無料ブログはココログ

« 時間学48・宿題としてのキリスト教 | トップページ | ヘビノボラズのおばあさん »

2015年4月28日 (火)

老いと病

老いと病

Share on Facebook


本日の「医療・医学の現代的課題」は、老いと病についての講義を行いました。
開発途上国の現状、あるいは先進国であっても抗生物質など医療の進歩の恩恵以前の時代には、感染症はじめ病気に罹っている人や若くして死亡する人は現代日本より多く、医療の「需要」は遥かに大きいと思われます。
しかし、医療の「供給」体制は現代日本より乏しいにかかわらず、開発途上国やかつての日本では、現代日本ほどには医療の「供給」不足が叫ばれていないように思えます。
現代日本では、医療の主たる担い手である医師が30万人、看護師・准看護師が100万人以上、医療機関で働いていますが、それでは足りず、「医師不足」「看護師不足」が叫ばれています。
私が医学部の学生だった頃、医師数は現在の半分、15万人でしたが、それでも医師過剰の懸念により、琉球大学医学部を最後に医学部の新設がストップされました。
当時の看護師・准看護師数も現在の半分以下、50万人足らずでしたが、それでも看護婦養成所の卒業生の就職先が容易に見つかる時代ではありませんでした。
需要が減り供給が増えたにかかわらず需給アンバランスがかえって進行したかに見える医療の世界では、経済学・経営学の基本原理が働いていないかに思えます。
人口ピラミッドがその名の通りピラミッド型の地域や時代では、病気が比較的短期間で死に直結することが多いため、医療需要の源である「人口」の目減りが大きく、個々の「需要」が長期化することも少なく、「需要」の累積はさほどでもなかったのかもしれません。
対し、人口ピラミッドが釣鐘型の地域や時代では、病気を抱えたまま老齢となってゆく人口が蓄積し、医療の「需要」も累積します。
「一病息災」が時代のキーワードのひとつとなる時代です。
また、病気が死に直結した時代には顕在化することもなかったのですが、病気と死との間が長くなると、病気から死に至る過程において、死の前に「認知症」の期間が挿入されます。
人口ピラミッドが背伸びをして超高齢者数が激増すると、認知症に対応すべき「需要」が激増します。
需要の増大に応じ、供給体制も充実させなければなりません。

(保健医療経営大学 学長ブログ転載)

▼かささぎ日誌

きのうのつづきです。

すみません。進出侵出かられんそうされた、教科書問題、その発端。

http://www.cty-net.ne.jp/~my5913/seikinodaigohou.htm

ながいですが、現代日本をしるてがかりとなります。

« 時間学48・宿題としてのキリスト教 | トップページ | ヘビノボラズのおばあさん »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 老いと病:

« 時間学48・宿題としてのキリスト教 | トップページ | ヘビノボラズのおばあさん »

最近のトラックバック

2020年1月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31