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2015年6月26日 (金)

聖書のおしえから

What’s 時間学 ? (その54)実働時間と契約賃金

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時間学研究会 第25回記録よりお届けします)
(1)日時 2015.5.27(水)18:00~19:50 (2)場所   学部長室
(3)参加者 6名 (4)テーマと発表者 

「実働時間と契約賃金─ぶどう園の労働者のたとえ
  10時間労働と1時間労働の賃金が同じという信じがたい話 」
                         (松永伸夫会員)           
(5)配布資料:発表テーマと同名のハンドアウト(全4ページ)&参考資料
  『ぶどう園の労働者』のたとえ」(三浦綾子『新約聖書入門』)コピー  
(6)内容 
 発表者は、新約聖書マタイによる福音書第20章の記事「ぶどう園の労働者の
たとえ」を取り上げ、その信仰的な意味を説明した。説明項目は次の通り。
 1.聖書記事の紹介  2.ぶどう園の労働者たちの、実働時間と契約賃金
 3.キリスト教の神  4.ぶどう園の労働者のたとえが意味するもの(解釈
 あれこれ)  5.おわりに
ムクゲ・2(キャンパスはむくげの季節です。)

(7)発表概要他
1.聖書記事の紹介
『最後に来たこの連中は、一時間しか働きませんでした。まる一日、暑い中を
辛抱して働いたわたしたちと、この連中とを同じ扱いにするとは。』   主
人はその一人に答えた。『友よ、あなたに不当なことはしていない。あなたは
わたしと一デナリオンの約束をしたではないか。   自分の分を受け取って
帰りなさい。わたしはこの最後の者にも、あなたと同じように支払ってやりた
いのだ。(略)』      (マタイによる福音書 20章12~14節)

2.ぶどう園の労働者たちの、実働時間と契約賃金
○ ぶどう園の労働者たちの、それぞれの労働開始時間帯とその実働時間を示
し、福岡県最低賃金(727円/1時間)で計算した場合の発生賃金額を比較
した。
○ 実働時間の差とは関係なく、全員が一律に、ぶどう園の主人との契約賃金
1デナリオンを受取った。

3.キリスト教の神
 一神教であるキリスト教は、神中心であり、神が(神の意思が)全ての規準
であることの説明があった。

4.ぶどう園の労働者のたとえが意味するもの(解釈あれこれ)
 Laborers  in  the  Vineyard

“ For  the  kingdom  of  heaven is  like  a  master  of  a  house
  who  went  out  early  in  the morning  to  hire  laborers  for
his  vineyard . ”    (MATTHEW20:1)
天国とは、絶望的な場にありながらも絶望することなく、ひたすら謙遜に一心
に主人に付き従う者が祝福されるところである。 
三浦綾子『新約聖書入門』、
「ぶどう園の労働者」のたとえ、より)
洗礼を受けた時期とは関係なく、神様はどの人も天国に招いている。橋爪大
三郎『ふしぎなキリスト教』、「
ぶどう園の労働者のたとえ」、より)
○「天国泥棒?」                                                    
盗賊のもう一人が「イエスよ、あなたが御国においでになるときには、私を思
い出してください」と言った。するとイエスは、「はっきり言っておくが、あ
なたは今日私と一緒に楽園にいる」と言われた。(ルカによる福音書第23章
の記事より)

5.おわりに 
 HOUR , SEASON , TIME , TIMES , ……。これからも、「時」に関
連する記事を、聖書の中に追い求めて行きたい。

(8)質疑応答など
・マックス・ヴェーバーの捉えた時間は、スピードアップであった。
・現代資本主義社会のベースとなっている経済合理性の発想は、このたとえに
はないのか?
・働くという行為に対しての評価は?対価の対等性は?
・信仰の深さをこのたとえはみているのか?
・早くに洗礼を受け得た人は、それだけ多くの「時」をこころ豊かに人生を送
れるのではないか。
・原始キリスト教社会では時間のカウントは太陰暦であった?
(9)その他
  1)月例会の次回以降発表担当予定者
   6月度(6/17水):辻正二先生、  7月度(7/15水):フリートーク
(投稿者:松永伸夫)

(保健医療経営大学 オフィシャルブログ転載)

▽かささぎ日誌

御国=天国、楽園、仏教では極楽。

みくに、とよむこと。おくに、ではなく。

具体的にどんなイメージ?

主イエスは「御国が来ますように」と祈るように教えてくださいました。
聖書において御国と言われるとき,その主な意味は,「王の支配」であります。
王の支配を意味する御国は,やがてキリストが来臨する未来において完成する神の国であり,同時にイエス・キリストの到来によってすでに実現されている神の国でもあります。


>盗賊のもう一人が「イエスよ、あなたが御国においでになるときには、私を思
い出してください」と言った。するとイエスは、「はっきり言っておくが、あ
なたは今日私と一緒に楽園にいる」と言われた。(ルカによる福音書第23章
の記事より)


  新約聖書には御国の未来性を伝える箇所が数多く見られます。
キリストの来臨によって御国は完成され,神の支配は完全に実現されるのです。
その御国は,黙示録に描かれたイメージによると,神の直接的な臨在の中で神を喜ぶ完全な祝福であり,究極的な恵みです。
約束された御国の到来を求めて祈るように教えられているのです。


  また御国の現在性も聖書に示されています。
イエス・キリストの到来によって神の国の福音が宣教されました。
神に背を向け,自分を主として歩むものが,神に向きを変えられ,キリストを主として生きる。罪の支配下にあった者が,御子の支配に移されているその救いの事実が,御国の始まりであり,御国の現在性を表していると言えます。
キリストによってすでに御国は開始されてもいるのです
(出来るだけ易しいキリスト教http://kitaakitsu.holy.jp/weekly0505.htm

ところで。

山本健吉の『きりしたん事始』という古い本に書いてあったのですが。
はじめて日本にキリスト教が入ってきた時代。
宣教師が自国のボス、ではなかった司祭だったか神父だったか、とにかく偉い人に書き送った手紙からわかったこととして、信仰がなければ地獄に落ちる、というと、日本の信者は、それではわたしの父や母は、なにもしらずにしんだので、地獄いきなのですか。と問い、そうだ、と答えると、さめざめと泣くのであった。。。と、こんな残酷なことがかかれていたことを、私はいまだに忘れることが出来ません。「むごい」とおもった。
あんたさ、ほかにいいかたがあろうが!と。
信仰と言うのはときにしんから残酷なものだなあ。

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