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2015年9月28日 (月)

森の小人


▽うぃきぺでぃあ

作詞玉木登美夫・山川清、作曲山本雅之

蟻の進軍[編集]

いまでは代表的な戦後童謡の一つとして知られており、歌詞中にある三角帽子や赤い靴といった表現からも西洋的な妖精がイメージされるが、山本がつけた本作品の旋律は、もともと蟻の進軍という戦時歌謡向けに作曲したものである。

しかし作曲者の山本も意図しない小刻み良い調子に仕上がったため、当時キングレコードの童謡担当のディレクターだった柳井堯夫に相談したところ、日本軍が南方戦線において連日連勝を続けている当時の時世がら「蟻の進軍」の題はまずい、という話になり、レコード化が取りやめられた。

土人のお祭り[編集]

その一方で歌詞中にあるあほういほういの どんじゃらほいの囃子詞をなんとか生かせないものかという柳井の考えもあって、当時日本の委任統治領であったパラオ島の夜祭にテーマをとり、玉木登美夫(作家・金谷完治の童謡作詞時のペンネーム)が作詞し、山本の曲につけた。こうしてできた曲は土人のお祭りという題で1941年(昭和16年)7月に秋田喜美子の歌でキングレコードから発売された。

こうしていろいろ弄られたわりにはこの曲はあまり一般受けせず、それほど人気はなかった。

森の小人[編集]

「森の小人」の誕生[編集]

戦後になり、本作品には戦争協力の言辞がない点から、引き続き子ども向けの楽曲としてレコード等に使用されようとしたが、そこにGHQの民間情報教育局から、土人の表現が差別的である、とした注告が入り、そのままでは発売できない状態になる。柳井の後任のディレクターとなった山田律夫は、柳井の了解を得た上で山川清の名義で歌詞中の表現を、椰子⇒森、パラオ島⇒夢の国、土人⇒小人、といった手順で改作。題名も森の小人に改める。

改題されたこの曲は1947年(昭和22年)12月、日本劇場にて佐藤恵子の歌にて発表されると一躍人気を得て、レコードやラジオを通じて広く一般に知られるようになる。

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