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2015年11月 6日 (金)

高尚な話がお寺の建て替え談義になってしまった。ごめん。

コメント

菩提、とはなんていいこというのでしょう。
意味もわからんとにね、ほんなこつが。

イエが、まごこにのしかかるのであれば、それは、なにかをかえねばならないのだとおもうのよ、わたしは。ごせんぞさまは、決して、孫子がかなしむようなことはおのぞみではないはずだ。

むかし、こせきのしごとをしていたころ、日本国の戸籍法ってうまくできてるなあとおもってた。家族を夫婦単位でくくるやりかた、よくかんがえられてると信じてうたがわなかった。
いまは、ちがう。そうはおもわない。

夫婦別姓どころか、同性のパートナーが伴侶としてみとめられようとしているのだ。時代はかわった。時代がかわったのなら、戸籍法もみんぽうもかわるべきだ。そして、イエのありかたも、墓のていぎも、寺のありかたもかわるべきだとおもう。
うじをおなじくしない家族制度が市民権をえるとき、きっと寺も墓も変わるよ。かわらなきゃ。かわらなきゃ、やっぱり犠牲者と呼ぶにんげんがでるとおもう。

おしかりを覚悟でいうなら。
ニンゲンは死んだら無だよ。なーにものこらない。肉体がほろびたら、それでジエンドだとわたしはおもう。それでいい。それいじょう、なにをのぞむ?
たましいがあったとして。たましいは寡黙で寛大で。
しんだひとより、いまをいきるひとの都合をゆうせんさせても、お咎めにはならぬ。そうおもいたい。

》イエの犠牲になるとは考えてはならない。
うん、確かにそうだ。
家の犠牲になったと考えたら、被害者意識が生まれる。
そうじゃない。
被害者じゃない。
跡を継ぐには知恵と工夫が要る。知恵を出し、工夫をすればいい。それが出来る人だから、跡取りとして生まれた。それを自覚することが大事なのね。

うん。

せいちゃん、あのさ。
おてらのたてかえがあちこちであってる。
うちのおてらもたてかわったし(らっけいほうようをみとどけて、ごいんげさんはなくなられた)、すこしまえにみょうえいじもたてかわった。こないだいったくるめのおてらも工事中だった。
でも、あたらしいお堂も、やっぱりおんなじなので、まったく、なんというかな、つまんねえ!って、ほとけさんにはわるいけどさ、おもっちゃったよ。たてかわるいみがない。では、どうかわってほしかったのか。いすしきになってほしかった。としよりに正座はつらかろう。本堂をおもいきっていたばりにして、いすをならべる。・・こらこら、それは教会じゃん!このどあほう!!
と、こんなことをいうようでは、とても日本文化の継承はおぼつきません。文化はかたちだから。
とはいえ、かささぎ、あの寺院用のひくい座椅子は苦手なので、ちゃんとした椅子にすわりたい、いまの日本人は椅子でくらしている、それで、ネットでいす式のお堂をさがすと、あった。なんだあるんじゃん。ここ、なまえもおおよう、だいおうじ。↓
納骨堂のあるお寺、とかかれていますが、くるめの街中のお寺にも納骨堂があり、ロッカー式、二段仕様のがななじゅうごまん、だったかな、一段仕様ならよんじゅうごまん、だったっけ。きいた。たかい。のうそむらにくらべたら。でも、たぶん、そんなもんなんだろうね。てらだ、のうそむらは父たちの代から自主組織運営だけど、だんだん利用者がふえて、来年度から入会費を一気に三倍の15まんえんにするといってた。それでもやすいです。みなさん、おとくですよ。いらっしゃいいらっしゃい。ばしょは新442のすぐそばです。はっはっは。こらこら、こんなところでのうこつどうの宣伝をすんな。

おてらにはまだよめさんがこないし、おおっと、このいいかたは差別を助長する、ばってんほかにおもいつかんけん、ごめん、すいげつさんのことばでは、「ぼうもりさん」だった。僧侶のつまって重労働だからなあ。
きっとなにかを改善しないことにはいかんのじゃろう。
よめさんか。よそごとではありませぬ。うちにもふたりもいる、むすこが。
まずよめさんがきてくれんことには、まごもできん。
そうだ、どうしてもだめなときは、やめしのごえんあっせんしょにとうろくしよう。
いつも倫風をとどけてくださるかたのむすこさんは、そこでよめさんをみつけられました。とてもいいごえんだったそうで、うらやましいです。
(倫風は立正佼成会かな。ちがうな。早起き会だ。いぜん、整骨院ではたらいていたとき、中村先輩がもってきて、よませてくださっていました。それがなくなったら、ふしぎとまたとどけてくれるひとがあらわれた。きちんとよんでます)

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