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2015年6月 8日 (月)

かささぎの旗(二十五)日にそへて

 かささぎの旗(二十五)
                姫野恭子
喪中ハガキ一枚づつ来る立冬以後 佐藤綾子
 立冬は十一月初旬、それより冬が始まる。
あらたまを言祝ぐ賀状と異なり、喪中欠礼
状は確かにその頃よりぽつぽつと届き始める。
真っ当な事をまっすぐによみながら、季節感
と人事との重なりに、逃れられぬ地上の法則
に気付かせて貰ったかのようではっとする。
 
日にそへて遁れむとのみ思ふ身に
 
いとゞうき世のことしげきかな
知るやいかによを秋風の吹くからに
露もとまらぬわが心かな  
後醍醐天皇第六皇子式部卿懐良親王御製
 
白菊に人の心ぞ知られける
             移ろひにけり霜もおきあへず
     後鳥羽上皇二十歳のころの歌
哀しみつのりくれば白靴はきもあへず

      眞鍋呉夫二十歳のころの句
 

大分の佐藤綾子の無常(死)を詠んだ一句
から、呼び覚まされる古い歌を挙げてみた。
連句や連歌における無常のあつかいはとりわ
け重い。もちろん、俳句でも同様だ。そのこ
とを、保田與重郎は『芭蕉』のなかで、こう
述べた。

 「芭蕉の感慨の深い俳句が、我々によくわ
かり、率直にひゞくのは、彼が詩人の志を、
久しい歴史の上でみつけだしたからであつた。
それ以前の人々が、既に初期詩人の志を忘れ
て、さういふ雰囲気から生れる様式を、知的
な技術にして了つてゐる事情に気付いた時、
芭蕉は一そうの嘆きを味つた。彼は長い武家
時代の詩人が、わびと云ひ、さびと云うて暮
してきた志を思うて、何百年に伝る人々の思
ひを、つねに心中で一つにしてもつてゐた。」

「かくて芭蕉は次第に誰よりも深く、詩人の
激しい熱情と美しい魂を傾け尽して、故人の
志といふものを、血統の歴史として知り、そ
の思ひに泣きつゝ、風雅のまことを後鳥羽上
皇の御教へのまゝに護る道を念じた。しかし
これは程度の深さと、心の美しさにあること
で、後鳥羽院の教へられたまことの思想は、
大むね代々の隠遁詩人が、彼らの心細い世渡
りの上で、精神の綱としてきたものである。」
  •  ◆          
 その地で俳諧をなすことの意味を考える。
日々ブログを日記代わりに綴っていると、何
と様々な偶然が空から降ってくるのだろう。

おかげで私は、先祖の故郷星野や黒木に伝わ
る行空伝説や、南北朝時代の敗れ去った英雄、
懐良親王と良成親王の悲劇の物語のなかに、
遁れがたく幾重にも取り込まれてしまった。
 こんな話題は歴史家に任せて、面白おかし
く今だけを生きればよいとは思えないのだ。
絶対平和主義を夢見た時代が夢のようにすぎ
てみれば、残るのは浅ましき修羅の世。ひと
は誤るもので、完全無欠ではない。むしろ、
そこには嘘がないことに、大いに安堵する。
 古のどこやら蒼し蕎麦の花  西本清美
  むかご飯死まで同じ山仰ぎ  時松由美子
 前世に置き忘れきし吾子は雪 岩坪英子

『九州俳句』178号より転載

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