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2016年5月16日 (月)

久留米界隈

久留米界隈
久留米界隈

日曜日、3時前にふと思いたち、
世界から猫が消えたなら をみてきた
冒頭二十分みそびれた

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コメント

映画、TSUTAYAくんと、滝が良い。

もう見てきたんね。
泣けたろ?
観る価値ありと思うが迷うなり。

せいちゃん、みにかんでちゃよか。笑。

あたしは瀧がきになっていてさ。
おのださんのさいごのくしゅうに、

牡丹散るナイアガラならなお寂し

というのがあって、それがずっとひっかかっていて。
さびし、淋し、だったかもしれない、要確認。
映画自体はなみだでそうででないような。
緊張感、もうすぐしぬんだ、ということでさえも、どこか緩いのが現代なんだね。

64をみるかせかねこをみるか、まようも、たきをみようとおもって。でも肝腎なところをみそびれたようで、あまりわからんかった。
映画がいくつもでてくる、それをみつけて、みたくなる。主役は、きっと、それかな。
そして、らんさんのすきな、ねこ!
あめにうたれたねこをたおるでくるんで、ぴんでとめたのが、とてもかわいかった。

あまりかなしくなかったのは、たぶんね、なにも思い残すことがなく、人との関係性においても、愛し愛されてきたから、。元カノはでてきますが、思い出のなかの恋だから、主人公は若いのになんとなくさめている。
時代だなあ。
父親役の奥田瑛二が、赤ん坊に、生まれてきてくれてありがとう、っていうところ、しみた。ときがびゅんびゅん移り変わるから、話を自分で組み立てなければなりませぬ。
ごくふつうの日常のなかで、シを描くとは。母親の死。自分の死は最後まであたまのなかの思いとして描かれる。
うん、やっぱ、みるべし。ちなみに還暦世代、千百円。

母親の死はけっこうでかいよ。
このまえの結社の大会で、胸うたれた一首。

  ふじ、紅玉、シナノスイート 死が近き母に一縷のりんごを擦りし  /氏家長子


いまね、短歌への意欲が激減してるさなかなんだわ。
このところ、短歌ができん、詠みたくもなければ、読みたくもない。
なんで急に歌への意欲がなくなったんだろと思ってて、ふと気づいた。母がいないからだと。
わたしは自分のためにでなく、母のために短歌を続けていたのかもしれぬ。母が喜ぶことだから、きつくても詠みつづけてきた。
いいにつけわるいにつけ、わたしのうたにいちばんの関心を寄せてくれた読者がいなくなったこと。たぶん、これが最大の理由かなあ。

もちろん、短歌は好きだ。
ライフワークだと信じてるよ、いまなお。
だから、焦らず、自分のために、たのしみながら短歌を詠める日を待ちたい。

そうなの。
あたしはまるきり俳句したくない。
やめようかとさえおもうほど。
なんとなく始めなんとなくやってるだけだわ、たぶん。


お久しぶりです。お二人の口からそんな言葉を聞くとは。
でも、親を亡くして初めて気が付くことも多いね。
主人は先月父を亡くしてから毎日父と向き合っています。ビデオ撮影が生きがいだった父が遺した膨大な量のVHSを劣化しないようにと、小さなモニターで見ながらDVDにダビングしているのですが、まるでそれは父と語らっているように見えます。忙しいを理由にあまり話をしなかったことを悔いながら、ちょっと遅い親孝行をしています。

父は自分のお葬式用のビデオも作っていました。生まれた時からの写真を編集し、最後に自分の口で皆さんにお別れを言い、残る家族のことを頼む挨拶を撮っていました。
父のビデオ仲間からその存在を教えられた私は、その日まで誰にも言わず、お通夜の日そっと準備をし家族に見せました。主人は「やっぱり僕は親父にかなわない」と驚き、また、周りの人から父の話を聞くにつけ、自分がいかに父を知らなかったのか、また反対に父からいかに自分が影響を受けていたのかを知ることになったようです。
今はみんなまだ忙しくて、母も気丈にしていますが、いつかふと父の不在を実感として身に染みて気づく時が心配です。

たからさん
そうですか、すみ先生は亡くなられたのですね。
訃報に気づかず、失礼しました。
そのビデオ、みたいです。
いつか見にゆきます。

南中の中庭で、まだ若いすみ先生と古賀先生を左右に、写っている写真がありました。はたちの頃だから、41年も昔です。すみ先生と古賀先生は英語教師でいらしたから、でしょうね。
まさか息子さん一家とご近所さんになるとは。

ゆっくり話したかですね、

たかひろがカネオクレというので、時間なくなりました
ごめんなさい

すーみーくんによろしく、
ガンバレガンバレ

そんな写真があるんですか?
縁を感じますね。私もゆっくりお話がしたいです。

お別れのビデオは45分もあります。お父さんらしいゆっくりテンポです。

エールをありがとう。

たからさん、この度は心よりお悔やみを申し上げます。
近くにいるのに存じあげなくてごめんなさい。
お義父様のご冥福をお祈り申し上げます。
またゆっくりになったら連句をしましょうね。

たからさん
えめさん

こうしろう先生はたしか91でした
すみ先生も91だったのでは?

つつしんでお悔やみを申し上げます

せいこさんブログについ書いてしまいました⬇

夏になったら、連句を巻こうよ

エメさん、ありがとうございます。
お葬式の翌日があの大地震で、頭が混乱したまま日々が過ぎていきました。
お葬式の後もいろいろすることがあって忙しいものですね。
またいつか誘ってくださいね。

あら、よくご存知ですね。はい91才でした。

mariさん

ご無沙汰しています。
私も何も知らなくて、失礼しました。
私の父もなくなってからもう40年ぐらい。
いまだに縁側での光景を思い出します。

すみ先生がお父様と語られている時間が大事ですね。
お父様のご冥福をお祈りいたします。お会いしたことは一度もなかったんですけどね。

たからさん。
わたしからも、この場をお借りしてひとこと書かせていただきたく存じます。

御舅上が身まかられた由、こころよりお悔み申し上げます。存じ上げなかったとは申せ、お悔みが遅くなって申し訳ありません。
お仕事を抱えての看護、大変だったことでしょう。
不在の事実は49日を過ぎたあたりからしみじみと追いかけてくるような気がいたします。
お母様、これからさみしくなられることでしょうね。
たからさんご自身も、そしてお母様もお大事になさってくださいませ。

せーこさん ありがとうございます。
先のせいこさんのコメントに今の主人をだぶらせ、ついコメントした次第ですが、皆さんに心配をおかけしてしまいました。
父が亡くなった瞬間から、私がしっかりしなければという思いから泣けなくなっていましたが、皆さんの優しい言葉に、やばいです。いかんいかん。

主人は後悔先に立たずですが、せいこさんは短歌を通してお母様と同じ楽しみを分かち合い、親孝行されましたね。今のせいこさんがあるのもお母様のおかげですね。せいこさんの短歌の中にお母様が生きていらっしゃると思うので、これからもゆっくりながーく続けてくださいね。

そういう私は前から句がまったく浮かびませんが(笑)

ぼんさん、ありがとうございます。
せーこさんの前に早い時間にいただいていたんですね。ちょっと視野欠損があって(言い訳)気が付くのが遅くなってしまって失礼しました。
私も自身の父は22年前に亡くなっていますが、何年か前にTVでさだまさしの「案山子」を聞いているとき、突然父を思い出し号泣してしましました。「さびしかないか?お金はあるか?今度いつ帰る?」
私にはもういつ帰るかと聞いてくれる親がいないことに突然気が付きました。
生きているころは、実家が遠く、いつ帰るのかと言われるのがちょっと面倒でしたが、それはこんなにもやさしい言葉だったんですね。
親を忘れることはないですね。

たからさん

もらいなきしてしまいました、あっつい車中でおひるしたあとのことでごわす。
からだの不調どころではないでしょうが、医師の妻の不養生という言葉もあることですし、養生してくださいね。

地震でテント暮らしのかたがたは、さぞや暑いことでしょう。まどから風ははいれども。

命日は四月十二日でしたか?
地震のまえゆれが14. 高橋こうしろう先生の命日が24日
でした

たからさん。お久しぶりです。
わたしも、たからさんの言葉に胸が熱くなりました。

≫父が亡くなった瞬間から、私がしっかりしなければという思いから泣けなくなっていましたが、皆さんの優しい言葉に、やばいです。いかんいかん。

でもね、泣くときは泣かないとダメよ。
おとうさんのためにも、悲しむべきときは悲しむ。きちんと悲しみの儀式を終えないと、後からこころが重くなる気がします。
舅がなくなったとき、わたしも悲しみにひたるどころではなかったのね。姑もいるし、七日毎のお世話もあるし。泣いてなんかおれない気がしてて。
後からずしっと来るので気を付けてね。

亡き母のことはしょっちゅう思い出す。
悔いがいっぱいあって。
でも、もうくよくよせんことにした。
母はわたしをうらんではおるまいと思うことにした。
親子って、そんなものよね。

熱い中、熱中症にならないでね。
命日は11日、昼ごろでした。
葬儀は13日、水曜の午後になるのですが、ちょうど水曜の午後は休診日。主人は午前の診療を終えてからかけつけ、病院を閉めることなく葬儀ができました。その後の法事もすべて日曜日。
お寺さんも感心していました。「お父さん、よく考えられてますね」と。見事でした。
高橋こうしろう先生も同じような頃になくなったんですね。

せーこさん、今日私はパソコン仕事をしながらですが、悲しみの儀式をしています。
皆さん、泣かせてくれてありがとう。

たからさん

昨日午後うかがいましたが、そうか、日曜日ごとに法事でしたね。
落ち着かれたころに又まいります。

親、親族、高齢となり、誰かが入院してたりして、病院に見舞うことが増えました。
らんさんは今とても大変そうです。おくやみもいえぬまま、ごめんなさい、とのことでした。

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