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2016年7月21日 (木)

ムスリムの国々  トルコその2

トルコ共和国(2)

   橋爪章

  

トルコの宗教構成は、人口の99%以上がイスラム教徒です。
その他の宗教には東方正教会などがあり、信徒数はごく少数ですが、東方正教会の総主教がイスタンブルに居住しており、トルコに東方正教会の中心地があります。
イスラム教では飲酒が禁じられていますが、トルコでは飲酒は自由です。
ワインやビールも製造されています。
この点でも他のイスラム教国とは一線を画しています。
トルコ国民が親日的であることも、他のイスラム教国とは異なります。
19世紀のエルトゥールル号遭難事件での日本の対応がトルコの教科書で称賛されているためですが、多くの日本人はエルトゥールル号遭難事件を知りません。
1887年の小松宮彰仁親王のイスタンブル訪問への返礼として、オスマン帝国は1890年にエルトゥールル号で使節を日本へ派遣しました。
使節は明治天皇へ親書などを手渡した後、帰国途上に和歌山県沖で台風で沈没し、500名以上の乗組員が死亡しました。
この時、和歌山県の住民が救援に駆けつけて69名が救出され、明治天皇は医師と看護婦を派遣し、翌年、生存者は日本海軍によりオスマン帝国に送還されました。
1892年には日本各地で集められた義捐金が届けられています。
この事件の十数年前、オスマン帝国はロシアと戦争をしています。
この事件の十数年後は、日本がロシアと戦争をしています(日露戦争)。
ロシアは共通の敵であり、日露戦争で日本が勝利したことを、オスマン帝国では自国の勝利のように喜んでいます。
第一次世界大戦では、オスマン帝国と日本とは敵対国となりましたが、トルコ共和国が成立した直後の1924年には日本とトルコの国交が樹立されました。
トルコの近代化では、日本の明治維新を手本にして諸改革が行われています。
第二次世界大戦でも、連合国の圧力により、トルコは1945年に日本に宣戦布告していますが、国内世論は宣戦布告に反対で、日本に対して何ら軍事行動は行われていません。
第二次世界大戦の戦後処理でも、トルコは日本に対する賠償金の請求を行っていません。
1985年のイラン・イラク戦争では、トルコ航空機が出動して200名以上のイラン在留邦人を救出しました。
経済的には、トルコの貿易は欧米や中国に向いており、日本とトルコとの相互依存関係は強くありません。
日本に対する最大の輸出品目はマグロと衣料品で、日本からの最大の輸入品目は乗用車と自動車用部品です。
日本とトルコとの関係は、経済的な絆でなく精神的な絆が大きいようです。
トルコには、柔道や空手道の道場も非常に多いのだそうです。
 
▽かささぎ日誌
こいけさん。
エジプト語がしゃべれるの?
すごいね。
ねえねえ。あれみた?
hope
ロシア語がわかる女子がでてきましたよね。
おもしろかったなあ。
一流大卒の新入生のなかで、さあ、どうたたかう。高卒男子。
 

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