『二人日和』(原題:Turn Over 天使は自転車に乗って)は、ダンスホールでの一組の男女のダンスシーンから始まる。と同時にいきなり、全身にタンゴの曲を浴びる。うわあ。これがバンドネオン。これがアストロリコの音。そして・・利華さんのボス、門奈さんの音!うわあ。
初めて門奈紀生の音を聴いた。力強く、繊細で、透明ないろをして、うつくしかった。
バンドネオンって形はアコーディオンだけど、音がぜんぜん違う。どこかハーモニカの音に似ていない?口で吹くハーモニカを蛇腹ふがふがの手動風送り式にしたような哀調のある音が、ゆらぎをともなってかなでられる。それを、あの、鶴みたいでピノキオのゼペットじいさんにもどこか似ている(大失礼)、気高く慈悲深い雰囲気の紳士が演奏なさる。この序曲は、「RECUERDOれくえるど」という曲であった。そして、利華さん!画面右手の暗がりのなかに、姿はみえないけど彼女がいて、ヴァイオリンを弾いている。・・なにか胸がどきどきした。ダンサーの緋色と黒のコントラスト、部屋のなにもなさげな装飾ながら、壁にたれていた緋色のドレープカーテン。ダンスもけばいんじゃなくて、しっとりと和風の色気がある優雅なものだった。まず、この冒頭シーンが印象につよく刻まれる。
画面は終始うすぐらかった。私の好きな言葉に小暗いというのがあるが、まさにそれだ。いのちのもつ、根源的なおぐらさ。ストーリーは、子のない熟年夫婦(というんだろうかな。ちょっと老人というには早く、かといって中年というのも)の妻が不治の病にかかり、夫がみとる。単純にいえばそれだけの話で、それに若くてきれいな青年と娘さんが絡む。・・とかけば、いかにも重苦しい闘病ドラマのようだが、これはまったくそうではない。闘病ではなく、運命としての病に従うのである。ゆだねるのである。水のように。
このドラマの主役は京都の川であり、水である。また、水のようにめぐるわたしたちの命である。
「千恵さん」という藤村志保演ずる妻が病気の進行に伴って御飯がのどを通らなくなる。かんしゃくをおこして夫・栗塚旭に八つ当たりする妻、だまってうけとめる夫。そのあたりから周りで洟をすすりあげる音がきこえだしたけれども、私は悲しくなかった。隣の鍬塚さんが泣いているなと思ったときも。でも、たぶんあれがクライマックスだったとおもうが、亡くなる間際、いよいよ最期の時期にさしかかったと悟った妻と夫が向き合って、ことばを投げあうシーンには、深くうたれて涙がひとつぶこぼれた。
「ここからはあてひとりでいくんどす。あんたはんはついてこんでおくれやす」(みたいなことを千恵さんはけなげにもいった、死出の旅に)
かつては駆け落ちまでして一緒になった夫婦。淡々とすぎる日常。そこに現れる手品が趣味の青年。(こういう筋は、三島由紀夫の『朝焼けの二人』と似ている。倦怠期の夫婦がそれぞれ若い恋人をもつ。川端康成の『眠れる美女』よりはましかも)。
うすぐらい京の町家で昔ながらの和の暮らしをしている夫婦でも、水は神社に毎朝汲みにいき、豆を挽いたコーヒーを飲む。神祇装束師という職業も京都の職人としての誇りを大事にする仕事だ。この夫婦の何気ない会話、ことに千恵さんのどことないユーモアに悲愴さは消える。
想い出深い雛人形を飾ろうとして、千恵が倒れ、手品青年がちえさん!といって駆け寄る美しい場面。あとで千恵がしみじみ言う科白、「名前なんて呼ばれたのは何年ぶりでっしゃろなあ・・」には、まったく女として共感を覚えた。結婚で何が喪われるかといえば、それぞれの性だから。このあたりの演出はまさにオトナのあじわいである。(そういえば鍬塚さんは人を呼ぶとき、どんな高齢者でも名前にさんづけだ。その意味を、この場面で痛いくらい実感した。85にはなられると思える樹の代表俳人鮫島康子さんは、入院中おばあさん扱いされたと怒って退院なさったこともあった。誇りは何より大事であるし、いくつになっても女は女なんだなあと思う)。
京都の景色と自然に密着した行事。町家の佇まいと、建具や茶箪笥などの古い調度品のうつくしさも、また見所だった。
黒由玄という栗塚旭演ずる夫の名が、テーマに沿った名で、水の物語を語るに相応しい。くろいゆえに玄いなんて。そして、アストロリコの「黒由玄のテーマ」という曲がとてもすばらしいとおもった。序曲は一点とても強い緋色がまじっていた、いわば赤い印象の曲だったが、これはどこまでも黒い。かなしくて、せつない小節が繰り返される。門奈ボスのバンドネオンに追いすがるようにヴァイオリンが絡み、しばらくソロ、その後、ピアノが入り、またソロ。というように、それぞれの持ち味を生かしながら、一つのテーマに奉仕する。まさに連句のような音楽だ。人数(四重奏)も音色も連句人が歌仙をまくような。これは「DAR VUELTAだる・ぶえるた」という曲だった。玄さんが画面に出るとこれが要所要所で流れていたので、あたまにこびりついてしまった。
ターン・オウヴァーとは、トランプでカードが裏返しされること、青年が手品を千恵に教える場面でさりげなく使われている。天使は自転車に乗ってという副題がついているが、青年がいつも自転車で来て帰ったからと、トランプにその模様が描かれていたからだ。
白描画ということばがある。水墨画のことだが、まさにそんなあじわいの、ほのあかるく、ほのぐらい、カラー映画なのにモノクロのような、邯鄲の夢のような、あの黒由玄が最期に仕上た紫の神祇装束のような夢幻のいろの、ものを多くいわない、映画だった。
さいごに、劇中、ねえ、あの曲はなんていう曲だった?と千恵さんが玄に尋ねるタンゴは、鍬塚さんが教えてくれたのだけど、ボケの私は忘れてしまった。想い出のなんたらというんでしたよね?(いいかげんだなー)「想い出に捧ぐ」・・と鍬塚さんは言ったんだっけ。ー序曲のレクエルドがそれでした。笑(これは、説明を見ますと、世界的に有名なオスバルド・プグリエーセが若き日に思いを寄せた女性を題材にした曲と書かれています)。
帰路は戸畑の鍬塚さんいきつけのゆんたす珈琲店で珈琲をのみ、会場で求めたCD「二人日和」をずっと聴いて帰った。
アストロリコのみなさん、たましいの琴線にふれる映画音楽をありがとうございました。
※小倉から帰宅後、夕食をたべようとすると、起きてきた次男が、「もう大丈夫やけん、行かして」とわたしに頼む。体がもとに戻れば、そらそうやろなあと思い、もう八時近くだったが、高速を一路またこんどは大分路の九重まで走る。阿蘇長者原着が九時半。だいじょうぶかーと友達や先生にむかえられ、息子はすっかり平常にもどったようだ。それを見届け、また帰ったが、どういうわけか道に迷い、まっくらな山中で何度も同じところを往復していた。こういうのをきっと狐にばかされたというんだろうな。結局、九重じゃなく湯布院まで出てしまい、そこから高速にのり、家に着いたのは十二時過ぎだった。一日で五百キロ以上も走行したのは初めての経験だった。やれやれ。
しつこくてすんまへん。昨日忘れたこと、加藤和彦の最初の奥さんは、アマチュア時代の京都のフォーク・サークル仲間にいたミカさんという人、「帰ってきたヨッパライ」以前から交際してたんですね。ところがゴシップ的に言うと、「みんな夢の中」でプロデビューし唯一のヒット曲を出した高田恭子という歌手も、京都時代はそのフォーク・サークル仲間の1人で、加藤氏のその前の交際相手とか。そして高田恭子はその他の仲間たちと一緒に、フォークルよりも一足早く自主製作LPを発表していた。その中に「竹田の子守歌」も入っていました。私は大学時代に先輩が持っていたその実物LPを見たことがある。でも加藤和彦が一番愛した女性は、やはり安井かずみだったんでしょうね。
松岡正剛については、いろんなことやってるような人なので私もよく知らんけど、初代六文銭が歌った「それから」という詩は好きだった。谷川俊太郎はみなさん御存じでしょうが、高石友也ファーストLPに入っている、武満徹作曲の「死んだ男の残したものは」は、さっきの「それから」とともに私の大事な弾き語りナンバー。
昨日の夕刊で吉田拓郎が仕事に復帰と書いてあった。そういや彼も数年前肺ガンが見つかったんでしたね。いや、もっとやれるだけやってほしい。そして今彼に一番歌って欲しいのが「青春の詩」をパロディ化した「老人の詩」の2009年バージョン。昨日「吉田拓郎 老人の詩」で検索したら、こんな面白いのが出てきました。坂崎幸之助がやりそうな感じ。
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投稿: 呂伊利 | 2009年10月21日 (水) 20時58分
あ、しつこいついでにもう1つ。日活ロマンポルノは1970年代日本映画に咲いた大輪の1つ、ここから多くの映画監督、桃井かおりなどの女優はもちろん、風間杜夫・奥田瑛二などの男優も成長していきました。「日活ロマンポルノ」ち言わんで、作品名を言うたらよかでしょうが。あ、それでも女性には言いにくいタイトルがちとあるけど。
みなさんたぶんおきらいな元文部官僚寺脇研も、私にとっては同世代の、日活ロマンポルノをはじめとする当時の「青春映画」を愛したアマチュア投稿者から、プロ級になった映画評論家なのです。
投稿: 呂伊利 | 2009年10月21日 (水) 21時11分
冥福・加藤和彦氏>>今夜の夕刊に、北山修氏の追悼文が載っていました・・☆
投稿: エメ | 2009年10月21日 (水) 22時45分
カメラや骨董品収集家の坂崎さん、近くの阿佐ヶ谷の神社の骨董市でオールドカメラを売っているのに出会いました。
買っているんじゃなくて売っているんです。
確かひとことふたこと話したと思います。
自慢です。
彼の骨董品収集、半端じゃないですね。
投稿: さくら | 2009年10月21日 (水) 22時52分
へえー。へえー。へえー。笑
みんなよくいろんなことをごぞんじですね。
私はとし上のともだちを持てなかったので、同年代の話題しか知りません。年代が少しあがったりさがったりするだけで、だいぶ印象が違ってきます。
昨日、歌番組があっていて、昭和のヒット平成のヒット曲というのをやっていた。なんだったと思います平成一位。巣マップの世界に一つだけの花。だーれがえらんだよと思った。
選ぶ年代で違ってくるにちがいない。
ろいりさん。
高田恭子は加藤さんの恋人でしたか。へーえ。そんなことよりじぶんがへんだとおもうのは、フォークソングになぜ「ど」がつく「竹田の子守唄」が入り込んできたんでありましょうか。ってことです。
当時もね、なんかへんだなあ。と感じたのを覚えている。ちゃらちゃらした歌ばかり(あいだのこいだのの)の中でとっても異色でした。
「死んだ男の残したものは」「それから」がろいりさんのおはこ、では、機会がありましたらみんなにおきかせくださいませ。
ロマンポルノ、えめさん借りれる。よう借りれん。
では、題名を教えてください。これだけは見といた方がいいというの、くましろかんとくのがいいです。
いつか借りてみれるときがあるかもしれないから。
投稿: かささぎ | 2009年10月21日 (水) 23時30分
ろまんぽるの>>私みたことはありません
神代監督はテレビ時代のドラマで気に入ってました。
さくらさん、坂崎さんとお話されたのですか! いいですね~☆
あの方は色んな才能をお持ちですね。
彼は私達より年下ですが、フォーク界の生き字引きですよね。
すべての方の歌が弾けて歌えて、、またそれがそっくりに真似できるという才能は天才的でほんとにすばらしいです^^☆
投稿: エメ | 2009年10月22日 (木) 06時34分
えめさん。そのことば、さりえりを連想。子がおととい横であまでうすみてた。
さくらさん。都会はそういうことがひんぱんにあるんでしょね。すがおのすたあにでくわす。
ところで坂崎さんとお花作家の人と混同してしまいませんか。
投稿: かささぎ | 2009年10月22日 (木) 07時09分
ふと思った。洋画のセックスアンドザシティとかなら借りれるのに、なぜロマンポルノだと抵抗があるんだろう。・・・イメージ、おっさん専用別区においてありそう。おっかない。
業界の人、潜在的需要がここにありますんで何とかして下さい。
例えば女性のためのロマンポルノ講座というコーナーを設ける。
キティちゃんの絵やら置いてごまかしながら。笑。
まじ、これいけるとおもうけど。敷居が低すぎて入れないのよ。
なにしろ「劣情」だから。
連句的。
さくらさんの
乳母車押してノンノを買ひにゆく 神崎さくら
という名句がございますが、これ、川柳家で競輪紙記者の倉本朝世ブログに紹介かたがた殴り込みをかけたことがあったな。(苦笑)消されていないみたいだし、それ、一度よまれてください。
道順というかつながり方はむずかしいか。
ばどさんブログにリンクすればつながる。
仕事で武雄競輪場へ行ったとき、町ががらーんとしているのが気になった。
選手控え室みたいなとこを訪ねたら、みなさん必死で練習されています。
こころうたれるんです。
若い女心をなんとか刺激して競輪スタアを生み出し、今までのイメージ(貧相下品なけなしばくちの場末感)をこわし、足を運ばせるようにすれば町は活性化する。イメージをかえる。健康的なものにする。せっかく温泉もあるのにほんとにおしい。
久留米も函館も岸和田も。競輪はしたこともない、そんな人もつい行って見たいなと思わせるとこにする。
久留米競輪場、横を通ると古い森があっていいとこなんです。(kasasagi)