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2016年7月10日 (日)

ダッカテロが起きたバングラデシュへの日本の国際協力

バングラデシュ(5)

 

橋爪 章

南アジア地域における日本の援助実績(2014年)は次の通りです(単位:百万ドル)。
国     名 無償資金 技術協力 円借款貸付 貸付回収額 支出純額

イ  ン  ド   1.15 41.35  1407.58  -745.27 704.81

 

バングラデシュ  17.36 43.37 344.93 - 97.97 307.70

 

    カ  33.25 19.89 275.44 -195.10 133.49

 

    ン  55.15 13.79 211.50 - 36.14 244.30

 

ネ パ ー ル  34.72 20.95 9.65 - 8.96 56.37

 

ブ ー タ ン   4.68 8.88 2.29 0 15.85

 

    ブ   2.27 2.14 0 0 4.41

 
南アジア地域ではバングラデシュはインドに次ぐ援助額です。
技術協力はインドを上回って南アジアトップですが、無償資金協力はパキスタン、ネパール、スリランカを大きく下回っています。
バングラデシュへは、円借款が大きなウェイトを占めていますが、これは、経済開発がある程度進んだ国との二国間協力のパターンです。
ネパール、ブータン、モルディブでは無償資金協力のウェイトが大きくなっています。
 
 
    
              
2010年以降のバングラデシュへの日本のODAは次の通りです。
【技術協力(概算2億円以上)】
<教育分野>
201011月~201611 小学校理数科教育強化計画フェーズ2
<保健医療>

20117月~20166 母性保護サービス強化プロジェクトフェーズ2

20116月~20165 顧みられない熱帯病対策-特にカラ・アザールの診断体制の確立とベクター対策研究プロジェクト 
<水資源・防災>
201412月~201811 公衆衛生工学局総合能力強化プロジェクト 
20144月~20193 高潮・洪水被害の防止軽減技術の研究開発プロジェクト 
20139月~20168 持続的な水関連インフラ整備に係る能力向上プロジェクト 
20113月~20153 自然災害に対応した公共建築物の建設・改修能力向上プロジェクト 
<ガバナンス>
20161月~20211 中核都市機能強化プロジェクト 
201311月~201611 公共投資管理強化プロジェクト 
20122月~20171 TQMを通じた公共サービス改善プロジェクト 
<情報通信技術>
20153月~20178 教育テレビ設立支援プロジェクト 
201210月~201512 ITEEマネジメント能力向上プロジェクト 
<都市開発・地域開発>
201210月~201312 バングラデシュ国中核都市包括的開発機能強化プロジェクト 
【有償資金協力】(円借款)
<保健医療>
借款契約調印:20121 母子保健改善事業(保健・人口・栄養セクター開発プログラム)(フェーズ1 
<水資源・防災、農業開発/農村開発、水産>
借款契約調印:20146 ハオール地域洪水対策・生計向上事業
借款契約調印:20133 カルナフリ上水道整備事業(フェーズ2 
借款契約調印:20115 クルナ水供給事業 
<運輸交通>
借款契約調印:20133 カチプール・メグナ・グムティ第2橋建設・既存橋改修事業(1 
借款契約調印:20133 バングラデシュ北部総合開発事業 
借款契約調印:20132 ダッカ都市交通整備事業(1 
借款契約調印:20115 パドマ多目的橋建設事業 
<資源・エネルギー>
借款契約調印:20146 マタバリ超々臨界圧石炭火力発電事業(1 
借款契約調印:20146 天然ガス効率化事業 
借款契約調印:20132 ベラマラ・コンバインドサイクル火力発電所建設事業 
借款契約調印:20132 全国送電網整備事業 
<民間セクター開発>
借款契約調印:20115 中小企業振興金融セクター事業 
<都市開発・地域開発>
借款契約調印:20146 包括的中核都市行政強化事業 
【無償資金協力】
<水資源・防災>
贈与契約:20156 ダッカ及びラングプール気象レーダー整備計画 
贈与契約:20132 地下水調査及び深層帯水層水源開発計画 
<運輸交通>
贈与契約:20143 航空保安設備整備計画
<農業開発/農村開発>
贈与契約:20126 食糧備蓄能力強化計画 
<環境管理>
贈与契約:20155 廃棄物管理機材整備計画
 
71日(現地時間)に発生した襲撃事件では、これらの実施中のプロジェクトではなく、ダッカにおける都市交通の状況を改善するためのインフラ事業の事前調査に参加されていた方々が犠牲となりました。
 
    
    
    
    
かつて独立前後の時期、100万人近いバングラデシュ人が難民となってインドへと流出していますが、現在はむしろ、他国からイスラム教徒などを難民として受け入れています。
人口はイスラム教徒一色ではなく、ヒンドゥー教徒はじめ他教徒が1割程度、平和裏に共存しています。
人口の増加は沈静化してきており、1992年に4.18であった合計特殊出生率は、2011年には2.11まで減少し、南アジアで最も人口増加率が低い国となっています。
女性の自立と貧困の改善については、グラミン銀行による貧困層への低金利融資事業(マイクロクレジット)が大きな貢献をし、2006年にグラミン銀行と創設者は「貧困層の経済的・社会的基盤の構築に対する貢献」によってノーベル平和賞を受賞しています。
教育については、義務教育は小学校5年までで、識字率は6割弱です。
衛生については、水を媒介として、コレラや赤痢などがたびたび流行していましたが、改善のために井戸の整備が進められています。
しかし、土壌が高濃度にヒ素汚染されていることが判明し、井戸の普及とともに新たな課題となっています。
 
人口の4分の1以上にヒ素中毒やヒ素による発癌のリスクがあります。
 
 
 
 
 
    
    
    
ヒマラヤ山脈を水源として西から流れるガンジス川が低地で他河川と合流して、流域面積173万平方キロメートルのデルタ地帯を形成しています。
豊富な水資源と豊かな土壌の世界有数の恵まれた地域ですが、多発する自然災害、政府の統治能力の低さと政治腐敗を因として、現在はアジアの最貧国です。
バングラデシュの一人当たりのGDPは千ドルを下回っており、世界水準の1割以下です。
貧困層は国民の75%を超え、日本の人口に匹敵する約1億2千万人が1日2ドル未満で暮らしています。
近年は労働力の豊富さ、アジア最低水準の労働コストの低廉さ(中国の3分の1)に注目した、多国籍製造業の進出が著しくなってきています。
繊維工業は、繊維生産が不振となった韓国や香港からの投資をきっかけに、1970年代から発展しています。
バングラデシュの輸出の8割は繊維製品です。
中国は、インフラ整備(幹線道路の工事、発電所の建設、橋の整備等)への投資により、官民あげてバングラデシュへの関与を強めています。
農業、軽工業が発展しても、圧倒的な人口過剰により、失業率は40%を超えています。
労働コストが低い所以ですが、過剰労働力は労働力輸出となり、出稼ぎ労働者は40万人を超えています。
出稼ぎ先はイスラム教国が多く、貧困層とイスラム過激派との接点が生まれやすくなっています。
今世紀初頭から、バングラデシュではイスラム過激派対策は政治上の重要課題です。
なお、日本にも、約1万人のバングラデシュ人が働いています。
イスラム過激派とは無縁の人たちですが、可能性としてイスラム過激派との接点はあり得ます。
 

バングラデシュ人民共和国(People's Republic ofBangladesh)は、私が中学校で地理を習っていた時には「東パキスタン」でした。

1971年に独立して現在の国名になっています。
ベンガル語で、バングラは「ベンガル(人)」、デシュは「国」ですので、「ベンガル人の国」という意味です。
人口密度が高く(都市国家を除く世界一)で、人口は世界第7位です。
独立時に制定されたバングラデシュの国旗は緑地に赤い丸で、日本の日の丸の色違いです。
日本の日の丸を参考にしたとされており、日本とは縁がある国です。
この地方には古い仏教寺院の遺構があります。
初期の文明は仏教の影響を受け、仏教王朝が繁栄していましたが、12世紀にヒンドゥー教王朝に代わり、13世紀からはイスラム教化が始まっています。
経済の成長に伴い、イスラム教徒を中心に密林だった東ベンガルの開発が進められ、16世紀後半の東ベンガルはイスラム教徒が多数派となっています。
ベンガル地域は18世紀末にイギリスの東インド会社によって植民地化されました。
イギリスは東インド会社によってインド全域に支配を拡大して英領インドとして統治しましたが、ベンガル地域は綿織物やコメの輸出によりアジア最大のヨーロッパ向け輸出地域であり、大量の銀が流入し、「黄金のベンガル」と讃えられ、英領インドの中心的存在でした。
英領インドでは、1945年8月にコルカタ(旧カルカッタ)でイスラム教徒とヒンドゥー教徒の衝突で4千人以上が死亡するなど、イスラム教徒とヒンドゥー教徒の対立が激化していましたので、英領インドの1947年の独立に際し、ヒンドゥー教地域はインド、イスラム教地域はパキスタンとして分離独立することになりました。
こうしてインドを挟んで東西に1000km以上隔ててパキスタンというひとつの国家が生まれたのですが、東パキスタンはベンガル語、西パキスタンはウルドゥー語と言語の違いがありました。
独立後は、西側に偏った政策が実施されたために、東パキスタンと西パキスタンとに内乱(バングラデシュ独立戦争)が起きました。

西パキスタンと対立していたインドは東パキスタンの独立を支持し、第三次印パ戦争でインドが勝利した結果として、東パキスタンは1971年にバングラデシュとして独立することとなっています。

(転載記事)

▽かささぎメモ

ネットで集めた記事

「日本人はすぐ殺された」 
ダッカテロ 
店員が証言

[2016年7月7日10時59分]

「日本人男性と一緒に隠れた」。バングラデシュ飲食店襲撃テロで、人質だった30代のバングラデシュ人店員が7日までに共同通信のインタビューに応じ「日本人客の大半はすぐに殺害された」と証言した。

 一緒に冷蔵室に隠れた男性は見つかって撃たれ、テーブル近くでは4~5人の日本人遺体を目撃。テロ直後に何が起きたのか、日本人の悲劇の様子が初めて明らかになった。

 首都ダッカで外国人に人気の飲食店「ホーリー・アーティザン・ベーカリー」。1日夜、店員は食材を取るためホール奥の冷蔵室に入っていた。近くの大テーブルでは日本人グループが食事を楽しむ光景があった。突然、銃声が聞こえた。慌てて外を見ると、銃を構えた男たちや逃げ出す客の姿が。「閉めないで。私も入れて」。大混乱の中、日本人が駆け寄り、2人は冷蔵室に隠れた。

 中は寒く、一緒にスクワットをしながら体を温めた。2時間近く声を潜めていたところ、「誰か残っていないか確認しろ」と声が聞こえ、実行犯が近づいてきた。ドアを開けられないよう必死に2人で取っ手をつかんでいたが、強引に開けられた。

 命乞いする店員に、ドアの前でロハン・イムティアズ容疑者(20)は「大丈夫だ。向こうへ行け」と命令。階段の方に向かう途中、日本人グループのテーブルのそばで「4~5人の日本人遺体が見えた」。その時、背後で2発の銃声が聞こえた。振り返ると、一緒に隠れた日本人が血を流して倒れていた。

 「彼は若かった。冷蔵室で名前を名乗ったが、覚えていない」

 店内を移動中、客席と外のテラス席で外国人の遺体が見えた。「重傷のインド人女性がうめき声を上げていたが、実行犯は刀で無慈悲に切り付けて殺した」

 実行犯らはいずれもTシャツ、ジーンズ姿。「とても落ち着き、流ちょうな英語とアラビア語で会話したり、携帯で話したりしていた」。リーダー格とされるニブラス・イスラム容疑者(22)は「ベンガル人は安心しろ」と声を掛け、ミア・サメ・ムバシール容疑者(18)は「頻繁に誰彼なくあいさつし、異常な様子だった」という。

 翌日朝、実行犯が笑った。人質の地元客を解放後、イムティアズ容疑者は店員らにイスラム教の聖典「コーラン」の一節を解説。「われわれも、これから死ぬ」と笑顔で別れを告げた。武器を手にして実行犯らが外へ出ると、彼らの向かう先に装甲車や兵士らが見えた。2階へ逃げようとすると、激しい銃撃音が辺りを覆った。店員はしばらくして兵士らに保護された。

 「日本人には良い印象しかなく、残念でならない」とうつむく店員。身元が分かれば危害が加えられる恐れがあるとして、匿名を条件にダッカ郊外で取材に応じた。(共同)

ダッカテロ犠牲者の通夜と告別式営まれる

http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye2816931.htm

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コメント

バングラデシュのヒ素汚染

惹き起こしたのは国際協力の井戸水だったという
難しいなあ
👇

中学、高校と一緒だったつじまさじくんは、大学卒業して某商社に勤務しました。就職後、二年か三年くらいして、海外勤務となったのですが、派遣先がバングラデシュでした。
同級生だったので、良く手紙のやり取りをしていたのですが、娯楽施設が何もないから夜の時間を持て余していると書いてあったことと、水道はあるものの、清潔な水は一切無く、思い切り生水が飲みたいと書いてあったことを不意に思い出しました。

ふうん。
つじあやのさんなら知ってるが。
なまみずなまたまごはダメダメなんだね。

熊本の地震で従姉妹がいうとった、濁り水を沸かして
風呂に入ったって。のむのはダメダメ。

生水が危険なのは、いまや、世界各国で言えましょう。
広川の井戸水も決して安全ではないとオットが言う。
井戸水より、上水道の水の方が安全。
カルキ臭かろうが井戸水よりマシなんだと。
こんなに田舎に住んでるのに、悲しいことじゃのう。

そういえば。
井戸水、一度も検査したことない。
なんかね、バングラデシュの橋爪先生の記事みて、国際協力して、井戸水を汲み上げ、一件落着のはずが、ヒ素汚染をひろげていた、というの、少なからずショックだった。
よかれと思ってやったことが。
井戸水には清浄なイメージしかありませんよねえ。なんとなく。
毎日スチコン梱包する際、軟水器をつけます。原水のままだと具合がよくないっちゃろうが、どこがどう違うのか、まだ調べていません。

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