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2015年8月14日 (金)

自致不退轉の笠塔婆を遺す大圓寺跡

自致不退轉の笠塔婆を遺す大圓寺跡

「聞く往昔大圓寺となむ呼べる伽藍ありて、鉱山師の骨多く是にうずめきと《※》。
断礎今に在せり・・・」

かささぎ註:

うずめき、の埋めるの漢字がはじめてみる文字でした。

変換漢字をさがしきれず。やまいだれの中、三人の人と土と重しがある字。

自致不退轉の笠塔婆を遺す大圓寺跡

     栃木県日光市足尾町の専念寺=かつてここに大圓寺があった。

池野亮子(いけのあきこ)著『足尾銅山発見の謎』《随想舎刊》より引用。

昨夜なにげなくつながった古賀の達也さんの古い記事をよみかえしていた。
平成十三年冬ごろに在りし日の父上といかれて、大圓寺ご住職にあわれたことをしるされている文である。

五六年前に読んでいたはずなのに、まったく目に入っていなかった。
古賀達也さんというおかたは、じつは星野一族であったこと。
浮羽のひとだったこと。

http://www.furutasigaku.jp/jfuruta/sinkodai6/hosinomu.html
『八女郡星野村行』古賀達也

あっちゃー!

ちょうどのところに、ジャストミートな石がでてくるよねえ。

古賀姓の達也さんの記事で、もうひとつよむ。

久留米藩宝暦一揆の庄屋たち

西溝尻村庄屋六朗左衛門と百姓勘右衛門

http://www.furutasigaku.jp/jfuruta/kaihou66/kai06606.html

これよんでいるとね、庄屋なのに百姓とかかれています。
足尾鉱山発見者が「百姓の治部と内蔵」という身分表記として歴史に残っていることと、どこか通じるものをかんじます。
もうひとつ、一代おきに襲名しているところが、足尾の星野氏とも似ている。

おもしろいね。これ、きっと歴史学の最先端ではなかろーか。

星野氏の鉱脈、じゃない、光脈をおえば、あらたな歴史がみえる。

 

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コメント

かささぎさま

「自致不退転」へのお尋ねについて

これはこれは『仏説無量寿経』下巻の「往覲偈」(あるいは「東方偈」)の中に出てくる一句です。普通はその前の「其仏本願力 聞名欲往生 皆悉到彼国 自致不退転(その仏の本願力、名を聞きて往生せんと欲へば、みなことごとくかの国に到りて、おのづから不退転に致る)」という四句で用いられます。なぜ最後の「自致不退転」だけなのかはわかりかねます。

この四句については伝説がありまして、法然聖人は次のように述べられています。

「其仏本願力 聞名欲往生 皆悉到彼国 自致不退転」といふ文あり。漢朝に玄通律師といふものありき。小戒をたもてるものなり。遠行して野寺に宿したりけるに、隣房に人ありてこの文を誦す。玄通これをきゝて一両編誦してのち、おもひいだす事もなくてわすれにけり。そのゝち、この玄通律師戒をやぶれり。そのつみによて閻魔の廳にいたる時、閻魔法王の給く、なんぢ仏法流布のところにむまれたりき、所学の法あらばすみやかにとくべしとて、高座にのぼせ給ひき。その時玄通高座にのぼりておもひめぐらすに、すべて心におぼゆる事なし、野寺に宿してきゝし文あり。これを誦せんとおもひいでゝ、「其仏本願力」といふ文を誦したり。しかば閻魔法王たまのかぶりをかたぶけて、これはこれ西方極楽の弥陀如来の功徳をとく文なりといひて礼拝し給ひき。願力不思議なる事、この文に見えたり。

要するに、玄通律師という人が閻魔法王の前でこの四句を誦したら、地獄をまぬがれたということで、古来「破地獄の文(もん)」と呼ばれています。

親鸞聖人もこの文を重視され、次のように丁寧に解説されています。

「其仏本願力」といふは、弥陀の本願力と申すなり。「聞名欲往生」といふは、「聞」といふは如来のちかひの御なを信ずと申すなり、「欲往生」といふは安楽浄刹に生れんとおもへとなり。「皆悉到彼国」といふは、御ちかひのみなを信じて生れんとおもふ人は、みなもれずかの浄土に到ると申す御ことなり。「自致不退転」といふは、「自」はおのづからといふ、おのづからといふは衆生のはからひにあらず、しからしめて不退の位にいたらしむとなり、自然といふことばなり。「致」といふはいたるといふ、むねとすといふ、如来の本願のみなを信ずる人は、自然に不退の位にいたらしむるをむねとすべしとおもへとなり。「不退」といふは仏にかならず成るべき身と定まる位なり。これすなはち正定聚の位にいたるをむねとすべしと説きたまへる御のりなり。

ここには親鸞聖人独特の解釈もあるので、簡単に要約すれば、阿弥陀さまはお念仏申すものをかならず浄土に生まれさせるとお誓いになった、そのとおりお念仏を申し、南無阿弥陀仏という名を聞いてお浄土に往生したいと欲(おも)うものは、阿弥陀さまのお力によって(本願力)、みなことごごとくお浄土に生まれさせていただいて、おのずから仏道修行を退転しない位に至るのだ、ということです。 このとき、不退転の位に至るのはお浄土に至ってからのことですが、それをいま生きているあいだに至ると解釈されたところに親鸞聖人独特の領解(りょうげ)があるのですが、省略します。

ともあれ、「自致不退転」は「其仏本願力」等の四句の最後の一句であって、最初に述べたように、これだけ取り出して刻むというのは理解しがたいことです。「其仏本願力 聞名欲往生、皆悉到彼国」があってこそ、「自致不退転」が成立するからです。よほど「不退転」という境地に到達することを願ったからでしょうか。何ともわかりかねます。

冒頭の「これはこれは」は間違いです。「これは」だけです。

水月さま。
さすがプロの御坊様、きちんと解説してくださってありがとうございました。
じつは、池野氏は「自致不詳転」と読まれていて、意味が取れないことばだと書かれていました。
そこでわたしは写真にとって拡大してみたのです。
つまびらかという漢字ならごんべんですが、草書体になるとさんずいやにんべんやしんにゅうなどとまったくみわけがつかぬことが多いので(くずし字辞典参照)、きっとほかの字のよみまちがいだろうとおもったのです。
あたりをつけて、これは退だと読み、ことばをぐぐってみたところ、大経にあるようにでました。
まちがいないと確信し、確認の為、お盆でおいそがしいにちがいない水月様にどういう出所のことばなのかを聴いてみた次第です。

すいげつさんが現物をみられたら、もっといろんなことがわかるかもしれませんねえ。

弘長二年の銘をもつ、おなじ偈をきざんだ板碑。
弘長二年は1262年です。ずいぶん古いですね。

足尾のはいつぐらいのだろうか。

↓鎌倉光明寺

一方、星野金山は

ほしの【星野[村]】

福岡県南部,八女(やめ)郡の村。人口4103(1995)。矢部川の支流星野川の上流域に広がる開析された溶岩台地を占める。かつては生葉(いくは)郡に属し,この地を領した星野氏は13世紀末に採掘が始められた星野金山によって栄えた。金山は大正期に最盛期を迎えたが,1943年閉山した。杉,ヒノキの良材を産し,八女林業の中心地である。農業では〈星野玉露〉に代表される八女茶,花木,高冷地トマト,シイタケも栽培する。

世界大百科事典第二版より

きのう、お盆参りにいき、やめの鉱山についてはなしをきいてきました。
星野だけではなく、もっと手前の上陽・木浦の銅山や山内にも銅がとれる間歩があったそうな。
しらべたら、きうらというところは、おぼろおおはしのある近くみたいです。

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