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2017年7月26日 (水)

ABCCについてのかささぎメモ

以下、今朝集めた。

引用元「ABCCは何をしたか」

上記のページを真っ先にみた。

すると、久留米のいとこの家で見せてもらったNHK「心の時代」に出ておられた近藤紘子さんのお名前、発見す。

少女時代のお写真、強く印象にのこる。


ちらかしてて、すみません。後姿は叔母、
です。目が悪いものですから。

近藤さんのお父上。


牧師さんでした。お名前、失念。

この日のブログ記事、あるはずですが。

テレビ画像写真、アップしてもいいかな。
ったって、載せてしまいましたが。





〓ABCCとは

原爆傷害調査委員会(ABCC)は、1946年にハリー・S・トルーマン大統領による大統領指令(a presidential directive)によって設立された委任組織(a commission)である。この指令はNAS-NRCに出され広島と長崎における原爆生存者の放射線の後期影響(the late effects)を調査するものだった。純粋に科学的研究と考究の目的で設立されたものであったため、医学的治療を提供するものではなかった。またアメリカによって強力に支えられていたため、ABCCはほとんどの原爆生存者や日本人から一様に信頼されていなかった。ほぼ30年間の活動の後、1975年に解体された。』


〓ひじやまの位置



「 広島市内にある比治山(ひじやま)は、1946年6月19日米国戦略爆撃調査団が、「太平洋編」の中のいわば特別版として大統領トルーマンに提出した「米国戦略爆撃調査団報告−広島と長崎への原爆の効果」の中で次のように描写されている場所である。(なお、この6月19日版をトルーマンがチェックした後、最終完成版が6月30日に提出されている。)

『 広島市は太田川の大きな扇状三角州の上にある。太田川の7つの川口は広島市を6つの島に分け、ちょうど指を広げたような形で瀬戸内海に面する広島湾に臨んでいる。
  
  太田川の7つの川は、広島市に最適な防火帯を装備させることになった。広島市全体は平坦で、海抜より若干高い位置にある。主要な橋は81もあり、高度に発達した橋梁システムが島々を連絡している。市の東側には腎臓の形に似た形の丘があり、長さは1/2マイル(約800m)で高さは221フィート(約66m)である。

  この丘は、原爆落下地点から東反対側の建造物に対してちょうど格好の防御帯となった。その他の地域は原爆の拡散するエネルギーのため一様に被爆した。』
(<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/U.%20S._Strategic_Bombing_Survey/01.htm>)

 『市の東側にある腎臓の形に似た丘』というのが比治山のことである。この記述にもあるとおり、比治山は原爆投下当時一種の防禦壁となって、その東側の地域を、比治山ができうる限り守った。

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コメント


昨日は携帯を忘れていき、珍しく九時過ぎまで残業した
というのも、今日はお寺のお講まかない、お仏具磨きで、
有給とらないといけなくて
携帯、ひらいたら、友達から留守電が何度も入っていた
治療が無事に済んだという、よかったなあ!
よかったよかった。

毎日が怒涛のように過ぎてゆく
仕事に集中して、何も思うこともなく
だが、今朝、このページをひらくと、
あらためて言葉にならない何かを感じた

テツノイサクさんのブログ、
最初にぶつかったこのことば。
ストラティージック
戦略的👇

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