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2015年10月 3日 (土)

これが正確なマチガイとヨミです。

これが正確なマチガイとヨミです。

落日をゆく 落日をゆく 真赤(あか)い中隊  富澤赤黄男

 評者: 澤 好摩

 昭和三十九年十一月下旬、東京オリンピックの
ほとぼりもさめらやぬ頃、第一回全国学生俳句連
盟大会が山梨県都留市の都留文科大学で行われ
た。このことは幾度も触れたので、詳しくは繰り
返さない。ただ一日目の行事が全て終わったあ
と、都留大の俳句会会員の各下宿に文宿というこ
とになった。私と坪内稔典を含む四、五人が都留
大俳句会の会長の六畳一間の下宿に泊まった。
炬燵を囲んでの俳句談義が真白に霜の下りる未明ま
で続いたのを憶えている。その時、坪内が、わが
郷里からは富澤赤黄男という俳人が出て、「落日
をゆく 落日をゆく 真赤い中隊」などという句を
書いていると紹介した。冨澤赤黄男のどの句集に
も採録されていない句だが、私はこの句から感電
したかのようなショックを受けた。当時、私は
大学二年生だったが、わが俳句会は写生句が殆ど
で、私の貧しい俳句認識からは、こんな句のある
事が信じられなかったのである。私が俳句に惹
かれるようになるキッカケが、まさにこの句だった。

以後の大学生活は俳句が中心となり、各大学の
俳句会との交流をしているうちに、学生生活は
終わった。富澤赤黄男への関心は、やがて高屋窓秋
、渡邊白泉といった新興俳句の作家たちに及び、
また、二十代に出逢い、かつ、指導を仰いだ俳人も、
伊丹三樹彦、桂信子、高柳重信と、みな新興俳句の
流れを汲む俳人だった。
まことに私の俳句覚醒の一句が、極私的昭和俳句
ということになる。

 俳句誌『円錐』66号43頁転載
特集・昭和が遠くなりません

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