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2009年12月 2日 (水)

『九州俳句』 俳壇抄33号より

肩書きを返し余生を涼しくする    福岡 長尾キヌエ
焼きソバと桃の葉エキスと月半個  福岡 姫野 恭子
夏椿未然の故意を恋として      長崎 小山 淑
神になった君の笑くぼよかたつむり 長崎 橋本 和子
喪失感モディリアーニの柿の種   熊本 赤峰 卓次
ぽろんと夏月無名の男ばかりなり  熊本 宮部 鱒太
父を返せ母を返せと蝉時雨     大分 土屋 北彦
秋の山閂落とし喪中です       宮崎 疋田恵美子
青田原老婆ひとりを呑み込んで   鹿児島 肥後洋子
六月のシーサー不戦の爪で立つ  沖縄 玉城 幸子
軍靴めく安全靴の黴拭う       福岡 中村 重義
恋に落ちたこともあったな子守柿  福岡 福本 弘明

第五十回九州俳句大会   記

   大会事務局      堀川 かず子

 九州俳句作家協会主催の第50回九州俳句大会は、平成21年6月20日、21日の両日、≪篤姫≫人気の鹿児島市の桜島で開催された。
 桜島は二日前に歓迎の噴煙が揚がったということで降塵も懸念されたが、関係者の情熱に満ちた完璧な準備で滞りなく進行し、有意義で感動深い二日間を共有できた。
 事務局を引き継いで初めての総会に少なからず緊張したが、その後の前夜祭で古代ギリシャの美しい弦楽器(プサルタリー)とギターの二重奏に綻びた。このギター奏者村上芳樹の「桜」の旋律は圧巻で誰もが陶酔し歓喜した。半世紀に亘るキャリアだとか。
 大会の講演、藤沢周氏(芥川賞作家)の「言葉の見る夢」は自著の朗読を交えた内容の深い心理描写で、一言一句聞き漏らせなかった。講演後も精力的に著書にサインをされ、頼もしかった。
 第41回九州俳句賞は熊本の中山宙虫氏に決定、表彰された。
 
 
風花の僕に都合のよい記憶  熊本 中山 宙虫

なお大会賞には福岡の安部泰子氏が選ばれた。

異動期や背凭れのない椅子ばかり  福岡 安部泰子

和服をきりりと着こなし、笑顔とユーモア溢れる司会者(山下久代)の一体感を醸し出す話術、力量は特筆に価する。
大会会長 野間口千賀氏、実行委員長 高岡修氏のご尽力で各県の固い絆を再確認し、盛会裡に終了した。
 鹿児島水族館でノーベル賞の下村博士で有名な「おわんくらげ」の発光体を何度も確かめ、大いに一人旅を楽しんだ。

参照:おわんくらげ、下村博士ノーベル賞記事:http://blog.goo.ne.jp/kagayaki_001/e/5eb45b2741d9094bd2eb677f47e83b91

▼かささぎのひとりごと

伝統俳句派からみますと、ここにある九州俳句の表情は、すべてといっていいほど、ブロークン俳句にみえることでありましょう。かささぎの採ってもらった月半個の句なども、あれは発句ではなく、もろ連句の付句(夏月)です。
いつも思う事ながら、九州俳句っていうのは、超結社であることがめでたいのであります。こんな俳句誌、どこにもありませんもの。たいがい縄張りというか、きっちりと結界をめぐらしているのが俳壇であります。
これを偶然目にされて、ほーう。俳句ってなかなかおもしろいじゃないか。
と思われた方。また、年に一度、夏に九州のどこかの県で大会があることに興味をもたれた方。どうぞどうぞ、九州俳句にお入りください。
ご用命はかささぎの旗まで。

出典:全国俳誌ダイジェスト夏・秋33号≪俳壇抄506誌≫
   平成21年11月1日発行
編集人:マルホ株式会社≪俳壇抄≫編集室
発行所:マルホ株式会社
発行人:高木青二郎

後援・現代俳句協会・日本伝統俳句協会・俳人協会

 

2009年11月14日 (土)

政権交代と医療(60)  乙四郎元官僚語録

保健医療経営大学学長

 橋爪 章

2009 年 11 月 14 日 土曜日

来年度予算の概算要求が発表されて4週間が経ちました。

例年であれば水面下では省庁間の調整が進行し、来年度に向けての閣僚発言も活発化してくる頃です。

新政権でも閣僚発言は活発ですが、例年と異なるのは、閣僚によって発言内容が異なることが目立つことです。

横断的な調整がうまく行っておれば、閣内不一致は起きにくくなります。

行政機構では「縦割り」の弊害が起きやすいことから、従来は、省庁間で調整に調整を重ね、調整が済んだ段階で対外的に方針が発表されていました。

昨今の報道は、財務大臣はこう言っているが○○大臣はこう言っている、という類のものをはじめ、総理や副総理に至るまで、閣内の発言に統一性がない、究極の「縦割り」が放置されている状態になっています。

財務大臣は財務省の立場を主張し、総務大臣は総務省の立場を主張し、厚生労働大臣は厚生労働省の立場を主張し・・・と、概算要求提出直後のコメントであれば容認されるような縦割りの思考が、今になっても堂々と公言されている異常事態です。

「縦割り」弊害の時代に逆行しまいかと心配です。

医療に関しては、診療報酬の扱いが、縦割り体制の中でどう決着されるものかが気になります。

行政刷新会議の評決と政権政策との整合性もありません。

調整がないがしろにされ、結局は声が大きい(財布の紐を握っている)者の主張が問答無用に通ってしまうのではないかと懸念されます。

厚生労働大臣は13日、次期診療報酬改定率の上昇をできる限り抑えたい意向を示しました。

「コストが引き下げられる部分はできる限り引き下げていただいて、その差額を上げるべき部分に使う」と、改定率の上昇を抑え、財源の配分見直しで対応する意向で、行政刷新会議の評決に沿った発言です。

財務省との調整が済んだのかもしれませんが、診療報酬の大幅アップを信じて新政権に投票した多くの医療関係者を裏切る発言であることは否めません。

「学長のひとりごと」より転載しました。

▼昨日からの続き連句的コメント:

首相の立場にあらんとする人が「最低でも県外」と言明する場合、常識的には県外案がまったくの白紙ということはないはず。(財源がないのに金を配ると平気で言明するような非常識的な人であれば話は別ですが・・・)
過去、非公式に協議された県外案は佐賀空港案、苫小牧案のふたつだけみたいなので、佐賀空港移転はまったくのガセとも言い切れないかも。
いずれにせよ、本日来日の米大統領は、年内決着をピシッと要求して帰るでしょうから、政界は年末まで何かと慌ただしくなることでしょう。

さがくうこう。ひゃーびっくりした!
でも、いわれてみれば、たしかにうんと近いね、のーすこーりあに。でもだからってこっちにうつっちゃっては、北を意識しすぎていかにもってなかんじでギラギラなかんじ。
けっきょくやっぱりおきなわにおいたまんまになるようなきがする・・・。だって財源がないのに金を配ると平気で言明するような非常識的な人だから。

 佐賀空港への移転、これは真面目な話いいアイデアではないか、佐賀にたくさんお金が落ちるし。と思ったがまてよ、佐賀空港は貨物便の利用がそこそこ多くて、それ以上の赤字を抱えている空港、あるいは空港建設予定地がもっとあるらしい。しかし何を基準にしていいのかがわからん。いろいろ検索してみたら、佐賀空港はワースト3位という記事もあれば、福島空港が需要予測達成率ワースト4位というのがやたらいっぱいでてきたり、あと静岡空港とか、来年開港予定の茨城空港とか…
 こうなったら、その赤字空港を維持している団体で入札やったらどうでしょう。米軍基地引き受けます、その代わり、赤字分は国民の税金でまかなう。明治以来、いや江戸時代から沖縄にはたくさんの苦い思いをさせてきたのだから、それぐらいしてもいいでしょう。

いつもおもいますです、沖縄にたくさんのいたみをへいぜんとあたえてきてなにもかんじていないなわれらは、と。知識としてはわかってるけど、日々のくらしがいやでもやってくるから、それにおわれてわすれてしまう・・ってことなんだけど。じっさいにそこで暮らしたこともなく、基地のもんだいを肌でかんじることができない。想像でものをいうだけです。

「世界中に出撃する海兵隊は、沖縄の基地から単独で行くのではなく、まず佐世保港(長崎県佐世保市)から強襲揚陸艦が沖縄に出発、沖縄で海兵隊を乗せて目的地に向かう。朝鮮半島で有事の場合、佐世保から沖縄まで約2日かかり、沖縄での搭乗に数日、そこからまた九州方面に戻ってから朝鮮半島に向かうので、航路で4日分ロスしてしまう。」

こういう実務的なことをずばり書かれると、どっひゃあ!!と腰をぬかさんばかりに驚き、まさに戦前にあることを実感します。もうそこまでいっていたの、ちょっとまって意識がついていけない。

でありまするので、最近のかささぎの旗がやけに政治的なものになりつつあるのを承知の上で、話題をころっと転じます。

九州俳句に沖縄がない。と以前かいてしまいましたが、その意味は、沖縄の俳人が参加されていないという意味ではなく、九州俳句大会は沖縄では開催されない。という意味でした。係りの人に前に尋ねた。誤解を与えてごめんなさい。ちなみにらんさんが入ってくれた。九州俳句。ありがとう。みなさん。九州俳句、はいってください。れぎおんみたいに季刊で年に四冊配本。九州の名ある俳人が数多く所属なさっています。そのかたがたの作品とへいきで肩をならべられるというところが、この俳句誌の魅力であり、かつまた、どうしようもなさであります。※
※これ、この意味ですが、歴史ある短歌誌同人のせいこさんとかにはわかってもらえるとおもうけど、たいがいの同人誌は年功序列でして、一定の修行をつまないと上にいけないんだ。裏をかえせば、年季さえつめば上にいけるってことだよ。

2009年11月 9日 (月)

『九州俳句』共鳴抄  野間口千賀・選

暇なのでひまはり奈落へと運ぶ     秦 夕美
さみだれの国に生まれて晴れ男     福本弘明
葉桜に健忘症の巣があるぞ      
  星永文夫
言の葉の羽化つぎつぎと青葉闇     堀川かずこ
花の雨ガス管に家つながれて       前川弘明
大たけのこ抱いて夕日の山下る      宮部鱒太
気紛れも短気もおりしはたた神       夢野はる香
夕暮れをふくらませている守宮の眸    足立 攝
星雲の初めと思う蝌蚪の紐         池田守一
赤いちゃんちゃんこ地球最期の日と思う  宇田蓋男
夏立ちぬ水は未来へ落ちてゆく      木村直子
羽抜鶏はげしく鳴いて西へ行く      佐藤恵美子
鬼灯を吹いてもう拗ねてない        寺尾敏子
手を打って海の底まで星降らす      藤後むつ子
徒食して日光黄管のなかに佇つ     野田遊三

野間口千賀

 この世は旅に例えられるが、詩や現代俳句に携わる者はまた、別の意味でもめまぐるしく旅を重ねている。常に。
 わが中への異界への旅、それは短く、影濃く頻繁に訪れる。
 そこには別のわれが居る。日常の飯も水も酒も、虫も犬も、貌色を変え、翔び、動き、且つうごかない。
 視力、嗅覚、聴覚するどく、いや時として、視えず、匂わず、聴えず、朦朧のわれであることを佳しともする。
 さまざまな作者のさまざまな日常、非日常を想いながら、自由に選ばせて頂きました。
 短詩型という短剣を以て、つるぎの舞いを舞わして頂くことの幸いを思います。

 いささか遅くなりましたが、桜島に於ける第五十回九州俳句大会には多数お越し下さり、どうもありがとうございました。桜島はあの後、淋しがって噴火を繰り返しております。  

『九州俳句』156号、平成21年11月15日発行
編集発行:福本弘明
発行所:九州俳句作家協会
印刷所:山福印刷


2009年8月31日 (月)

落日と旭日とにんげんの火と

にんげんの火がまだ八月の樹にのこる 

  大分  河野 泉

第56回長崎原爆忌平和祈念俳句大会大賞句。

大会長の柳原天風子師、実行委員長の前川弘明氏はじめ俳句大会事務局のみなさまへ深い敬意をささげます。
このような真心のこもった俳句大会が戦後56年間も続いてきたことに、被爆国日本のたましひの核にふれたような慄きさえも感じて、わたしはあやうく涙ぐみそうになります。りっぱな作品集を送付いただきまして、ありがとうございました。

まるで選挙の翌日の新聞のようなといいますか、わずかの時間にこれだけの数の(785)句を束ね、選者50名近くに送付し、集計し、それぞれの選評をつけて誤植なく掲載する。そして全投句者あてに八月半ばまでにまちがいなく送る。
それはなんと奇跡みたいな作業なのでしょう。

今年はオバマ大統領が米国大統領としては初めてプラハ演説で核廃絶を唱えた記念すべき年でした。
かささぎのようなひねくれ者でも、この時代の節目の大きなうねりに気づくことができたのは、ここを訪問してくれる小学校時代の友・竹橋乙四郎のおかげです。

「オバマ大統領のプラハ演説、乙四郎官僚篇」:
http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/post-ac94.html

かれはこんな句を大会へ手向けてくれました。

散りぬれどプラハ便りに青葉吹く   竹橋乙四郎

オバマ大統領の演説がよほどうれしかったのでしょう。
わたしはこの年まで生きて、政治の裏側にあるものの醜悪さばかりをおもう癖がついておりましたので、オバマ大統領のかような演説をきいたとて、ああ、アメリカの戦略がかわるのだな。というかんじの感慨しかうけとりませんでした。ですから、元厚生官僚の同級生がこのような、まるで純朴な小学生のような反応をみせることに、却ってはげしく胸をうたれ、居ずまいを正した次第です。

居ずまいを正すといえば、かささぎはこんな句を奉納しました。

雪に焚く牡丹の如き業火かな     姫野恭子

もっとも美しい火はどんな火だろうか。
最も崇高で気高き火は、雪に焚く牡丹のような火であるかもしれない。
このような火があることをかささぎは、さる俳人の書かれた文章のなかのさりげない一節から知りました*。(澁谷道氏の『紫薇』での文章)

落日は旭日と似ています。
写真に撮ればどちらがどちらかまるでわからないほどに。
というより相は全くおなじ、このことがかささぎの目をみはらせます。
これはいったいなぜなんでありましょうか。
星野村でまだ燃えている醜悪なにんげんの宿業がおとしてしまった核の火も、もっとも美しい火とまるでかわらない貌をしている。*
これはいったいなぜなんでありましょうか。

長崎市長の田上富久氏の「長崎平和宣言」、長崎県知事金子原二郎氏の「慰霊の詞」、それにノーベル平和賞を受賞した17名の世界の有志が署名した、「ヒロシマ・ナガサキ宣言」が今回の作品集には採られています。これまでにない何かを感じさせる、あたらしい時代の原爆忌平和祈念俳句大会でありました。

ノーベル平和賞受賞者による「ヒロシマ・ナガサキ宣言」http://www.hiroshimapeacemedia.jp/mediacenter_d/jp/hiroshima-nagasaki/index.html

新聞報道によれば、76年受賞のメイリード・マグアイア氏(北アイルランド)とともに田城明氏(中国新聞特別編集委員)が構想を練った。
ただ、賛同者には名簿をみればわかるように、米・ロの受賞者は少なかった。

*:ヒロシマ・ナガサキ両方の核の火を守り続けているのが八女郡星野村のひとたちであることに、ふしぎな感慨を覚える。http://plaza.rakuten.co.jp/rumesan55/diary/?ctgy=0

2009年8月14日 (金)

中山宙虫・第41回九州俳句賞受賞作品

第41回九州俳句賞(応募総数24)

包み

 中山宙虫(なかやま・そらん)

末黒野にあるという鬼の本籍地
ゆすらうめ咲いて小さな事故がある
うららかやみんなが落ちる街の穴
やわらかな風は田螺を眠くする
さえずりの山頂やがてくる沸点
あめんぼを散らして森の水を汲む
店の名はQではじまる驟雨かな
人間が呼び合うことのない水田
手をかざし邑の終わりを見る七月
炎昼の裏から街の循環バス
風尽きて村につぎつぎオクラ咲く
とうきびが刈られて青い封書くる
柿赫くひとは小さくなってゆく
栗売らる地下には地下の風溜まり
源流のそのまた源流木の実落つ
秋風や歩いて埋まる人類史
ラジオから罪状聞こえている冬田
少年の影がこぎだす冬のブランコ
風花の僕に都合のよい記憶
冬眠のものたち雨を聞いている

中山宙虫
略歴:1955年生まれ
1999年より俳句に関わる
俳句誌「麦」「霏霏」同人
現代俳句協会会員

【受賞のことば】  

        中山宙虫

 十年。俳句に出会っての月日。それまでの人生に文芸に関わることは全くなかったが、十年続けてきて、ひょんなことから「九州俳句賞」をいただくことになってしまった。
 振り返ってみれば、五里霧中とでもいうのか、何ひとつ思うように見えない日々が大半だった。光が差したかと思えば、あっという間に迷宮に。形がありながら形が見えない。
 自分の俳句の行く末に何を見たかったのか。こうしてこの場に立った自分の足跡は、趣味という整理をし、自己満足という整理をして結論づけてきたもの。この「九州俳句賞」はまさかの世界。明日からのプレッシャーだ。
 ここまで、つかみどころのない私の俳句をこつこつと指導してくださった成清先生。俳句の座の素晴らしさを与えてくださった星永先生。大分県現代俳句協会はじめ九州内の諸先輩。連句の仲間たち。インターネットで関わった方々・・・。私には礼を言わなければならないたくさんの人がいる。

  『九州俳句』誌 155号より引用
   2009・8・15発行

〔批評文〕

『中山宙虫 「包み」を読む』   西口裕美子

 涼しい。中山宙虫の俳句に触れた時の感覚である。どこかで水の音がし、どこからか風が吹いてくる。
 難しい言葉を使わず、俳句の型、正確に言えば、作者自身の俳句の型になじむ言葉を選び抜く。季語も然り。自分なりの“消化”をした上での季語を使う。つまり、自分の感情に根ざした表現を彼は自分の俳句に試みているのである。やわらかで、したたかな中山宙虫。彼の俳句の魅力をそこに見る。
 俳句は、作り手と読み手の共同作業で成り立つ。十七音の詩だからこそ、読み手をはぐらかすことは簡単である。しかし、それをしてしまえば、二者の関係は成立せず、俳句を味わうことを難しくしてしまうのだ。読者に自分の句を委ねる時には、作者は潔く“鍵”を渡さねばならない。
 中山は優しく微笑みながら、自分の鍵を我々読者に手渡してくれる。そして、私たちは彼の肉体から生まれた句を心地良く読むのだ。静かで優しいその調べは、まさに中山そのものだ。そう私たちに感じさせる。しかし、実はそれだけではない。

 
末黒野にあるという鬼の本籍地
 人間が呼び合うことのない水田
 手をかざし邑の終わりを見る七月

 これらは静かな〈不在〉を表した句だ。在るべき場所に〈不在〉なものを見詰める作者の目は笑っていない。〈今〉をじっと見詰めているだけだ。見えない、不在なものの中に今を感じ、表す。それが中山宙虫の句の真骨頂なのだ。末黒野のあの辺りに鬼の本籍地があるという。今ここに鬼がいるとは詠んでいない。水田に在るべき農民の姿。邑に在るべき人々の営み。作者はそういった〈不在の今〉を手をかざして見ている。ものとの距離感。これもまたこの作者の魅力だろう。対象にぐっと近づき、そのものを描く。そのことで自分を描く俳句。ところが、この作者は既に感じとっているのだ。ものと自分とが必ずしも一致するものではない、ということを。そこに一致を見出せない時には大概、その対象を創作のステージから下ろす。だが、中山は敢えて下ろさずに、今、目の前に在るもの、在るべきはずのものを距離を置きつつ見る。見えるまで待つ、という姿勢で。

 ゆすらうめ咲いて小さな事故がある
 風尽きて村につぎつぎオクラ咲く
 とうきびが刈られて青い封書くる

 俳句における「て」。この作者の上手さは例えばこういうところにある。激しい衝撃を避けて二つのものを柔らかくぶつけ合う。徹底して事を叙しながら、読者に情を持って読ませるように仕掛ける。小さな花をぎっしりとつけた山桜桃。その花が咲くことと小さな事故。この句の「て」はあるいは「~ので」と読ませるのかも知れない。風が凪ぐ時、次々と咲くオクラ。静かな村の時間が流れてゆく。安らぎの向こうに小さな狂気が見えるのは、「つぎつぎ」にやわらかな淡い黄の花が咲くからだろう。とうきびが刈られてから来る封書。夏が終わる頃にやって来る手紙の中にある小さな不吉。青い封書がいつか赤紙に変わる日が隠れているようで、うっすらと怖い。そうなのだ、言葉の中に小さな軋みを感じとり、そっとそれらを並べてその場から立ち去るのが、この作者だ。自分の体験をどのようにして言葉に託すか。そこに個性が出てくる。この小さな詩を、この作者はぎりぎりまで考え、作り上げてゆく。

 柿赫くひとは小さくなってゆく
 栗売らる地下には地下の水溜まり
 源流のそのまた源流木の実落つ

 

 赫く熟れた柿は実景。対照的に小さくなってゆく人はこころの目に見える内容。地下の風溜まりも心で見るもの。だから「柿赫く」「栗売らる」で切れる。そう読んでゆくと、三句目は「木の実落つ」もしくは「源流のそのまた源流」が実景。「源流のそのまた源流に木の実が落つ」とは詠んでいないのだ。源流にいて、どこかで落ちる木の実の音を感じるのか、木の実が落ちるのを見て、遠い源流の果てを想うのかのいずれであろう。みえるものを叙して見えない心を詠むというスタイルを敢えて選ばない、中山宙虫的スタイルなのだ。
 タイトルの「包み」をどう解釈するか。外からはわからないよう、見えないように包むもの。それは、例えば、「うららか」さ。「秋風」、「風花の記憶」、田螺を眠らせる「やわらかな風」、冬眠のものたちが聞く「雨」の音。見えないものを見えるまでじっと待ち続ける作者の孤独。その寂しさを癒してくれるものたちを、「包み」と呼んでいるのかもしれない。
 九州俳句大賞受賞を心からお祝いします。

俳句誌 『霏霏(ひひ)』 第六十一号 秋
2009年10月5日 星永文夫・編集発行

2009年7月17日 (金)

マラソンは神代橋を折り返す

(前回編集分と重なっている部分がございました。失礼しました)。 

 名無しは当然私、呂伊利です。エメさんの見たサーカスもの、私はTVで見た覚えがある。そしてアキラが歌う主題歌「サーカスの歌」は何と1933(S8)年のヒット曲のリメイク、ついでのうんちくで、ビックカメラのCMソングの元歌は、1937(S12)年のヒット曲「煙草屋の娘」の替え歌で、1961年に佐川ミツオ(満男)・渡辺マリ(ドドンパ娘)がリメイク、ついでに言うと、佐川ミツオは同じ1937年のヒット曲「無情の夢」もリメイク。1960年代初期は他にも、フランク永井の「君恋し」、井上ひろしの「雨に咲く花」など、戦前のヒット曲のリバイバル・ブーム時代だった。今で言うと、「亜麻色の髪の乙女」とか「明日がある」がリバイバル・ヒットしたようなもんか。
 話戻って、小林旭vs宍戸錠、いいでしょう!赤木圭一郎vs宍戸錠もよかったし。1970年代末の子供向け番組で「怪傑ズバット」というのがあり、主人公が1人で旭とジョーのパロディをやっていたカルト番組。いかん、昔の映画と歌謡曲を語っていたら、またうんちくが長くなり、ヨメの目が険しくなる。でも最後に神代という名字、九州人しか読みきらん。「かみよ」じゃろか「じんだい」じゃろかち思とる。神代辰巳は佐賀出身です。

赤木圭一郎、気づいた時はすでに亡くなっておられました。作品も1度も見ていませんが。
裕次郎さんは西部警察で、やたら煙草をふかす場面ばかり思い出されます。後は歌ですね。
黒木けんが出てきたとき、裕次郎と間違われたそうです。声が似てます。私は黒木けんのほうが上手いなあと思っていました。

 石原裕次郎は昔歌が下手だった、それは間違いない~小学校低学年の頃、素人物まねのようなTV番組で裕次郎のまねをした人が、審査員から「歌の下手なところがそっくりでした」と言われていたのを覚えてるし。
 赤木圭一郎は私も名前を知ってただけ(映画は東映チャンバラ専門だったので)。でも死んだというのを聞いてビックリしたのは記憶に残っている。「赤木圭一郎を偲ぶ会」というのが今でもあるようです。
 黒木憲も死んだね、彼が歌った「おもいやり」という歌は、もともと、「エイトマン」などを歌い後に殺人犯となった克美しげるの、幻の再起作だったらしい。

くましろばし。くましろたつみかんとく。
くましろばしはちかいうちに建て換わるそうですが、くましろかんとくは、連句仲間だった故貞永まことの口から何度か聞いたことがある映画監督の名前だったなとハッとしました。だけどわたしは注意深く聞いていなかったので、それをきちんと筋道立ててお伝えすることができません。ただその監督のお名前のクマシロというひびきだけが残っています。
7月末がまこと忌、ことし七年目。

cloudおはようございます
神代辰巳監督>>日活ロマンポルノ時代の作品はさすがに縁がなかったけど、テレビドラマではよく見聞きしましたね(脚本や監督に)
2時間ものとかたしか色々あったと記憶しています。
あとショーケンの「傷だらけの天使」とか。。
tvテレビドラマにはほかにもたくさん映画界からの監督さんの名前がありましたね。
神代監督の名前を見つけると「ラッキー」を見つけたようにうれしかったです^^♪

 「傷だらけの天使」を見ていたというエメさん、昨年出版された矢作俊彦の「傷だらけの天使 魔都に天使のハンマーを」という小説、時間があったら読んでみて下さい。ショーケン演じた主人公が今はホームレスになり、でも事件に巻き込まれてというストーリーで、私はこのドラマ見てなかったけど面白かった。日活ロマンポルノも思い切って見て下さい。今時のAVに比べればH度はたいしたことはない、映画としては素晴らしい。
 神代橋~M高校マラソン大会の折り返し地点?だった。小学校1年の時の担任が神代先生だった。あ、10月にある筑後川マラソン大会に参加するかもしれません。もちろんその前、8月にも帰省するけど。

姪の一人が「神代」さんに嫁いでいます。

rainおはようございます。最後の梅雨の雨でしょうか~sprinkleひめさん元気ですか~?
ろいりさん、この小説は気になっていました。
さっそく読んでみます。ありがとうございますbook
映画界が斜陽になっていた頃、たくさんの監督さん、カメラマン、脚本家がテレビで活躍をされていました。
2時間ものやサスペンス、、ほんとにドラマチックで、とてもはまっていました。
最近は名所めぐりが主体だったりであまり関心がむきません。
神代橋は昔仕事でよく通りました。
マラソンに参加されるのですか!頑張ってくださいmotorsports

筑後川マラソン。マラソン大会の交通警備、よく請け負ってます。それ入ってなかったかな。あれは冬のだったかな。ろいりさんが走るならみんなで応援にいきますよ。
眼のまえをマラソンの列がぜんぶ通り過ぎた時点で警備の仕事はおわり。なんだそうです。

(きょうは、しごとやすんでる。)じぶんはげんきですが、おやが体調をくずして、検査中。そのつきそい要員。
おもいだした!九州俳句に熊本の翁がいらして、そのひとの俳句、すきなんですが、こんな句をこないだ出しておられました。

マラソンの最後はひょうひょういつもの彼  
          熊本   宮部 鱒太

わたしはこの句をよんで、なみだでそうになった。宮部氏はいくつになられるだろう。九十をこされたろうか。いつまでもお元気でとお声かけしたいような句です。

2009年7月11日 (土)

足立攝さんからのお便り

昨日、帰宅すると、大分の足立攝さん(あだち・せつさん。俳句誌『樹(たちき)』同人『九州俳句』所属)から、桜島での写真とお便りが届いていました。
ありがとうございました。
攝さんは会がおわったあと、花束を抱いた中山そらんさんを囲んで山下整子、東妙寺らんと姫野の四人を記念に写してくださったのです。

わたしは攝さんについてはあまり知らないのです(攝さんがご夫婦でたちきに入ってみえて間もなくして私はたちきを引いたから)が、父上の足立雅泉さんはよく存じ上げております。植物好きなやさしいお方で、たちきにも花や草や木のことを詳しく調べたエッセイを連載されていたし、本もだされています。独特のスピード感とリズム感ある写生句を得意とするベテラン俳人で、人のお世話の行き届くかたです。

自分が長らくいた俳句誌の同人からお便りをいただいたのは初めてでした。

読んでいましたら、なんだか切ないきもちになりました。
できればもう一度帰ってきてほしいと思っています。
と書かれていたからです。

たちきをひいたのは、物理的にできなくなったからです。
連句を残して俳句誌はやめようとおもいました。
いくつも入っている余裕はなくなったからです。
俳句に経済的な負担はないと思い勝ちですが、実際はちがいます。
交際費がかかります。礼を尽くさねばならぬ時がある。
それができないなら、やめるほかない。ときめたことです。

足立攝さんのお便りは真心のこもったあったかいものでした。
パソコン関連のお仕事をしておられるらしく、俳句も文章も一本すじの通った毅然としたものを出される人です。句歴が浅いのにそこらのベテランよりも「立った句」を書かれますのは、お父上の読者であられたからなのでしょうか。さすが雅泉さんのむすこさんだなと思って遠くから眺めておりました。

ところで、攝さんがお手紙でとりあげてくださった拙句(2008年2月号「樹」より)の解説を読んで、えっと思いました。
その部分をそのまま引きます。

● 熊本の義肢製作所はだかの木    恭子

 はだかの木は「裸木」で冬の季語。葉を落とした木々は寂しげであり、どこか滑稽であり、その滑稽さが人間のようでもある。虚飾を捨て、裸になった人間は哀しいほどに小さい存在なのだ。しかし、その小さな人間には血が流れ、心が通い、熱い魂が震えている。人間の尊厳などと安っぽく語りたくはないが、人間を小さな存在と知った時、本当の尊厳が見えてくるのかもしれない。
 熊本は愛知県などと並んで、義肢製作の先進県。義肢を作る仕事は、実は人間を作る仕事だと、裸木を見ながら思うのである。(足立攝)

攝さん。ありがとう。こんなに深く読んでくださって。
熊本の町を通過中、目に付いた看板をそのまま詠んだ句でした。
季語をとりあわせるのに何をもってくるか。それも実景でありました。
「義肢製作所」という看板のそっけなさとあったかさとリアル感。
それが虚飾をそぎおとした人間のぎりぎりで生きる実在感みたいなものを示唆してくれました。わたしは御手紙を読むまですっかり忘れていましたが、このような句を詠んでいたこと、そしてそれを読んで何か深いところで感じてくださっていたお方がいらっしゃったということを、とてもうれしく、幸せに思います。
(愛知県と並んで熊本は義肢製作の先進県。というのも、初めて知りました。)

まずはネットでお礼、申し上げます。

2009年7月 3日 (金)

俳句誌『麦』から

  地熱集探渉

      橋爪鶴麿・評

迎え火を焚けば見知らぬ佛来る  成清 正之

迎え火を焚きながら祖先の霊を思うのですが、自らが弔った身近なひと以外には、どうも霊としても馴染みが無く、この「見知らぬ」の語は、見事にその思いを詠っています。
しかし、この佛様をあたたかく迎えることが、お盆の門火の大事なことで、作者はやや戸惑いながらも祖先の霊の安らかな成佛を念じているのです。
この思いの奥の大らかさに共鳴しつつ、発想の特異さに驚くのです。

   俳誌『麦』平成二十年十二月号より引用

春に連句会を保健医療経営大学で興行したとき、中山宙虫さんから俳誌「麦」をいただいておりました。
机の上に積み上げておりますが、事務所での昼休みに目を通し始めました。
と、いきなり出遇った気になる一句、およびその読み。

かささぎはなぜこの句が、こうもきになるのかを自問してみる。
奥八女の六地蔵さんを尋ねお参りにいったとき、霊的なことがみえるおばあさんがいて、聞いた話がある。それとどこかでつながっている気がした。

(この文章のカテゴリー、『九州俳句』にいれておきたく。)

2009年6月28日 (日)

長谷川櫂の『俳句の宇宙』と無意識について

桜島であった俳句超結社誌『九州俳句』の大会に参加した日、東京での「やまなみ短歌会」全国大会から帰ってきたばかりの歌人・山下整子氏より、おみやげに本を一冊「古本だけど恭子ちゃんに買ってきた」 といってもらった。

長谷川櫂著、『俳句の宇宙』(1993サントリー学芸賞受賞)。

なつかしい本!
俳句を始めたばかりのころ、平成四年夏生まれの次男がおなかにいたころ、沖縄の詩人・岸本マチ子先生が送ってくださった。戸畑・天籟寺の俳人・穴井太師が主宰されていた俳句誌『天籟通信』誌。*
その中で、穴井太師が推薦されていた俳句評論である。
師の声にしたがい、わたしは買って読んでいたのである。
著者が自分と同年であることが目をひいた理由であった。
いまも探せば家のどこかにきっとあるはずだ。

私の印象に残っていたのは、忌日を詠む俳句の特殊性について書かれた文章であった。
このぶぶんの文章だけが、自分にはことにまばゆく強い光を放った。
正確に言うと、もう一箇所、いや数箇所、いいやほぼ全部、その後出合うことになる先学の俳句のよみについて教示を与えてくれたのだが、自分にはそれほどだいじな本ではあった。すっかり忘れていたけれども。

あらためて読み返しながら、わたしは様々なことをかんがえた。

この拙いブログを読んでくださっている読者のかたがたに、ヒメノはなんで先般俳人の中山宙虫に対してあのような理不尽ともいえる怒りをぶちまけたのだろう。と不審に思われていることと察する次第であるけれども、それにはこの本でも述べられている無意識が絡んでいる。今回読み返してみて、あらためて気づいた。

第六章『都市について』。このなかで述べられたことばの数々が、かささぎの旗での中山そらん事件をよみとく鍵となっている。

それを陽光のもとに晒して書ければと少し思うが、こういうことは書かないものなのだろう。
だがいつか、書いてみたい。

*

現在の天籟通信誌主宰は九州俳句誌代表も兼任なさっている福本弘明氏。
福本氏にも桜島ではじめてお目にかかる。ご挨拶が遅れて大変失礼しました。
ほぼ同世代であります。


2009年6月21日 (日)

そらんさん おめでとう

そらんさん おめでとう

そらんさん。おめでとう。
写真削除してほしい。と、またいわれそう。
んが、拒否。

歌人ヤマシタセイコがそらんさんへ用意してたお花、きれいだった。
九州俳句のみなさん。
お花を手渡したきれいな女人は、同人ではありませんからね。笑

花を添えるってこういうことなんだな。とおもうかささぎであった。

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