシャワー痩躯を荘厳す
ソウゴンとよみたかった。ショウゴンでしたね、みづえさんは。笑
捕蟲網踏みぬ夜更けの子の部屋に
ホチュウアミと読みたいがホチュウモウと読んだみづえさん。
ただ、これは意見が一致しました。
創痛や春の山鳩応えつつ
こたえじゃなく、いらへつつ。いらえる。大和言葉ではございませんでしょうか。
でも、やわらかい。秀野もいらえるということばをつかっていた。
       姫野恭子
ひめの さま

わたしは、石橋秀野の名は知っているのですが、稀に歳時記などで目にしたことがあるという程度で、まとめて読んだことはありません。山本健吉の奥さんだった人、ということは知ってましたが。
彼女は奈良生まれなんですね。出雲にいたことがあることは知っていましたので、「かど」について、山陰方言と関係ないかな、とまず思ったのですが、それはわたしのハヤトチリでした(ひめのさんが昭和16年と付けておいて下さった)。


  菖蒲湯へ罷りし留守のかどの錠
の「かど」についての感想を ひめのさんから尋ねられて、わたしは子供のころ鳥取県日野郡で育ちましたので、その山村でいう「かど」をすぐ思いました。農家の作業場にもなる「庭」のことです。その山村では「門」のある家といえば白壁の門長屋のある村長さんの家などで、わたしの育った家もそうでしたが「門」というべきものはありませんでした。村長さんところでも、「門を閉じる」というべき「門」はなかったです。
でも、村の道とそれぞれの家の「かど」との境界は明瞭で、わたしの家の場合は、3,4段の石段でした。村を流れる小川を跨ぐ小さな土の橋が境界となる家もありました。もっと漠然と、石がいくつか地面にはめ込んであるだけという家もありました。
「かどの錠」ですから、この「かど」は門を閉ざすなんらかの装置(簡単な木片を落とし込むようなものであっても)がついている門であって、戦前の都会の小さな板塀の家などをわたしは想像します。「かどの錠」というひらがな表記については、「門の錠」では、いかにも厳重な外世界と内世界を遮断する“近代的なキー”になってしまうことを秀野は避けたのではないでしょうか。おそらく、その彼女の語感の背後には、わたしが「かど」という語に「庭」と「門」の両方を思い浮かべるのと同じ、大和言葉の世界があるように思います。
わたしの感想は、こんなものです。石橋秀野を検索していてAmazonに姫野恭子さんのご著書があるので驚きました。なお、「罹りし」では意味がとれないので「罷りし」としております。
大江希望

最近のトラックバック

2009年11月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30