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2015年6月25日 (木)

あたまのCTを撮ってもらった。

きのう。

残業時間に食堂までアイスを買いに行く。
その帰り、長い通路を自然と小走り。
するとつるんとすべって、すってーんと転倒。
したたかにあたまのうしろ絶壁を強打する。

目から星が出た。
めがぐるぐるまわって、そのままあおむけで通路の真ん中にねていた。
工場のひとがよってくる。
工場長ものぞきこんでおられる。

ああ、だいじょうぶです。

といって、たちあがった。

ほんとうにだいじょうぶ。

救急車呼ぼうか、というのを断り、車で安静にしていた。

家のむすこにきてもらい、脳神経外科に連れて行ってもらう。

六時半近くになっていたが、時間外受付のインタフォンで受付してもらう。

そこは脳神経外科として有名な病院である。
母が数年前に受診したことがあったが、わたしははじめてだ。

看護師さんみたいなひとがCTをとってくださる。あ、ここはカットかも。
だけどもさ。むかしつとめたクリニックでもたまに目にした。

先生が画像をみて、異常はありません。
恰幅のいい、おだやかな若い先生である。

先生、これで痴呆もわかりますか?

いいえ、それはわかりません。

のうはそとがわからではわからないです。
ひとのかおをみて、うちがわのことまでわからないのといっしょです。

なにか症状がありましたら、すぐきてください。

はい。

ということで、安心して工場へもどり、くるまを運転して帰る。

ひとばん眠ったら、ぐるぐるめまいがなおっていた。

よかった。

CT・・・

コンピュータ断層撮影(コンピュータだんそうさつえい、英語 Computed Tomography、略称:CT)は、放射線などを利用して物体を走査しコンピュータを用いて処理することで、物体の内部画像を構成する技術、あるいはそれを行うための機器。

断層撮影」の名前のとおり、本来は物体の(輪切りなどの)断面画像を得る技術であるが、これらの検査技術は単に断面画像として用いられるのみでなく、画像処理技術向上によって3次元グラフィックスとして表示されることも多くなってきている。

歴史

コンピュータ誕生以前の断層撮影方式では、1930年代にイタリアの放射線科医師のアレッサンドロ・ヴァッレボーナイタリア語版によってトモグラフィーの原理が発明された。これはX線撮影フィルムに体を輪切り状に投影するものであった。

日本におけるCTの導入は、EMIとレコード事業東芝EMI)で提携関係のあった東芝1975年8月に輸入し、東京女子医科大学病院に設置されて脳腫瘍を捉えたのがはじまりである。ただし、このスキャナはニクソンショックによる変動為替相場制導入後でも1億円(現在[いつ?]の概算で10億円単位)を下らない費用を要する代物で、日本政府側の自賠責保険運用益から交通事故時の頭部外傷に役立てるような研究的意味合いで資金拠出されることになった。

その後東芝メディカルにより国内生産が開始され、一方日立製作所で、自社開発による初の国産機を1975年10月に藤田学園保健衛生大学に設置している。

その後、1986年にヘリカルCT(ヘリカルスキャン)が開発され、1998年には4列MDCTが登場してきた。

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コメント

大丈夫そうですね。よかった。

お大事に。

危険はすぐそばにありますね。
怪我なくてよかったです。 お大事に。

私も目から火花のような☆が出たことがあります。
夜中、二段ベッドの上から娘がどすんと顔に落ちて来た時です。

あらら、大変。
でも大事に至らなくて幸いでしたね。
同い年の友人も、買い物に立ち寄った店のコンクリートの駐車場ですこんとうつ伏せに転んだそうです。おでこに大きな大きなタンコブができて、お店の人が救急車を呼んでくださり、とても恥ずかしい思いをしたと話してました。
転び易くなるのも、やはりこの年代。
お互い気をつけましょうね。
お大事に。

ぼん、えめさん、せーこさん、ありがとう。
きのうの昼休み十二時過ぎに病院の清算にいきました。
そうしたら、たくさん患者さんがロビーにいらして、前日の夕方六時すぎのだれもいないロビーがうそみたいでした。めまいもなくなりましたから、診察は結構です、と、じむいんさんの計算をまちました。(事務員さんも時間外にはいらっしゃらなかったので、けいさんができていませんでした。)

>危険はすぐそばに

昨日むすこがむかえにきてくれたとき、となりぐみのひとが、たていしさんがなくなった、というメモをもってみえたという。なくなったのは同い年の一学年下でしたので、びっくりして、どうしてなくなったのか、たからさんにめーるでたずねてみたら、重機が落ちてくる事故だったと新聞にも出ていたよという。
しいちゃんとよんでいました。
とてもはたらきもののポンプ屋さんで、むかしこどもたちが少年野球をしていたころからなにかとおせわになりました。六年生のときには4組の夫婦でいっしょに町内の役員もしました。
もくもくとグランドの地ならしをしていた姿が忘れられない。
さいごにあったのは、ことしの4月29日、納骨堂の慰霊祭、しいちゃんは世話人の席に座っていましたのであいさつをしました。
お通夜のせきに、まごにかこまれた写真がならんでいるのをみて、時のながれをおもいしらされたことです。
しいちゃんのおとうさんのことで、きいてみようとおもっていたことがひとつあったのに、それはそのままあの世に持ち越しです。
しいちゃん、これまでありがとう。
やすらかにおねむりください。
合掌

七時からのお通夜に三十分おくれてかけつけたら、ちょうど御坊様が駐車場にでてみえる姿が遠くからたくさんの車越しにみえました。
(みょうえいじの調ご住職、父上のほうの、でした。)

おはようございます。
お通夜、私もお参りしました。
朝夕、よくセブンの四つ角信号で同時でした。
60歳は早すぎますね。ご冥福をお祈り致します。

そうでしたか。
多かったですよね。
彼の次男とうちの長男が同期でした。
あちらは中卒で単身トヨタの学校へ行きました。
それからずいぶん久しぶりに会いましたが、いい面構えの男になっていた。
苦労したのだろう。
こども三人ちゃんと所帯もたせての、大往生だったともいえます。

大事にならなくて良かったですね。多くの優しいお友達に囲まれての日々のお姿を思っています。きのうにコメントしようと思ったら、お友達方が準備中だったようで・・・。はれて今、投稿しています。

うわー 笑
ありがとうございます。
きのう、長男が初めて工場に来て、事務室の人に母を迎えに来ました、と言ったのか、広い駐車場の果てまで人事課の人がよびにきて下さいました。
息子が停めてた車までいくと、マイボスの主任とかも出て見えたので、おはやしが面映く、息子がボソッと、お母さんはみんなに好かれてるみたいで良かったねえ、といいました。
お、こいつもわかってんじゃん、と思わせる一言でした。
好かれてるのは、こちら側からも好いているからだよ。
仕事仲間になるというのは、そういうことだよ。
と、言いたかったです。

それにしても、今日は朝の会で、雨の日は走らないように
滑らないようにと、まるで小学生みたいな訓示がありました。
大丈夫か、あたまが少し良くなったんでは?
とかいいにくるガキもいて、なかなか楽しいです。
死ななくて良かった。
これでしんでたら、死因、アイスを買って雨の工場で走ったことによる転倒死、になるところだったです。

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