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2015年6月 3日 (水)

義理の祖父母

先月、「博労、差別」というキーワードで、かささぎの旗においでくださっていました。
ありがとうございます。
そのことについて、わたしは前からふしぎにおもっていました。

なぜ、ばくろうということばは差別用語なのでしょう。
うまをみて、ねだんをきめ、うるひとのことがばくろうです。
まず馬を見る目がなければなりません。
耕作用の馬の売買は、農家になくてはならないものでした。
一般的にも「ばくろうさん」といっていたようです。
ですから、それは差別だ、と、ある人からいわれたとき、いぶかしさとともに、つよい、怒りめいたものがわきあがりました。
なんと無礼なはなしでしょう。
まるで自分がばかにされたような、そんな屈辱をかんじました。

母が言うには、ばくろうさんは馬の扱い方まで教えて下さったとのこと。

若き日の、いまもなお、あざやかな記憶であるらしく。

黒木瞳のファミリーヒストリー、はじめて見たにもかかわらず、ばくろうさんだった義理のおじいさんの写真のお顔に、わたしはとても懐かしさを覚えてしまいました。
じぶんのからだを道具のようにしてがむしゃらに働く、むかしの日本人そのもののあたたかさがあったからです。
そして、その夜、もうひとりのおじいさんの写真のお顔がまなうらにうかんで、何日も消えませんでした。

昔風のぼたんつきシャツの上からきものをきているおじいさん。
このひとはいったいだれだろう。どこでみたんだろう。

すこししかめっ面をした、いがぐりあたまのおじいさんです。

数日たって、仕事で磨きものをしている最中、ふいに記憶がつながりました。

それは、夫の戸畑の義理のおじいさんでした。

その写真は仏間の鴨居にかけられていたので、自然と眼に入ってきました。
夫がこどものころになくなったのですが、こどもをもたなかったおじいさんは、夫を溺愛してくれたそうです。

わたしも義理のおばあさんに溺愛されて育ちました。
それがどんなにありがたかったかをおもいます。

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