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2015年7月26日 (日)

人生の不思議と哀しみを


哲学者池田晶子名言集 http://www.geocities.jp/yamisennins/omou/meigen/ikeda.html


思考の部屋  http://blog.goo.ne.jp/sinanodaimon/e/39c6a6a1d72b192a53e0aab05a19d732

2014年11月 3日 (月)

医療費適正化計画の進捗(8)(9)後期高齢者支援金の加算減算制度について・データヘルス計画について

医療費適正化計画の進捗(9)

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レセプトのオンライン提出の原則義務化が始まった平成20年度以降、保険者はレセプトデータと特定健診等データを電子的に保有することが可能となっています。
これらのデータを活用し、医療費分析と保健事業の計画の作成・実施等を支援するためのデータベースシステムが順次稼働を開始しています。
「協会けんぽシステム」は平成20年10月から稼働しており、平成27年1月にはシステム刷新が予定されています。
「国保データベース(KDB)システム」は平成25年10月から稼働しています。
健康保険組合の「レセプト管理・分析システム」は平成26年4月から稼働しています。

「日本再興戦略」(平成25年6月閣議決定)では、次の通り、全ての健康保険組合等に対して、データヘルス計画の作成と事業実施等を求めることとされ、本年4月には保健事業の実施等に関する指針の改正等が実施されています。
~~~~~~~~~~~~
日本再興戦略(平成25年6月14日閣議決定)
健康保険法等に基づく厚生労働大臣指針(告示)を今年度中に改正し、全ての健康保険組合に対し、レセプト等のデータの分析、それに基づく加入者の健康保持増進のための事業計画として「データヘルス計画(仮称)」の作成・公表、事業実施、評価等の取組を求めるとともに、市町村国保が同様の取組を行うことを推進する。
~~~~~~~~~~~~
今後、各保険者は、順次、レセプト・健診情報等を活用した「データヘルス計画」の作成・公表を行い、平成27年度までにレセプト・健診情報等のデータ分析に基づく保健事業を実施することを推進します。
一部の健保組合等においては、こうした取組のモデルとなる計画の策定等を先行的に進めています。
糖尿病等の重症化予防、ジェネリックの使用促進、重複・頻回受診者への指導や残薬管理等を含めた訪問指導、歯科検診などの事例があります。
市町村国保等においては、中央・都道府県レベルで有識者等からなる支援体制を整備し、データヘルスへの取組の支援が進められます。

医療費適正化計画の進捗(8)

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「保険者による健診・保健指導等に関する検討会」(平成24年2月)では、後期高齢者支援金の加算減算制度については次のような意見がありました。
~~~~~~~~~~~~
【制度の趣旨等】
○特定健診・保健指導だけを取り出して高齢者の医療費適正化にどれだけ寄与したかを評価することが妥当か、問題であり、加減算制度には反対。
○加算・減算の制度が入ったことで、受診率を正確に見る、または未受診者対策をする、そんな保険者の動きが確実に始まっている。次の保険者に対して、できるだけ元気な状態で移行してもらうためにどうすればいいのか、という制度の趣旨を忘れてはならない。
○インセンティブというのは極めて有用な手法であり、加算・減算というのはインセンティブとして必要。
【特定健診・保健指導の効果のエビデンスについて】
○74歳以下の保健指導が75歳以上の病気にどの程度歯止めがきくのか、加減算をやりたいのであれば、エビデンスを保険者に示すべき。
○加算・減算については、プラマイ10%で行うということについてのコンセンサスを得るためのエビデンス提供というのがあってから行われるべき。
○エビデンスがない中で支援金が加算されることになれば、特定健診を受けている方にとっては、きちんと健診を受けているのに保険料を上乗せされることとなり、被保険者に不公平感が生じ、理解が得られない。
○特定健診の受診率のアップが、75歳以上の医療費を抑制する効果があるという立証がされたとすれば、受診率が上がれば支援金を減算していくというような先行投資の考え方でも問題はないのではないか。
【加算減算制度実施の前提】
○努力を評価するのであれば、それは保険者が同じ要件で並んで同時にスタートしてから、その努力・結果を見るのが筋である。
○国民健康保険では体制、環境の保険者間の格差が大きいことから、医療保険者の特定健診・保健指導がきちんと行われるような環境整備を国に要望していたが、マンパワーの確保などの対応がとられないまま、全てを保険者努力にまって加算・減算活動というのは合点がいかない。
○インセンティブをつけていくということと、ペナルティをその中に入れ込んでいくということとは非常に大きな質的な違いがあって、ペナルティをという側面がある以上は、一定の客観的な納得できる基準があった上で、そのルールの下で、あるいはイコールフッティング(同一条件)の中で競争していくもの。
仮に現行制度の中でどうしていくかということを考えた場合には、せめてイコールフッティングと関係者が納得するグルーピングの中での競争であるべき。協会けんぽの場合、規模なりバックグラウンドが全く違う保険者であり、競争してどうのこうのというレベルではなく、ペナルティを課していくことは極めて困難。
○保険者の規模、地域保険・職域保険などの特性の違いが十分勘案されてないことに加え、加入する保険者を選べない現状の下では、40代以上の健診の実施率と保健指導の実施率をそのまま加・減算の根拠に使うということについては被保険者として納得ができず、現時点はこの基準を使ったままの加・減算を行うことは無理がある。
【評価の実施方法】
率を中心にやられると、質の問題が吹っ飛んでしまう問題がある。
○市町村にとっては、被用者保険の被扶養者を面倒見ることによって、保険者としての実施率が劣るということにもなりかねず、加算・減算が健康づくりをうまく機能させないという要素がある。
○現場での受診率を高めるためのいろいろな工夫・努力が明確に反映されるような仕組みとすべき。
○保険者の努力を生かす方法ということについての検討は必要。
○実施率の低かった保険者の受診率が上がったことをどうとらえるか。せっかく上がった受診率をまた下げないようにする方策について、十分検討することが必要。

(保健医療経営大学 学長ブログ転載)

▽かささぎ工場日誌~集団検診受診

土曜日のあさ、八時半。

工場の敷地内に、レントゲンバスが二台。
一台は胸部をとるもの、一台は胃透視用。
午後からは胃透視車が帰り、一台だけに。
問診票を手に、自分の番になれば臨時診察室へ。
一年目は説明を読まず、胃透視できなかった。(食事をしていって)
二年目は耳の検査で、片側の耳が低音域を拾っていないといわれた。
自覚症状もないし、ことし同じこと言われたらそのときは耳鼻科受診しようという気持ちでのぞむも、異常なし。あれ、わざとですかね。これから始めますとはいわれませんでしょう。ことしは身構えていたのでクリアな音がよく聞こえました。

集団検診はこういう流れ。

1採血
2内診(医師二人、あいているほうに。)
聴診器で音。
3胸部レントゲン/胃透視
わかい工員さんには胃透視はありません。
鉄板のうえで一回転、たい焼きになった。
4視力検査&聴力検査
コンタクトを両目にいれてたのですが、左のほうが悪い。
両目に近視レンズをいれてると仕事の書きものができない。
ふだん片目にしかいれないことが習慣化、片目遠近両用状態になじんでしまう。
(だから検査のあと片側を外す。)・・・ときどき目がロンパリ。
5体重・身長測定
おどろき!
それにのれば検査者の手元に身長体重が両方表示される。
にしても164・8,52・8.
まいとし背がちぢみます。きょうしゅくです。
6心電図と腹囲測定
心電図。かささぎの鬼門。
さすがに医師の診察みたいに着衣のままではできない。
胸とあしくび、てくびに吸盤を装着します。
どきどき。
不整脈といわれたことは?ときかれました。
ありません。不整脈なんですか?と問うと、ややそうだ、と。
つけくわえて、「おむねがへこんでおられるから、そのせいでしょう」。
おお。はじめて漏斗胸のことをこうもはっきりとことあげされた。

不整脈があるんだ。しらなかった。
帰宅して漏斗教ブログを久々にひらいたのはいうまでもありません。

工場ってなんだか中学校生活のつづきみたいだなあ。

2013年5月10日 (金)

ボンバー体操で夏向きの体に着替える。

筑後の同志、樽美酒さん前面分っす。

きょうは雨だけど、めめしく、がんばろー。

ほらそこ、わきげをみせんと!

かささぎどん。かお。去年の日焼けどめ塗っているけど、効くん?

(うーん。。。ばさらか残っとるけん、捨てきらんかったっちゃん。)

2013年3月28日 (木)

幻の命(3)  各宗教における妊娠中絶

保健医療経営大学学長

橋爪章

2013 年 3 月 28 日 幻の命(3)

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人工妊娠中絶に臨む姿勢は宗教観に左右されます。
カトリック教会は、胎児は受胎の瞬間から生命であり、その生存する権利を侵すことはできないとする立場をとっています。
カトリック国の中には、人工妊娠中絶に殺人罪を適用する国もあります。
教会法には人工妊娠中絶を行う医療従事者の破門処分が明記されています。
カトリック系の上智大学では1991年に国際生命尊重会議が実施され、胎児の人権宣言が宣言されています。
プロテスタント教会は、人工妊娠中絶を殺人罪とみなす保守的な会派(福音主義神学、根本主義神学等)と、中絶を容認する会派(自由主義神学、フェミニスト神学等)とに分かれています。
ユダヤ教では、胎児は頭部形成の時点で人間となるとの解釈から、妊娠初期の中絶については女性の選択肢として容認されています。
イスラム教では、人間の過剰増加は神の意思に反するとの解釈もあり、母体の生命を救うための処置としては容認されています。
仏教では、人工妊娠中絶も殺生とみなされますが、動機に問題がなければ容認されます。
生命は輪廻の中の位置づけなので、やむを得ず中絶された生命も輪廻に組み込まれるという意味でこの世に生を受けた生命と同じです。
ヒンズー教は、インドの人口爆発問題が背景にある可能性がありますが、中絶を容認しています。
アジア諸国に多くみられる民間信仰では、胎児期・乳幼児期は人間界と神の住む世界との中間に漂う存在とされ、胎児や乳幼児の死そのものに寛容です。
日本では、人工妊娠中絶にとどまらず、生まれた子の「間引き」さえ行われていた時代がありました。

(保健医療経営大学学長ブログ転載)

▼かささぎの一人ごと

きのう、残業前の最後の休み時間に、つまり午後六時頃、アクセスを開くと、おお。
重たい話題が展開していました。
すっかり心奪われ追いかけてしまっているうち、ブックマークすら忘れはて。

http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E5%A6%8A%E5%A8%A0%E4%B8%AD%E6%9C%9F%E3%81%AE%E4%B8%AD%E7%B5%B6&aq=-1&oq=&ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&x=wrt

かささぎ小説にもおいでくださったようで、ありがとうございます。

中絶を奨励していると感じた方もいらしたようです。

そうではありません。

吐き出さねばおれないくらい、重かった。ということ。

知らず負うている罪がたくさんこの世にはあります。

そもそも罪とは何。

生まれては困る場合が圧倒的に多かったりします。
それをおもうと、わからなくなる。

お医者さんたちは、どう、この気持ちに決着をつけられるんだろうか。

といつも考えてしまいます。産科医の先生方は。
なんどやっても、普通に気が重いに違いない。

一つ気づかされた。こないだの深夜の一時急増。
やはり誰かが号令かけているとかとは違う次元っぽい。

それならばすごいことだねえ。きれいに揃う足。

宙に浮くうきふね。

今朝の「幻の命」検索

http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E5%B9%BB%E3%81%AE%E5%91%BD&aq=-1&oq=&ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&x=wrt

思考の部屋の間引きの話がベスト10上位に浮上してきました。
ブログ主の信濃大門さんも学長と同い年、このお方も学長とおなじくらい独特です。

(いったい何をなさっている方なんでしょう。)

http://blog.goo.ne.jp/sinanodaimon/e/bcfe321e547130dcc205ff09904009b7

2013年2月23日 (土)

人口動態の動向(2)(3)  できちゃった婚は普通のことになっていた

保健医療経営大学学長

橋爪章

2013 年 2 月 23 日 人口動態の動向(3)
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出生数は昭和22年から24年の第1次ベビーブーム期と46年から49年の第2次ベビーブーム期には200万人を超えていましたが、平成23年は105万806人と半減しています。
合計特殊出生率は第1次ベビーブーム期には4を超えていましたが、昭和31年以降は人口置き換え水準(人口が親の世代と同数で置き換わるための大きさ)を下回り、平成23年は1.39となっています。
昭和50年代以降は母の20歳代の出生率が大きく低下し、近年は30~40歳代の出生率が上昇傾向となっています。
第1子出生時の母の平均年齢は、平成23年に30.1歳となり、初めて30歳を超えています。
昭和50年に比べ4.4歳の上昇です。
平成23年の第1子出生時の父の平均年齢は32.1歳です。
平成23年の合計特殊出生率が高いのは沖縄1.86、宮崎1.68、鹿児島1.64です。
低いのは東京1.06、北海道、宮城、京都1.25です。
父母が結婚生活に入ってから第1子出生までの平均同居期間は、平成23年では2.26年で、昭和55年に比べ0.65年延びています。
第1子出生までの平均同居期間1年未満の場合のうち母の年齢29歳以下では平均同居期間6か月以上7か月未満が最も多く、結婚前の妊娠が普通のこととなってきていることが窺えます。
全出生数に対する2500g未満出生数割合は、男8.5%、女10.7%です。

2013 年 2 月 22 日 人口動態の動向(2)
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平成23年年10月1日の日本の総人口(日本に常住している外国人を含む)は1億2780万人でした。
人口の年齢構造をピラミッドに表すと、戦後の昭和22年から24年生まれの第1次ベビーブーム期と46年から49年生まれの第2次ベビーブーム期の2つのふくらみが特徴的で、その後はピラミッドのすそが年々狭まっています。
0~14歳の年少人口割合の減少と65歳以上の老年人口割合の増加により、平成9年以降は老年人口が年少人口を上回っています。
平成23年は年少人口13.1%、老年人口23.3%となっています。
15~64歳の生産年齢人口割合は平成4年をピークに減少しています。
老年人口割合が低いのは沖縄17.3%、東京、神奈川、愛知20.6%、埼玉、滋賀20.9%です。
老年人口割合が高いのは秋田29.7%、島根29.1%、高知29.0%、山口28.2%、山形27.6%です。
福岡県の老年人口割合は22.5%で、京都以西で全国平均を下回っているのは大阪(22.7%)と福岡と沖縄のみです。

(保健医療経営大学学長ブログ転載)

写真引用:保健医療経営大学オフィシャルブログhttp://www.healthcare-m.ac.jp/app/mb/

(海苔船ハーバーと矢部川大橋です。「直線的な時間」を感じる橋と、中央の緑地帯の
やさしさに「循環的な時間」を想うのは、時間学を少しばかり理解出来始めているから
なのでしょうか?この写真撮影も、保健医療経営大学の白木秀典先生の絶妙のアングル
です。何時も有難うございます。・・・保健医療経営大学、松永先生の記事を引用させていただきました。勝手にすみません。ピラミッドの形のとんがった線は何というのでしょう。吊り橋の吊りの役目、それとも、ただの飾り?ちょっと調べたくらいではわからない。こんなにきれいな橋がみやまにはあったなんてねえ。知らなかったです。八女のおぼろ大橋もきれいですし、今年行った九年庵の愛逢橋もワンダフルでした。)

風景の写真に一人でも人がいるとホッとしますね。

海苔ひびのようにたくさん川に突き刺さっている棒は舟を係留するためのものだろうか。
もうそういう基本的な知識がまったく欠如しているのを痛感する。

かささぎ、木曜の午後に休みをとって、時間学を聴講に行きたいとずうっと願っているけど、くそ忙しくて、どんくらい忙しいかといえば毎日三時間残業がもう三日も続くくらいで。へたすればあすもでなきゃいけない。おそろし。売れるというのはいいことなんですが、ねえ。

学長ブログ、きょうの妊娠と結婚年齢に関する数字統計をみて、日々のアクセスから、まだまだ強いセカオワの幻の命談義を根本的に論じたいのですが、時間をとります。だんだんみえてきたぞ。2チャンネルの問答コーナー、はじめての経験ではどうしたらいいかときく子に対する助言の数数の中に、すごく胸を打つこたえをみて、それ、マークしとけばよかった。引用したいくらい文学的ですごく真実をついていて。幻の命とおなじくらい、質が高かった。もう二度とであえないのかなあ。

世界の終わり「幻の命」http://www.youtube.com/watch?v=H51Xj5aEgkA
上記検索でひくと、3位に浮上しているのはhttp://search.yahoo.co.jp/search?p=%E5%B9%BB%E3%81%AE%E5%91%BD&search.x=1&fr=sb-necctp_sa&tid=sb-necctp_sa&ei=UTF-8&aq=&oq=%E5%B9%BB%E3%81%AE%E5%91%BD読まれてください。
乙四郎記事もずうっと、この三年上位をキープしている。
http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2010/04/post-3eed.html

2012年11月26日 (月)

モテキ

を一人こっそりとみました。

王道をゆく青春純愛映画だった。
青年は男になるというのがテーマの。

仲りいさ演じる子連れの水商売のお姉さんがはくセリフが、黒い丸太のように残る。

どんなに時代がかわっても、男と女は異なる。
それは確かにそうなんです。
こどもを宿すニクタイが異なるってことなんだけど。
からだ張って生きてる女が、もっとも真実に近い。

で。

四人の素敵な女優さん達。

ヒロイン、超かわいい!
わきの女優さんたちも、きれい!
ことに、上司役の蹴飛ばし、このドーテイ野郎がっと怒鳴りながら実際にケリを入れるお姿、いわせません。笑
随所にかささぎがはじめて聞く歌が入っていて(すみません、守備範囲ではない)踊りだしたくなる映画だった。

そうそう。金子ノブアキ、名前おぼえたてですが最近目につく役者さん。
あのスタア役の人に、恋仇であることを心に秘めつつ森山くんがインタビューする場面。
あれは名場面でした。胸をうった。
宮本武蔵にたとえれば、一乗寺下り松の決闘くらいの迫力。

・・おおげさすぎるか?

2012年10月20日 (土)

おかげさまで

おかげさまで

眠い。
昨日は三時間、連日二時間残業だった。一日10時間ろうどうまではなんとか、しかし、11時間になると、耐えられない壁がある。

2012年10月 1日 (月)

自由  月野ぽぽな

自由  月野ぽぽな

山風に川風まざる藤袴

みずうみに深層心理萩の風

日にいくたび陽は戦争の上とおる

花芒あふれて空が止まらない

求めあう体の奥の葛嵐

銃をもつ自由のかなた曼珠沙華

白ききょう傷を見せ合う少女たち

撫子の空にくすぐったいところ

草の絮アダムの指と神の指

音ひとつ灯し銀河に加わりぬ

作者紹介

  • 月野ぽぽな(つきの・ぽぽな)

1965年長野県生まれ。ニューヨーク市在住。金子兜太主宰「海程」同人。現代俳句協会会員。第43回海程新人賞、2009年豆の木賞、第28回現代俳句新人賞、第8回海外日系文芸祭海外日系新聞放送協会会長賞、北米伊藤園俳句グランプリ2011優秀賞、第11回海程会賞受賞。

批評:姫野恭子

まず、この題がいい。自由。

おのずからなる調べと色彩が575の定型五線譜から溢れ出す、この驚き。

季語自体は超がつくほどクラッシックなのに、感性はモダンで若々しい。

それは月野ぽぽなの持って生まれた野生が生み出したものだ。

全句が自然な流れになっていて、その並べ方も素晴らしい。

印象をひとことで表すならば、まるで伊藤若冲の絵のような。

若冲は今でこそポピュラーな画家になったけれども、一昔前まではさほど知られた画家ではなかった。ではいつからこうなったのか。それはまださほど遠くない過去に、アメリカ人のコレクターに発見されたからにほかならない。

かささぎの旗はそのちょうどの節目の美術展に上野の美術館に行って、発見者ジョー・プライスさんのお話を聞く機会を持ちました。(ちなみに抽選でした。)当日の記録は、ここに書いています。2006年ですねえ。
http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2006/07/post_9209.html

いちど欧米人によって、よそものによって、発見された美。
それを日本人があらためて美しいと認識する、さも昔からそう感じていたかのように。
こういうのはいくらもあることなんだろうなあ。
印象派の画家たちが浮世絵の美を発見し、その構成美に影響され学んだようにです。

さて、月野ぽぽなの句の魅力。

伝統の季語、藤袴。
それはまさに山風と川風とが混じり合うような地に群れ咲きます。
花芒は揺れて、揺れて、空が揺れているかのようで、とまらない。

求めあう体の奥の葛嵐

クズあらし。
よくこんな渋い季語をさがしてきたものだ。と感心した恋の一句。
葛の葉は恨みくずの葉という歌があるように裏返ると白いのです。
こんな恋句、まだだれも詠んだことはありません。
大胆でありつつ少しも嫌悪感を感じないのは、この季語のおかげだと言っていい。
それほど、必要性があってここにおさまった季語であるように思えます。
いわば、のっぴきならぬ、というやつ。

銃をもつ自由のかなた曼珠沙華

これも、こんな曼珠沙華の赤をこれまで読んだことありません。
いわば、ドラクロワレッドの赤をもった曼珠沙華の一句です。
自由の女神が民衆を率いて戦う、そのいくさに、曼珠沙華を配した。
もちろん、ぽぽなさんの住んでいるアメリカという国では自由の象徴として武器がある、銃があるわけで、その強い力に対等に配されているのが曼珠沙華の赤というところに新しさを感じました。

さいごに、ニューヨーク在住の音楽家、坂本龍一のこの言葉、。

音色、そう。音色が豊かな感じなんだ。月野ぽぽなの句はね。
俳句における音色ってのは、季語と官能とのmatch感だろう。

(以下、引用はイトイしげさとさんのところから失敬してきました)

糸井 音楽家は耳がいいから、
英語の習得も早いでしょ?
(と、音楽の話題にふる)
坂本 うまい、うまい。
糸井 でしょ?
坂本 僕は、だめなんです、それが。
僕はね、たぶん音楽聴いててもね、
人間の言葉ってたぶん
耳に入ってないんだと思うんですよね。
子供の時から。
糸井 お!
坂本 だから、歌なんか覚えたことないし、
自分が歌ったこともほとんどないし。
糸井 おお!
坂本 そうなんですよ。
糸井 その話はちょっとさ、すごいよ。
相撲とりがさ、
「僕は筋肉ないんですよ」って
言ってるみたいな。
すごい話だよ(笑)。
坂本 でも、僕はそうなんですよ。ほんと。
楽器の音は聞えるんだけど、
人間の声はあんまり聞えないのね。
ほんとに馬耳東風みたいな感じで(笑)。
だからね、言葉に対しても、
あんまり敏感じゃないんですよ、耳が。
なぜかわかんない。
一種の失語症じゃないすか。
糸井 つっこみようがないよ、その話。
坂本 別につっこまなくてもいいよ(笑)。
糸井 坂本くんが昔、音色を探すのに
一番時間がかかるって言ってたのを
ものすごく覚えてるんだけど。
「スタジオにこもって、何してんのよ!
 そんな長い時間」って言ったら、
「音色ができないんだよ」って。
坂本 みんなわかんないって言うね。何してるか。
糸井 曲とかは簡単にできちゃってんのに、
音色が見つかんないって話をしてたね。
坂本 曲は、もう、できる時は、
1、2分でできちゃうんだけど、
その曲にとって正しい音色を探すのは、
2時間でも3時間でも。
目をつぶって探してる(笑)。
糸井 その話は好きでさ。
人に言ったら喜ばれるよ。
坂本 そう(笑)?

2009年4月27日 (月)

ブログ体の発生

先だって、前田圭衛子師からかような助言を頂戴した。

「ねえ恭子さん。これどうしようか。
このままでいきますか。
これだと、正規の文章の規格外になりますねん。」

「うーん、・・・・。たしかにそうですね。
言われるまで気づきませんでした。」

書き出しの一字あけ、同様に段落ごとに頭一字分おとす。
というのが常識的な散文のきまりごとである。

ところが、最近の私の文体はそれを拒否しだす。
まるで韻文をかくときのように、
いきなり先端から書き始め、文章はフレーズかと見まごうほどに短い。
段落改行でも頭の一字空きはとらないし、文末の空きが目立つ。
長い文章、ぶつぶつ切れ、句読点、やたらと。
ちょうどこの文章のような「ブログ体」になっていた。

いったいなぜ。
疲れている?
圭衛子師は心配される、もとのからだに戻れなくなるよ。と。

そうなのだろうか。

構えることが苦痛になってきたなとは思う。
この数年息をするようにものをかいてきた。
それ以外のことをからだがこばむのです。
しかし。
それではいけないときが断じて、ある。
その乱れを、パソコンをなさらない師は指摘して下さった。

文は人なり。 
名言である。

2007年11月12日 (月)

『クローズZERO』の体

日曜日、息子を塾に送る。その足で合川町のシネコンへむかい、念願のクローズを見た。もちろんひとりで。子が手を離れて以来、映画はいつも一人でみる。

初演は11:20からだったんで、それまでの1時間を駐車場の車のなかで本を読んですごす。映画館は人が多くて混雑していたが、まだ駐車場には空きがあった。日曜の朝ってこんなんだ・・ってちょっと驚き。駐車場から人の動きをみていると、中学高学年とおぼしき少年数人がタクシーで割り勘して駆けつけたり(たぶん、久留米駅から)、自転車でからすみたいにとんできたりと、多かった。ふたりぐみの女子もいたけど男子が多かったな。みな、ヤンキーなんかじゃなくて普通のまじめそうないなかの子たち。純潔ってことばと、昔のこども時代の八女福島町の京座の雰囲気を連想した。券、すでにもう三丁目のなんとかは初演がソールドアウトしてた。私はなんかあれ、見る気がしないんだよね。いつかDVD借りたの、とうとう見ないで返した。

そこへいくと、クローズはかっこよかった。最高に面白かったし、びっくりした。やまだ!!きゃーっていいたいくらい色気があってさ。うーん、きれいなおとこたちはよいなあ。やっぱさ。いつもきたねえ男ばっか見てるから。(夫よごめん。むかしはほんっとにハンサムだったよ。いまは堂々たるチュウネン)それと、おとこのこの性がはじめてちゃんとわかった。そうか、もれるのか・・。知らなかったなあ。息子がふたりもいるのにさ。

なんか元気出た。うりゃ~いくぜ~!!って雄叫びをあげたくなる映画でありました。ストレスがどっかへ雲散霧消、みょうにうれしくて、にたにたしている。あの雨の果し合いがすごかったよね。おとこっていいよなあ、って思ったもんね。

さあ。いっちょうけんかをするぞ!しみったれたオバサンにはぜったいならんからね・・と誓うしみったれおばさんであった。
妻たちよ。夫から離れて、ひとりで映画を見ようぜ。愚痴、いうまい。

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