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2009年11月15日 (日)

「危険な情事」

ちびむすこが昨日寝転がって見ていたアメリカ映画。
彼はさいきんたくさん映画をみています。
ひとりでのこともあれば、ときにふじやまくんがきていたり、また三人ほどがいっしょだったりもします。
きのうはたまたま私が背後霊みたいにうしろでパソコンやっていたので、集中できなかったかもしれません。

あらすじは。
弁護士のおとこが外で魅力的なおんなと出会い、関係をもつが、男はあそび、おんなは本気、だんだん男の世界にズカスカと入り込んできて最後には修羅の関係となり、血で血をあらうようなバトルとなって、夫婦の正当防衛の結果、かわいそうなおんな(男の子を身ごもっていた)は殺される。・・と、実もふたもないはなしでごめんなさい。

ラブシーンが当然激しいのがあるが、笑ってごまかしつつ、やつは真剣にみていた。
いったいなにをかさねていたものか。
少しははは興味をもって、むすこにきいてみた。

なんでこんなの見たいと思ったの。

ああ、こないだ見た映画で紹介があったから。

なにそれ。

「めぐり逢えたら」ってのを見てたやん。
そしたら、「全米のおとこたちをきょうふのどんぞこにおとしいれたきけんなじょうじ」っていってたけん、みたかったと。おかあさん、まだ見る?メイキングが入っているけど。

うん、みる。

ってんで、みました。監督インタビュー、主演二人に脚本家、それからプロデューサーだったっけ、とっても元気のいい女性が、当時を振り返ってフェミニズムから強い反発をくらった思い出などを語ってました。おもしろかった。いつの時代もどこにでもあるはなしで、男と女の永遠のテーマだろうとおもいます。それをどうみせるか、これはスリラーでした、こわかった。まじでこわかった。

ところで。きのうはむすこの学校では金美齢講演会があったそうです。
とってもおもしろかったよ、おかあさんもくればよかったのに。
と開口いちばんにそういいました。
先生はなにを話されたの?
ときけば、さあーなんだったかな。にはわらいましたが。
だけどそれ、よくわかります。何を話されたかな、と説明するのは難しいですものね。
ただ拝聴したあと、とてもゆたかなたのしいきもちがのこるのです。
これはだいじなことですよね。

2009年10月22日 (木)

追悼 加藤和彦 4

コメント

 しつこくてすんまへん。昨日忘れたこと、加藤和彦の最初の奥さんは、アマチュア時代の京都のフォーク・サークル仲間にいたミカさんという人、「帰ってきたヨッパライ」以前から交際してたんですね。ところがゴシップ的に言うと、「みんな夢の中」でプロデビューし唯一のヒット曲を出した高田恭子という歌手も、京都時代はそのフォーク・サークル仲間の1人で、加藤氏のその前の交際相手とか。そして高田恭子はその他の仲間たちと一緒に、フォークルよりも一足早く自主製作LPを発表していた。その中に「竹田の子守歌」も入っていました。私は大学時代に先輩が持っていたその実物LPを見たことがある。でも加藤和彦が一番愛した女性は、やはり安井かずみだったんでしょうね。
 松岡正剛については、いろんなことやってるような人なので私もよく知らんけど、初代六文銭が歌った「それから」という詩は好きだった。谷川俊太郎はみなさん御存じでしょうが、高石友也ファーストLPに入っている、武満徹作曲の「死んだ男の残したものは」は、さっきの「それから」とともに私の大事な弾き語りナンバー。
 昨日の夕刊で吉田拓郎が仕事に復帰と書いてあった。そういや彼も数年前肺ガンが見つかったんでしたね。いや、もっとやれるだけやってほしい。そして今彼に一番歌って欲しいのが「青春の詩」をパロディ化した「老人の詩」の2009年バージョン。昨日「吉田拓郎 老人の詩」で検索したら、こんな面白いのが出てきました。坂崎幸之助がやりそうな感じ。
 ↓

 あ、しつこいついでにもう1つ。日活ロマンポルノは1970年代日本映画に咲いた大輪の1つ、ここから多くの映画監督、桃井かおりなどの女優はもちろん、風間杜夫・奥田瑛二などの男優も成長していきました。「日活ロマンポルノ」ち言わんで、作品名を言うたらよかでしょうが。あ、それでも女性には言いにくいタイトルがちとあるけど。
 みなさんたぶんおきらいな元文部官僚寺脇研も、私にとっては同世代の、日活ロマンポルノをはじめとする当時の「青春映画」を愛したアマチュア投稿者から、プロ級になった映画評論家なのです。

night私、坂崎さんの大ファンです♪ 彼がいなかったら往年のフォークスター達の今はありません^^☆

冥福・加藤和彦氏>>今夜の夕刊に、北山修氏の追悼文が載っていました・・☆

カメラや骨董品収集家の坂崎さん、近くの阿佐ヶ谷の神社の骨董市でオールドカメラを売っているのに出会いました。
買っているんじゃなくて売っているんです。
確かひとことふたこと話したと思います。
自慢です。
彼の骨董品収集、半端じゃないですね。

へえー。へえー。へえー。笑
みんなよくいろんなことをごぞんじですね。
私はとし上のともだちを持てなかったので、同年代の話題しか知りません。年代が少しあがったりさがったりするだけで、だいぶ印象が違ってきます。
昨日、歌番組があっていて、昭和のヒット平成のヒット曲というのをやっていた。なんだったと思います平成一位。巣マップの世界に一つだけの花。だーれがえらんだよと思った。
選ぶ年代で違ってくるにちがいない。

ろいりさん。
高田恭子は加藤さんの恋人でしたか。へーえ。そんなことよりじぶんがへんだとおもうのは、フォークソングになぜ「ど」がつく「竹田の子守唄」が入り込んできたんでありましょうか。ってことです。
当時もね、なんかへんだなあ。と感じたのを覚えている。ちゃらちゃらした歌ばかり(あいだのこいだのの)の中でとっても異色でした。
「死んだ男の残したものは」「それから」がろいりさんのおはこ、では、機会がありましたらみんなにおきかせくださいませ。

ロマンポルノ、えめさん借りれる。よう借りれん。
では、題名を教えてください。これだけは見といた方がいいというの、くましろかんとくのがいいです。
いつか借りてみれるときがあるかもしれないから。

sunおはようございます。
ろまんぽるの>>私みたことはありませんslateそれに私もきっと借りれないと思う^^
神代監督はテレビ時代のドラマで気に入ってました。

さくらさん、坂崎さんとお話されたのですか! いいですね~☆ 
あの方は色んな才能をお持ちですね。
彼は私達より年下ですが、フォーク界の生き字引きですよね。
すべての方の歌が弾けて歌えて、、またそれがそっくりに真似できるという才能は天才的でほんとにすばらしいです^^☆ 

えめさん。そのことば、さりえりを連想。子がおととい横であまでうすみてた。
さくらさん。都会はそういうことがひんぱんにあるんでしょね。すがおのすたあにでくわす。

ところで坂崎さんとお花作家の人と混同してしまいませんか。

2009年10月15日 (木)

最近のドラマとか役者さんとか  ど中年談義

 佐藤栄作のノーベル賞受賞理由、ご明察のとおりで「非核三原則を堅持した」とか何とか。だから自民党は「持ち込んでいない」という虚構にすがらざるを得ないのか?寄港だけなら「持ち込ませず」に当たらずと、堂々と主張すれば良いのに。ちなみに簡単な事典には、「受賞には疑問も持たれた」とあって肝心の非核三原則との関係は書いてないのが多い。
 「私は栄ちゃんと呼ばれたい」と言ったが、当時横山ノックが国会でいきなりそう呼んだだけで、実際に「エーちゃん」と呼ばれたのは、その数年後の矢沢永吉だった(60過ぎても、いまだエーちゃんだ)。

そうでしたか。
ろいりさんのこの文章で、かささぎの連句的あたまは、寄港時にもちこまれどこかにつまれていた核弾道ミサイルのイメージがもくもくとわいてきました。そんな力をひめた文章でした。

10日、あの湾岸戦争のとき一躍有名となられた軍事評論家江畑謙介氏がなくなりました。
ファンでした。ご冥福をお祈り申し上げます。合掌。

sunこんにちは
江畑>>そうでしたか。 私もファンでした。 後年はお顔立ちがおだやかでそれもなかなかよいと思っていました☆合掌

エーちゃん氏はいまだにスタイリッシュで舞台を軽やかなステップで走り回られますね。
きっと、ご自分に厳しいのでしょうね☆
キャロル当時、ジョニー大倉氏の歌う「ふたりだけ」が好みでしたmusic

えめさんのそのバタ臭い顔立ち(しらないひとのために:ギリシャ人風)と書かれることのヤンキーっぽさ、おもしろいです。
ふたりだけ、さあしらん。こんどさがしてみますね。
やっと昨日録画していたテレビ番組を二つみた。
一つは国民放送であってた白洲次郎のドラマ。最終回だけですが、みれてよかった。主役の俳優さんがかっこよかった。正子役もね。批評にはぜんぜんなっとらんばって。
もう一本は坂本冬美と忌野清志郎。
そのなかで聞いた「また君に恋してる」がとてもよかった。それと「夜桜お七」。お七の歌詞、俳人・歌人の林あまりだった。知らなかったなあ。作曲は故・三木たかし。(←かささぎは林あまりと大木あまりを混同している)
ビリーバンバンと坂本冬美の「また君に恋してる」
聴いてみてくださんし。↓

 エメさん、趣味渋いですね。私は「ルイジアンナ」と「ファンキー・モンキー・ベイビー」しか知らん。カラオケは後者のほうが得意です。ジョニー大倉、キャロル解散後『異邦人の河』という映画に、本名朴雲煥(パク・ウナン)、で主演したのは衝撃的だった。キャロル、そして私が20代後半~30代で一番よく聴いたジャパニーズ・ブルース・バンドの憂歌団、いずれもメンバー4人中数名?が在日コリアンだったらしいとは、変なところでつながっている。ところで三木たかしって、黛ジュンのお兄さんだったような~と、いま調べたらやはりそうだった。

 あ、ホントはこっちのコメントが本題だった。オバマのノーベル賞には賛否両論あるけれど、佐藤栄作の例もあれば、もっとひどいのはパレスチナ紛争の当事者、アラファトとラビン(当時のイスラエル首相)ともう1人(やはりイスラエルの政治家)。自分たちで戦争して、それで平和条約に調印したから平和賞なんて。しかもあれでパレスチナ問題が解決に向かっていればその価値あっただろうけど、現実は今のとおり。オバマさんも、結果良ければ何とやらで、ノーベル賞に値する(した)かどうか、最低10年は立たないとわからない~少なくともそれまで長生きしましょう!

おもしろーい。
のーべる賞、もともとダイナマイトこさえた人の賞ですからね。アインシュタインはもらっていないのですか?まだなかったのかな。

ジョニー大倉さんは在日コリアンだったのか。そうでしたか。弟がしんだころ、高史明(こ・さみよん)という在日の学校教師の息子さんがわずか12歳で自殺される事件があり、その高さんは浄土真宗の方で、筑後の大谷大学へも講演にみえました。母と父と三人で聴きに行った日のことをふと、思い出してしまいました。
とても感動しました。なにも死んだ子は書いていなかった、在日こりあんと父が世に打ち明けてからの子としての苦悩めいたこと、だけど、それがもしかしたらあったのではないでしょうか。その子の詩集を買って読んだ。「ぼくは十二歳」岡真史。りんごの詩が忘れられない。中に入っている蜜についての。

白州次郎は見ました。

白州次郎という人にではなくてあの俳優さんに感動しました。
いまどきの俳優さんとは思えない白熱の演技、見事な演じ方でした。
でも、あの奥さんはすかん。
ただの金持ちの道楽やないかーと思った。
ひがみ根性丸出しのわたくし。

nightこんばんわ
私はとくにキャロルファンではないですが、全盛当時、わが家にバイトにきてた高校生男子がめちゃファンで、よくLPを貸してもらいました。
[二人だけ]はmyカラオケナンバーでしたよ^^
当時のキャロルファンは私達より4、5歳位年下のみなさんじゃないでしょうか♪

ノーベル>>こどもの頃伝記を読みましたbook

そうですね、ちょっとばかり鼻につきましたね。かたちだけ、それも写真から、まねしてみました、ってかんじの演じ方でしたね。
でも、白洲正子の自伝を読まれてください。文庫本があります。あれを読むと、薩摩示現流の家に生まれたこと、海軍を率いた祖父を父方、母方と二人ももったこと、このふたりのじいさんのかっこいいこと。おとこじぇってかんじですな。それをうけた正子さんはハラのすわったおなごしだったんでしょうね。だけど、それよりも能をじぶんでも少女時代から演じたってことが何よりも大きな精神性を培ったような気がします。自伝を読みますと歌人でもあった母上が香道にのめりこんでいかれる様子が書かれていた。じっと暗い部屋にこもって一日中香りをきいている。それは何か幽玄というよりも鬼気迫る。なぜ、どうして。っておもってしまうし、香道ってなにを聴くのだろうかと考えてしまう。
ほかには、昭和天皇の幼いころの学びやを造ってさしあげたのは、川村純義(正子の母方の祖父)だったこととか、知らないなら知らないでもどうってことないけど、知ったら意味のあるエピソードがたくさんでてきます。骨董品との付き合い方とかも、かささぎみたいな貧乏人がよんでもそれなりに楽しいです。
それと「西行」と「お能」だったっけな。能関連の本、これはいいですよ。あと、「花にものおもう春」だったかなあ。そんなタイトルの新書。あれもよかったし、むかしのこどもむけに書かれた奈良路紹介の紀行文もとってもよかった。


冒頭、白洲正子役を演った女優さんについて。

その女優さんが「仁」で野風をやるようです。
「仁」、主役の大沢たかおがとってもいいし、坂本竜馬役の俳優さんもいいですね。彼が竹内結子と共演した「不機嫌なジーン」は毎週みていました、有明海が何度かでてきましたから。
・・・でも名前がどちらもでてきません。笑

tv龍馬役は内野聖陽さんです。奥様は元宝塚の・・え~っと・・んっと、そんなことより、、私も不機嫌なジーンは見てました(毎週)脚本もよかったですよね♪
彼はNHKの「蝉しぐれ」がだんとつによかった☆
でも何を演じてもすばらしい俳優さんですね。
仁>>うっかりして10時から見ました。2時間あったからよかったけど、来週は困った。。「イ・サン」が9時からなので。。ビデオ機壊れたままです★

きゃー、エメさんよ。

内野聖陽さん、「蝉しぐれ」 良かったですね。
涙があれほど流れる時代劇はなかったです。
内野さんは最近さまざまな作品に出ているけど「蝉しぐれ」がダントツです。

宝塚出身のお嫁さんが内野さんとの結婚をきめた理由が「立ち居振る舞いが美しかったから」
私もそういうかもしれない。
お呼びじゃない?こりゃまた失礼しました。

内野さんの作品でもうひとつ好きだったのが
薬師丸ひろ子との競演の「ミセスシンデレラ」

エメさん見てないですか?

 あっちこっち首突っ込んですんません。白洲次郎について一言。数年前から「マッカーサーを叱った男」とか言ってNHK番組で紹介された頃から、なぜかブームになっているけど、あまりに理想化されていそうな気もする。理想化して持ち上げて、何かあったら180度ひっくり返って貶されたり、あるいはブームが終わって忘れられたり…昔から良くある話です。田中角栄も小泉純一郎も?政権交代も官僚批判もそうかもしれん。善悪二元論ではなく、両方から冷静に評価することが必要だろうけど、現実は難しいですね、どこの世界を見渡しても。

tvさくらさん、ほんとに内野氏の「蝉しぐれ」は秀逸でしたね☆再放送は2回見ました。またあれば必ず見ると思います。
小説は読んでいました。小説でもはらはらして最後は泣きました。。
ミセスシンデレラは残念ながら見ていません。いつかチャンスがあれば見ることにします^^
グラビアで内野氏を見た時金髪ヘアでした。すごく似合ってましたよ。

大沢たかお氏>>ほんまにかっこいい~(生・たかお氏は見ましたshine目に焼き付けてきました^^☆)
彼のTVドラマ「輝ける瞬間」(戦場カメラマン沢田教一役)が強く印象に残っています。あのドラマも秀逸でした☆

えめさーん、さくらさーん。
蝉しぐれ、かささぎはみていません。親たちはみていたが。

金髪のうちのせいよう?せいようはなんてよむんですかい?よめん。
土方現場のおにいちゃんたちが金髪にしておられるの、なぜだかわかりますか。
夏の暑いひざしを反射して涼しいのだそうです。まじで。

<宝塚出身のお嫁さんが内野さんとの結婚をきめた理由が「立ち居振る舞いが美しかったから」
私もそういうかもしれない。(さくら)

これおかしい。むかしなら男がいうせりふです。

2009年10月 9日 (金)

アンビリバボーテレビ10月8日付

はじめての方からコメントをいただきました。びっくり、そして、うれしい。
乙四郎、さくらさんの二人とも同番組をみていたことも、すごい。
かささぎはこのところ生活時間が不規則で、もう寝ていました。
朝がものすごく早くなって新聞配達してもいいかんじ。笑
記事につけてくださったコメント、そのままブログアップいたします。
ありがとうございました。たぶん、若い人!

『部下を庇い連行された小隊長』
2006・7・20
http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2006/07/post_6962_1.html#comment-59363481

2009.10/8アンビリバボーテレビ見ました。
小隊長かっこいいです。こんなリーダーだったらどんなことも乗り越えられる。
殺させてしまったのだろうと思いましたが生還されていてとてもうれしかったです。
いろんな話聞きたいです。長生きしてほしいです。そして若者にご指導お願いします。

アンビリバボー見ましたよ。
今月末、世界各国からの研修生相手に「リーダーシップ」についての講義をするので、講義原稿を思案していたところでした。
心に沁みました。
ところで、収容所があったカザフスタンのウスチカメノゴルスクですが、雪の季節に訪問したことがあります。
生きるに厳しいところです。

アンビリバボー見ましたよ。
90才の小隊長さんが筑後とあったのであれ?と思いましたが、こんな記事があったんですね。
いつも思うことですが、今の人が想像できないような体験しているのに、さらっとしてるところが素敵だなぁと思います。
あのような体験した年代の男の人は、亭主関白で頑固なイメージありますが、違うんですよね。
おとなしくてやさしくて不言実行型の人が多いんですよね。それに今の人よりずっと家事をやる。
自分の身は自分で守ることが身についているので、妻に手をかけさせず身辺を奇麗にしてる。
あの経験してれば戦後どんなことに直面しても柔和に対処できたんじゃないかな?
知ってるおじいさんに聞いた話、戦争から帰ってきて、焼け野原で考えたことは、まず妻と子供にご飯を食べさせなければならないと決意したそうです。
それ聞いて私はうらやましかった。
今の家庭は男の人がそんな決意なんかしなくても何とか食べていけるから結束も愛情も薄い。

シベリア抑留についてはいっぱい本読みました。
すごい話あるんですよ。
俳句は命を救う話もあります。

▼テレビ番組のご紹介

アンビリバボーテレビ(10・8付)

http://www.fujitv.co.jp/unb/contents/prevfrm.html

2009年10月 7日 (水)

このオッサンしっとる?

このオッサンしっとる?

勤め先においてありましたので一枚失敬してきました。
何このお地蔵さんみたいなおっさん!しあわせそうなお顔ねえ。
まっ三千五百円だって・・・ちょっと生意気、強気よね。高くない。
有名な人なの。あたしはしらないけど。
(有名だよ、人たくさん入ってるよ!)・・・外野の声。


太宰府文書館花菖蒲コンサートでの加川良のもつ雰囲気と重なるもんがあったんで、アップしてみました。

すみませんが以下の記事とはまるで関係ございません。
野田かつひこファンの皆様ごめんなまし。

『イマジン』(ジョン・レノン)1988年アンドリュー・ソルト監督

作品内容:http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD807/comment.html

ほぼ忠実にジョン・レノンの生涯がたどられている。
昔同時代でながめていたレノンは、ずいぶん大人のイメージで、というよりは「じいさん」ってかんじで、いやそれも違うか、偉大なる長老、そんな雰囲気のロックスターでありミュージシャンだった。だけどあれで40歳でしかなかったなんて。
小野ヨーコとのあいだに生まれた男の子とは父子の強い絆があった。
その仕事から一切離れていたときのしんから楽しげな顔だけが唯一見せる年相応の顔で、あとは八十の老人よりもふけて見える。

あんまり幸せではなかったのね、ジョン。

オノヨーコ、彼女はすごくレノンには魅力的で神秘的だった。
新聞社にレノンがなぜヨーコをぶすと書いたと責め立てる場面、とてもおかしい。
ヨーコ、映画ではレノンを完全に支配して、ひとりじめして、結婚はまだゆるせるとして、仕事場にまで出没する。なおかつ倦怠期に入ったら愛人の指定までやってしまう。
それに比べたら前妻のシンシアのなんとつつましげで運命論者めいて思えることか。

だけどそれも含めて総てが芸術家の魂の求めた縁だったんだろう。
昔はげてものにしか思えなかったベッドインの意味も初めてわかった。
映画自体にイマジンってタイトルが冠されていることとも通じる。
月光の夏をみたあとこちらを見たからだろうか、ジョンレノンの「イマジン」はベートーヴェンの「月光」にどこか似ている。
おなじピアノ曲だからそう感じるのだろうか。

『月光の夏』1993年毛利恒之監督

作品内容:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%88%E5%85%89%E3%81%AE%E5%A4%8F

ベートーベンの月光の曲が何度も流れる。
先にこちらを父と母とざりがにおっちゃん(従兄)とで見たのだ。
なつかしや、花沢徳衛が特攻隊員の遺族役でちょっとだけ出てくる。
そのときだけはみな「おおーっ!」と受けた。
父の父の顔にそっくりで身内みたいだったから。笑
花沢徳衛もいないし、田村高廣(元特攻隊員役)も今はいないんだな。
役者さんは映画のなかでいつまでも生きていけるからいいよね。

大石政則日記を読んで感じた疑問がとけるところがいくつもあった。

2009年9月 8日 (火)

『デトロイトメタルシティ』の宮崎美子さん

博多に住む長女が面白いよというので見ました。

はなしのすじは簡単。
純朴ないなかの好青年が紆余曲折を経て「no music  no dream」という青雲のこころざしを貫く姿をえがく。(ぷ!ほんとかよ)

まあ、みておくんなさい。
あの松山ケンイチのおかっぱ頭になよなよした内股歩き、なぐりたくなるから。
そのすがたで、きみはぼくのてんしさ~とか歌われた日には、おえ===

でもま、そうは問屋がおろさん。

あ、時間がない。

いそぐよ、とばすよ。

宮崎美子が九州の大分(?)の母親役で出てる、いい味だしてる。

ほんとにね、なつかしいなあってほんわかなれる。
みどり一色のいなかの神社でのやりとり。
そこのシーンみるだけでも見た甲斐があります。
じいんときます。

あたしは弟とわかれた日のことをひさびさに思い出しました。
できそこないそうだった弟役の少年も、ナイス!

ではいってきます。

2009年9月 6日 (日)

朝、メールが鳴る

きのう夜「東京日和」をみたあと、次男が借りてきた「20世紀少年」の1巻から4巻までを読んで寝る。

朝九時半、めったに鳴らない携帯メールが鳴る。
でも、発信者の名前がない。
連句の宿題とかかれた返信だし、連衆の誰かと思うけど。
長文だしパソコンに移そうと操作をしたら、間違ってここに送信してしまう。
あわてました。
いっぺんで目がさめた。
まだわかりません。あわてものさんお名前を教えてください。
沢山作品を送信する時はパソコンメールへお願いいたします。
携帯メールは「参加します」とか「すこし遅れる」とかの緊急用。

朝、寝坊しました。
父と母はざりがにおっちゃんが温泉につれていってくれた。ありがとう、おっちゃん。
昨夜「東京日和」をもう一度最初からみました。
ゆるい。ときのながれがゆるい。柳川の川くだりのスピード。
中山美穂、いいおんなになったね。
お花のおかみさん役の藤村志保、やっぱりきれいだった。
竹中直人、まじめな役ははじめてみた。
最後台所の流しでなく場面、それからどっかの森の中でピアノ状になった岩をみつけて雨のなか、ふたりで楽しげに弾く場面がよかった。
同じアパートの男の子を自分の好きな色をつけてかわいがろうとする、写真家の妻ようこ。わがままでエキセントリックで繊細で、ああ、いいなあ。
うそをつくところも。早く死ぬところも。理想的だ。
うつくしいものは早く死ぬわかくしぬ。

柳川のみどりの駅のホームをぺんぺん草と缶コーヒー二つもって駆けてくる姿。
主題歌が大貫妙子だった。

2009年8月12日 (水)

入江たか子林泰文テゴマス佐藤春夫荒井由実。談義。

ここ数日のはなしを編集しました。(かささぎの旗姫野)

 かささぎさんが間違えて見ようとした「東京物語」が、尾道→大林宣彦→柳川→「東京日和」&「柳川堀割物語」とつながっているとは、さすが!
 入江たか子の娘入江若葉は、「転校生」以来、大林映画の常連だけど、「時をかける少女」や「廃市」に母親も出ているというのは忘れてた。戦前は華族の娘として映画デビューし、三代美人女優と言われたらしいが、戦後の一時期は「化け猫女優」と呼ばれたらしい。ところで、なぜ化け猫といえば佐賀藩が有名なのだろう。小城羊羹でも食いながら調べてみるか。

ろいりさん。
入江若葉はどんな顔。しらん。でてた?さあ。
むすめなのか。へえ。入江若葉って山田五十鈴の娘かと思っていた。じゃだれ。山田五十鈴の娘。

文化学院はお金持ちの子弟のための先進的な学校で、もともとは西村伊作がじぶんの子たちのために造った。先生たちがすごい。高浜虚子与謝野晶子与謝野寛石井柏亭。石井はくていの弟は坂本繁二郎の親友だった石井鶴三。石井つるぞうは吉川英治の『宮本武蔵』の挿絵を描いた東京パック時代以来の繁二郎の友人。
藪秀野(山本健吉の最初の妻、のちの石橋秀野)は中学部から入江たか子と同級だった。秀野は奈良天理の庄屋の娘で父がロビイストみたいなことをしていて、たんぼを全部売り払って東京へ出てきたのです。姉あぐりは茶道家、妹恒子は歌人で恒子の夫が漫画家清水昆。健吉も清水こんもどっちも若き日左翼活動をしています。とことん突っ走ってる。健吉は逮捕され拘置所に三十日近く拘束された。

秀野のことをしらべていたときが幸せだったなあ。
すべてを忘れられた。おっともこどももなにもかも。まだこどもは五つだったにもかかわらず。→末子はすみたからさんちのよしくんとよく遊んでいた、たからさんちへ毎日のように御世話になってましたね、たからさんありがとう。いつもお礼もいわないでごめんなさい。ついでにかきこみました。
化け猫は根子岳にもありますね。

投稿: ひめの | 2009年8月 9日 (日) 22時48分

こんばんわ
尾見としのり氏と大林監督>>次女が中高生から大ファンで、
出演作は全部いっしょに見ました(見させられた?)
で、尾道は娘の憧れの地で、大学生の時「受験のときの恩返し」といってたまったバイト代で旅に連れて行ってくれました。
二日間ガイドブックを片手に隅々まで歩き通しました。坂という坂、たくさんの階段、、路地裏、瀬渡し船で向島へ、、。
映画に撮られたシーンでは必ず記念撮影☆
旅館は大正時代か昭和初期の建物で(偶然この場所を)時代の作家が慰留してあったとか。
林芙美子関係の記念館も見てきました。
こちらぜひぜひおすすめの地です。
やっぱり桜の季節が最高でしょうかcherryblossomcherryblossomcherryblossom

sunおはようございます
↑訂正>>娘が好きな俳優さんは尾見さんじゃなくて、「林泰文さん」でした(^_^;)
では今日もお気をつけて~car

えめさん

大丈夫ですか。
電話でも咳がきつそうでした。
さっき行ってみましたが お留守だったので もしやまだ病院にいらっしゃるのではと心配になりました。ご無理なさいませぬように またたずねますね

heartイチジク>>さきほどはありがとうございました。
5、6回もお尋ねいただいてほんとに何度もすみませんでした。
さっそくみんなで冷えたものを頂きました。
完熟でほんとに甘いですね。
夜はサラダに使おうと思います♪
今夜のメインはマーボー豆腐です。
昨日から韓国の男の子が遊びにきているので、久々にお料理の作りがいがあります。

えめさん、思ったより元気そうでよかった。
ぼんやせいこさんとこへもそのうちもっていくから。おつしろんちも、きらいじゃなかったらね。ていうのも、うちはみんないちじくがきらいだけん。たいがいからだにいいのがきらいで、からだにわるそうなんをこのみます。まあ、あてにしないでまっとって。
わたしは、干しいちじくってのに興味があるけど、すぐ虫がつくし、干すなんてこと考えられんよ。だれかやってみたことがあったら、おしえてください。
干したの、とてもからだにいいってきいたから。

我が家もいちじくが大豊作で、実は、連日食傷気味でござる。

 あの~、昨日の入江たか子や入江若葉や、かささぎさんが疑問に抱いた山田五十鈴のコメントはどこに消えたのでしょうか?取りあえず質問への回答、山田五十鈴の娘は嵯峨三智子、容貌と演技力に恵まれながら、いわゆるスキャンダル女優として数々のトラブルを起こし、母親より早く死んでしまった人です。入江若葉は『転校生』以来、主人公のなどの母親役をやることが多かった。
 林泰文は「野ゆき山ゆき海べゆき」に子役でデビュー、「青春デンデケデケデケ」で初の主役だったのかな?
 それにしても不思議なコメント消失、まさか私の頭がボケてるのではおまへんな。

ぼけ。

ここです。
嵯峨美智子、ああ。
エメさんのおじょうさんのお好きな役者さん、見たら知ってるのでしょうけど。
わが娘は27にもなって、ジャニーズのテゴマスって二人組が大好きでよくコンサートにいきます。あやうくつれていかれそうになった。

テゴマス、かわいいじゃん。歌も上手いよ。変な題名の歌を歌っていて、フランスで人気があるんだよ。ようしっとろうが。隠れジャニーズファンです。

「野ゆき山ゆき海べゆき」

この言葉は昔、雑誌の付録についていたソノシートで聞いたことがある。
「真昼の丘べ花を敷き・・・」が続いたような気がするけれど後は忘れた。読み手も石坂浩二だったと思う。女学生の友か中3コースか中3時代か、赤いシートで何回も聞いていたから覚えていた。誰も知らないだろうね。へんなことばっかり覚えてる。映画のことは何も知らない。

ソノシート。なつかしいです。女学生の友!少女フレンド、マーガレット、セブンティーン。夢中になって読んでいました。

(さっき、はるふみとやすふみをまちがえました。
すると山下奉文大将が連句的にでてきました。)

長崎忌のきのう、九州俳句八月号が届きました。
長崎忌の作品集はまだですが、いずれ届きますので、おまちください。
ご参加ありがとうございました。

 おのれ、こしゃくな!ここかと思えばまたまたあちら、という分身の術を使いおったな。いや、私が場所間違えただけか。
 「野ゆき山ゆき海べゆき」が佐藤春夫原作というのは何となく覚えていたけど、調べてみたら、「少年の日」という題の詩だった。
             ※「殉情詩集」(大正10)所収
  1 ・
野ゆき山ゆき海辺ゆき 真ひるの丘べ花を敷き
つぶら瞳の君ゆゑに うれひは青し空よりも。
  2 ・
影おほき林をたどり 夢ふかきみ瞳を恋ひ
あたたかき真昼の丘べ 花を敷き、あはれ若き日。

  3 ・
君が瞳はつぶらにて 君が心は知りがたし。
君をはなれて唯ひとり 月夜の海に石を投ぐ。

  4 ・
君は夜(よ)な夜(よ)な毛糸編む  銀の編み棒に編む糸は
かぐろなる糸あかき糸  そのラムプ敷き誰(た)がものぞ。

 ぼんさんがよく使う言葉だけど、こちらが逆に「よう覚えとらっしゃるね」と感心。確かM高校の校歌も佐藤春夫の作詩じゃなかったろうか、これは凡作だと思うが。ソノシートと言えば、私は数カ月前、神田の古レコード屋で赤木圭一郎のソノシート・ブック3冊を買って帰り、ヨメからあきれられた。
 明日、新幹線で久留米に帰ってきます(今日でなくて良かった、いやもう明日は今日か、ややこし)。それから親族会議ならぬ姉弟甥会議が待ち受けておる。

佐藤春夫が明善の校歌さくし。へえー

ぼんもようおぼえているね。
すごいね。
はじめてしりました。
校歌といえば、わたしは中山そらんさんブログの芦北ってとこの写真があるサイトで、もうすぐ廃校になるらしい海のなかの小学校をみました。それをみてたら、荒井由実の「瞳を閉じて」が自然に口からわいてきました。http://musinandanikki.at.webry.info/200901/article_9.html

風がやんだら 沖まで船をだそう
手紙をいれた ガラスびんを持って
遠いところへ行った友達に
潮騒の音がもう一度とどくように
今 海へ流そう

2009年8月 9日 (日)

東京日和と東京物語をまちがえた。談義。

sunおはようございます。
「れぎおん」届きました。どうもありがとうございます。
さっそく目をとおしました(一部)
またゆっくり読ませていただきます。
映画>>
「東京物語」はまた別の映画よ。
柳川のは「東京日和」です☆

は。
うっわーはずかしいーーーたちあがれん。どのくらいちがう映画だろ。

えめさん、ウエザーマンみた?にこらすけいじの。
あのなかの風景シカゴの、さむそう。
十月でも十度。冬は氷点下。

ではいってきます。

slate小津安二郎の東京物語なら、これは必見!!ぜひ☆
古い映画なんだけど、現代にも通じる親子間、兄弟間、嫁間、、色々でてきます。
今の時代だと両親はこんなに年寄りではないと思うんだけどね。
では、今日もお気をつけて~memocar

slateウエザーマン見てません。
ニコラス氏>>なんか不思議な方ですよね。。
本日から公開の「GIジョー」が見たいです^^thunder

えめさんただいま
とめてる車の中何度くらいあるんだろ。

今日は市役所駐車場に駐車してた業者の車から発火、警備士は消化活動もしたみたいです。ライターをたくさん積んでいたんだって。自然発火するんだね、ライターって。なに積んでるかわからないってことがこわいです。

ウエザーマンはとてもしょぼい映画です。にがい。

sunおかえりなさい。おつかれさまでした。
ライター>>知人は胸ポケに入れていたライターが自然発火して大火傷をしました(皮膚移植まで・・★)
smoking愛煙家のみなさん、胸ポケライターは危険ですよimpact
今日もバリ暑かったね!!!

 「ウエザーマン」か、やはり見てない。この3年以上映画から離れていたもんな、と言いつつ月3本以上は見たが。
 小津安二郎を最初に見たのは20歳の時で、何と4本立て、しかも全部で8時間以上だったと思う。しかし、若気の至りで溝口健二や成瀬巳喜男の良さはピンと来なかったのに、なぜか小津安二郎の世界には、退屈も疲労感もなくとけ込めた。
 「東京物語」について、朝日新聞の土曜特別版「be」の「うたの旅人」7/31版に記事が載っていました。原節子はもちろんいいけど、個人的には香川京子にひかれた。尾道が舞台で、尾道といえば文学好きには林芙美子でしょうが、映画ファンにとっては大林宣彦、尾道を舞台にした傑作がたくさんあります。大林監督は、福永武彦が柳川を描いた小説『廃市』も映画化してますが、これはムチャクチャ暗い、柳川市民が怒りそうな映画だった。これについて面白いブログ?があったので一応ご紹介。

ろいりさん、
ありがとう。ご紹介の文章、よみました。
連句的ってことと時間論について書かれていますね。
映画や小説が時代をこえて人のこころを介して韻をふんでゆく。時の水をきる小石のように、しゅっしゅっとすべってゆく。
福永武彦の「六の宮の姫君」を以前よみました。
赤木かん子のリトルセレクションシリーズがこどもむけに出ていて、その中の一つです。このシリーズはほぼよみました。面白い。
六の宮の姫君は、今昔物語の原作から、芥川龍之介、山岸涼子の漫画、そして福永武彦のものと四つあつめて編集され、赤木さんの解説をつけたものです。これに、北村薫の同名の推理小説を読めば、より万全。芥川と菊池寛の確執、張り合いが描かれる。北村薫は「読み」型の人ですね。
おめでとうございます、菊池賞。審査員になかよしの宮部みゆきがいたからというより、六の宮の姫君を書いた時点で賞はとれていた、とかささぎは思ったよ。
あれ。なんばかきよったっちゃろ。
こんな夜更けにおきだして。
きのうは慣れない畑仕事をしたら疲れてしまいばたんと眠ってしまいました。
草むしりといちじくちぎり。想像以上に畑が広くて、。
 
話が拡散したので、まとめます。
『廃市』の役者さんのなかにみつけた、
入江たか子、尾見としのり。どちらも、この中に。

2009年8月 5日 (水)

ジャズとかフレンチポップスとか映画とか

30年以上前、由紀さおりの「アズナブール流しながら、この手紙を書いてます…」という唄がヒットした(タイトルは失念)。それをアホな友人が「あずなぶる」という枕詞があるのだと勘違い。おいおい、枕詞は名詞の前に来るものだろう、と笑いつつも、こりゃネタに使えると、「あずなぶる 流るるセーヌの 川岸に 一人たたずむ 伊達男」というのを披露したら結構ウケて図に乗り、セロニアス・モンク、こつの名も枕詞っぽいな、そういやマイルス・デイビスと仲が悪かったとかいう、半可通なジャズの知識で作ったのが昨日の戯れ歌。おっとセルジュ・ゲンズブール(ゲンスブール?)、こいつで3匹目のドジョウ狙い、こんなのはいかがでしょう。
   げんずぶる 娘のなまいき シャルロット
   今や三十路も 超えてアラフォー
 すいません、ジャズやフレンチポップス&シネマファンにしかわからないようなマニア・ネタで。でも歌の意味はちっともえっちっぽくありません。ゲンズブールは父母・娘ともえっちっぽいけど。
 また話ワープして「柳川堀割物語」、そういや20年以上前の夏帰省した時、たまたま久留米図書館で上映会があり見に行った。池町川も昔は魚が泳いでるほどだったのに、高度経済成長期にドブ川になり、暗渠化して駐車場にという提案もあったようです。それがいつの間にかきれいに整備されている。市役所も、やればできるじゃないかいな。
  

 さっきの「あずなぶる…」は、最下の句が7・7になってない、ということは記憶違い~なんせ二十歳の頃、まだ長髪なびかせていた頃のことだからうろ覚え。

 再度訂正、「最下の句」ではなく「下の句」です。ではこうしておきましょう。
   あずなぶる 流るるセーヌの 川岸に 
   一人たたずむ 粋なパリジャン

ほお。
ちゃんとかっこがついてますね、きのうよりも。

ろいりさん、わたしはぺっとときくとどうもそのあのこころここにあらず。ですみません。
いま、ずっとあれをみてました。
人生はくそだ!とおやじがいった。
かっこいい台詞、心がひりひりする映画だった。
また寒いシカゴがでてきた。さあ、この映画はなんでしょう。

ぼん。今日れぎおんが着いた。
あしたもっていけたらもっていきます。
ついでに三潴分館の場所おしえて。城島のもね。
作品(今回は「兵六玉」のみ)に参加してくださった方々にはお送りしますが、ろいりさんとか、えめさんとかさくらさんやばどさんや丸山消挙とかにも、おくりたい。よんでほしい。とばしよみでいいから、あちこち読んで好きなとこから。そしたら、だんだんみえてくる。連句に参加できる。
ろいりさん、住所と名前を教えてください。しらん。

 「人生はくそだ!」、どっかで聞いたセリフだけど、何の映画かわかりまっしぇん、よかったら教えてください。 
 考えたら「せろにあす…」も下の句が字足らずだった。ジャズ通の知り合いによると、この2人のセッションは、後世に喧嘩セッションと呼ばれるほど敵愾心むき出しのものだったらしいので、次のように訂正しておきます。
   せろにあす もんくあるかと ピアノ弾きゃ
   ペットでまいるす 喧嘩セッション
 これで呂伊利のエセ枕詞風戯れ歌3部作打ち止め、蛇足ながら用語注を。セロニアス・モンクとマイルス・デイビスは省略。
*シャルル・アズナブール…シャンソン歌手・俳優、「アイドルを探せ」を作詞、エディット・ピアフの若いツバメの時代も。私の高校時代には深夜放送で「イザベル」という曲がよくかかっていた。
*セルジュ・ゲンズブール…音楽家・映画監督・俳優、「夢見るシャンソン人形」など作曲。ジェーン・バーキンとの間に生まれた子がシャルロット・ゲンズブールで、14歳?の時に主演した映画が「なまいきシャルロット」

 投稿: 呂伊利 | 2009年8月 4日 (火) 22時18分

ああそうか。つばめってその意味があったね。
解説ありがとうございました。
しるびいばるたんのアイドルをさがせって歌は知ってますが、題があんまりぴんとこないなっていつもおもってた子供心に。いや少女心に。
ちなみに。つばめからの連想。
『きみはペット』ってドラマがあるのを全巻みました。
小雪さんと松本潤の。
あの関係っていいなあ。年下のきれいな子を愛人にして自由にめしつかうっての。笑

映画の題名、おしえんどこう。
にこらすけいじが主役の映画でした。

ぼん。きのうは丁度帰ろうとしてるとき電話してくれてありがとう。
やはり行かなくてよかった。
ものすごく混雑してたらしい。
隊員さん全部投入してたもの。
明治通り完全封鎖。パレードがあったみたいで。
みずまいくには、あのなかを通りぬけていかんといかんけん。
東合川のセブンでメール便おくりました。

2009年8月 3日 (月)

「針は真っ直ぐ正直に」、映画のはなし。

広報やめを見てたら、福島高校が松山で開催される「俳句甲子園」に出るらしいよ。8月7日に。

へえ。
高校生の俳句と批評か、たのしみだね。
その映画、おととしだったかな見ましたが、おもしろかった。「恋は五七五!」いつもトップをきそうのは東京の進学校だったような。
ながさきげんばくきへ毎年句をだされる長崎工業高校でしたか、あそこもとても上手です。
まりさん、きのうはどうもありがとう。
あのまんまブログアップしました。
文責、すみたから。

私も福島高校の記事、読みました。
後輩たちも頑張ってますね。
八女は文武両道の教育が行き届いているんではないかと思います。
文化的地盤がすでにできている。
良いところに住んでますね。

松山には一度いってみたい。函館にも。
うどんがだいすきだから。
それと先日まりさんにいただいた俳菓のタルトが上品でおいしくて、その上へんてこなコピーが忘れられません。
時計の針はきっかりまっすぐ。てなの。
それはどういう意味やねん!ってどつきたくなる。腹時計のことやろか。

六時屋タルトなので、六時きっかりにコマーシャルがあったような覚えがある。
六時は長い針と短い針が真っ直ぐになるから、「針は真っ直ぐ正直に」のコピーになったんじゃないかな。
後から出来たライバル社の一六タルトがチェーン店を展開してきて、老舗の六時屋は一時期針が傾きそうになったけど、道後温泉の人気復活によってまたしゃきーんとなったようです。
道後温泉にも入ってきたけど、、若い人もいっぱい来ていて驚いた。入湯切符を買うのに並ばないといけないくらいの盛況ぶり。千と千尋のお陰かなあ。昔のようにのんびりとはいかなかったけど、故郷の賑わいはやっぱりうれしい。
福島高校の面々もきっと道後温泉に入ってくるだろうし、松山城もいくのかな。
恋は五七五みたいに。

その道後温泉、行きましたよ~。
もう随分昔ですが、レトロな雰囲気の大きな温泉旅館がありました。
駅前のにぎやかな音楽の鳴るからくり時計。あら、なつかしい。
mariさんのふるさとはそちらですか?

seikoさん、そうです。松山はわたしのふるさとです。
道後温泉本館は子供の時からよく行きましたよ。
2階の畳の大広間で子供用の浴衣を出してもらえるのがうれしかった。
湯上りにお茶とお菓子を頂いて、汗が引くまでゆっくり涼んでから帰っていましたが、今は盛況のため時間制限が出来てました。まあしかたないかな。
道後温泉のどこかの旅館で、あのお笑いの友近さんが仲居さんをしてたそうです。
あの人のイントネーションがまさしく松山のものです。
ほうなんよー。

ほうなんよー。ですか。
ことば、北九州とおんなじところもあるよね。
きれいかったってことを、きれいなかったよ。って打ち消していいませんか。あれにはびっくりします。意味がつうじなくて。
ところで、まりさん。
「センセイの鞄」小泉今日子主演映画は、レンタルにはありません。
それと柳川掘割物語は柳川図書館にビデオがあるみたいです。
市民じゃないと貸してくれないみたいだけど、そこでみることはできる。

nightこんばんわ
お父様は順調な退院でおめでとうございます。
長引かなくてよかったですね。 でもしばらくはお大事に☆

柳川の風景がとても美しい「東京日和」はお気に入りの映画です。
アラーキー氏がご自身の奥様との日々をつづられた内容だと聞いています。
後半の柳川の川くだりや沖の端の舟だまりなどすばらしく叙情があります。 
中山美穂さんが奥様の役です・・☆

えめさん、ありがと、その映画の題名がわからなかった。
事務所のとなりの席の子が教えてくれてたのですが、こんど借りてみます。
柳川掘割物語も見たい、宮崎駿さんと高畑勲監督のドキュメンタリー。
となりの席の子のチチが川くだりの船頭見習い中で、そういう話をくわしく教えてくれるもので。

 お久しぶりでございます。
オーストリアのザルツブルク近郊で「サウンド・オブ・ミュージック」の世界に浸ったりして、ボケーッとしとったら、ウィーンの地下鉄でスリにあってさあ大変。
失意とともに「第三の男」に出てきた観覧車に乗って、落ち込んだ気分を紛らわし、テーマ音楽を口ずさめばヨメはそれをヱビス・ビールのコマーシャル・ミュージックとしか思とらんし。 
 そういうわけで、何とか映画と関連づけてここにコメント書き込みます。
「柳川堀割物語」も「東京日和」も図書館にVTRやDVDがあるじゃんね、と思ってよく考えたらそれは八王子図書館だった。やはりボケとる。
今日は早朝から仕事行って、しかもその後10日間休みなし。
でもこんだけ休んだからしょんなかね。
久留米図書館調べたら、三潴館に「東京日和」のVTRはあるようです。
私は封切りの半年後ぐらいに見たけど、いい映画です。でももう12年も前の映画か、年とった。髪の毛だけ竹中直人のごつなってしもた。ありゃ、それはその頃からか。
 映画についてもう1つ、松山の話題でなぜか田中麗奈の顔が思い浮かんでたけど、そうそう「がんばっていきまっしょい」が、松山東高校をモデルにしたものだった。私の元同僚がその高校出身、ありゃりゃ、この映画も11年前。
 そういうわけで、脳天壊了状態、久留米には8/11頃帰ってきて、10日間ほどいます。
今は年休ちゃんと取れるのだけが取り柄の仕事かも。
筑後川マラソンは10/11、なんでわざわざ久留米に帰ってまでの出場かというと、その理由はまたの機会に。
  全く無関係ながら、昔作った戯れ歌を一首
  「せろにあす もんくあるかと ピアノ弾きゃ
   ペットでまいるす ジャム・セッション」

まいりました、うたぴあのととらんぺっとのじゃむせっしょん。
ろいりさんはやっぱり二上がりもんだね。

欧州旅行おかえりなさい。すりにあっても、ちゃんと帰ってこれるものなのですね。
ろいりさんが奥さんのことを、うちのよめが。というのはなかなかいいですね。
だれもそんなふうに妻のことを呼ぶ人はいないから。
これが逆のパターンだとどうなる。うちの宿六が。かな?
嫁の対語は婿だけど、ふつううちの婿が、とは妻はいわない、それだと養子のしゅうとになってしまうから。

柳川掘割物語、じつはおととし八女図書館にいれてくださいとリクエストしました。
でも没だった。
久留米図書館の貸し出しカードを作ってもらったので、行ってみよう。
小説『砦に拠る』松下竜一は城島分館、DVD『東京物語』は三潴分館、DVD『柳川掘割物語』は柳川図書館。
以上、整理してみました。

マラソンは十月十一日、その日は日曜ですか。

2009年7月29日 (水)

歌集『チョコレート革命』と映画『TANNKA 短歌』とかささぎと

 DVD映画『TANNKA  短歌』(阿木燿子監督)をみた。

 原作は歌人・俵万智。
 映画のなかに効果的に散りばめられている、『チョコレート革命』の短歌作品。
 一人の女の、若い男と中年男性との色恋をえがく。
 恥ずかしながらかささぎはこの年まで成人映画をみたことがなく、女性監督作品なのに、!という場面が続くのでどぎまぎしたんですが、みているうちにだんだん監督の意図もわかってきました。以前ジュディ・オングが歌っていた『魅せられて』の詞を書いた阿木さんの「してやったり」って顔がうかんでくるような映画でした。
すきなおとこのうでのなかでも、ちがうおことのゆめをみる・・って歌詞を書いてた人ですし、おなじおんなとして、きもちはじゅうぶんわかります、かささぎも。
監督インタヴュー:http://www.hollywood-ch.com/report/interview_tannka.html

 この俵万智の歌集が話題になっていた頃、『連句誌れぎおん』に歌集評を書かせてもらっていたのをひょっこり思い出しました。(れぎおん20号、1998・1月号『俗の細道(八)』)
 れぎおんの前田圭衛子編集長には一種独特のやまっけみたいな気があり、その強力なそそのかしによってつい書かされてしまいました。
久々に読み返すと、自分のつっぱりが透けて見えるし、正直な苦悩もどこかにみえます。
妻にとっての愛人というみえざる「敵」の歌集と正面から切り結んだ、もう二度とは書けない文章であります。

かささぎのライフワーク「張形としての俳句」とまっすぐつながるテーマ。
自己嫌悪の情をこめ引用する。(私はなんとうそつきだったのだろう。)
この文章をかいたころの自分と、今の自分ではかなり意識が変わっている。
育児をしていた、家庭をまもるのに必死だったこのころの私は、自分の性をやっきになって否定しようとしていた。べつのことばでいえば、抑圧しようとしていた。いまはそれがよく見えます。映画は、そういった抑圧のいやらしさを自然に解放してくれる。ありのままでいいんだと、すべてを肯定してくれる。それはとってもやさしいことに思えてきた。
自分のこれまでの人生って、いったいなんだったのだろう。
もうすこし、女性性をだいじにしたいし、女であることに誇りを持って生きていこう。

俗の細道(8)
ー 『チョコレート革命』 優等生の幸福な不幸ー

      姫野恭子

 俵万智の『チョコレート革命』批評を試みてみたい。普通批評のためには、なにか確固とした比較の対象が必要なのであるが、そんな大層な“短歌の地平”を所有するだけの知識もない、短歌初学のミーハーであれば、思い切り過激ないちゃもんをつけるのが積の山である。初夏だったか、西日本新聞の文化欄で伊藤一彦氏の同歌集批評文を読み、全く同感であると紙面に相槌を打ったことを覚えている。それで、批評の勉強のために、千五十円支払って歌集を買い求めてきて読んでみた。

 なんと今年五月八日の初版なのに、私が八女の積文館書店で買ったものは「六月十日十八刷」である。誰が買って行くんだろ。私みたいにいちゃもん付けるために読むという心貧しい者たちは、わざわざ買ってまでは読まないだろうから、やはり万智さんのファンの方々が大勢いらして、その方々が購読されたのだろう。

 優等生と呼ばれて長き年月をかっとばしたき一球がくる

 歌集をひもといて最初の章の五首目に置かれた歌である。この「チョコレート革命」は後記によれば作者二十八歳から三十四歳までの作品を、制作年順ではなく内容によって並べ替え、編集したものとある。万智さんは連句もなさるようだから、この作業は序破急その他自然な意識の流れを考慮して編まれたものと思う。

 上記一首はなんとよくこの歌集の出自を語り得ていることか。
アイドルが脱いだ、というだけのことだ。ブリッコするのも苦しい年になった歌手とおなじね。なんていったら、あんまりだろうか。
 それにしても、抱かれた抱いたという語の頻出する恋愛歌集を読み通すのは、ツライ。つらい、かったるい、てれくさい、気が重い、よだきい、しからしか。
そ、せからしか。
三人の子持ちで恋愛やフリン等から最も遠い距離にいる主婦にとって、それが偽らざる感想である。

 抱きあわず語りあかせる夜ありてこれもやさしき情事と思う
 水仙をふるさとの花と思うとき暗き海色の花瓶を選ぶ
 骨の髄味わうためのフォークありぐっと突き刺してみたき満月
 「恋」は「孤悲」だから返事はいらないと思う夜更けのバーボンソーダ

 肉欲的なうたからは離れたものを選んでしまった。一応、この四首をだしにして、何かを語り得たらとおもう。
 まず「やさしき情事」の歌。わたしはこのうたの「これも」という語が気に食わない。「これぞ」でなければいけないと思うのだ。三十代の俵万智の考える情事が、性愛的な戯れであるとしたら、四十代の私の考えるそれは肉の交わりのない霊的交歓であり、たとえばアガサ・クリスティーがメアリ・ウエストマコット名で書いた小説「春にして君を離れ」に描かれたヒロインの夫とヒロインの友人との、おなじ痛みを分かち合うだけの関係などはとても印象深く残る「やさしき情事」である。
 二首目、水仙の歌。俵万智の故郷はどこだろう。大阪生まれ、とあるから、与謝野晶子と同じ関西人だったのだ。このうた、暗き海色の花瓶がとても効いている。蒼い海色ではなく、暗き海色の花瓶に活けられて、凛とした香気を立たせる水仙は、この歌を詠んだ日の俵万智そのひとに違いない。私はこの歌の香りを信じたいし、煩悩の穢れを無意識の裡に祓っているものとしたい。
 三首目の満月の歌。なんて痛々しい。癇癪を起こした女の自虐の歌。骨の髄を味わうフォークというのがどんなものか知らないが、歌のコワサは理解できる。満月にフォークを突き刺したいとの願望。
 ここに引きたいのは「元始女性は太陽であった」で始まる有名な平塚らいてうのことばであり、その思想への反感である。青鞜の時代には輝いていたスローガンであろうが、時代を経た今、とても使える代物ではない。なんとかこのことばの桎梏を解けないだろうか。これからの女性の理想像の提示。
 これしかない。と思えるものが、実はある。
 「nothing like the sun」である。英国の歌手、スティングのアルバムタイトルにある「太陽の比ではない」存在の月になること。女は月でいい。いやむしろ月こそ太陽もしのぐものとして輝くことができるのである。スティングは霊的なすごい力をもった詩人だ。このナッシング ライク ザ サン と言うことばは、シェイクスピアのソネット130番の冒頭にある、「わたしの恋人の目は少しも太陽のようではないし、」と始まる恋歌である。それをスティングは「シスタームーン」で月の賛辞として復活させた。もうわたしたちは太陽になんかなりたくはない。月のようににびいろのやさしさで傷ついたたましいをいやす、そんな存在の女性が今後は求められるはずだ。
 最後のバーボンの歌。恋は孤悲、という言い回しを最近私は何かで見た。
そうだ。おそらく俵万智と同世代とおぼしき歌人、松山の俊成圭の処女歌集『風を聴く耳』(青葉図書)にあったものだ。

 つれづれに歌えば孤悲は濃く淡く流れる時の空を彩る   圭

 時代の不幸とは何なのだろうか。自由が不自由な檻であることに気づかないふりをしなくちゃいけないこと。ああ、振り返れば、現在中一の長女が小4の少女だったころ、保護者参観で性教育があったときのことが忘れられない。赤ちゃんは愛し合った男女二人のセックスによって生まれてくるのだ、と先生はおしえた。これはうそである。愛情がなくても人は性交できるし、愛情があっても赤ん坊が生まれてくれないこともある。『新世紀エヴァンゲリオン』という本音むき出しの、過激な少女漫画が異常なほど娘たちのこころを捉えたのは、こんなおとなの欺瞞に虫唾が走る魂の自然な要求であった。これにでてくるヒロインヒーローたちの家庭は最初から崩壊している機能不全家族である、というのも圧倒的な共感を呼んだ理由だ。
 俵万智の不幸は、野性を認めぬ時代の代償行為のごとく、唯一残された身のうちの野性=性愛を愛情と錯覚したことだった。おっとにふりんをされたつまのがわからものをいわせてもらえば、そうだ。優等生ほどでっかいフォークで月を抉っているように思えて、不憫でならぬ。

 (連句誌れぎおん20号、1998年1月号掲載)

2009年7月17日 (金)

マラソンは神代橋を折り返す

(前回編集分と重なっている部分がございました。失礼しました)。 

 名無しは当然私、呂伊利です。エメさんの見たサーカスもの、私はTVで見た覚えがある。そしてアキラが歌う主題歌「サーカスの歌」は何と1933(S8)年のヒット曲のリメイク、ついでのうんちくで、ビックカメラのCMソングの元歌は、1937(S12)年のヒット曲「煙草屋の娘」の替え歌で、1961年に佐川ミツオ(満男)・渡辺マリ(ドドンパ娘)がリメイク、ついでに言うと、佐川ミツオは同じ1937年のヒット曲「無情の夢」もリメイク。1960年代初期は他にも、フランク永井の「君恋し」、井上ひろしの「雨に咲く花」など、戦前のヒット曲のリバイバル・ブーム時代だった。今で言うと、「亜麻色の髪の乙女」とか「明日がある」がリバイバル・ヒットしたようなもんか。
 話戻って、小林旭vs宍戸錠、いいでしょう!赤木圭一郎vs宍戸錠もよかったし。1970年代末の子供向け番組で「怪傑ズバット」というのがあり、主人公が1人で旭とジョーのパロディをやっていたカルト番組。いかん、昔の映画と歌謡曲を語っていたら、またうんちくが長くなり、ヨメの目が険しくなる。でも最後に神代という名字、九州人しか読みきらん。「かみよ」じゃろか「じんだい」じゃろかち思とる。神代辰巳は佐賀出身です。

赤木圭一郎、気づいた時はすでに亡くなっておられました。作品も1度も見ていませんが。
裕次郎さんは西部警察で、やたら煙草をふかす場面ばかり思い出されます。後は歌ですね。
黒木けんが出てきたとき、裕次郎と間違われたそうです。声が似てます。私は黒木けんのほうが上手いなあと思っていました。

 石原裕次郎は昔歌が下手だった、それは間違いない~小学校低学年の頃、素人物まねのようなTV番組で裕次郎のまねをした人が、審査員から「歌の下手なところがそっくりでした」と言われていたのを覚えてるし。
 赤木圭一郎は私も名前を知ってただけ(映画は東映チャンバラ専門だったので)。でも死んだというのを聞いてビックリしたのは記憶に残っている。「赤木圭一郎を偲ぶ会」というのが今でもあるようです。
 黒木憲も死んだね、彼が歌った「おもいやり」という歌は、もともと、「エイトマン」などを歌い後に殺人犯となった克美しげるの、幻の再起作だったらしい。

くましろばし。くましろたつみかんとく。
くましろばしはちかいうちに建て換わるそうですが、くましろかんとくは、連句仲間だった故貞永まことの口から何度か聞いたことがある映画監督の名前だったなとハッとしました。だけどわたしは注意深く聞いていなかったので、それをきちんと筋道立ててお伝えすることができません。ただその監督のお名前のクマシロというひびきだけが残っています。
7月末がまこと忌、ことし七年目。

cloudおはようございます
神代辰巳監督>>日活ロマンポルノ時代の作品はさすがに縁がなかったけど、テレビドラマではよく見聞きしましたね(脚本や監督に)
2時間ものとかたしか色々あったと記憶しています。
あとショーケンの「傷だらけの天使」とか。。
tvテレビドラマにはほかにもたくさん映画界からの監督さんの名前がありましたね。
神代監督の名前を見つけると「ラッキー」を見つけたようにうれしかったです^^♪

 「傷だらけの天使」を見ていたというエメさん、昨年出版された矢作俊彦の「傷だらけの天使 魔都に天使のハンマーを」という小説、時間があったら読んでみて下さい。ショーケン演じた主人公が今はホームレスになり、でも事件に巻き込まれてというストーリーで、私はこのドラマ見てなかったけど面白かった。日活ロマンポルノも思い切って見て下さい。今時のAVに比べればH度はたいしたことはない、映画としては素晴らしい。
 神代橋~M高校マラソン大会の折り返し地点?だった。小学校1年の時の担任が神代先生だった。あ、10月にある筑後川マラソン大会に参加するかもしれません。もちろんその前、8月にも帰省するけど。

姪の一人が「神代」さんに嫁いでいます。

rainおはようございます。最後の梅雨の雨でしょうか~sprinkleひめさん元気ですか~?
ろいりさん、この小説は気になっていました。
さっそく読んでみます。ありがとうございますbook
映画界が斜陽になっていた頃、たくさんの監督さん、カメラマン、脚本家がテレビで活躍をされていました。
2時間ものやサスペンス、、ほんとにドラマチックで、とてもはまっていました。
最近は名所めぐりが主体だったりであまり関心がむきません。
神代橋は昔仕事でよく通りました。
マラソンに参加されるのですか!頑張ってくださいmotorsports

筑後川マラソン。マラソン大会の交通警備、よく請け負ってます。それ入ってなかったかな。あれは冬のだったかな。ろいりさんが走るならみんなで応援にいきますよ。
眼のまえをマラソンの列がぜんぶ通り過ぎた時点で警備の仕事はおわり。なんだそうです。

(きょうは、しごとやすんでる。)じぶんはげんきですが、おやが体調をくずして、検査中。そのつきそい要員。
おもいだした!九州俳句に熊本の翁がいらして、そのひとの俳句、すきなんですが、こんな句をこないだ出しておられました。

マラソンの最後はひょうひょういつもの彼  
          熊本   宮部 鱒太

わたしはこの句をよんで、なみだでそうになった。宮部氏はいくつになられるだろう。九十をこされたろうか。いつまでもお元気でとお声かけしたいような句です。

2009年7月14日 (火)

時間をおいて又みるということ

ろいりさん、情報ありがとうございます。
絶唱>>モノクロだったような・・☆・・また見たいものです。
慕情>>こっちも見たいです。 最近はワンコイン(¥500)で昔の映画DVDが並んでいるので、ちょっと探してきます。
映画や書籍は不思議なもので、年齢が変わってみるとまた感想が違いますね。
お姉さんは思春期のど真ん中だったのですね^^slate

映画や書籍は不思議なもので、年齢が変わってみるとまた感想が違いますね。(えめ)

そうですよね。
ときに無性によみたくなる「春にして君を離れ」(これを栗本薫は「春にして君を離れ病」と名づけていた)。ひさびさに読んで、やっと今日さいごまでいきついて、はじめて栗本薫の解説をよみました。恐ろしい、哀しい話である、じぶんはこの話にのめりこんでいた時代があった、せりふまできっちり暗記してたほどに・・と書かれていました。おおあんたもか!とついいいたくなった。(今年なくなったのでしたよね。)
だけども、しかし。
さめた視点もでてきました。
これまでは主人公の主婦の自省に加担して、夫や子供たちが(妻に母に管理されるという意味で)気の毒でたまらなく思えたものですが(それはそう思えるようにクリスティが書いているからなのですが)、今回は、待てよ。っていうか、そうは浜名の焼き蛤的心境。
ことに今回はじめてきづいた、最後ちかく、列車のなかで同室になるロシア貴族のサーシャって女性とのやりとり。ここに丸ごと引用したいほど魅力的な会話です。イギリス人を日本人とおきかえてもいいような。
人の見方が多層的であり、個に執着してない。
やっと読めたのかもしれない。
それにしてもよ、すごいタイミングで栗本薫だったんでぎょっ。
以前買って持っていた文庫は旧版のだったから。
翻訳の中村妙子はおんなじですが。

 「そうは浜名の焼き蛤」ちゃ、「その手は桑名の焼き蛤」じゃなかと?それとも何か一ひねりしたギャグ?だとしたら、恐れ入谷の鬼子母神!
 エメさん同様、私もアメリカン・ニューシネマ衰退後の70年代洋画では、フランス映画のユーモア感覚ととイタリア映画の猥雑さが好きだった。それから小林旭の映画をほとんど(リアルタイムで)見ているとはうらやましい。
 数日前の新聞に、「ドヌーヴ×ドゥミ×ルグラン」DVD4作品セットが紹介されていて、「シェルブールの雨傘」がそのうちの1枚に入ってます~買おうとは思わんけど。

うわ、まちがえてた。なんかへんとはおもったんだけど。↑ろりりーさん?
こばやしあきら。石原ゆうじろ。そのた。そのた。
一回もみたことない。やくざ映画もとらさんも成人映画もとうとう一回もみなかった。映画の広告で、なんとかの顔役、ってのがあって、なんだろうか、この顔役というのは。とずいぶんかんがえたものです。聞く人もいないし、あとで考えようと思ってるうちに大人になった。顔の役。すんげおもそ。親分かいな。

nightこんばんわ
当方の子供時代に、叔父叔母達は青春の真っ只中で、映画はその中でもゆいいつの娯楽だったのでしょう。 
叔父叔母が面倒をみてくれていたので、私はいつもオマケで連れて行ってくれてました。
小林旭氏の映画は本当におもしろかったです。
あの渡り鳥シリーズです。
宍戸錠が拳銃をくるくる回す場面、荒野に立つ旭さん、今思うと、荒唐無稽なお話だったのでしょうね。
今調べてみましたら、監督=斉藤武市、助監督=神代辰巳の両巨匠でした。
裕次郎氏のも同時期に見ていたはずですが、旭氏の映画のほうに強く印象を残しています。
シリーズとは別かもだけど、サーカスの場面で球体の中でオートバイが縦横してハラハラするものがありました☆slate

2009年7月12日 (日)

『絶唱』その他、呂伊利さんの映画うんちく話

  元久留米人  梶原呂伊利(神津呂伊利)

ぼんさんが若大将シリーズ3本立て見たというのは、今の文化街の地名の由来となった、「文化会堂」ではないでしょうか?ちなみに、封切り後ちょっと間をおいて安い値段で上映するのが2番館、ぼんさんが小6の頃なら、「文化会堂」は更にそれより後に上映する邦画の3番館で、3本立てだった。これと同じ場所にあった「名画座」(だったかな?)が2番館、わが「ロイリー」が洋画の2番館だった(時々試行錯誤して邦画や成人映画を上映した時期もある)けど、どちらも通常は2本立てでした。
 若大将シリーズは封切りの時、怪獣映画と2本立てのこともあり、私が最初に見たのは小5の時の「ハワイの若大将」で、お目当ては怪獣映画「マタンゴ」だったが、普通の怪獣映画と違ってあまりに気色悪く、悪夢を見るほど。大学生の頃に、星新一らSF作家が原案を書いており、今で言うカルト映画化してると知りました。で、この時は姉弟3人で見に行ったけど、帰ってきた私が「若大将のほうが面白かったね」というと、姉が「いやらしか」と言って笑ったのを覚えてます。青大将がスミちゃんを襲うシーンがあったからでしょう。子供が素直に楽しんでるのに~姉はその頃中2だったから、あーいうシーンの意味がわかったつか。

 「ある愛の詩」や小椋佳のごつふーたらぬるかつは好かん、という点では奇しくも3人意見が一致、でも「さらば青春」は例外という点ではかささぎさんと意見が一致、高校卒業した頃流行ったので、よくギター弾いて歌ってました、自分の家で一人、聴く者もいないのに。あ~、暗い青春の1ページじゃった。
 恥ずかしながら舟木一夫もファンでした。それも紅白で「絶唱」を聴いてから(作詞は西条八十、この人もいろいろやっとるのお↓)。映画は文化会堂で見逃し(数年前、名画座最後の砦、池袋文芸坐でやっと見た)、高1の時、古本屋で原作見つけて読んだら、何か印象が違う。寄生地主制度に疑問を持ち、「アカ」の思想にかぶれたと勘当される息子、アプレゲール(戦後派)なんて言葉もこれで覚えたし。ここで正しい日本語について、戦後生まれは戦後派ではないのに、最近は間違って使われてることが多いようですね。あ、それで原作者大江賢次とは、かささぎさんとそういうところで縁があるのか。私が買ったのは初版本のようで、今は希少価値あり?しかし当時の高校生で、大江健三郎より先に大江賢次を読んだとは、イヤハヤ何とも言えん。
 エメさんが勘違いしたのも無理はない、「絶唱」では和泉雅子が相手役だったのに、悲恋もの第2弾の「夕笛」では松原智恵子に変わったからでしょう。「絶唱」の最初の映画化は、マイトガイ・渡り鳥以前の小林旭・浅丘ルリ子が主演で、モノクロ映画です。これも20年以上前に文芸坐で見ました。百恵ちゃんのは見とらん。テレビドラマ化も何回かされてます。「慕情」は、手元にあるキネマ旬報社刊の「アメリカ映画作品全集」によると1955年に初公開、その10年後ぐらいに再公開しています。これも東京のどっかの名画座で見た。そして香港行った時、慕情のシーンに出てくる海辺にも行きました。映画公開後にナット・キング・コールが主題歌を歌いヒット、私も1度カラオケで歌ったことあり。
 あ~、またなごなった、

     以上、投稿。

西條八十:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E6%A2%9D%E5%85%AB%E5%8D%81

「蘇州夜曲」も、このひとの書いたものだったんだね。作曲は服部良一。
誕生日にむすこが中古のcdシングル『ジュピター』平原綾香のをくれた。
そのなかにあった。ゆったりと川をくだるときのような、たゆたひの。
ジュピターと蘇州夜曲は「みむねに」ということばでつながれていた。

服部良一は「夜のプラットホーム」、アストロリコのcdアルバムで知った。

「proof of my life」「眉山」

今週みた映画。(「昼顔」のほかに)

1 「プルーフ・オブ・マイ・ライフ」 ジョンマッデン監督

キャサリンという名の主人公、27歳。
アンソニーホプキンスが父親の天才数学者役。
狂った父と暮らしながらキャサリンは定理の証明にのめりこむ。
「proof of my life」、ジェイクギレンホールと、グウィネスパルトロウ。
ぐうぃねすは綺麗なのかぶすなのかわからん魅力があります。
「恋に落ちたシェイクスピア」をみてからすきになった。奥深い。
親子の机周りがかささぎの机くらいすさまじく散らかっていた。
「虚数」という題の音楽が胸をうつ。
おねえさんが現実的な嫌味な役で。
お金は出してほしいけど、ぜってえ一緒には住みたかねえタイプ。

冬のシカゴ。その風景。
とっても寒そうで、でも、いちどいってみたい。
天才数学者がさいごに書いた証明。
俳句の季順によせる感慨のような。ああいいなあ。
傑作だ。
ジェイクギレンホール、やっぱりなんかいい。
「ムーンライトマイル」も「グッドガール」もよかったけど。
アンソニーほぷ金子、この役最高によかった。
親子にして師弟という関係。
下から上を見上げるということ、また上から下をみるということ。
いつのまにかそれがいれかわってることのかなしさ。


でも、この映画でのいちばんの魅力は、編集だろうとおもった。
場面ごとに父親が生きていたり死んでいたりする。時間軸がぶれる。
え、どういうことだと思う間もない。それ、魅力。

2  「眉山」  犬童一心監督

泣けた。いい映画だった。つくりものの世界の。
でだしはとろかった。くさかった。
松嶋菜々子もすきだし、母親役の宮本信子はそのむかし、石立鉄男と出ていたテレビドラマのころからのファンです。
「おひかえなすって」じゃなかった「おひかえあそばせ」だったか、そんな題のラブコメがあっていて、複数の女優さんのなかでこの人が一番好きだった。
そののちブレイクしただんなさんの伊丹監督作品は苦手。
(独特の毒気があり、それがたまらなく下品に思えるから。)
この映画のお龍さんはとっても粋でいなせで啖呵がきれる。
すじが一本ビシッと通っていて、ほれぼれするほどいいおんな。
惚れた男にもらった命をいとおしんで、だいじに守り育てて。

少女時代を演じた娘さんのひたむきなまなざしがとってもよかった。
「一瞥」がこころにくっきりと残る、残せる。そんな映画でした。

夏八木勲。
この人ですが。いいですねえ。
かささぎは名古屋の原しょう子さんの個人俳句誌『禁猟区』に二年ほど在籍してた。
そこで大分の貞永まことを知ったんですけれども、原さんが貞永まことは夏八木勲に似ている。と書かれてたのを思い出しました。
原しょう子さんもきっと貞永まことの死については一文を書きたかったろう。
と時々おもうことがあります。
きっとどこかに書いてらっしゃるのかもしれません。よみたい。

2009年7月11日 (土)

雨籠りに昔の映画ばなしをしよう。

 『冒険者たち』はけっこうファンが多い。これをパクった日本映画もいくつかあって、1981年の『冒険者カミカゼ』は軍艦島(端島)でロケしてます。そして偶然ながら、最近近くの図書館から『軍艦島1975 模型の国』というドキュメントDVDを借りてきたばかり。
 『ゲッタ・ウェイ』もよかったですね、サム・ペキンパー監督作品は好きなのが多かった。大学に下駄履きで行った時、友達が言った「下駄・ウェイ」という下らないダジャレまで思い出してしまった。
 好きな日本の女優さん、書き忘れてました。八千草薫や小津安二郎作品に出てくる若い頃の香川京子~でも決してマザコンではありません、為念。そして60年代末から70年代前半にかけての梶芽衣子が最高の好みかも。クエンティン・タランティーノにまで影響を与え、「キル・ビル」シリーズではクライマックスで「怨み節」が流れるし。あ、「キル・ビル」って御存じでしょうか、千葉真一や栗山千明などが出ているバイオレンス映画だけど、日本人が馬鹿にしやすい日本映画が、映画の本場ハリウッドなどでいかに評価されているか、日本人よ、もっとわが国の文化を見直せ!と、またこんな時だけ民族主義者になる私であった。

ででで。ではろいりさん。こんど「冒険者たち」と「下駄ウェイ」と「きる・びる」かりてみる。おどろくほどなにもみとらん。おれたちにあすはない。もしらんし、あれもこれもなんもみとらん。ああそういや、「ある愛の詩(うた)」ってのは唯一みにいった気がするが、たいくつなえいがだったよね。

恥ずかしながら、中学生の頃松原智恵子のファンでした。。。。。なーるほど。以下、連句的。
隊員さんに舟木一夫の大ファンがいて、千曲ちかく歌えるといばっていた。そんなに曲があるのかな。
小学六年のころ?五年?バスのなかで、くにこちゃんが舟木一夫の歌「絶唱」をながながと歌っていたのをわすれない。かなしいうたですからしんみりとして、ああいうときにうたううたではないなあとおもった。(→絶唱は、かささぎの旗がときにリンクする大江希望さんのお父上の作品みたいです。よく存じ上げませんが。)
いま、いくらなんでも失礼だと思って、ちゃんと調べてみました。ウィキにあります。はりつけました。
それをよんでいましたら、大江賢次は、ナップに所属してたことがあるようです。はっとしました。石橋貞吉も入っていたからです。(若かりしころの山本健吉のことですが。)
縁というのはほんとに円になっていますねえ。

>「ある愛の詩(うた)」ってのは唯一みにいった気>がするが、たいくつなえいがだったよね

あたしも美しい映画、美しい歌、これはすきくないよ。以外やろ?

たとえば「シクラメンの香り」みたいな歌がきらいでねぇ、退屈でふうたらぬるかつがすかん。

びじゅある的に美しかとは好き。
先日のドヌーブのあの場面すっかりはまっとる。

映画はあまり見たことがなほう。でも、ゲットアウェイやひまわり、ゴッドファザー、ダラスの暑い日、戦場のピアニストは見に行った。

小6の頃かな、兄に無理を行って、若大将シリーズの3本立てを見に連れて行ってもらった。今は1回の入場で1本しか見られないから損したような気分だよね。

2009年7月10日 (金)

むかしの映画談義をしようよ!の巻き。

映画談義>>昔の女優さんたちはほんとにきれいで個性的でしたねshinekissmarkshine
当時、ドミニク・サンダ、フェイ・ダナウエイが好きであこがれました。
最近ではレニー・ゼルウィガーさん♪
男優はダニエルクレイグ氏、ケビンスペイシー氏。
みなさんたちはどんな俳優さんが好きですか~drama

 フェイ・ダナウェイ、そういやそういうエロっぽい女優さんもいましたね、で、同じ頃活躍した外国人女優として、キャサリン・ロスとかキャンディス・バーゲンとかを連想し、カトリーヌ・ドヌーブのほうがもっと年上かと思ってたら、そうでもなかった。ちなみに、カトリーヌの英語読みがキャサリンなんですね。あと意外と好きなのがジェーン・バーキン~シャルロット・ゲンズブールの母親。いや、映画ってホントにいいですね。
 男優はどげんでんよか?でも、アラン・ドロンよりジャン・ポール・ベルモント、もちょっと年上のマルチェロ・マストロヤンニ、これじゃ古すぎる?もっと古いぞジャン・ギャバン。最近ではケビン・スペイシーやニコラス・ケイジもいいですね。
 日本では、これまた古くて若い皆さんにはピンとこないでしょうが、宍戸錠・赤木圭一郎といった日活アクション系、その残り香的な原田芳雄に藤竜也。女優は恥ずかしながら、中学生の頃松原智恵子のファンでした。今は風吹ジュンとキョンキョンがいい!若い頃はただのアイドルに過ぎなかったけど、女優としては今が旬という感じ。桃井かおりは無名時代からのファンです。う~ん、若い世代にもいいのはいるが、今イチ決め手に欠ける。これも年のせいじゃろか。おっと田中麗奈がいた。久留米出身だからというわけではなく、映画中心に活動しているところが好感持てる。
 話変わって磐井氏について。九州の王と言いたい八女の人たちの気持ちはわかるけど、クマソ・ハヤト族まで支配していたとは思えんし、せいぜい北九州の大王ということで妥協してください。

 帚木蓬生のペンネームの由来について忘れてました、本人曰く、『源氏物語』の五十四帖を見ていて、雨夜の品定めの「帚木」の巻と、末摘花が出てくる「蓬生」の巻から取ったとのこと、本名は森山成アキラ(外字なので変換できん)と言わっしゃるとですね。

nightこんばんわ
70年代前後はフランス映画やイタリア映画などヨーロッパ映画がすてきでした。
アラン・ドロンやジャン・ギャバン全盛の頃私は彼らと共演していたリノ・ヴァンチュラの大ファンでした(渋~☆)
彼らのシシリアン、冒険者たち、、すてきな大人の映画でした。
アメリカ映画ではやっぱりスティーブ・マックイーンが印象的でした。
アリ・マックグロウと共演のゲッタウエイはかなり良かったです☆

蓬生。よもぎふ。うつくしいことばです。

えめさんもろいりさんもいっぱい俳優さんのおなまえをごぞんじであります。ちゃんとそれで一家言的文章がかけるのもすごいです。
じぶんは人さまがみている映画を見ていなかったことに気づき、いま、むかしの映画を拾って学習中。
きのうはとても大変だ状態であったのにもかかわらず、ひとり深夜に「昼顔」をみました。
いちばん印象にのこるのは、ドヌーヴ演ずる不感症の昼顔ではなく、夫やチンピラでした。夫はさいごに昼顔に夢中になったチンピラに撃たれて車椅子に座るのですが、ドラマの中盤、車椅子が気になる、なぜだろう。と予兆のような独り言をいう場面がさりげなくはさまれています。
そういう伏線は確実に印象にのこります。
んで、これと似た味わいのを去年みました。
「グッド・ガール」という映画。
昼顔とおなじく女の性のこわさを描いて出色。
わたしはスパイダーマンがとっても大好きで、その主役とこの映画の主役をまちがえておりました。
雰囲気がにています。
ジェイク・ギレンホールとトビー・マクガイヤー。

ところで。
西日本新聞朝刊のデスク日記。
ある夏、新製品のビールを社に宣伝にきたキャンペーンガール。新聞社というおとこ所帯にうら若き女性が単身のりこみ一通りの宣伝をおえたあと、さいごに立ち上がりぱっと服をぬいで、水着一枚になった。おとこたちは絶句し気おされた、女性の覚悟を感じ取って。その女性とはデヴュー当時の藤原紀香。・・てな記事。
(物を書くとはこういうことだよね。ウッとうなった。)

こんなことをなんで書いたかといいますと。
連句を公衆の面前でまくことの難しさと恥ずかしさについて書きたかった。
覚悟がたりないといつもかんじているから。
上記のむすめさんのような覚悟です。
つまり、
人前ではだかになる覚悟。

2009年7月 7日 (火)

ドヌーヴ映画と六つ門とつくしの地名とハイカイ談義

sunこんにちは
ろいりさんこんにちは。
sprinkleシェルブールの雨傘と昼顔は見たことがあります。
映画談義をこれからもちょくちょくお願いします^^slate

筑波・筑紫・筑豊・筑後・・・ルン♪

下記でちょっと見てきた。
ドヌーブの美しさ、ヘヤーリボンにシンプルな赤いセーターに部屋の赤い壁紙、おっかさんの服も赤いスーツスタイル、おお、これがパリって風景がふんだん。
ちょうどビビットな色に挽かれる今日この頃なので、タイミングよくこの映画を話題にしてくだすった。

http://www.youtube.com/watch?v=LH2s0Uur0nM&feature=related

割と最近、深夜番組で見ました。
何度目かでした。
こんな調子だからファッション本位でしか見れなかったけど、やっぱり印象に残っているシーンは、好き同士で結婚できないでお互い子供持って再会する最後の大雪の場面だけだった。
何度見てもジンとくるわ。

 「連歌」「連句」「俳諧」「俳句」の違い、私的には一応わかっとるつもりです~この中で「連句」という言葉だけがこのブログで初めて知った、何しろ学校で習っとらんし、日本史用語でもないけんね。連歌とヤマトタケル(古事記では倭建命、『日本書紀』では日本武尊と書くが後者はいかにも後世の当て字っぽい)の関係も日本史用語辞典に載っていて、だから連歌集には『莵玖波集』新撰莵玖波集』『犬筑波集』と、やたら「つくば」がついているのだそうです。ちなみに「筑紫」を九州では普通「ちくし」と読むが、関東人は「つくし」と読み、地図帳でも「筑紫平野」のルビを「つくしへいや」と書いてある。こら、ほんなら筑後川は「つくごがわ」か!筑前煮は「つくぜんに」か!と、急に筑後国・筑紫国ナショナリストになってしまう。
 日本史と映画のこつになったら、これまたきりがないけど、カトリーヌ・ドヌーブについて、そうそう巨匠ルイス・ブニュエルの『昼顔』も忘れちゃいかん、あとロマン・ポランスキー監督の『反撥』も。どっちも女の恐さを描いた…と言ったら女性陣に怒られるだろうか。あと中年時代?の『終電車』、初老期の『インドシナ』、アラ還時代の『8人の女たち』『輝ける女たち』も良かったし。男も女も、50代はまだまだこれから、若いもんに負けちゃおられん。

笑。

えめさん、筑前ばわすれとる。
と書こうとしたら、ろいりさんが筑前煮(がめ煮)をだしてくれらしゃった。

ちくしへいやはちくしへいや。ろいりさん。六つ門の名の由来。
久留米の文化財担当のおかたにたずねてみたら、六つ門には門があったからだそうです。むつの鐘が鳴るとしまる門。六角堂とは関係ないそうです。(桜島へいったとき、古賀音彦さんにどさくさまぎれにたずねたらそうこたえてくださりました)

 「六ツ門」の由来については、なぜか1年ぐらい前にうちの父親がそう言ってました。
久留米藩領内の中心部に入るための門だったのでしょうか、ちなみに池町川は久留米城(これが篠山城の正式名)の外堀の名残というのも昔誰からか聞いた覚えがある。
「六角堂」はあけぼの通りと明治通りの間に、まさに六角形の広場(放射状に広がる小路の中心)に御堂があったからだけど、いつ頃どういう事情で作られたものか、その由来は調べたことありません。一帯はアーケードのようになっていて天井があり、夜の電気も暗かった記憶がある。
 筑紫平野は「ちくしへいや」私もそう主張したい、しかし現に地図帳では「つくしへいや」となっている=共通語になっている。
私はたぶん、「筑紫」「筑後」と「筑波」はもともと無関係だと思います。
たまたまヤマト言葉、ならぬチクシ言葉に「チクシ」という地名があり、ケヌ(毛野)言葉に「ツクバ」という地名がもともとあり、後からこれにヤマト人が、それぞれ「筑紫」「筑波」という漢字を当て字したのではないだろうか、なお前者の当て字はチクシ人自らがやったのかもしれない~漢字文化はかなり早く入ってきてるはずだから。以上が私の推量で、学問的裏付けは全くありません。
 確認ですが、連句=俳諧連歌と思っていいのでしょうか(辞書にはそう書いてある)?あと、数日前に病身の野坂昭如が一人連句を巻き上げたという新聞記事を見たけど、そういうのもあり?それと、井原西鶴は一昼夜に2万3500句の「矢数俳諧」を詠んだと言われるが、この場合の俳諧は今で言う俳句のことなんでしょうね。

ろいりさん。ありがとうございます。
連句は、「俳諧の連歌」です。連歌と連句は雰囲気も使われることばもうんとちがいます。
それはたとえはあんまり適切ではありませんが、伝統俳句と現代俳句くらいの違いがあります。

その前に、さくらさん。きのう書き込みで「シェルブールの雨傘」の一場面を出してくださって、ありがとうございました。お礼をいってなかった。あれをみて、どうして女は男をまたずに結婚したのかが少し予想がつきました。それにしても、どぴんくとあか。どひゃーな色彩。一番ピンクがにあわなさげな女優さんなので驚きます。母親役の人より雰囲気がずっとオトナに感じられますので、むりくりピンク着せたってかんじです。ドヌーヴさん。

野坂昭如、連句、独吟。
井原西鶴は、れぎおんでも研究者が何人かいらっしゃいました。あさぬま・はくさんとか、まえだ・あやさんとか。私は前田亜弥さんが調べて書かれていた妻の命日に詠んだ作品群というものに心うたれたことがある。さがせばどこかにある。いくつか句をひきたいくらい、まことのこころのこもった句たちでした。
あと、矢数俳諧については大野鵠士さんの研究書がかなりへんでおもしろい。へんといういいかたはへんなんですが霊的というのかな。33間堂。
かささぎはきになっていてですね。
33間堂棟木の由来。松延かんらん。いつきひろゆきの祖先の一人かもしれない人物ですが。八女福島の灯篭人形の祖。
あれ。話が別方向へいってしまう。
ぜんぶつながっている。わたしのなかでは。

俳諧と普通にいったら、俳句もふくめた連句のことですけど、矢数俳諧は即興の数でかぶく句のことなんだとおもう、きっと連句的な句だったんじゃなかろうか。

安西均の詩につくし恋しやつくつくほうし。みたいなんがあったなあ。このひとのふるさとは、筑紫字筑紫。

2009年7月 6日 (月)

修羅場らば。バルセロナ、ホリデイ、ほか。

さいきんみたもの。

DVD...『キューティーハニー』庵野秀明監督。
      これはたのしい映画だった。警視庁の女の子かわいい。
      もちろんさとえりも元気だし登場人物みんなが出色。
      『THE HOLIDAY』監督: ナンシー・マイヤーズ
      ジュード・ロウが素敵でした。かっこいいなあっておもった。
      あと、老脚本家。映画への情熱を語り、映画をみる視点を教えてくれる。

映画・・・『それでも恋するバルセロナ』

バルセロナの感想、えめさんブログにかきこみ。http://hatue62.seesaa.net/article/122464038.html#comment

えめさんの写真、色があざやか。
雲の写真もナス畑の写真も、九州じぇ。ってかんじで、目がさめる。
さくらさんの写真とはまた違う味わいです。
すごい才能の人たちがこの世にはいらっしゃいますね。

「ややこ歌仙」で一箇所、連句人には季戻りにおもえる式目違反を犯している場面がありますが、確信犯的にそのままにしておきます。

名残表の月(中秋)、それにつけた盆踊り(初秋)。
これですが、かささぎのなかでは、『人は月に生かされている』(志賀勝)という中公文庫を『暦論』を九州俳句誌に連載していたときに資料として読んだことがあり、それに古代中国の慣習として紹介されていた行事が下敷きにあります。
で、えめさんも偶然そのことをイメージとして提出されたので、使いました。
現代のせまい季節感ではなく、もともとの原初的な意味での付けです。

カトリーヌ・ドヌーヴと連句、連歌、俳諧、和歌。

  元久留米人・梶原呂伊利(神津呂伊利)

 はい、また1週間のご無沙汰でした。「シェルブールの雨傘」とカトリーヌ・ドヌーブについてですね。
 
 最初に見たのは大学生時代、京都の祇園会館という3本立ての名画座で~作られて10年後ぐらい。当時はまだ人生経験も恋愛経験も浅かったので、何で女は男を待てなかったのだろうか?と思ったけど、1964年という時代背景を考えず、ついでにいうとアルジェ独立戦争についてもよく知らなかった。 
 
 2回目見たのが10年以上前、最初のシーンから感銘を受け、なぜ1回目見た時たいして良い映画と思わなかったのかと、自分の鑑賞力のなさをしみじみと感じました。実は私、大学時代は月に30本前後見ていたほどの映画ファン(を通り越してマニア、今ならおたくと呼ばれるところ)で、ここ数年は月に4本ぐらいしか見ていないけど、神津島に行く前は最低10本以上(しかもほとんど映画館で)見ていたぐらいです。だから映画関係の仕事につきたいと思ったこともあり、でも、この名画を見抜く才能のなさを考えたら、仕事にしないで良かったのかも。カトリーヌ・ドヌーブは若い時もいいけど、中年以降の、いや60過ぎてからの映画もいいですね。特に大ファンというほどではないけど。
 
 最近見た映画で良かったものね~、映画ファンと言うと、よく聞かれて困る質問です。なんせあれもこれもと浮かんでくるので。でもこの1年間ぐらいに見たもので、みんなが知っていそうなものを除くと、次のような映画かな。
 
  「闇の子供たち」…今話題になってる臓器移植問題もふくむ、梁石日(ヤン・ソギル)の原作に迫る力作。梁石日作品の映画化にはなぜか傑作ばかり。
 「ミリキタニの猫」…路上(ホームレス)画家だった、強制収容所体験もある日系人を主人公とするドキュメンタリー。
  

 とりあえずこの2本だけにしときます。映画について語り出したらきりがないのでこのへんで。
 ここで余計なおせっかいかもしれないし、素人判断になるけど、連句と俳句(俳諧)の違いとは、駅伝とマラソンの違いみたいなもんではないでしょうか。私はマラソンやるけど、マラソン仲間に駅伝に誘われてもあまり乗り気にはなれない、そういう人もいる、それは性格・個性の問題です。

 さっき「俳句(俳諧)」と表現したけど、正しくは「俳句(俳諧の発句の独立化したもの)」ですね。「俳句」とは明治以降に出来た言葉だから、日本史用語では江戸時代の俳句を「俳諧」と表現するので、つい先ほどのような書き方をしたけど、紛らわしい。個人的にはある程度理解しているつもりだけど、「連歌」「連句」「俳諧」「俳句」という用語を誰か一度整理していただけるといいのではと思います~たぶん誤解している人もいるだろうから。

2009年5月 6日 (水)

『白椿』

DVD 『白椿』 を見る。
ゆたりとして、シンプルな映画。

ものがたりの筋。

いまの女性なら誰でも抱えているだろう日常の不満。

ひとりの若い母親ーきれいな女優さん。名前を知らない。
仕事をおえて帰ってくると待っているお給仕。おさんどん。
きついのはおなじなのに。
夫は「おれは毎日なんのためにこんなきついめにあっているんだ。」
というが、妻のがんばりには目をくれない。
むしろ当然のことをなぜお前はやれない。という目。
いたわってくれ。やさしくしてくれ。
そう目がいっているが、妻はそれに応える余裕がない。
園児の娘の送迎も父親まかせである。

また、別の所に受験浪人のむすめがいる。
女優さんの名前を知らない。テレビでよくみかける顔。
きれいな母親から口をすっぱくしてああしろこうしろいわれ、
うるさくてたまらない。へやはちらかり、友達以外誰とも口をきかない。
いつもむすっとして不機嫌。

主役は題にあるように美しい白椿である。
咲いているのは海に面する町のなにげない小さな通り。
幼稚園児の女の子がおじいちゃん(財津一郎)に手を引かれてその樹の前を通る。
ここから話ははじまり、二人のヒロインと椿の精とが入れ替わる。

原作、夢野久作。
女優さんたちのファッションが繊細でとてもきれい。
何回となく挿入される入江の俯瞰シーン、どこだろう。
主題歌より途中で流れるピアノの曲が印象的だった。

ラスト近く、夫がひとり白椿とむきあって長い間ものをおもう場面。
そのとき、かれはなにをおもっていたのだろう。
役者さんにたずねてみたいきもち。

2009年3月23日 (月)

竜の灰、君が代と繋がる。

「円交五号」を引用していたときだったと思います。
乙骨一族について何も先入観なくただひたすら君が代を国歌として発掘した家と捉え、広く紹介しようとして黙々と引用したものですが、あるとき、ある朝、朝刊の一面広告に、日本ではいちばん大きいといっても過言ではない、政治団体までもっている宗派が、とても信じられないような口調で特定の個人をこきおろす(具体的には乙骨まさおという人を)本が広告してあるのが目にとまりました。
思わずぎょっとして、はじめて調べてみたら、その乙骨氏は反そうかがっかいキャンペーンの本陣におられる方なのでした。うわあっと頭がいたくなった無知なかささぎは、その日一日寝込んでしまいました。
そうしたら、翌日だったか、ある匿名のかたが有難いコメントをくださったのです。
その乙骨氏は乙骨太郎乙一族とは無関係であるとおっしゃるのでした。そこで、わたしは、すんでのところで、そういう政治的ないやらしい攻撃合戦にまきこまれることから救われ、気をとりなおして、無事引用を続けることができました。

そういうことを、ふっとここで、このドラゴンアッシュのくだりで、何の脈絡もなくなぜ、思い出したのか。
それがですね、こういうことです。
ドラゴンアッシュ、何も知らなかったものですから、ボーカルのバタ臭いおにいさんを調べたのです。するとこの人は俳優古谷一行の息子だった。
へえ・・・
古谷一行。当たり役は、金田一耕助。
はっ。金田一。横溝せいし。はっ。。。真珠郎。。。。ときて、ここでぴたっとつながった。
私はでも、いつだったか巻き戻せないのです。
以前コメントを下さったかた。知人とおっしゃった。そのつまり、友人におなじ乙骨姓の太郎乙一族のかたがいらして、その姓の登場人物(たしか信州でした)が出てくる小説が一編あり、それが横溝せいしの金田一ものの一つ、真珠郎だった。というのでした。確かそう、ですよね?
こんなまわりくどい接続のしかたがあったとは。
連句的にぴたっと繋がったことに驚きを禁じえない。それを糸とおもっているのは、わたしだけかもしれないのですけど。あのときのコメント、もう一度読み直したいけど、大量の山をどうやって検索するかわかりません。

コメントを発掘することはできませんでしたが、映画の説明をみつけてきました。

すばらしい秘書をお持ちですね。
類まれな事務処理能力に、
感心を通り越して、
ただただあきれはてて?おります。笑

横溝正史といえば金田一耕輔、金田一耕輔といえば金田一京助、金田一京助といえば明解国語辞典、明解国語辞典といえば新明解国語辞典、新明解国語辞典といえば乙四郎、乙四郎といえば乙骨三四郎、乙骨三四郎といえば横溝正史
ここでも繋がった。

おおそうです。
うわあ。ありがとう!!
三年も前のことになるのですね。
乙の骨、乙四郎も一つ拾ったのですね。

昨年の3月6日の投稿の引用です。
=====================
東妙寺さん・・・「妙子」さんのフルネームが香ってきます。妙香寺ならリサーチ済みだけど。
乙骨太郎乙・・・当然、ペンネーム付ける前にリサーチ済みですよ。この方のリサーチの延長線上に妙香寺が出てきて、そこに
>クラブ活動ってなんだったの。
の回答が潜んでいます。
=====================
乙の骨は当初から拾っていました。
   ↓

http://www.edu.city.yokohama.jp/sch/es/kitagata/txt/myoukouji.htm

龍は想像上の動物。瀧は、水となって降りてくる龍。姿形がぼんやりとしてはっきりしない、それが龍のイメージ。朧は、月がぼんやりとした状態。だから龍がいる。
バンド名のDragon Ashは、“drag on ash”(だらだらしていたら灰になる)だそうな by Wiki。

笑。
産休縁燐寸。

灰。瀞。擾。情。城。錠。常。聶。襄。
ああちがう。じょうという字をさがしている。
でてこない。尉。これだ。
灰=尉
これ、大切な連想の糸。
しかも辞書をひくと、みよ。里見とんがいる。

http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?dtype=2&p=%B0%D3

じょう【尉】(能楽で)白髪の、老人の男性。おきな。(白い灰になった炭火の意にも用いられる)⇒姥
あしたのじょう【明日のジョー】白髪になって燃え尽きたボクサーの男性。

里見とんは有島武郎の実弟。本名は山内英夫(やまのうち ひでお)。
ペンネームは、電話帳をペラペラとめくり指でトンと突いた所が里見姓であったことに由来by Wiki。

里見とんがなぜ関係あるのかな。
わからんごとなってきました。
大石政則日記に関係あった?
とむ。とん。
ああそうか。
とむ、と読ませる名前をつけたのは、乙骨太郎乙の家のえーとあれは、。ベンジャミンフランクリンがどうの。というくだりがでてくる。だれだっけ。わすれたけど、ともかく、さとみとんとおなじ字だったような。それで関係してくるってわけ。それと大石政則日記がかささぎの頭の中でおなじ分類になってるのは、たぶん、乙四郎のおともだちのてんだーさんの名づけがややそれに似ていたからかもしれません。

ひとりで勝手におもっていればいい。はいはい、そうします。

里見と名付けはここからの連想では?
   ↓

http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2006/03/post_a688.html

投稿: 乙四郎 | 2009年3月23日 (月) 00時04分

乙四郎、いつも助け舟を必要なときにありがとう。
いっしょうけんめい以前調べていたことが、こういうかたちで再び立ち現れて、いまに繋がっていくことがうれしいです。
ただ一つ気になることがあって、ドラゴンアッシュのボーカル、降谷けんじさんのためにもう一筆書いて、弁護しなきゃいけないかも(親の七光みたいな風に思われるのがいやだし)。


2009年3月17日 (火)

三姉妹を映画館へ

日曜、久留米の映画館へ母達三姉妹をつれていく。
前から三列目の席で『おくりびと』をみました。
先売券という二日前から買える入場券を土曜に購入していたので、当日は並ぶこともなく、スムーズに入れました。
開演に三分ほど遅れてしまったのですが、場内はスロープばかりで階段はない造りでした。
これなら暗くても、転ばず安心です。


はじめて母を映画に連れていったのです。
あまりにも前方すぎて首が痛かったけど、目が不自由なすぐ下の叔母(八女在住)がたいそう喜んでくれました。
もう一人の久留米の叔母(むかし黒木駅近くにいた叔母)も思いがけなかったといって喜んでくれました。
映画は面白くてうつくしく、示唆に富んでいました。
できすぎと感じもしたが、映画では自然に思えるからふしぎだ。

主人公が幼い日別れた父役の俳優さん(峰岸徹)の一回切りの眼差し。
山形の窓外にしきりと雪の降る景色。
チェロを弾く支点となる床の一点の深い疵。
・・これらがゆたかな音色とともに心に刻まれる映画でありました。

2009年3月 3日 (火)

「イムジン河」と「ポルトガル文」

イムジン河、「パッチギ!」のはとても良かったですね。
主役の青年があの時代の雰囲気をあざやかにまとっていた。
茫洋としていながらいつも何かに餓えていて。

ところで。

先日「あなたになら言える秘密のこと」という映画をみた。
題がタルイのでdvd借りるのはややはずかしいのですが。

これに「ポルトガル文(ぶみ)」という本が出てきます。
なんだろうと気になって調べました。
http://www.ne.jp/asahi/fuse/abraham/europe/europe-south/portugal/po-letter/po-letter.htm

最後の場面の浅黄色のキッチン。
これだけでも見る価値があります。

2009年1月27日 (火)

タイタニック

つんのめる姿で歌へ天城越え  恭子

なぜか石川さゆり天城越え。連句の付け句がよろけでてきた。

朝晩ブログにつきっきりで、何の因果か竹橋乙四郎のおともをいま必死でさせられていますが、わが夫とはこんなに付き合ったことなど一度もなかった。とふと思う。
天敵のような関係。
このとおーいい厳しい絶壁のかもめ啼く距離感。
それをわれはひたすら愛す。

ふうふには他人より遠い時と間があるんだよ。
そのおかげでたくさんきづけみえてくるんだよ。(あいだみつを風に)

多様性をみとめあうところから、ふうふははじまる。
そして、
多様性をみとめあうところから、連句ははじまる。

夫に限らず人様をたびたびいやな目に陥らせるかささぎには、人間性とかなんとかそんな高尚なものはきれいさっぱりお諦め下すって、またあのあほが程度で気長にお付き合い下さい。かささぎって鳥は絞め殺したいほどいやな鳥なんです農民には。
でもなぜか天然記念物でとっちゃだめなんです。

世の中はそんなもんだよおとっつぁん。けっ。

で、タイタニック。

私はみたことなかったのです。やっとみることができた。
なにがよかったか。
老女優さんのきれいな青い目。
うつくしいひとでした。ヒロインはもちろんきれいで。
男優さんも魅力的で。

で。

死体を切り離すタイミング、絶妙の間。

愛する男が死んでる。でも、自分は生きてる。
と気づく、近くに船。
笛を鳴らす。其の前に、えいやっと死体男を切り離す・・・

なんてこったい。これまでのろまんてっぃくなはなしが。

あれはどうみたって、リアリティがある。
こいつわかってんじゃん。と
かささぎはぎょっとして、ここでひざをぽんとうつ。
ゆきてかへるこころ。このことか。

次は四月の頭に堺屋で又連句会やりますんで、どちらさまも、よろしくおたのもうします。
神戸から前田圭衛子師もいらしてくださるとのことです。
このどんぞこも底を打ってきていることを、今はただ願う。

2008年12月18日 (木)

ヴィーナス

このところ映画の記事をまったく書いてない。
これはいかん。

見てるのは見ていますです。それも米英と仏映画ばっか。

九州俳句誌に『張形としての俳句』っていう凛々しい題で文章を書かせてもらっているのですが、13回書き、行き詰ってしまってる。・・・ここからが本気だして挑まねばならんとこなんだ。でも壁にぶちあたってしもうとる。まったく何もうかばん。レッドクリフの戦いなんであるおーまいがっなんである。あしたまでになんとか果敢と書かんといかんとたい。

「セックスアンドザシティ」。
をみた。
一をみて*、ニの途中でギブアップ。
降参恒産。当分食傷。
一つ気づいた。
かささぎはひと月まえにパーマをかけたのですが、それ、もしかしてこのヒロインの髪とおなじだったのか?・・がーん。失敗してるので全くわからなかったが、きっと美容師さんはあのヒロインの髪型にしてあげたかったのかもしれない。
堺屋使用予約をしにいった市役所で中川ワタルにばったりあった。
近づいてきて「髪爆発してますよ」といいやがりました。わかっとるわい!

アメリカと韓国映画とでは性の描き方、考え方がまったく違う。
あたしは、どっちもいやだよ。どっちへ逃げても道がない。

ってところで、ピーターオトゥールの『ヴィーナス』、みました。

これはよかった。
印象に残った。
ラスト、波打ち際をヴィーナスの肩にすがって歩く、ヴィーナスに頼んで片足をはだしにしてもらって、水に足を浸す・・・
まるでそれは自分であるかのように、リアリティがあった。(この項、つづく)

* いつも借りられていた!ひと月まった。

2008年12月 1日 (月)

My Fair Lady

じつはわたしはあんまり映画をみていない。
さくらさんがオードリーの映画は全部見たと書かれているのを読んで、こりゃあいかん。とおもった。ぼちぼち全部をクリアーせんば。

『ローマの休日』 をテレビで見たっきり。
それと、失敗作といわれる超大作『戦争と平和』を小学校で見に行って、たいくつで死にそうだったことを覚えているくらいです。(中学校だったかも。長くて長くて映画館のいすが苦痛でたまらなかった。なんであんな映画を先生たちはみせたかな。文部省の方針?全国一律?)

そこで、マイフェアレディ。有名すぎる。

はじめてみましたが、いやあ、おもしろかったですう。

お話が童話的なのにリアリティがあって、感動しました。
いくつかの歌も耳に残る。
運がよけりゃ。とか、君住む街角。とか。
「君住む街角」は、去年竹内まりやが出したアルバムのトップで歌われていました。映画ではイライザに思いを寄せる貧乏貴族の青年が歌います。

http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=B22551

主人公イライザ(オードリー)の父の、分をわきまえたユスリタカリが感動的で魅力的だった。
こういう人は強い。あそんでいても、ながされない。
自分と世間をよく知っていて、甘えがないからです。

それと時々挟まれるストップモーションが、とても面白かった。
すべてがあたらしくおもえて。衣装もきれい。オードリー優雅!

2008年11月 7日 (金)

dedicated その2、その3

米国大統領選、史上初のアフリカ系黒人が大統領に選出されたもよう。忙しくて、まだオバマの演説もきいてないかささぎは、とりあえず、先日からのつづきをやっつけます。リンカーンの演説のつづきです。

Now we are engaged in a great  civil war, testing whether that nation, or any nation so concieved and so dedicated,can long endure.

いま我らは偉大な内戦を戦いぬくことを運命づけられています。これはかように(自由思想のもとで)はぐくまれ、また(万民は平等であるという命題に)かように捧げられた、アメリカあるいはいかなる国が、ながく生きながらえることができるのかを試すための戦いです。

上記、engage の意味がいまひとつぴんときません。
日本人はエンゲージいうたら婚約しか思い浮かばないもの。
そこで単語を調べます。ネットで拾ってきたのを貼り付ける。

*en・gage[ inid ]
engage」を新グローバル英和辞典でも検索する

[動]((形式))(他)

1 〈心・注意などを〉引く, とらえる;〈人を〉引きつける, 魅する, 喜ばせる

engage a person's attention
人の注意を引く.

2 〈人を〉(…として)雇う((as ...));〈部屋・席・ハイヤーなどを〉予約する

engage a workman
労働者を雇う

engage him as an adviser
彼を顧問として雇う

engage a table at a restaurant
レストランのテーブルを予約する.

3 ((通例受身または~ -self))〈人を〉(…に)従事させる, 携わらせる;〈時間を〉(…で)占める, ふさぐ((in, on, at ...))

have one's time fully engaged
時間がすっかりふさがっている

I engaged the stranger in conversation.
知らない人を話に引き入れた

He is engaged in a new study.
新研究に着手している

He engages himself in every new project.
彼は新しい計画といえば何にでも飛びつく.

4 ((しばしば受身または~ -self))〈…するよう〉約束させる, 引き受けさせる((to do));〈…と〉保証する((that節));…を契約[誓い]で縛る

He engaged (himself) to do his best.
最善を尽くすと約束した

I engage that he is dependable.
彼が信頼できる人物だと保証します.

5 ((受身))〈人が〉(人と)婚約する[している]((to ...))

He is engaged to my sister.
彼は私の妹と婚約している.

6 〈2つの歯車・クラッチなどを〉かみ合わせる;…を(…と)かみ合わせる((with ...)).

7 〈敵と〉交戦状態にはいる;〈自軍を〉交戦させる

engage the enemy (in battle)
敵と交戦する.

━━(自)

1 [engage in A]〈Aに〉従事する, 関与する;〈Aに〉雇われる, 勤める. ▼Aは名詞・動名詞

engage in political activities
政治活動に携わる

engage in a game of tennis
テニスの試合をする

engage in teaching
教師をする

I have no time to engage in gossip.
うわさ話の相手をしている暇はない.

2II to do] ((形式))(…すると)誓う, 請け合う, 約束する;責任を負う.

3 〈2つの歯車などが〉かみ合う;(…と)かみ合う((with ...)).

4 (…と)交戦する((with, against ...)).

engage for ...

…を保証する.

▼受身不可

He engages for her honesty.
彼女の正直なことは彼が保証している.

[中フランス語←古フランス語engagier (en-中に+gage誓い+-er=誓いで結ぶ)]

en・gaacuteg・er

[名]

[ プログレッシブ英和中辞典 提供:JapanKnowledge ]

長いですが、まあ一応ざざっと目を通してください。
このうちの他動詞、3の意味だと思います。
be engaged in ~に従事する。
しかしそういう辞書的知識がないまま読んだ場合でも、なんとかこじつけて暗闇鍋に手をつっこむかんじで翻訳しますと、やはり婚約っていう概念にいきつく。いっしょになるべく運命づけられた。とでもいうような意味をさがしてくる、あたまは自然と。ですから、

Now we are engaged in a great civil war,

いま我々はおおきな内戦のもとに定めつけられ引き寄せられ戦わされている。

というのが、最初によんだときよぎった文章の意味で、そんなふうに思えば、これは受動態でありましょうか。稲津紀三師の書かれていたことをふとおもいだします。天為という概念を言語はどうはらんできたかってことですが。

おととい佐藤先生から習ったbe完了文、

We are met on a great battle-field of that war.

われらはこの戦争の偉大なる戦場に会している。

We have come to dedicated a portion of that field, as a final resting place for those who here gave their lives(so) that that nation might live.

so that may構文。
(なになにのためになになにする。)

かの国(アメリカ)が生きながらえるため命を捧げた(gave)人たちのために、最後の安息の地(墓地)としてこの戦場の一部を提供(ででけいと)しようとわれらはここにやってきた。

この文章は、前回からの続きです。おなじ単語をどう違う日本語でいいまわすかのテストです。笑

dedicated その1

http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/in.html

参照

犬死:http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_a20a.html

連句的参照映画

今週のかささぎおすすめ映画

「リトルミスサンシャイン」(従軍経験をもつじいさんが、孫娘のミスコン応募の旅路で客死、そのじいさんのしこみ、っていうのは孫娘への愛情なんだが、やはりかなりぶっこわれていて、でもとてもすなおな孫娘はすなおに表現しておかたい審査委員の顰蹙を買う。でも、この一件のおかげで、最低の家族が最高の家族に変化してゆくっていう、転んでもただではおきない映画)
「キューティブロンド」(ばからしくもあり、たのしくもあり。金髪ボインはあたまがわるいという偏見とたたかう女の子をリース・ウイザースプーンが好演。途中背景に流れる演説は映画「Emile Zora」(オーソンウエールズ)、確認したら第二巻の方です。英語の授業でクラスメートが貸してくれた『感動する英語!』ってのに入ってる。)

2008年10月27日 (月)

今週の2作

1、「夕凪の街 桜の国」

ひとことでいうと、とても自然なひろしま映画。
これみよがしな反戦映画ではなく、核廃絶の熱いこぶしをふりかざしもしない。
なのになみだがぽろぽろこぼれる。それが、今風。長距離バスに乗りたくなるし、けばいラブホに一度とまってみたくなる。
終戦直後の時代を生きるヒロイン麻生久美子のけなげではかない風情と、対照的な現代を生きるもう一人のヒロイン田中麗奈の元気のよい三角眉がすばらしい。それと脇役の中越典子、このひときれいになったよねえ。あと、藤村志保。この女優さんはいつ見ても、きれいな日本人女性の品格を感じさせる。去年みた「二人日和」もほんとによかった。ストーリーは・・まあみてください。昭和三十年代の銭湯シーンがあるのですが、あれをみて、小学生のころ、街角で偶然みかけたケロイドのある人を思い出しました。
ケロイドというのは、千のことばで反核をかたるより、ずっと強烈なひとつのメッセージだと思う。

2、「 クイーン 」

エリザベス女王の、ダイアナ妃の葬儀をめぐる数日。
就任したばかりのブレア首相とのかけあいが徐々にすばらしい。
女王のふるまい、その心理描写。といっても、ナレーションが入るわけではない。ただ女優へレン・ミレンが淡々と堂々と演じる。見ていると、まるで上質の俳句を読んだときのように、自然に女王のひめたおもいがみえてくる。
母親をショッキングな事故で突如亡くした二人の孫を匿い、マスコミの好奇の目から逃れ、籠る広大な領地で、女王がひとり車を駆って浅瀬に突っ込むシーン。ここで遭遇した荘厳な鹿と情をかよわせる場面が、もっとも印象に刻まれた。

女王に皆がマアム(おかあさん)と呼びかけるのはふしぎだと思って調べると、ma'am は英国女王様という意味もあった
ブレア首相がこの一件でファーザーオブイングランド(Mr.Father of Nation)と呼ばれてうれしげな表情をするのもおもしろい。実物よりかずっとチャーミングな俳優さん。

イギリスと女王は立派だなあ。
映画がなければ、そうは思わないままだった。

ひるがえって日本の皇室をどう考えるか。なのですけどね。

2008年10月 6日 (月)

女優・入江たか子

二本の映画を見た。

一つは、1983年角川映画『時をかける少女』原田知世主演。
先日見た『転校生』の大林宣彦監督の大ヒット作であり、原作は筒井康隆ということだけ知っていた。アニメ版を見て、こっちも見たくなった。

なんとも懐かしい新鮮な映画。風景がすばらしい。
冒頭の瓦屋根の重なりの場面からひきつけられた。
坂の多い露地の道。長崎や尾道のような。
少年は記憶に残らぬが、原田知世が圧倒的な存在感。

そして脇役に入江たか子が出てきた!たか子は俳人石橋秀野の文化学院時代の同級生である。この年、計算すると七十四歳だが、和風美人だ。

もう一本は、1944年黒澤明監督作品『一番美しく』。モノクロ映画。
戦時中の昭和19年の戦意高揚映画に属するものであるが、まったくその手のあくどさを感じさせない。ひたすら女工の可憐さといじらしさ、真剣さだけが伝わる。入江たか子が、なんとここにも登場していた!水島寮母という女工たちの母親代わりともいうべき役回りである。時をかける少女から四十年のときを遡って、34~5歳の入江たか子に会うことができた。ああ、この年、まだ秀野も生きていたのだ。美しい。女たちが、一生懸命けなげでうつくしい。こういう映画を見せられると、かような国に生まれてきたことを感謝したくなる。戦争のいきさつはもうどうでもよい。勇敢に戦った男たちと懸命に耐えた女たちを信じたくなる。

何も知らず借りた二本の古い映画。
その両方で入江たか子に出遭う。偶然とは思えぬ私がいる。

入江たか子:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%A5%E6%B1%9F%E3%81%9F%E3%81%8B%E5%AD%90

『一番美しく』:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%80%E7%95%AA%E7%BE%8E%E3%81%97%E3%81%8F

2008年9月30日 (火)

WALK THE LINE

昨夜ひとりで見たアメリカ映画。
伝説の歌手ジョニーキャッシュの物語。
先日見た「メラニーは行く!」のウィザースプーン主演(助演)。
まっすぐ歩け。walk the line.
いい映画だった。長かった。

http://americatvfilmnotes.web.fc2.com/Walk_the_Line.html

テレビはみない。
政界も興味ないが、少し興味が出た。

わたしは小沢さんが好きだが、あそうさんも好きだ。
どっちがいかにふむばるか。
今度の選挙は八女市長も出るし、盛り上がる。
どっちも好きなんだよね、かささぎは。
日本遺族会会長の古賀まことも、市長野田国義も。
どういうふうに票がうごくか。

そりゃそうと、失言失言ていつもながらの報道にムカムカと怒りがこみあげる。
日教組は日本のがん。いいじゃない。思ってきたことを言っても。なぜかばわない。
大臣だから言う価値と重みがあるのだろう。それを、鬼の首をとったように封印してゆく。結果なにも本気で語られない。

こどもたちが小さかった頃、文藝春秋にはまっていた私は日教組が大嫌いだった。
ところが、じっさいに娘が不登校になった時に親身になって手をさしのべて下さったのは、組合活動をしていた1人の女の先生であった。
先生のおかげで、夏休み春休みに母と女教師の会が選んだいい映画をいくつもみせてあげることができた。先生にはとても感謝している。

主義主張、理想と現実、私生活と公的な活動。どれも大事だがどれも決め手ではないような気がする。なにがいちばんなのか、あとになるまでわからない。いや、あとになってもわからない。

考えても分からないことは考えないほうがいい。
魂にまっすぐ歩くことしか。けつまづくのもまっすぐ歩くから。

追伸

台風がきているようです。
台風がきたら、道路メンテナンス会社の依頼で警備要員を沢山配置しなければならない。
有明湾岸道路。有料道路ではありませんが、要所要所にたち、進入する車に通行不可であると告げねばならぬからです。通行止めのための動員。天気同様、しごとはなまものです。

2008年9月27日 (土)

海がきこえる

もういちど見たいスタジオ時振りのアニメは、『海がきこえる』。

高知の風土、ときに挟まれる東京、この二つの異なる景色が、主人公たちの生き生きとした生活と会話をひっぱる。

一昨年タイトルに惹かれてレンタルやさんで借りて見たのだが、dvd の巻末に付けられた若き製作者たちの想いを知り、なおさらのことに心ひかれる。

熊本の俳人中山宙虫(なかやま・そらん)のブログを見ていたら、宮崎駿監督の崖の上のポニョが取り上げられていて、なぜか反射的に連句的に、この『海がきこえる』がでてきた。内容とテーマは天と地ほど違うだろう。ただ、監督のイメージロケというくだりが、『海がきこえる』におけるしつこいほどのロケを思わせた。だが、宮崎監督は、この若手の作品を認めていないらしい。

妙に気になり、海がきこえるを検索すると、原作者がなくなっていた。

http://homepage3.nifty.com/akinori_naka/

氷室冴子さんのご冥福をお祈り申し上げます。
『海がきこえる』が残してくれた余韻は今なお鮮やかです。

2008年9月15日 (月)

SWEET HOME ALABAMA

「メラニーは行く!」(リース・ウィザースプーン主演)

(SWEET HOME ALABAMA、2002

ニューヨーク市長役で出てくる女優。

どっかで見た。だれだった?

・・・思い出せない。

最後、キャスティング見て、わかった。
キャンディス・バーゲンだ!
うっわー。なつかしい。

なんて元気な映画。
深夜に一人でけたけた笑って見た。こ
とに南北戦争保存会という趣味の会の、むかしの戦闘再現中に娘が割り込み、たくさんの死体役の中に父を探す場面。あれは最高におかしかった。


南部出身のいなか娘と市長の息子ニューヨーカーとの恋。
デザイナーとしてニューヨークで成功した娘には、じつは田舎に夫がいて離婚がまだ成立していない。
夫に離婚を迫るため、アラバマへ久しぶりに帰省した娘は、そこで昔の自分に出会う。
貧乏人とお金持ち。田舎と都会。野暮ったさと洗練。真実と虚飾。
価値観が真っ向から対立する。
同じ女性を別々の角度から愛する男が二人。
うーん。・・・そういう風に作られたドラマと言ってしまえばそうなんだけど。
南部の男のほうがやっぱかっこよかった。
お金や地位や家柄じゃない。縁と愛情。

通勤車内で聞く英語のおかげか、以前よりは台詞が聞き取れた。
ただ、いちいち訳そうと考えるあたまがある。これ、わずらわしい。
そのまま英語で受け取り英語で考えるようになりたい。
一週間に四本くらい洋画を見ようか。一本百円のね。
時に疲れて見ずに返却することもあるだろうけれど。

2008年8月 4日 (月)

クライマーズ・ハイ Ⅱ

あべしげさんのファクタブログで出合ってしまったこれ。
絶句するほかない。以下、無断引用文。(阿部重夫ブログより)

消えたり現れたりのサイト*

     阿部重夫

「御巣鷹山の日」8月12日が近づいている。7月20日号の編集後記に、映画『クライマーズ・ハイ』の公開にちなんで、その日の私を書いただけに、気になっていることがひとつある。

あの日のフライトレコーダーと日航123便の航跡を合体させたサイトのことである。亡き作家、藤原伊織から教えられて、そのあまりの生々しさに慄然とした。今でもリアルとは何かを思い返すとき、そのサイトでこの管制塔とコックピットの応答を聞いてみる。何度聞いても背筋が寒くなる。

だが、この生々しさは遺族ら関係者をいたたまれなくするとの批判があり、時々閉鎖されてしまう。とにかく機会があれば、この千万言を費やしても追いつけないものを耳にしてください。

http://members.at.infoseek.co.jp/tinsukou114/JAL123.swf

連句的参照:http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_c273.html

追記)以下、8月7日記す

この文章引用後、数日打ち眺めていましたら、なにかが足りない。
なんなんだろう・・今になってハッと気づきました。
「題」をもらしていたことにです。

この「消えたり現れたりのサイト」という題があってこそ、本文がリアリティをもつのでした。

消えたり現れたりする。そこから私は、すぐに「さまよえる湖」を連想しました。『蟲師』 漆原友紀にもありました。

2008年7月21日 (月)

クライマーズ・ハイ

あべしげさんのファクタブログで紹介されていた「クライマーズ・ハイ」 を見た。1985年8月12日の日航機墜落事故を報じる新聞記者の話で、ながい映画だったのにもかかわらず、時間をわすれた。話は込み入っていたのに、緊張感が最後まで持続した。新聞をつくるって、そういうことなのか・・。堤真一のなで肩が好きになった。母親が米兵の肩にしどけなくもたれかかって映画をみている横で、母の手をじっと握って我慢していた幼い子ども時代の彼。その場面で流れる「モナリサ」の曲・・・。

ネットで上映時間を調べ、始まる一時間まえにつき、チケットを買う列(六層!!折り畳みパイ生地のよう)の最後尾につき、その列がじゅんじゅるじゅんじゅんとつづまっていく過程で、花より男子ファイナルは完売しましたのどうのとアナウンスが流れる。若い子や子連れ客であふれかえっている館内で、自分の番でソールドアウトになったらどうしよう。と心配したが、開演十五分前にやっと買えた。

着席したのは十二三分前だったのに、なんと私しか客がいない。
ええっなぜ!あんなにいた客は、みんなほかの映画をみる客だったの。
といぶかっていると、一人おじさんが入ってきた。
なんと私の席のすぐ横だったらしく、空席ばかりなのに私の真横にかけられる。うわっどうしよう。さりげなく別の席へ移るべな・・と思っていると、それからは次から次へと客が入場、またたくまに満杯状態になり、すぐに映画が始まった。こういうこともあるんですね。

御巣鷹山事故のニュースを最初に聞いたときのことを覚えています。
長女三歳とおなかに長男がいる私とをのせて夫の運転で戸畑へ里帰りしていた高速道路のラジオニュースで、第一報を聞いたと記憶します。あの日の空、その雲の色をまだわすれない。夕日にむかって走っていましたから。
テレビニュースではじめてみたとき、木にひとのからだの一部がひっかかってるのが一瞬映った。わすれない。一瞬でさえそうだから、現場で救助や報道にあたった人々は、生涯にわたってのこったろう。そういうことは人にはいえないし、伝えづらいことだから。

あべしげさんのクライマーズ・ハイ記事:http://facta.co.jp/blog/archives/20080719000722.html

2008年7月20日 (日)

少年ケニヤ

乙四郎が仕事でケニヤにいってるってんで、「少年ケニヤ」を思い出してしまいました。

出演者のかお、なべずみでぬったくってたなあ。
その少年のなまえ、ワタルっていった。
少女の名は、ケイト、どっちもかわいかった。

検索かけても、あんまりでませんでした。

堺屋での連句会でちょうど来合わせた中川ワタル。
彼女のなまえは、少年ケニヤ由来だったんでした。
そうかーそうだったんだなあ。
探検隊の帽子をかぶらせたら似合いそうなんです。
連句会をした日が誕生日だったそうで。
何歳になったんでしょうかね。

2008年5月31日 (土)

少年は青年になるークローズZERO

行きつけの八女市納楚の積文館からクローズzeroのdvd借りようと何度か通ったんですが、いつも借りられているので、勤め先のご近所レンタル屋さんで借りてきました。おおきなお店で、クローズだけでも二十本くらいあって、ゆうゆうでした。でも高い!360円近く、一泊で。新作ってどこもそう?だけど、旧作もここは積文館の二倍します。グランブルーってのがみたくて、八女にはなくて、ここにはあった。三百円近くしました。
だけども、めりはりのある値段つけって、いいんじゃないかな。なんでもかんでも一律百円にする店がありますが、誇りが感じられません。もっとこう、店主の選定眼というか、批評家魂をかけて値段をつけ、それをうりにするのもいいんじゃないかと勝手なことを思います。生き馬の目を抜くような厳しい業界なんだろうけど。

時間がない。クローズゼロ、二度目をみて、なにかまた書きたくなったけど、うしろでせかされてまして。

二回見たら、よく事情が見えます。映画館でみたときは、ちょっとわからないこともあったのですよね。べつに漫画の愛読者でもないし。ただ息子が中学1年のころ、この漫画にとても熱中してたんで、その理由が知りたかったわけです。

わかりましたとも。その魅力が。

「体」の映画です。少年から青年になるおとこたちの。

なにより、男気をおしえてくれる。これ、すごくだいじだ。誇り。

以前書いたかささぎの記事。http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/post_9299.html

この文章で記事数がちょうど1,000となりました。
滅多にアクセス解析欄は覗かないのですが、なぜかふと開いてみますと、きりのいい数字。へえそうなのか。・・・と、わけもなくうれしい。

「かささぎの旗」は2005年12月22日にスタートしました。
http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2005/12/post_53f8.html

2008年5月13日 (火)

テラビシアにかける橋

小郡端間(はたま)辺りのカントリーエレベーター。

小郡の麦畑。八丁島から端間へ向かう。

見たいと思った映画の検索をしたら、九州では一件だけソラリアプラザがヒットしました。しかも今日が最終日。博多にすむ娘の顔が浮かび、昼休みに連絡をしますと、午後からあいていると元気な声。四時で仕事を終え、ささっと小郡に向かい、駅近くの○○薬局の駐車場に車をとめると天神行きの西鉄電車に乗りました。

映画が始まる一時間半前に着きました。娘と夕食を一緒に食べるの、久し振りでした。ずいぶんきれいになっていた。しかも驚き、ブログを始めたって。携帯ブログ。(タイトルも教えてはくれませんでしたが、日に1千ものアクセスがあるんだって。ウキーッ。)

ところで、映画はなみだぽろぽろでした。おさないいもうとのなんとあいらしかったこと。娘と二人、おおなきして帰りました。でも、さわやかな涙でした。

映画を紹介してくださった、バービーボーイズの杏子さんに感謝。
映画冒頭、いもうとがバービーと遊ぶ場面がありますし、何度もバービー人形が出てきました。

だいすきなバービーボーイズが、再結成されますように。

2008年5月12日 (月)

風吹けば

風吹けばどの葉も輝(て)りぬ柿若葉  恭子

見たい映画。
「テラビシアにかける橋」(バービーボーイズの杏子サンが号泣したって。コメントさんは爆泣したって。ばっきゅうってどんなん。クルメにはくるめかな)
見たいDVD。
「クローズZERO」。映画、去年見たんだけどもね。もっぺんみたかとです。がるる!

寺微視亜:http://terabithia.jp/

(ヒロインの少女は「チャーリーとチョコレート工場」で紫のガムをかんで、風船になったあのかわいらしい女の子ですね。)

苦労図:http://www.crows-zero.jp/index.html

2008年2月 1日 (金)

熊井啓監督

暮れにふっと付けたテレビで、故・熊井啓監督が原作者の遠藤周作とともに、ある事業家のもとへ映画『海と毒薬』の資金を出してくれるよう何度も頭を下げに出向いたというエピソードを見た。

わたしはこの監督をただ一作によってすごいなあと思っていた。
それは『千利休ー本覚坊遺文』。

ビデオでなんども見た記憶がある。ラストシーン、忘れがたい。連句の原点みたいなものが確かにあそこにはあるような気がする。そういうことは全くでてこないのだけれど。原作は井上靖。この人の自筆の詩作品が八女市の堺屋『山本健吉 夢中落花文庫』に掲げられていたものですが、いまはどうなっているでしょう。なにしろ市には全く予算がなく、すぐれた文化財の保護が出来ていない。古賀誠議員、橋も結構ですが、文化にお金ください。ひめのに本を出させてください。にひゃくまんがないので、だせない本があって、それには、八女市のいちばんの宝が書かれている。天文歌人の百首和歌の読みです。これを出版しなければ、と思うけど、子の教育にお金がかかりすぎて、まったく先がみえないため、出版社に入れっぱなしの状態です。あ、これ、関係ないですね。つい愚痴をこぼしました。

おなじころに出たてしがわら監督の作品はちっとも心にひびかなくて、途中までしか見る気がしなかったけれど、こっちの熊井啓の利休には非常に感動した。なにかが、あった。(今にして思えば、てしがわらさんの草月に若いころ数年間所属してお花を学んだのですけれど、月刊誌『草月』は、やたら小難しくて、教養ひけらかし以外のなにものでもなく、嫌味でしかなかったなあ。その印象と映画とまったくおんなじ味だった気がする。)

2007年12月18日 (火)

mona lisa smile

近現代女性史に興味を持つ人必見の映画。
1953年当時のアメリカの女子教育がリアルに描かれる。
つい引き込まれてしまった。かの国のこの時代ものをみたことはなかったから。女子大の生徒がいろいろ出てくる。どのタイプも記憶にたしかにあるとおもえるほど、生き生きと描かれている。

して、自分はあの子に似てるなあ。
皮肉屋でいじわるな、抑圧されていることにすら気づかず、周囲に八つ当たりしてヒステリーをおこす女の子。スパイダーマンの相手役の女優さん。(名前が難しい。覚えきれない。)。結婚式のとき、母親から命令されて、夫に小細工をして思い通り操ろうとする場面には、とてもこころが痛んだ。醜い。自分にも似た思い出がある。胸がわるくなる。ほんとにかわいそう。彼女は最終的にディヴォースを選択するけど、(そして、映画を見ているおおかたの人もそれに賛同するだろうけど)、わたしはそれが宥せないなあ。逃げだとおもう。アメリカ人は甘いな。・・。

ここが日本人との違いなんだろうか。
それともそう感じる自分が病的抑圧人間なのかもしれない。

ジュリア・ロバーツ主演。
いい役です。
このひとは繊細だけじゃない、しなやかな野生を秘めている。

2007年12月10日 (月)

五足の靴

西日本新聞文化面に先日高橋睦郎先生が近代の幕開けとして象徴的だった、「五足の靴」(与謝野鉄幹、北原白秋、太田正雄、とだれだっけな。あとふたりの文学者)の旅について的確な批評をなさっていた。本来は鹿児島までの旅だったとある。それを長崎までで解散となった理由の考察が、なるほど連句をなさるかたの現実的な意見だな・・とおもった。個性と個性のぶつかりがあって、それに我慢ができないとき、ひとははなれていく・・ということ。

俳句誌をひとさまから頂くと、スタイルがほぼおなじなのに気づく。そのなかで、沖縄の俳句誌「wa」(岸本マチ子編集発行)だけは少しちがっている。各人に一ページあて、上段に俳句作品、下段にはエッセイが平等に採録されている。これはこれまでなかったスタイルで、同人が増えている。かなり以前にいただいたとき、十数人だった同人は、いま百人を超えているんじゃないかな。これは何を意味するか。岸本マチ子先生のご人徳とともに、誌の体裁だ。みな、かきたいことがあり、よみたいことがある。その潜在意識を掘り起こしたんだなあとおもう。今後はこのスタイルが主流になるかもしれないと思った。

きのうみた映画二本、編集に配慮があった。
ずいぶん余白があった。
余韻が残ったのはそのせいだ。

(in her shoes で最もつよくきざまれているのが、一回しか出てこない姉妹の母の写真のまなざしだったということに、時間がたってきづく。映像による回想シーンは一度もない。ただ祖母の話の中と姉の話の中できれぎれに語られる思い出だけ。みるひとが心情やそだちをよみとる余白を、ここにのこしている。)

2007年12月 9日 (日)

イン・ハー・シューズ

午後から二本のdvd をパソコンでみた。今日返さねばならないのに、忙しくて見ていなかった。

「愛されるために、ここにいる」 というフランス映画と、「イン・ハー・シューズ」。フランス映画はタンゴ映画だったから借りてきた。主人公の孤独な中年おとこの秘書が、ラスト近くでボスを思って発する助言がとてもよかったな。・・って、これだけじゃなんのことか、見た人じゃないとわからないでしょうね。すみません。興味があるかたは、ぜひみてください。笑

いやあ、とってもすごくよかった。うるさくなくて、おとなの味。わたしなら、こんな複雑なタイトルじゃなく砂漠の薔薇とでもするのにな。でも、砂漠のバラはきざすぎて浮きそう。それなら、愛されるために、じゃなく、愛するために、のほうが今風なかんじなのにね。主人公の男とヒロインがおどる場面がはっとするほどセクシーで印象的だった。

キャメロン・ディアスの映画のほうは、おばあちゃん役のシャーリー・マクレーンがいきていた。もちろんキャメロン嬢はとても元気でかわいいし、姉役の女優さんもたくさんの犬をつれて階段をのぼるシーンや最後の表情がなんともいえずよかった。老人ホームで老教授が亡くなる直前に、おばかなキャメロン嬢に詩の朗読を依頼し、読ませ、いくつかの質問をする場面がとくに印象深い。「姉のいた夏・いない夏」でのキャメロン嬢しか知らなかったけど、この映画も家族愛と姉妹の友情を描いてこころにのこる。

(二本をこの順にみたんですが、ふしぎと連句的なつながりを感じる映画だった。)

2007年11月12日 (月)

『クローズZERO』の体

日曜日、息子を塾に送る。その足で合川町のシネコンへむかい、念願のクローズを見た。もちろんひとりで。子が手を離れて以来、映画はいつも一人でみる。

初演は11:20からだったんで、それまでの1時間を駐車場の車のなかで本を読んですごす。映画館は人が多くて混雑していたが、まだ駐車場には空きがあった。日曜の朝ってこんなんだ・・ってちょっと驚き。駐車場から人の動きをみていると、中学高学年とおぼしき少年数人がタクシーで割り勘して駆けつけたり(たぶん、久留米駅から)、自転車でからすみたいにとんできたりと、多かった。ふたりぐみの女子もいたけど男子が多かったな。みな、ヤンキーなんかじゃなくて普通のまじめそうないなかの子たち。純潔ってことばと、昔のこども時代の八女福島町の京座の雰囲気を連想した。券、すでにもう三丁目のなんとかは初演がソールドアウトしてた。私はなんかあれ、見る気がしないんだよね。いつかDVD借りたの、とうとう見ないで返した。

そこへいくと、クローズはかっこよかった。最高に面白かったし、びっくりした。やまだ!!きゃーっていいたいくらい色気があってさ。うーん、きれいなおとこたちはよいなあ。やっぱさ。いつもきたねえ男ばっか見てるから。(夫よごめん。むかしはほんっとにハンサムだったよ。いまは堂々たるチュウネン)それと、おとこのこの性がはじめてちゃんとわかった。そうか、もれるのか・・。知らなかったなあ。息子がふたりもいるのにさ。

なんか元気出た。うりゃ~いくぜ~!!って雄叫びをあげたくなる映画でありました。ストレスがどっかへ雲散霧消、みょうにうれしくて、にたにたしている。あの雨の果し合いがすごかったよね。おとこっていいよなあ、って思ったもんね。

さあ。いっちょうけんかをするぞ!しみったれたオバサンにはぜったいならんからね・・と誓うしみったれおばさんであった。
妻たちよ。夫から離れて、ひとりで映画を見ようぜ。愚痴、いうまい。

2007年11月10日 (土)

クローズZERO

映画「クローズゼロ」を見たい。

小栗旬の一重の目と、なんか違うやまだが見たい。

こういう殴りこみ風の男だけのドラマ、時代劇の新撰組かヤクザ映画くらいしかないよね。ヤクザ映画はきらいだけど、がきの不良なら許せる。元気がでそう。

原作漫画「クローズ」。ぜんそくもちで病弱の次男が、毎年入退院を繰り返していたころ、教育的下心の本を読ませようとするハハに反抗して、「ぜったいクローズじゃなきゃ読まない!!」と駄々をこねたことがある。思い返せば、聞く歌を自分で選びだしたころです。オレンジレンジの小学六年生。

先生に「成績は安定した下降曲線を描いています」と言われて、ひるむハハに、チチは言った。「あいつを信じてやれ。おまえはちっとも男の子のきもちをわかってない。」

さいざんす。男になったこと、ないもの。

やさしい長男のこともおませな次男のことも、夫はちゃんとうけとめている。私は無駄な力みがおおいし、視野がせまい。この時期、夫がいてくれてほんとによかった。ご先祖さまにも地球にも宇宙人にもゲゲゲの鬼太郎にも感謝、感謝。

そういえば、はじめてぜんそく入院をしていない。

2007年10月12日 (金)

HERO

映画「HERO」は警備員さんーそれだけが職業柄、印象に残った。あとはかたどおり。きむたくのかっこよさも韓国スターのかっこよさもわかったわかった、ってかんじね。あと、韓国ロケ、そのまちなみをひえーって思った。ずいぶんごちゃごちゃしていて、活気がありますね。なかなかいいなあ。行きたいな。

(これ、次男の塾の奮起式のとき、親の待ち時間が三時間半あり、ひまつぶしにシネマコンプレックスで一人みました。合川町の映画館で。)

その日、塾がおしえてくれたんですが、家計に占める教育費の割合の世界一は「韓国」(教育費のエンゲル係数の高い国)でした。大学進学率トップも韓国。二位フィンランド。(この国、教育レベル世界一って知ってた?私は鍬塚聰子ブログで知った。)三位アメリカとスウェーデンが並ぶ。日本は、長寿国第一位、そして石油消費国の三位として名があがるのみ。

2007年8月 3日 (金)

台風のさなかに

今年二度目の昨夜の台風、強い風がふきました。

いつも遅くかえる夫も早く帰宅してきました。
中三の次男は昨日まで課外授業があってましたが、これもレンタルビデオ屋さんからいくつかDVDとCD借りて彼にしては早めに帰宅しました。数日前から私が頼んでいた「時をかける少女」(最近のアニメ版のやつです)  もわすれずに、ちゃんと借りてきてくれてた。いい子だ。それにしてもビデオ屋さん、70円、90円までダンピングしないと競争に勝てないなんてかわいそすぎる。いえ、熊本のいとこが長くこの商売をしてまして、その苦衷をおもうと一言いいたいわけで。

雨戸を閉めても鍵をかけていなかったせいで、風がすごい音をたてます。それに負けない最大の音量にして時かけ少女をみました。夫といっしょに。

こんなこと、二回目だなあ。

とおもいました。博多の月隈に住んでいた三十代後半から四十代初めのころ、一回だけ真夜中に夫と二人でビデオを見た。喧嘩しかしてないしせっくすれすどころか16年間手もにぎらないさいあく夫婦なので、こういうことがあることがふしぎだとおもう。(月隈でのそれは「小さな恋のメロディ」 だった。感動して、こんな映画、もう二度と作れないだろうね。って夫は言ったなあ。そういえばあんとき)

さいごのちかくで、感動屋の夫がないていた。けっとかささぎはおもった。その瞬間、かえるの声が唐突にどこからか聞えた。え。もう。

もう台風が行ってしまったんだ。まだ強いうなり声がしていたけど確実に力は弱まっていた。蛙っていじらしい。うれしいんだろう。

 颱風の暗き家鳴りに帰り来る  飯田 孤石

 (飯田孤石は阿蘇の飯田高原の人だった)。

帰って見えた家霊団のみなさまがた、わたくしどもはなんとか離婚もせず辛抱をし、まいにち、なんとかやっておりますです。どうかご安心なさって帰ってくださいまし。

参照)

『時をかける少女』http://www.kadokawa.co.jp/tokikake/

この映画でことにこころひかれるのは背景の風景画。雲とか家の草や木とかが綿密に愛情深く描かれていてすばらしい。

それともう一つ、宣伝をいたします。

『台風』 という曲、オルケスタ・アストロリコ が先月出した珠玉のタンゴ名曲集『SALUD, TANGO y AMOR  (ソルーナ音楽事務所取り扱い、京都下鴨) のなかに収録されております。これもまた、ほんとに台風のかんじがしてすばらしい曲です。みなさま、ぜひ一度きいてみてください。

2007年6月 4日 (月)

京都 絵になる風景

京都 絵になる風景

『京都 絵になる風景  銀幕の舞台をたずねる』

吉田 馨 著

ダイヤモンド・ビッグ社 2007年春刊 

地球の歩き方シリーズ008

吉田馨:

1964(昭和39年)兵庫生れ。昭和62年大手前女子大卒業後、尼崎市立地域研究史料館に勤務。平成7年に京都映画祭事務局員となり、現在は事務局プロデューサー。愛知大学および京都精華大学非常勤講師。著書に『銀幕の湖国』、構成編集に『映画の4日間PART1 中島貞夫ゼミナール』、『映画の4日間PART2 中島貞夫シナリオゼミナール』ほか。信濃毎日新聞で「映画の味かた」を連載中。大阪大学大学院後期課程に在学中。

(つい表紙見返りのプロフィールを全文引用してしまいました。なんとなくそのウンのころがりかたがおもしろくて。兵庫というところは勉強する地域だなあと前から思っていたのもあります。地域性としての「学問に熱心」という県民性。それと顔写真が載っていますが、カンヌで賞を取った女性監督と同じような気を感じるお顔です。精気にみちた、いきいきとしたきれいなおかお。)

タンゴバンドのアストロリコのヴァイオリニスト・麻場利華さんが送ってくださったご本です。題名にあるとおり、銀幕と映画が呼ばれていた時代の名画から『パッチギ!』のような現代映画まで舞台となった京都の名所を取り出して、映画と名どころをいっしょに紹介したおしゃれな本です。読みやすいのは、写真と文章との分量がちょうどいい比率になっているからです。以前、「写真でよむ ぼくの見た大日本帝国」を取り上げたときに、写真で読むと書いているのに、文章の文字が小さくてぎゅうぎゅう感があるのが惜しい、って批評したことがあるんですが、それと好対照です。内容も歴史的なことがらをおさえて、映画の知識と愛情がよく伝わるものになっています。行ってみたいなあと思わせるし、行ったことがある地であれば、へえーそうだったのか、とおもわせる。

写真がとてもきれいです。一目瞭然。たとえば冒頭の『暖春』小津安二郎監督映画のワンシーン、岩下志麻が着物姿で下駄履きのまま駆けるように弾む足取りで歩く写真と、その次のページにある現代のその地で同じように撮影した着物姿のかわいらしいむすめさんの写真が、この本のすべてを語っているようで、編集が素敵だなあと感心しました。

利華さんは映画『二人日和』に登場した地のところに付箋をしてくれてました。鴨川、梨木神社(なしのきじんじゃ)、室町通・三条通。

ほぼ毎日行ってる(いりびたっているというか)あっさむさんのブログに京都紹介本がよく出てきますし、私自身も紹介したい京都の本ってあるんですが、映画と京都を論じたこの本はかくべつ新鮮です。みんな、買ってね。

りかさんありがとう!!

追伸:

きょうの夜(六月五日ですが)NHKテレビの特集はカンヌで賞を撮った監督のインタヴューでした。あの「殯の森」、日本での上映はそうたくさんはないといってました。分ります。だって、「二人日和」もそうですもん。レンタルも置いてないし、あたまにきます。

でも。よく考えると、質より量をとるのが今の世の中なんですよね。

2006年12月24日 (日)

海軍橋

タンゴバンド、アストロリコのヴァイオリニスト、麻場利華さんから、きのう久々にメールをいただきました。以前、呉にも海軍橋があるか尋ねていたのに対する答えでした。そのまま引用しますね。

気になっていたのですが、どうも、私の見渡す限りでは
呉には海軍橋ってのは、ないみたいです。
(地元の人の中で、俗称みたいに言われているものが、
あるかもしれませんが、私には情報がないです)

> 呉の海軍基地にも、海軍橋っていうのがあるでしょうか。

それで、兵庫県伊丹市のあたりに軍行橋ってのが、ありまして。
私は、アストロリコの前は、宝塚歌劇団で演奏していたので、
そのあたりはウロウロしたことがあるのです。
なんで、この橋を軍行橋っていうのかと思って、ネットで見てみたら
↓コピー添付します。

猪名川の対岸は川西市と伊丹市ですが、明治の末まで池田(現在の池田市)
の人々が猪名川を渡るのは呉服橋のみでした。この橋は1815(文化12)年
に架けられました。私(校長:室田卓雄)は伊丹市に住んでおり、毎日『軍行橋』
を通っています。いつごろ軍行橋が架けられたのか長い間、疑問に思っていました。
先月の伊丹経済交友会発行「いたみティ」に、1911(明治44)年11月19日
に猪名川を挟んで約1万人規模の陸軍大演習が行われたことが写真入りで大きく載って
いました。この演習のために橋を架けたのが軍行橋の由来だそうです。

こんなのがありました。
伊丹には、今でも陸上自衛隊があります。
なんとなく、普段見過ごしている自衛隊基地にも、明治からの歴史があるところ
が実際に、沢山あるのでしょうね。
今更ながら、明治の人々を尊敬してしまいます。

(以上、引用おわり)ということでした。

利華さん、調べてくださってありがとうございました。

ミュージシャンがどれほど忙しいのか皆目分らないのですが、ときどき戴くお便りのはしばしに、夜遅くまでの社交づきあいとか、はたまたあちこちと飛び回るとかあるようで、ひとところにじっとはしておれないようです。

利華さんは宝塚出身であり、宝塚演奏楽団のメンバーだったんですね、アストロリコに入る前は。

そうだ。また連句的な話です。なにかのついでに高橋甲四郎先生から聞いたのです。宝塚で思い出した。先生は黒木瞳(八女出身)の八女高校三年時の担任だったそうです。進路を決めるときに、彼女の親ごさんは堅い職業ー教師とかのーに就く事を希望されていたそうです。でも、本人はそのころ福岡で友人と見てしまったヴェルサイユのばら(宝塚歌劇団)にすっかり心を奪われていて、ずいぶんと悩んだ挙句、親に内緒で宝塚を受験してしまったとのこと。旅費がないので友達に借りて。(まるで、「海が聞こえる」みたいね)。甲四郎先生は一日おきくらいに黒木の黒木さんちを家庭訪問してたそうですよ。とても真面目な子だったらしい。昨年、お父上が亡くなられたとき、東京のマスコミが高橋先生宅まで追っかけてきたそうですが、八女高校で応対したと言われました。

地味な甲四郎先生がそういう女優の人生の節目に立ち会われていたとは存じませんでした。世の中はおもしろいものですね。

あれ。海軍橋について書くはずが、宝塚の話になっている。笑

海軍橋で検索すると、佐世保の海軍橋以外にもありましたので、これって固有名詞じゃなく普通名詞なのかと、利華さんにも聞いてみたのでした。・・おわり。

※ 

利華さんの言葉から、連想したのは、これです。久留米には陸上自衛隊の駐屯基地がありますが、そこは「肉弾三勇士」で有名だったと最近知りました。
http://drhnakai.hp.infoseek.co.jp/sub1-42.html

2006年12月 2日 (土)

喪服妻と四月の雪と色気とは

夫の単身赴任部屋に掃除洗濯に行った。郵便受けにぐじゃっと郵便物や広告が溜まっている。忙しいんだなと片付けてたら、底からレンタル屋の請求書が出てきた。なになに・・喪服妻総集編。返済期日を一月も過ぎてる。あわわ!すぐ電話をした。かくかくしかじか忙しくて返し忘れたようです請求書にも気づかなかったようですごめんなさい。なんとか一万円近い追加料金を負けてください。・・女性店員にすがる。電話ののんびりとした声が事情を察するや、軽蔑したような冷たい声になり、次に店長とおぼしき人のいかめしい声で、お客さん、その定価は四千五百円ですから、それだけ頂きましょう。・・という。おかげで、ものすごいお金を支払わねばならず、サイフはおからになった。(実物をもどしたのに実費を支払うというのは腑に落ちない気もする。)。
怒り心頭に発し、次から返却が遅れた場合はすぐ連絡くださるよう、くれぐれも依頼して帰る。なにが喪服妻だ。まったく何を考えてるんだ!(なにもかんがえていまいが)
かように妻が母のように夫を管理し甘やかす図式が、日本の典型的なイエなんであるが、このどこに色気の介在する余地があろうか。

というわけで、ぺさんの『四月の雪』を見た。
昼メロみたいな話だったが、女優さんが若いのにとってもきれいで色っぽかった。こういうのが着やせするっていうんだなと感心した。でも、肝腎の冬ソナのぺさんは、ロボットみたいで生身の男としての精彩に欠けている。色気がない。むづかしいもんだなあ。

しかし、見所はあった。一番印象に刻まれたのは、交通事故で人を死なしめたにもかかわらず、保険屋に頼んでいるからというせりふが出てくるところ。これは日本とおんなじでイヤなせりふだ。つぎに、二人で亡くなった被害者の家に詫びに行くシーンで、よぎる景色が朝鮮の冬のたんぼなわけです。芭蕉七部集「冬の日」歌仙での杜國の「朝鮮のほそりすすきのにほひなし」ってこんなんだろうな。寒村ってことばがぴったりする。
葬儀が行われているところに着いた二人を迎える遺族の母親の罵声。その葬の場面の原色が目に焼きついた。あれは何の色だったのか確認したい思いに駆られているが、もう一度借りてまで見たくはない。どなたかご存知でしたら教えてください。

2006年11月 8日 (水)

Ingrid キスリングの憂愁

キスリングの憂愁
  
                      本馬 梨枝子
           「アンブロシア」同人 熊本県植木町

        
「エコール・ド・パリ」展の最終日は
たくさんの人で混んでいた
キスリングの「イングリッドの肖像」
の前にやっと立ったとき
ずっと探し求めていた人に会えたような
不思議な想いにつつまれた

哀愁をおびた青いひとみ
優美にデフォルメされたからだの線
黒い衣装と白い襟のコントラスト

パリのラボワール(洗濯船)に暮らし
ピカソとも親交があった
ポーランド出身ユダヤ人画家の傑作だ

館内にある椅子に腰をおろして
キスリングの絵のうしろに
私は描かれていない窓を想像する
その窓から歴史の迷宮に入り込む

美術館を出ると
よく晴れた空に雲が浮んでいる
その彼方にイングリッドの眼をとおして
翳りゆくパリの風景が見えてきた

人はなぜ愛を求めるのか
そのこたえは一枚の絵のなかにある

   西日本新聞平成18年11月6日付「詩2006」より

月曜日に西日本新聞の同人誌の詩紹介コーナーで、「キスリングの憂愁」と題する本馬梨枝子という人の詩を読んだとき、たいそう驚いた。こういうことって、あるんだ。やはり、優れた絵は生きている。人を摑んで放さない。

去年、「マリオットの盲点」で紹介された映画『サイダー・ハウス・ルール』で、助演女優シャーリーズ・セロンをみたとき、おやっと思った。彼女は、モンパルナスの画家・キスリングの描いた女性の肖像にどこか似ていた。三つの図書館を捜し佐賀の図書館に唯一あった「KISLING」画集。十年ほど前に日本でキスリング展をやったときの図譜です。それを読んで(観て)いましたら、パイロットになった息子さんが父キスリングの画業と優しかった母について書いた文章がありました。「父の絵は一見易しいように見えるが、実はとても深いところから出ていることを知っているし、勉強を怠らず苦労して描いていたことも自分は父の身近にいたから知っている。母は常に父が仕事をしやすいようにと気を配っていた。だから自分は苦労の多い画家などにはならなかったのだ」、と語っていました。なるほどとおもいました。ほんとにどの絵も、あっさりと描かれているように見えて、その実、繊細な繊細な絵です。その繊細さは、余分なものを全てそぎ落として心眼が捉えたたましいのかたちをうつしているところからきている。色彩は華やかでも独特の翳りがあり、それが心を捉えて放さぬ魔力になっています。

最初に実物を見たのは、独身のころです。三十年近く前、天神のニューオータニの画廊で、黒い服を着た女性の小さな肖像画をみた。こころに食い込んで離れなくなった。それからキスリングが気になってしようがない。でも、資料がなにもなかった。

ぐうぜん佐賀市民図書館に一冊あった画集。それを借りては眺め借りては眺めしていた。そこへシャーリーズ・セロンを映画で観た。また借りて、確かめると、絵は「イングリッド」と題されたもので、去年携帯で写真を撮っていたのを思い出した。(後でアップします。)

※ シャーリーズ・セロンhttp://www.asmik-ace.com/Cider/Cast02.html
  http://blog.ketainovel.com/?eid=180510(これはまだみておりません。)

   モイーズ・キスリングhttp://www.artschool.jp/columu/kissling/index.htm
  

2006年11月 2日 (木)

天体観測

DVD「天体観測」四巻までを見た。涙が出た。

こどもの読書感想文みたいな感想文で申し訳ない。

それで、今書いておきたいことがある。

こどものころ、星を見る子だった。空が暗かったし。
小学生の四年生くらいまで、家にお風呂がなく、共同風呂に入りにいっていた。その当時はそれが普通で、村には小さな浴場があった。なんと混浴だった。こどもだったので、あまり不思議とも思わなかったが、大人の女達はとても抵抗があったみたいだ。それはともかく、ある夜のこと、たぶん七時から八時ごろのことだと思う、祖母がお風呂からあがるのを外で待っていた。真っ暗な空には星がまたたいていた。見ていると、真横に流れる星がある。その星は、流れるというより、ゆっくりと同じ速さで進んでいるという感じであった。流れ星って真横に流れることもあるんだなと思うゆとりもなく、知識もなく、ただじっとみつめていた。すると、その横切る星が別の星にぶつかりそうになった。ああ・・と思っていると、その別の星は上の方にすっとせりあがって道を譲り、横切る星を通してから、いかにも「あわてずさわがず」といった感じで、ゆっくりともと居た場所に戻ったのである。あとは、なにごともなかったような夜空があり、進んでいた星はやはりずっと動いていた。私は星の観測専門家でもなく、こどもだったので、ばあちゃんが上がってきたらそれきり、星のことは胸にしまった。日常のこととはまったく別次元のことだと、こどもごころにも感じ取っていたのかもしれない、いまにしておもえば。

あれは、とてもふしぎな現象で、でも夢じゃなく、こどもの十歳くらいの私しか見ていなかったことではあるけども、だれか、あの日、あの夜、同じ現象を見た人はいないものかといつも思っている。昭和四十年くらいだったと記憶する。季節もはっきり覚えていない。でも、星の不思議な動きだけは今も鮮やかに印象に刻まれている。その後、夏に流れ星を何度かみたけれど、同じように真横に流れるものは一度も見なかった。だから、ひょっとして、あれは宇宙船かなにかで、ぶつかりそうになったものも、星じゃなくて衛星かなにかだったんじゃないかとか、いろいろと想像してみたけど、結局はわからない。だから、自分の希望的観測で話をまとめると、星は軌道をずれては動かないと皆んな思っているけども、ほんとは自由に動くことが出来る生き物なのだ。中心で星をうごかしているのは、高浜虚子みたいに頑固で融通の利かない季語という筋金入りの式目霊で、毎年毎年決まった季題を提供することに命をかけることができるひとたち。・・・・という考えは、どうだろか。すくなくとも、笑えるよね。何しろ、高浜虚子って、関東大震災のときでさえ、ゆうき定型の花鳥風月俳句をやっていたんだよ。すごくない。地球ってどんなときも忘れずに自転してくれるのと似ていない。

それにしても、五十二歳になり、はるか遠くまできてしまったなあという気がする。村の共同浴場があったところには、とうとうトヨタホームというのが見る間に建ち、年わかい家族が住むらしい。村の住民は老いて、時代の流れに棹をさすことから目をそむけそうになっている。やがてすべてが、あたらしくなるのだろうか。

今年の夏は家の二本の松のうちの一本が枯れた。
こどものときからあった松がいなくなって、さびしい。
今日は先月亡くなった従弟の初命日だった。
ふしぎと悲しくはない。
余りにも安らかな死に顔をしていたからである。

 

2006年10月31日 (火)

ラストクォーター

あさの父母の会話ー
母「ほら、まるまるしゃんはしんぞうにヘルスメーターば入れとらっしゃるじゃんね」
父「あーそうじゃったのう。そげんそげん」
別によかばってん。(心臓に体重計入れたら死ぬよねふつう)

きのう「下弦の月」という映画を見た感想を書こうとして、題を英語で書こうとしたら、つづりをわすれていた。quarterがquwaterになってね。the last quarter moon、下弦の月。関係ないけど、日本語で「わた」っていうじゃろ、わたつみのわた。海のことだけど。ヘレン・ケラーが初めてコトバを実感を伴って発するのが、「ぅわた」だったよね・・water.

19年に一度、同じ日の同じ位置に同じ下弦の月がかかるんだそうです。成宮寛貴が出るから見た映画なんだったけど、ふしぎな味わいの映画だった。そうそうラルク庵シェルのハイドって子が出てて、とても歌がよい。・・この年でそげんミーハーなこた、どげんでんよかとばってんね。暦的に興味があった。この19年周期の月の動きを中国語では「章」と呼ぶと鏡リュウジが解説しており、「へえ」と思って。章って文章の章だし、弟の名にもこの字が入っているから気になるとです。http://www.bekkoame.ne.jp/~topos/steiner/umriss/umriss26.html
http://www.asahi-net.or.jp/~nr8c-ab/ascalcmeton.htm
(ついでに、七夕起源:http://www.asahi-net.or.jp/~nr8c-ab/tn00.htm

時の流れは非情であり、公平です。
「わだつみのいろこの宮」は青木繁の描いた浪漫の香りあふれる名画だけど、当時の画壇は歯牙にもひっかけなかったんですよね。落選している。でもいまや、高邁な哲人画家として今なお自称弟子たちの尊崇をあつめてやまぬ坂本繁二郎より、ずっと画家としての人気は高い。それは皮肉なことに、ほかの誰より、坂本繁二郎自身が知っていたことだ。才能は、本物がわかる人にしかわからないんだね。

2006年10月 6日 (金)

砂の器

丹波哲郎さんが亡くなった。映画おたくといってもいい、一回り年少のおともだち、マリオットの盲点のあっさむさんのブログで、彼が「砂の器」に出ていたことを知る。ずいぶんむかしの映画だし、記憶のなかでは寒そうな海べりを、巡礼姿の貧しい父子がさすらっているシーンと、主演加藤剛のいかにも正統派ハンサムってかんじのワガエイリョウ像が残っていただけだった。だから、えっ丹波哲郎とか出てたっけ、とおもった。公開当時19そこそこの私は、なにも見ていなかったし、みえていなかったなあ。

去年、スマップの中居くん主役のテレビドラマで見た「砂の器」は、平和時の厳しい言論統制により、もっとも肝心な殺人にいたる動機を解く鍵であることばが、とうとう最後まで発せられず、これはいったいなに・・とことばをなくしてしまった。しかも、だれもそれに異を唱えないので、だんだんおそろしくてたまらなくなり、連句の同人誌にそのことを書かずにおれなかったくらいだ。ちょうど映画の字幕を翻訳するのが生業のひとが、そのあまりの言論封殺の厳しさに音をあげている文章を西日本新聞で読んだのもある。そのひとは、ドストエフスキーの「白痴」までさしかえよといわれた日には、こんな仕事やめてやる!という決意すらつづっておられた。(さすがにそこまではいかなかったようだが)。そういう文章を読むまで、あるいは中居版「砂の器」を見るまで、言論統制が厳しさを増していたことに気づかなかった。

さて、昨晩「砂の器」(昭和49年野村芳太郎監督)のデジタル版を一人深夜にみた。
場面の一こま一こまが、まさに連句的モンタージュ技法でつながり、気迫みなぎる画面構成に強い感動をうけた。丹波哲郎はもっとも出番の多い今西刑事役だった。そのこばんざめが森田健作。紙ふぶきの女を追って、線路の周辺をしらみつぶしに猟犬のごとく探し、血のついた布のワンピースを発見する役。ものがたりのなかで、印象に強く刻まれるのは、ことばをひとことも発しないで流される主人公の回想シーン。三十年たっても忘れることがなかった寒そうな海べりの場面は、竜飛岬だということを、今回のdvd版の特別付録で知った。

それぞれの裏方の強い個性とこだわりがぶつかりあって、あのような美しくも悲しい激しい真実のドラマが出来上がったのだと知る。一例では、オーケストラを使うシーンを一回撮れば、百万かかったそうで、それなのに、映像担当者は満足できず、も一度撮りなおしたという。あるいは、ひでおのやまいの父を馬車に曳かせたリヤカーで病院へ運ぶ、父子別れの胸をしめつけられる場面。あそこにどんな音をかぶせるか、効果班の一技師が二晩も徹夜して、馬が砂を蹴散らす音まできっちりていねいに音を拾ったのにもかかわらず、デモテープを二種類聴いた監督が、効果音ナシの音楽だけの映像でいくと決定。効果技師の苦労が報われなかった無念も、すべてあの映画には入っているというはなし。

そして、連句人の私がもっとも感銘を受けたのが、日本の四季の美しさを織り込みたかったという映像人の執念である。冬の雪、春の花(さくら)、秋の紅葉。夏のクーラーなどない刑事部屋の汗。日本にうまれるとは、こういうことなんだと、映像自身ががものを熱く語ってくれる。

らいの父が唯一はっする息子への愛情あることばが、そんなやつ知らない!という悲鳴にも似た否定のせりふである残酷さ。まっしろな障子の獄のなかから、車椅子の父が看護婦に運ばれてくる。そのときの加藤嘉、名演であった。すばらしかった。

加藤嘉:http://web2.kjps.net/~mn4812/katoyosi.htm

このひとの経歴をみますと、反戦思想にかたむき・・とある。ああ、石橋秀野の文化学院時代の同級生に、反戦映像監督の亀井文夫がいたなあ。と思い出した。文化学院は当時のおかねもちの子弟がいく、文化的に最先端の思想も最先端の、もともとは資産家西村伊作が自分のこどものために作った学校だったのだが、秀野はそこへ少女時代から通う、大学は共学で、集合写真に亀井文夫と秀野が一座して写っている写真がある。そうそう、眞鍋呉夫先生も文化学院を出ておられました。八女の郷土史家杉山洋さんは亀井文夫と秀野の関係を調べておられて、秀野の家が没落して、学費が払えなくなったとき、亀井文夫が学費を援助してくれたという一件をどこからか取材してこられました。私が調べたはなしではありませんので、詳しいことはわからないのですが、健吉とであうまえに、亀井さんと恋愛があったのかどうか。わからないけど、物語的には、あってほしい。だって、その亀井文夫というひとをちょっと調べましたが、ひよわなおぼっちゃんにみえて、気骨のある映像人として、お蔵入りになったけれども、反戦映画をあの時代に撮っていたようですから。そういう勇気ある男、いかにも秀野がこころをひかれそうなタイプとおもうから。

亀井文夫:http://www.yidff.jp/news/01/010807-2.html

と、こういうふうに、私のはなしはすぐ、石橋秀野につながっていきますね。笑

2006年9月11日 (月)

カルチェ・ラタンの労働歌

土曜の深夜、ふと思いついて「死ぬなと泣きし」を打ち込み、ずいぶん遅く寝た。それでも朝、ちゃんと目をさますはずだった。ところが明け方、はやく目がさめすぎて、困っているうち二度寝してしまい、ハッと目覚めたときはすでに八時になっていた。しまった。次男を七時に起こす約束だった。

大慌てで起こし、朝食もとらず身支度をして、ネットで場所を確認し、出かけた。サッカーの試合会場である筑後の中学校に。グランドで練習が始まっていた。

なにはともあれ試合に間に合ってよかった、と車を運転しながら、その時点でもまだあたまのどこかに残っていた、二度寝したときに見た倉本朝世さんの夢を思い出していた。

私はほとんど夢を記憶しない人間だし、人の夢をみることもあまりない。それがなぜ倉本朝世の夢をみたのか。もちろん、寝る前にうちこんだ歌仙のせいだ。うちこみながら、その句をだしたひとのこころをたどっていた。

みな、すごくうまい。ここまで人を真剣にさせる前田圭衛子宗匠の力に圧倒される。じつはあの歌仙を巻いた当時は、高木一恵氏の句のうまさばかりが目に付いた私だった。ところが、時間を置いて距離をおいて眺めると、それぞれがそれぞれの持ち味の句を出していて、眞鍋・岡井・高木三吟の「山鳥歌仙」にも負けないものを、ちゃんと持っている。

倉本あさよはうまい。そう、思ったのだった。彼女は都合六句だしているが、どの句も見事だ。ことに私の好きな句は「息つめてやがて切ない水の婚」。匂いの花の句(挙句の前にある、歌仙一巻の正花となる句)もすごくいいけど、この水の婚は絶品だ。句の内容や意味するものは漠然としているが、表現の持つ質感が清潔でうつくしい。これが彼女の生地だとおもう。

貞永まこと。この人もあらためてすごい俳人だと感じた。それは、連句を巻くときいつも感じていたことだが、前句を受けて、自分の句をだすとき、自分の位置がちゃんと誰よりも見えていた人だった。亡くなったのはこの歌仙を巻いた三年後の平成十四年夏だが、翌年一周忌が済んだころに、私は行きたがっていた天真実(てん・まこと)を乗せて、車で大分の彼のお墓に詣でた。産婦人科医であり多忙な奥様に前もって連絡していたので、仏前におまいりさせてもらったのち、先生の指示でお手伝いの人がすぐ裏の高台にある墓地まで案内してくださった。奥様のお話を聴き、かなしみのふかさをしる。

貞永まことは東京の人だった。私が会ったのは、全部で何回だろうか。亜の会の連句会では夏に合宿をやっていたが、それをいれてもおそらく六回くらいしかあってはいないだろう。なのになぜか兄のような親しみを感じていた。他の同志もみなおなじことをいうのがふしぎな気がする。

はじめて会ったときに、貞永さんは一冊の本をくれた。古本屋で買った本だといってた。「私のように黒い夜」という題の翻訳小説で、なぜか、とうとう読まないままだ。この想いは鍬塚さんにも感じることであるが、団塊の世代といわれる人たちの独特の感性を、貞永さんほど持った人はいなかった。社会性があり、いつも何かおおきなものに強い怒りをもち、句を詠んでいた。

 忘れないカルチェ・ラタンの労働歌  まこと

この句、貞永まことの本領発揮の句だとおもう。この歌仙にこれがあることが誇りなのだ。季語は労働歌。メーデー、五月五日、晩春の季語であり、彼の生きた青春の歌でもある。「姉のいた夏、いない夏」という映画があるが、あれをみると時代に生れることの意味がわかる。石橋秀野の政治性ともおそろしく繋がってくる。

「まことは何冊もノートを残していました。毎日十句以上詠む事を自分に課していたんです」・・と奥様はおっしゃっていた。「・・そのままにしてあるんですよ。彼が生きた部屋、そのままに。」・・と。

きょうは、九月十一日。

忘れていた。天真実くんの誕生日だった。かれは二十四歳にもなるのか。長らくあっていないが、元気だろうか。

※映画「姉のいた夏、いない夏」http://www.gaga.ne.jp/invisiblecircus/

2006年8月28日 (月)

ケイト・ハドソンの胸

ケイト・ハドソンが大好きです。

最初に見たのは何だったかなあ。とにかく、この一年で近所のレンタル屋さんにある彼女のは全部見ました。えーと、十日間で男を上手にフル方法、ル・ディヴォース、あの頃ペニー・レインと、貴女にも書ける恋愛小説、200本の煙草、サハラに舞う羽根。

どこが好きかというと、あの髪の毛と胸の小ささです。私は自分の息子達によくいいます・・いいかおまえらよくきけ。女は胸じゃないんだ!胸はちっちゃいほうが、あかちゃんができたときにおっぱいがよくでるんだよ!(するとやつらはいいますーあそう。んならおっぱいがよくでるおっぱいのおおきい女をさがそって。笑)

ケイト・ハドソンって、調べますと、女優ゴールディー・ホーンの娘さんでしたねえ。

自慢ではありませんが、ゴールディー・ホーンの映画は、まだ一本もみたことがありませんでした。イメージ的に団塊の世代ってかんじ。おくればせながら、みてみようとおもいます。

そうそう。夫の部屋に行くと必ずあります。巨乳何とか爆乳かんとか人妻のなんたらって題がいかにも笑えるdvd。このブログのトラックバックにも時々付けて頂いてるようですが、恐縮です。・・笑 

トラックバック、いちいち選別して消すのがだんだんめんどうになってきた。それっぽいのを消すとき、ちょっとこころがいたむのですね。劣情ってことばがあるでしょう。それをむげにすてたらいかんような気がして・・これ、人類みな平等、愛し合おうぜヘイ!ブラザー思想(そげなんあったや)の変形かな。それとも自分が俳句やってるからかな。ま、いずれにしろ、純情なおとめの更年期ヒステリーにとってはまぶしすぎます。笑

※「連句的」 ご推薦短編恋愛小説   「砂糖」野上弥生子。

2006年8月21日 (月)

誰よりもママを愛す

日曜夜九時からのドラマ「誰よりもママを愛す」をみています。

とっても面白くて、大好きです。

登場人物、みんないいよなあ。あのオカマもすごくいい。

田村正和パパの決め台詞「ねえ、そんなこと言って誰がハッピーになるんだ」が、泣かせる。だれかが愚痴をいったり、マイナス思考に走ったりしたときに出ることばです。うちの母がまさにそのぐじぐじ言うタイプで、それが出るたび、最近は私もまねしてる。効果絶大。主題歌もいいなあ。

2006年8月11日 (金)

アンソロジーと映画

北村薫がすきだ。この人の『六の宮の姫君』には芥川龍之介と菊池寛の深い読み方を教えてもらった。もう一人、芥川の読み方を教えてくださった人がいて、それは千葉の花見川にお住まいの星野石雀さんが隔月発行されてる俳句誌『摩天楼』で長いこと随想「カプリチオ」を書かれていた鈴木助次郎先生である。・・・もう亡くなられてしまったが。

んで、久留米図書館でよく北村薫の文庫本を借りる。こんどはじめて彼の編集した短編アンソロジー「謎のギャラリー 愛の部屋」(新潮文庫)を借りた。梅崎春生の戦争体験を彷彿とさせる猫の死をあつかった一編に涙し、シャーリー・ジャクスンの「これが人生だ」に小学五年の少年の心のナルホドな機微をおもい、阪田寛夫の「歌の作り方」にわらった。(まだそこまでしかよんでいない)。

たしか同様のアンソロジーで読んだ物語なのだった。ー『押絵と旅する男』江戸川乱歩。妙に忘れられず、時々こころによみがえるのだったが、レンタル屋さんで一番たかい棚に置かれた「押繪と旅する男」のビデオと目があった。

借りました。みました。鷲尾いさ子という女優さんがでていた。ごつい名前なのに、そそとした可憐な女優さん。なんともふしぎなあじわいの、魚津の蜃気楼のような(とゆうても、本物をみたことはないけど)映画だった。ときにこういうのって異次元にさまよう感じでよい。でも、やっぱり、原作のあの緻密で抜けられない魔空間めいた香りには太刀打ちできていなかったなあ。言の葉が映像よりも如実にものをかたるのが、文学なんだと改めておもった。

2006年7月27日 (木)

Turn  Over 2

『二人日和』(原題:Turn Over  天使は自転車に乗って)は、ダンスホールでの一組の男女のダンスシーンから始まる。と同時にいきなり、全身にタンゴの曲を浴びる。うわあ。これがバンドネオン。これがアストロリコの音。そして・・利華さんのボス、門奈さんの音!うわあ。

初めて門奈紀生の音を聴いた。力強く、繊細で、透明ないろをして、うつくしかった。

バンドネオンって形はアコーディオンだけど、音がぜんぜん違う。どこかハーモニカの音に似ていない?口で吹くハーモニカを蛇腹ふがふがの手動風送り式にしたような哀調のある音が、ゆらぎをともなってかなでられる。それを、あの、鶴みたいでピノキオのゼペットじいさんにもどこか似ている(大失礼)、気高く慈悲深い雰囲気の紳士が演奏なさる。この序曲は、「RECUERDOれくえるど」という曲であった。そして、利華さん!画面右手の暗がりのなかに、姿はみえないけど彼女がいて、ヴァイオリンを弾いている。・・なにか胸がどきどきした。ダンサーの緋色と黒のコントラスト、部屋のなにもなさげな装飾ながら、壁にたれていた緋色のドレープカーテン。ダンスもけばいんじゃなくて、しっとりと和風の色気がある優雅なものだった。まず、この冒頭シーンが印象につよく刻まれる。

画面は終始うすぐらかった。私の好きな言葉に小暗いというのがあるが、まさにそれだ。いのちのもつ、根源的なおぐらさ。ストーリーは、子のない熟年夫婦(というんだろうかな。ちょっと老人というには早く、かといって中年というのも)の妻が不治の病にかかり、夫がみとる。単純にいえばそれだけの話で、それに若くてきれいな青年と娘さんが絡む。・・とかけば、いかにも重苦しい闘病ドラマのようだが、これはまったくそうではない。闘病ではなく、運命としての病に従うのである。ゆだねるのである。水のように。

このドラマの主役は京都の川であり、水である。また、水のようにめぐるわたしたちの命である。

「千恵さん」という藤村志保演ずる妻が病気の進行に伴って御飯がのどを通らなくなる。かんしゃくをおこして夫・栗塚旭に八つ当たりする妻、だまってうけとめる夫。そのあたりから周りで洟をすすりあげる音がきこえだしたけれども、私は悲しくなかった。隣の鍬塚さんが泣いているなと思ったときも。でも、たぶんあれがクライマックスだったとおもうが、亡くなる間際、いよいよ最期の時期にさしかかったと悟った妻と夫が向き合って、ことばを投げあうシーンには、深くうたれて涙がひとつぶこぼれた。

「ここからはあてひとりでいくんどす。あんたはんはついてこんでおくれやす」(みたいなことを千恵さんはけなげにもいった、死出の旅に)

かつては駆け落ちまでして一緒になった夫婦。淡々とすぎる日常。そこに現れる手品が趣味の青年。(こういう筋は、三島由紀夫の『朝焼けの二人』と似ている。倦怠期の夫婦がそれぞれ若い恋人をもつ。川端康成の『眠れる美女』よりはましかも)。

うすぐらい京の町家で昔ながらの和の暮らしをしている夫婦でも、水は神社に毎朝汲みにいき、豆を挽いたコーヒーを飲む。神祇装束師という職業も京都の職人としての誇りを大事にする仕事だ。この夫婦の何気ない会話、ことに千恵さんのどことないユーモアに悲愴さは消える。

想い出深い雛人形を飾ろうとして、千恵が倒れ、手品青年がちえさん!といって駆け寄る美しい場面。あとで千恵がしみじみ言う科白、「名前なんて呼ばれたのは何年ぶりでっしゃろなあ・・」には、まったく女として共感を覚えた。結婚で何が喪われるかといえば、それぞれの性だから。このあたりの演出はまさにオトナのあじわいである。(そういえば鍬塚さんは人を呼ぶとき、どんな高齢者でも名前にさんづけだ。その意味を、この場面で痛いくらい実感した。85にはなられると思える樹の代表俳人鮫島康子さんは、入院中おばあさん扱いされたと怒って退院なさったこともあった。誇りは何より大事であるし、いくつになっても女は女なんだなあと思う)。

京都の景色と自然に密着した行事。町家の佇まいと、建具や茶箪笥などの古い調度品のうつくしさも、また見所だった。

黒由玄という栗塚旭演ずる夫の名が、テーマに沿った名で、水の物語を語るに相応しい。くろいゆえに玄いなんて。そして、アストロリコの「黒由玄のテーマ」という曲がとてもすばらしいとおもった。序曲は一点とても強い緋色がまじっていた、いわば赤い印象の曲だったが、これはどこまでも黒い。かなしくて、せつない小節が繰り返される。門奈ボスのバンドネオンに追いすがるようにヴァイオリンが絡み、しばらくソロ、その後、ピアノが入り、またソロ。というように、それぞれの持ち味を生かしながら、一つのテーマに奉仕する。まさに連句のような音楽だ。人数(四重奏)も音色も連句人が歌仙をまくような。これは「DAR  VUELTAだる・ぶえるた」という曲だった。玄さんが画面に出るとこれが要所要所で流れていたので、あたまにこびりついてしまった。

ターン・オウヴァーとは、トランプでカードが裏返しされること、青年が手品を千恵に教える場面でさりげなく使われている。天使は自転車に乗ってという副題がついているが、青年がいつも自転車で来て帰ったからと、トランプにその模様が描かれていたからだ。

白描画ということばがある。水墨画のことだが、まさにそんなあじわいの、ほのあかるく、ほのぐらい、カラー映画なのにモノクロのような、邯鄲の夢のような、あの黒由玄が最期に仕上た紫の神祇装束のような夢幻のいろの、ものを多くいわない、映画だった。

さいごに、劇中、ねえ、あの曲はなんていう曲だった?と千恵さんが玄に尋ねるタンゴは、鍬塚さんが教えてくれたのだけど、ボケの私は忘れてしまった。想い出のなんたらというんでしたよね?(いいかげんだなー)「想い出に捧ぐ」・・と鍬塚さんは言ったんだっけ。ー序曲のレクエルドがそれでした。笑(これは、説明を見ますと、世界的に有名なオスバルド・プグリエーセが若き日に思いを寄せた女性を題材にした曲と書かれています)。

帰路は戸畑の鍬塚さんいきつけのゆんたす珈琲店で珈琲をのみ、会場で求めたCD「二人日和」をずっと聴いて帰った。

アストロリコのみなさん、たましいの琴線にふれる映画音楽をありがとうございました。

※小倉から帰宅後、夕食をたべようとすると、起きてきた次男が、「もう大丈夫やけん、行かして」とわたしに頼む。体がもとに戻れば、そらそうやろなあと思い、もう八時近くだったが、高速を一路またこんどは大分路の九重まで走る。阿蘇長者原着が九時半。だいじょうぶかーと友達や先生にむかえられ、息子はすっかり平常にもどったようだ。それを見届け、また帰ったが、どういうわけか道に迷い、まっくらな山中で何度も同じところを往復していた。こういうのをきっと狐にばかされたというんだろうな。結局、九重じゃなく湯布院まで出てしまい、そこから高速にのり、家に着いたのは十二時過ぎだった。一日で五百キロ以上も走行したのは初めての経験だった。やれやれ。

Turn  Over 1

昨日はめまぐるしい一日だった。

五時起きで「黒マリア」を書く。

七時、阿蘇に合宿にいくはずの次男を起こすが、体調がわるいといって寝ている。色々準備もして、あんなに楽しみにしていたのに・・!体が弱いと可哀相だとこんな時痛感する。学校に連絡して、行けるようになれば連れてまいりますと訳を話す。前日病院で年に二回受ける脳波検査をしたとき、睡眠薬を倍のんだらしく(体重が46キロくらいなのに50キロといったようです。まったく!)体調が崩れてしまった。睡眠薬は恐ろしい。考えてみたら覚醒時と睡眠時の二種の脳波を一時間以内にとるなんて随分な気がするが、これが医学の常識なんだろうか。素人には分らない。医薬品卸の仕事をしている夫にいうと、心配するな、お前は先走って要らん心配ばかりする。ちゃんと眠気がとれたら大丈夫だ。薬が効きすぎただけったいーとのんきだ。それよりアンタ、もすこし大きく構えて人生楽しんだらーなんてことまで説教してクダサル。あんた、いっつも自分の首を自分で締めてひーこら苦しんでご苦労さんなこってーだってさ。へいへいご忠告ありがたいことでごぜえますだ。笑

ハッと気づけば、水曜は一人中学生とお勉強を一緒にする日だった。(小倉に映画、はたして行けるのか。)ゆうたくんが九時半ころ来て、最も苦手という国語をやる。私たちの子ども時代の記憶にはっきり刻まれているアイスキャンディー売りのお話。こどもの目から見たアイスキャンディー売りの戦争での喪失体験へのこどもらしい悼みが自然に描かれていて、読むものに考えさせる力をもった文章だった。確か、立原えりか。(このひとの「ヘンゼルとグレーテル」が今も宝物)。ゆうた君は空手少年で釣りキチでもあり、俳句を時々作らせると野生的な句ができる。語彙はこどもっぽい。こどもの俳句指導は、無駄話をしているときに、あ、それを句にしようよ!と指摘してあげることだけだ。何が季語で何を書くのかわかっていないから。それさえわかればこどもは体験と観察の宝庫だから。うちの次男も去年まではノッてくれたのにな。つくづくこどもは13までだと俳句からもそう思う。それをすぎれば一種のオトナだ。ふしぎとこのころから虫を気持ち悪がったりするのも符牒めく。それまでは仲間のように身内のように虫をいとおしみ。

さあ、十時半!行けそうだ。寝ている次男は夫がいうようにほっぽって、映画に行くことにする。じゃがいもとたまねぎを持って(笑)。九州は梅雨明け、気持ちを切り替えよう。ああよかった!八女広川から高速で戸畑まで一時間半である。お誘いしていた日記の広場主宰で俳人の鍬塚聰子さんちにお迎えにゆく。ほんとは、ご近所の俳人澄たからさんも誘いたかったが、彼女は忙しいので声をかけるのをためらった。(ビデオになったらみてね。)

西小倉の会場ムーブにちょうどいい時間につく。地下二階の駐車場に駐車できた。会場は中高年でいっぱいだ。平日だったが中年男性の姿もちらほら、七十代のご夫婦も。思ってたように女性ばかりでもなかった。

鍬塚さんとお会いするのは今年二度目だが、いつ会っても若々しく華やいだ雰囲気の人である。花がある。そうそう。役者デビューされるそうで、びっくりした。オーディションに受かったのよーといって、ポスターを下さる。三島由紀夫の「班女(はんじょ)」。鐘下辰男演出。リーディング・セッションというやつだって。どんなのかぜんぜんわからんけど、ま、何はともかくめでたい。彼女にはそういうの、非常に向いていると思うので。私よりちょうど十歳年上の色気ある鍬塚さん。こども四人いてみな大学までやり終え、還暦にして役者デビューなんてかっこよすぎじゃ。

といってるうちに、映画が始まる。

2006年7月15日 (土)

二人日和

ようやくお風呂工事がおわりました。きのうは八時までかかって、なんとか風呂が使えるようにして帰られました。チチが一番に入ろうと思っていたようですが、孫に先を越され、一番風呂は次男でした。こんどのは掃除が簡単でいいです。お風呂に入れることも、洗濯機が使えることも、なんてありがたいんでしょ。・・なんていいながら、欲をいえば、星空が見える浴槽に浸かりたい。今後の夢としてとっておきましょう。

きのう、戸畑の「日記の広場」主宰・鍬塚聰子氏から、北九州は小倉の女性センター・ムーブで上映される『二人日和』の詳しい案内がありました。ありがとうございました。以下に写します。

◆◆第27回映画「二人日和」とバザーの集い(有料)
   
○日時:7月26日(水)①10:30~②14:00~③18:30~
     福祉バザー 10:00~17:00
     寄贈品バザーは午前の部終了後
○会場:ムーブ 2Fホール 
○料金:大人1,000円/高大生500円
          (当日:大人1,200円/高大生700円)
     ※託児(300円)先着20人(要予約)
○主催:高齢社会をよくする北九州女性の会
          
     ↓ くわしくはコチラ ↓
http://genki365.net/gnkk03/pub/sheet.php?id=3480
       『二人日和』
  
   映画音楽担当「アストロリコ」のサイト
 
「 Ciao,Chao, Rica!」麻場利華さんのラジオ番組が聴けます。

2006年4月29日 (土)

父、帰る

西日本新聞連載ロックミュージシャン甲斐よしひろの随想「九州少年」がおわりました。毎朝ものすごく楽しみにしてたので、さびしくなります。ここ一年「新聞なんてしょうもな」ってかんじで新聞から離れていたのですが、おかげで又新聞読み出しましたから、その影響力たるやすごいです。

さいごははじまりと同じく、母上の死で締めくくってあり、深い感動を覚えました。記憶に間違いがなければ、母上は二年前に亡くなり、父上は六年前に亡くなったそうです。50回目で書かれていましたが、あれほどすさまじい苦労をさせられたにもかかわらず、母は父が心の奥底では支えだったのだ。その証拠に父が亡くなったとたんに母は弱っていった・・と、つづられています。そういうものなのでしょうか。夫婦ははたから窺い知れないこころの絆があったのでしょうね。

さて、ちょうどロシア映画「父、帰る」という暗い映画をDVDで見ました。二年前、八女市政50周年記念講演として詩人の高橋睦郎先生がおはなしをなさったのですが、そのとき、この映画をとてもよかったといって勧められたのです。(それと、「誰も知らない」との二本)。

音楽もない、何の説明もないし何の救いもない、俳句みたいにそっけない映画でしたが、見終えた後、きっとこの幼い兄弟は、大人になってから、自分達の父親が伝えたかったこと、教えたかった事を知るにちがいないと判りました。父親は男の役割は、身を削り命を張って生きるってことをむすこに教えることなのだと私も最近、夫と息子たちの関係を見ていて判ってきました。母親が伝えられることは限られています。絶対に父親じゃなくては、できないことがあります。もちろん、その逆だってあるでしょう。

ということで。父、帰る・・わがやのチチは帰りません。連休だというのに・・もう一月以上、あってません。こどもが大きくなるということは、こういうことなのですねえ。

2006年2月22日 (水)

男たちの大和

初めて一人で映画をみました。今日はマイカルのレディズデイでしたので「博士の愛した数式」を見ようと思って、こどもの服を買うついでに佐賀の上峰サティへ行ったのです。でも気が変わって、見たのは「男たちの大和」でした。

「乙骨家の人々」入力途中ではございますが、どうしても感想を書いておきたく、一筆します。わたしは平成十五年に「石橋秀野ノート」という拙い本を出しました。四年がかりで書いた本です。当時わたしは苺農家の一員として働きながら、「張形としての俳句」をして、ぜんそくもちで入退院をくりかえす病弱な息子の母親でした。いま振り返ると、精神的にも肉体的にもぎりぎりのところでやっていたなと思います。だからかもしれません。ものすごいシンクロがたくさんありました。いちいち書くのも追いつかないほどの偶然の一致。

霊に呼ばれる、ということがあるのだろうと思います。よくわからないのですが、ガダルカナルで戦死した伯父に呼ばれているのか、秀野にか、急性薬物中毒死した弟にか、太郎乙にか誰にか、わかりません。でも、はっきり感じられるものがあります。呼ばれていることです。乙骨太郎乙に関しても、遺族のかた(永井菊枝氏)の話を伺ううち、えっと驚くようなシンクロがあり、張り巡らされた糸がみえてきます。それは縁の重なりです。

「男たちの大和」を見て、つながっていると感じました。戦前と切れていたものが、つながっていたのです。それは、なんだと思いますか。国家に殉じた男達の真心は生きている、という事実です。

散る桜のこる桜も散るさくら・・・映画の中で反町くんがつぶやく俳句です。死ぬもの生き残る者、そして生き残ったものの使命。ちょうど新撰組の土方歳三が死に場所を求めて函館に行き綺麗に散っていくとき、榎本武揚に「あんたは生きて未来をつくれ」という言葉を遺します。それを伝える伝令の少年が「男たちの大和」でも似た役回りで出ていて、いい味をだしていました。男では彼、女では寺島しのぶがやはりよかったです。寺島しのぶって美人じゃないのに、あの存在感はなんなのでしょう。

こういう映画がやっと出来たことを喜びたいです。

 昭和十八年  山本元帥戦死の報に

 薫風に膝たヾすさへ夢なれや  石橋秀野

2006年2月19日 (日)

日曜日は

去年から日曜おひるに「たかじんのそこまで言って委員会」が始まり、それが面白くてほぼ毎週見ています。さすが大阪だなあと思います。活気があるし本音トークがすごい。東京らへんの人たちは、見られないのでしょう。気の毒な反面、ざまあみろですね。

2005年12月24日 (土)

Lost in Translation

結婚して何度目のクリスマスだろう。

ともかく、夫が元気で、子達も元気で、戸畑のおかあさんもお元気でうちの親たちもちょうどいい元気で。それがなによりです。クリスマスおめでとう。

 晩夏光おとろへし夕 酢は立てり一本の壜の中にて  葛原妙子

(なんとなく安西均の「晩夏光」を読み返した。 )

このところ毎週数本のDVDを見ている。年末半額セールでもぜんぜん混雑していないのは、この業界の過酷な競争を物語ってるのだろうか。

ずっと見たいと思ってた「時計じかけのオレンジ」を「Eyes Wide  Shut」と一緒に借りたけど、きぶんがわるくなってしまった。なんなんだ。唯一つ、すごいと思ったのは、たしかに第九を作曲した人の作品には極限に達する苦痛や悲しみがある。それはわたしも感ずる。

「Lost in Translation」と「卒業の朝」がとてもよかった。こんな映画をあのアメリカが作れるなんて。失礼ながらとてもびっくりしました。二つとも余韻のある映画でした。

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