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2015年9月29日 (火)

受診が遅れる理由

受療行動(3)

   橋爪 

入院患者の入院時の状況については、「緊急入院( 外来を受診してすぐ) または救急搬送」が41%、「予定入院(予約をしてからの入院) 」は57%です。
「予定入院(予約をしてからの入院) 」と回答した者について、入院までの期間(入院が必要と診断されてから実際に入院するまでの期間)は、「1週間未満」が39%、「1週間~1か月未満」が35%、「1か月~6か月未満」が16%でした。
入院までの期間が1週間以上の者について入院までに時間がかかった理由は、「ベッドが空いていない」が27%、「自分や家族等の都合」が20%でした。

受療行動(4)

外来患者が受診した病気や症状を初めて医師に診てもらった時、「自覚症状があった」は69%、「自覚症状がなかった」は25%でした。
「自覚症状がなかった」と回答した者の受診した理由は、「健康診断(人間ドック含む)で指摘された」が41%、「他の医療機関等で受診を勧められた」が23%でした。
「自覚症状があった」と回答した者について、症状を自覚した時から受診までの期間は「1~3日」が最も多く、受診までの期間が1週間以上となった者の理由は「まず様子をみようと思った」が最も高くなっています。
「自覚症状がなかった」と回答した者では、受診理由が生じた時から受診までの期間は「1週間~1か月未満」が最も多くなっており、受診が遅れた理由は「医療機関に行く時間の都合がつかなかった」が最も高くなっています。

(保健医療経営大学前学長橋爪章ブログ転載)

▽かささぎ日誌

にちようび、お寺に参りました。

いただいた同朋新聞10月号に、九州大谷短大の先生が書かれていた一文「聞く」ということ」がありました。
仏法はむずかしい、とよくいわれるが、わかるということはそれほど大切なことなのか?
と語り出され、哲学者鷲田清一氏のことば「わからないことをわかることで歪めてしまわないこと」が大事だとひいておられる。

なかほどを全文引用します。(じぶんのために。)

昨年の事ですが、あらためて「ああ、聞くということはこういうことなんだ」と気づかされたことがありました。九州大谷短期大学の仏教学科は、日本にある短期大学の中でいちばん定員が少ない学科です。定員が十名です。その十名の学びは、学生も教員も共に学んでいく雰囲気に溢れています。春には二泊三日の合宿を行います。お互いに語り合い、これからの学びの方向性をともどもに考えていきます。その合宿の講義の中で学科長の三明智彰(みはるとしあき)先生に教えていただいた次の言葉が忘れられません。源信僧都の『往生要集』に引かれている言葉です。

 

 阿難言わく。善知識はこれ半因縁なりと。
 仏(ぶつ)言(のたま)わく。
しからず。これ全因縁なりと。

 

阿難がいいました。仏教を学ぶきっかけの半分は先生からいただいているのですね」。恐らく阿難は、多く見積もって「半分」といったのでしょう。けれども、それに対して釈尊はおっしゃった。「違うよ。半分ではなく、全部だ」。

 

 仏教を学ぶきっかけ、つまり私が仏法を聞く原因はすべて先生にあるのであって、私自身の原因は微塵もないのです。そんなことは私の頭で考えても「わかる」ことではありません気づくしかない。教えていただく、聞かせていただくしかないのです。
それは「わかる」とか「わからない」ということを超えている。これが「聞く」ということなのでしょう。
(以下略)

随想「 私たちのよりどころ~三帰依文に聞く 」第三回

 吉本信暁・文

三明智彰;

1954年、弘前市に生まれる。早稲田大学教育学部国語国文科卒、東京大谷専修学院卒。大谷大学大学院文学研究科真宗学専攻博士後期課程単位取得満期退学。大谷大学助教授、愛知新城大谷大学教授・社会福祉学部長を経て、九州大谷短期大学教授・副学長。九州大谷真宗研究所所長。明教寺住職。量深学場主宰(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
親鸞の阿闍世観 苦悩と救い』より

おてらにいったこと、おときのこんだて、ここにかきこみました。
みてください。

水月さんの『天上の月影』http://blog.goo.ne.jp/water-moon-1718/e/956f9e388362c3f8d4d853b1fb5ae0c8?st=0#comment-form

ところで、人が病院をえらぶことに理由があるように、人がその病になることにも理由があるのだろうか。

このやまひえらぶ理由や律の風

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コメント

かささぎさま

私の方からコメントを返そうとするのですが、なんだかエラーになって、よくわかりません。そこでこの場をお借りします。

コメントありがとうございます。
精進料理のおときのようですね。お疲れさまでした。
私どものお寺でも昔、昔といっても、つい十五年ほど前までですが、おときがありました。しかしいまはもうすたれてしまいました。なんだか御縁を遠のくようで、さびしいかぎりです。
えにしは、まさに不思議としかいいようがありません。こうしてかささぎさまと知り合ったのも行空がきっかけといえばきっかけですが、不思議なえにしですね。

すいげつさん、なんばしよっとじゃん。
しぇからしかね。うちがしちゃるたい。
・・・ち、おもいましたばってん、さすがに手が
そこまではながくないので、できまっせん。

じりじりと時代においつめられておてらのぎょうじもこのさき、どうなることか、とあんじております。
らいねんは、わたしがわたしの班の組長だけど、つとまるじゃろうか。

今年は検診で、内科受診を勧められました。
アルフォスの数値が上昇しているからです。
アルカリフォスファターゼ、記憶では275ありました。
いくつまでが正常だったかなあ。男女で違うのでした。
これは肝機能に分類されていました。
ほかの、たとえばGOPやGatみたいなのにはひとつも異常ありません。
自覚症状も何もありません。げんき。
で、まだしらべにいっておりませぬ。
そういえば、昔、独身のころ、胆道ジスキネジー疑い、という病名を頂戴したことを思い出しましたが、あのときもアルフォス高くなっていたようだ。
しらべにいったほうがいいのかなあ。

ところで、
水月さんの書かれていることがむずかしすぎて、しにそうだ。笑
ああそうそう、
こないだ、お坊さんが、
わたしたちの真宗大谷派は仏壇に何を祀っているのでしょう?
とクイズを出されました。お彼岸の法話でした。
すると、あるご婦人が、はい、御先祖さまです、と回答された。
お坊さんは笑って、それもそうですが、阿弥陀さまを祀っています。
とおっしゃいました。
私は聞いていて、とても自然だなと嬉しい気持ちになる。
なかなか思いつきませんもの、阿弥陀さまの存在。
なんでだろ?
わたしなら、御先祖さまのほかに、かんのんさんやらお地蔵さんまで言ったかもしれないな、と思って。

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