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2017年2月14日 (火)

「憑む」について水月さんにお聴きする

コメント、まとめておきます。


コメント

すいげつさん、ではなく、みづきさん。

投稿: かささぎ | 2017年2月 6日 (月) 18時00分

こちらの水月さんはチクジョ創設者のお孫さんらしいです。
本願寺派、とあるところも、お年も、龍谷大へ進まれたことも、本家水月さんと同じに思えます。

投稿: かささぎ | 2017年2月 7日 (火) 15時12分

ご無沙汰しております。
去年の夏に電話回線を他会社に移行したために、メアドも変更になってしまいました。

さて、その水月さんが本家ですよ。私はペンネームで用いているだけですから。

いまかかえている論文が2月15日締め切りなので、それが終わったら、高野堂について考えていきたいと思っております。去年の秋に福岡県立図書館まで行って調べたこともあり、また大分県立先哲史料館から届いた史料もありますので、ブログに書いていくつもりです。御教示いただければ幸いです。

投稿: 水月 | 2017年2月 8日 (水) 09時08分

おお、本家水月さん、
お久しぶりです。
お寺のことを本音で語り合いたいですね。
男女差のことなんですが。
ゴルフ場会員権にすこし似ているような。
休み時間終了!ざんねん

投稿: かささぎ | 2017年2月 8日 (水) 12時57分

あと五分、かけるか。

報恩講、五年ぶりでした。
気になったのは、参拝者の半減。
おときのしたくで女性ばかりなんです、参拝者。
そのひとたちが、御茶碗洗って片付け済んだら、さっといられなくなりました。
五年前に200人ほどあった法話の聴衆、半分です。
よいおはなしだったのに!
なしおとこどもはでてこんのだろう。

投稿: 傘 | 2017年2月 8日 (水) 15時15分

男女差とは、お寺の参詣者が女性のほうが多いということですか。

どこのお寺も参詣者が激減しています。拙寺でも、あれやこれやと考えるのですが、どうもうまくいきません。時代の流れという安直な言葉ではすまされないと思っています。どれほど時代が変わっても、聞くべきものを聞かせていただき、遇うべきものに遇っていただいたいというのが私の思いなのですが……。

投稿: 水月 | 2017年2月 9日 (木) 08時21分

水月さん。

男がこないのは仕事があるからで、ずーっとむかしから報恩講は女たちの業務でしたよね。
ところが、いまや働き盛りの女たちは、外で働いています。男とおなじに。
だから、何日も休めない。
有給つきに一度とれたらラッキーで。
餅花つくったりはずしたり、仏具磨きも大切とは思うものの。この日だけ、という日を決めて、休んだ。
それでも何度かお寺を往復し、八軒の家を歩き回り。
なかなか大変。
いや、そんな物理的なことがいいたかったわけじゃなく。

きのう、携帯、工場に忘れて帰ってました。
ゆっくりと考えている間がありません。なさけないっす。

投稿: かささぎ | 2017年2月 9日 (木) 12時47分

水月さんブログで、

憑む

という字が読めず、ウロウロしました。

憑く

ならわかります、つく、ですよね。

調べたら、

たのむ、でした。

この字、悪霊っぽい霊に支配されている感じがしませんか。
他力信仰の核をつく一字、もっとこだわりたい。

投稿: かささぎ | 2017年2月13日 (月) 12時47分

「憑む」は「たのむ」と読み、「信心」を日本語であらわしたものです。今日では一般的ではないかもしれませんが、法然聖人や親鸞聖人は必ずこの漢字を用いられています。たとえば「頼む」という漢字では、私たちのほうから阿弥陀さまに依頼するという意味が出てきます。しかし浄土真宗の「信心」は阿弥陀さまのお救いのおはたらきをいただく、おまかせするということですので、適当ではありません。そこで「憑む」という漢字を用いられるのです。「憑」は何かに「とりつかれる」というような語感がありますが、実は「憑」という字は「依也、托也」といわれています。おまかせするという「信心」をあらわすのに適切であったからです。

投稿: 水月 | 2017年2月13日 (月) 13時53分

よく分かりました。説明、有難うございました。
法然聖人や親鸞さまの書かれた中にあるのですね。
なぜ今は使わなくなっているのでしょうね?

病気がうつる、という漢字、移るでいいのに、使われない。それはいったい何故かな?
と、考えているときと似た気分です。

投稿: かささぎ | 2017年2月13日 (月) 18時13分


水月さんブログは、

「天上の月影」です。
行空研究論文の中にありました。
ガバむつかしかとです。
読解力ぜろのかささぎ、ピンポイント読みしかできません。笑。

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コメント

憑くと書いて「たのむ」と読むのですか。
また一つ新しい言葉を覚えました。
ありがとうございます。
機会があれば短歌に使いたし。

せいこさん

日曜日だったかな、新聞記事のうた会欄でせいちゃんの正月詠を読んだよ。広川歌会だったかな?元旦のあおぞら低く真一文字によぎる白い雲あり、みたいなの。
広川町て、飛行機雲がよく着く空だよね。最近気付く。

これまで全く考えたこともなかったけど、言われてみれば、ひめのの寺は広川町で、かなり昔からそうみたい。
こういうご縁はいただくものだから。
広川町のほうが本貫かもしれない、仕事場もなんとなく今の日吉でとても落ち着く。ご先祖さまが呼んでいるのかも。

水月さんにおそわった言葉、うたに使われてください。
どんな場面なら生かせるでしょうか。気になります。

憑く、よる、たのむ。
凭る、の異体字でもあるのかな。

宗教において、霊的な話になりますと、慎重になり皆、身構える。精神疾患の一つと思われかねないから。
それはキリスト教でもそうです。
父と子と聖霊の御名に於いて、アーメン
と誓いながら、霊的なものを否定します。
そういうことを想うにつけ、憑くと書く憑むは、
誤解を避けるために、使われなくなったのかもしれませんね。

たのむには、頼むの他に恃むというのもありますよね。あてにする。それだけのチカラがある相手への信頼度が窺える。この恃むは短歌にも良く出ます。
憑むには、精神的なものが窺えます。
辞書には、心の拠り所とする意味合いとありました。

たのむ、頼るじゃない、心に寺の恃む、短歌にたしかに多く出ますね。

自らを恃むほかなし、と思(も)ふ我の
こころの奥処の南無阿弥陀仏


去年の健診、はじめてストレスチェックが加わる。
問診に、悩みの相談相手はあるか等私的なことまで聴く。
改めて考えてみた。
母ではどうしてもわかってもらえない、配偶者でなければ、との憶いが、ある。これは同時代をともに乗り切ってきた同じ立場の仲間でなければ分からぬ、というようなことなんだけど。

先だって市の介護課から母にアンケートが来て、母が記入、わたしが投函した。投函前、ざっと内容をよむ。
すると、母は、配偶者に介護して貰いたかったのだな、とよく分かる。
やはり、か。とおかしくなる。
こまかな感じようの襞ひだは娘のわたしではわからない。
父がいない今も、心に父がいるのだな。


足りないと思ふくらいで満足感

連句やりはじめの頃、丸写しした一巻のなかのどなたかの一句。くらいのいはゐかもしれない。

普段着でふらり甘縄初詣 薫

たしか発句はこれだった。

さあ弁当、洗濯、やりまひょか!

ちなみに脇は

行儀良く未墾の畑追ひ求め

かささぎっす。
まあ下品。

やっぱ、連句、そうとう好きなんだわ。
ちから、いれるんじゃなく、ぬくことを薫師は教えて下さった。

なんのかんので六時半。笑
五時前十分に起きたのに。

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