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2016年7月13日 (水)

ムスリムの国々  パキスタン

パキスタン(1)

   橋爪章

かつて「西パキスタン」であった現「パキスタン」の正式国名はパキスタン・イスラム共和国(Islamic Republic of Pakistan)です。
「パーク」はペルシア語で「清浄な」という意味で、~イスターンはアフガニスタン、ウズベキスタン、カザフスタン、タジキスタン、トルクメニスタン、キルギスタンと同じく「国」を意味します。
「国」をデシュと表すのが自然なベンガル語圏の地域を「東パキスタン」と称させたこと自体に無理があり、後にバングラデシュが分離独立したのは当然のことだったのかもしれません。
パキスタンは、1947年にイギリス領インド帝国から独立し、英連邦王国パキスタンとなりました。
独立後まもなくの第一次印パ戦争を経て、1956年に共和制に移行し、国名がパキスタン・イスラム共和国となりましたが、1962年にはパキスタン共和国に改められました。
1965年の第二次印パ戦争、1971年の第三次印パ戦争を経て、1972年に東パキスタンがバングラデシュとして分離独立しました。
西パキスタンは国名を再びパキスタン・イスラム共和国に戻し、現在に至っています。
パキスタンの人口はバングラデシュ人口を上回る世界6位の1億9千万人です。
アフガニスタンからの移民が急増し、出生率も高いため、国連の推計では2050年には約3億4千万人になり、インドネシア、ブラジルを抜き、中国・インド・米国に次ぐ世界第4位の人口大国になると予想されています。
面積は80万km²で日本(38万km²)の約2倍です。
北西はアフガニスタン、西はイランと国境を接し、国土の中心をインダス川が流れる肥沃な地域です。
 

パキスタン(2)

 
1978年4月、隣接国のアフガニスタン共和国で革命が起き、社会主義体制のアフガニスタン民主共和国が誕生しました。
その際、ムジャーヒディーン(イスラム義勇兵)が蜂起し、アフガニスタン紛争が始まっています。
1979年2月には、もうひとつの隣接国のイランで革命が勃発し、11月にイランのアメリカ大使館人質事件が起きています。
ソ連はソ連国内へイスラム原理主義が飛び火することを恐れ、12月にアフガニスタンへ軍事侵攻を開始しましたが、ソ連を封じるため、アメリカCIAはパキスタン経由でムジャーヒディーンへ大量の武器を供与しています。
結果としてソ連は撤退に追い込まれましたが、大量の武器を手にしたムジャーヒディーンがタリバーンとして台頭し、アルカーイダが誕生しています。
一連の紛争を通じ、パキスタンにタリバーン勢力が浸透しています。
2011年、首都イスラマバード郊外でアルカーイダの指導者ウサーマ・ビン・ラーディンが米海軍特殊部隊に殺害され、アフガニスタン駐留の国際治安支援部隊とNATO軍は北西部の検問所を越境攻撃していますが、アルカーイダを制圧するためとはいえ、主権侵害を繰り返す異教徒勢力に対する反発心がパキスタン国民の間に育っています。
なお、パキスタンは1998年に地下核実験を成功させており、イスラム勢力も核兵器を保有することとなっています。
パキスタンは核拡散防止条約(NPT)に加盟していない核兵器保有国です。
(パキスタンが開発をしていた核爆弾はウラン型でしたが、1998年の核実験ではプルトニウムが大気中に検出されたので、この核実験は、北朝鮮が開発していたプルトニウム型核爆弾の代理実験であった可能性が高いとニューヨーク・タイムズ誌は報じています。)

パキスタン(3)

 
アメリカは、隣接国(インド、イラン、アフガニスタン)の抑止のため、パキスタンへ軍事支援を続けており、歴代政権は親米路線を堅持しています。
2001年の米国同時多発テロ事件に際し、アメリカはパキスタン政権へ、タリバーンの聖域になっている部族地域の制圧に協力することを迫りました。
パキスタン政権は、米国に協力することに伴う経済支援等の見返りを期待し、アメリカへの協力を決断しましたが、この決断に対し、イスラム教徒への異教国の攻撃に反感を持つ国民の不満が抗議行動として頻発しています。
パキスタンは、憲法によりイスラム法に則った国家運営が行われており、バングラデシュよりもイスラム国家としての色彩が強く、国民の圧倒的多数がイスラム教徒です。
イスラム批判やイスラム教徒の改宗は法によって禁止されており、違反した場合の極刑は死刑です。
政権がいかに親米路線であろうとも、キリスト教国の軍人が国内地域を攻撃することを受け入れることはできないでしょう。
近年は、米国への牽制として、パキスタンは中国への接近を強めています。
中国とは対インドの利害を共有し、ミサイル技術供与、通信衛星打ち上げ、原子力発電所の建設などの支援を受け入れています。
パキスタンと中国の間にはカラコルム・ハイウェイが通じ、国境貿易が行われています。
自由貿易協定も締結され、多数の中国企業が進出してきています。
中国とのビジネス拡大に伴い、中国語ブームが起きています。
日本とパキスタンの関係は1958年の外交関係の樹立以降は良好でしたが、1998年の核実験により関係が悪化し、2005年までODAの見合わせとなりました。
パキスタンの一人当たりのGDPは1300ドルであり、バングラデシュより高水準であるとはいえ、世界平均の1割にすぎません。
国民の半数以上が1日2ドル未満で暮らす最貧国ですので、政権は先進国によるODAを切望しています。
しかし、敬虔なイスラム教徒であるパキスタン国民にとっては、他教徒による国際協力活動は、本心ではウェルカムではないかもしれません。
私も、ODAの本格再開後の2006年3月に、プロジェクト案件の事前調査のため、タリバーン聖域に近いペシャワール地方はじめ、パキスタン国内各地を訪問しましたが、安全を配慮して、ホテルやレストランは欧米人が利用する高級な所に偏らざるを得ません。
しかし、国民の反米感情が強く、利用した高級ホテルが後日焼き討ちされたりと、危険と隣り合わせの調査でした。
復興援助のためにアフガニスタンへプロジェクト案件の調査に行った際には、利用を予定していたホテルにロケット弾が撃ち込まれ、急遽、宿泊先を変更したりもしました。
国際治安支援部隊の車両が狙われて攻撃されたばかりの幹線道路の事件現場を、目的地へ到達するために通過せざるを得ない場面もありました。
国際協力の現場では、多くの日本人が、命懸けで働いています。
誰も好んで命を棄てたいとは思いませんが、日本国内で生活しているより死亡リスク(死亡確率)が数十倍高いことは覚悟の上です。
 
▽かささぎ日誌
ものすごい雨が夜中ふっていた。
いまもつづいている。
こないだの選挙、はじめて公明党の候補者にいれた。
そのひとは女性でわかく、しかも元外交官だったから。
はじめてではなかろうか。
感情ではなく、政治に理性と知性をもとめる。

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コメント

テロのおかげで身体スキャナーの導入がはやまる。
新千歳と福岡にもいれるそうだ。
こういうトラブルも起きるのかな。

≫私も、ODAの本格再開後の2006年3月に、プロジェクト案件の事前調査のため、タリバーン聖域に近いペシャワール地方はじめ、パキスタン国内各地を訪問しましたが、安全を配慮して、ホテルやレストランは欧米人が利用する高級な所に偏らざるを得ません。
しかし、国民の反米感情が強く、利用した高級ホテルが後日焼き討ちされたりと、危険と隣り合わせの調査でした。


思えば、乙さんはJICAの一員として、多くの途上国に出向かれた経験がおありでしたね。
ISのテロ行為が激しさを増してきました。

≫ソ連を封じるため、アメリカCIAはパキスタン経由でムジャーヒディーンへ大量の武器を供与しています

対ソ連としてのアメリカ国の行為がアフガニスタン紛争の根源になってるという事実にびびります。
なぜなら、いま阿部内閣が必至でやろうとしている憲法改正も、アメリカからの圧力が根底にあるように思えるからです。
今回の参議院選に投票するにあたり、わたしは「3分の2」を意識して投票しました。
もちろん、わたしだって、憲法9条があるから戦争には巻き込まれないという神話は信じておりません。9条を活かすためには、自衛力をつけておかねばならないことも認識しているつもりです。中立国を謳うスイス共和国の軍事力は半端ないとも聞きます。自国を守るのは自国しかない。トランプさんが言う通りです。

世界ナンバーワンを自負するアメリカが戦争を起こさせるために暗躍する。それがこわくてなりません。

せいこさん
コメントと引用、ありがとう。
わたしはまだよく読んでいないんだ
朝ばたばたしたなかでシーンとしたこころで数分の作業。
申し訳ありません

トランプさんのいわっしゃることは、むかし、こどもごころに思っていたこととおなじで、あちゃー、アメリカンひとも、おんなじこつおもわっしゃるとやねえ。ち、おもいました。日本への思い。

4人の女性、62歳が二人と67歳がひとり、61歳がひとりの中で憲法改正のことが話題になった。
ひとりの女性が淡々と、でも真剣な口調でおっしゃった。
「国を守るために武力行使するのであれば、いつまでも戦争のない世界は訪れない。日本は戦争放棄すべきだ。軍隊をもつべきではない。そしてそのことを世界に向けて宣言すべきだ」

いろんな考え方がある。
どれが正解なのかわからない。

わたしだって、戦争はすべきではないと思ってる。でも、自分の暮らす国が理不尽な形で攻撃されたとき、国はどうやって国民をまもるのか、やっぱりそこに目が行く。
近隣諸国ときちんと対話ができるのなら、話は別だけどね。


せいちゃん。
ひとつわかるのは、せんそうはもうかるらしいことです。
破壊したら、再生が必要だから。

ヨーロッパ、怖くて覚悟がいりますね。
さ。残業しよ。

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