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2014年11月15日 (土)

谷口慎也の発句~枯野の冷蔵庫

きょう、届きました。おまたせしました。

冷蔵庫枯野に在れば口開けて   谷口慎也

季語、枯野=三冬

さぶっ!
れいぞうこ?このくそ寒いのに、冷蔵庫おおお!!
まったく谷口慎也はなにかんがえてんだろかっ。

と、まずはうなった。
学園祭はまつりなんだよ。どこがめでたいんじゃ~~と叫んでみる。
ブラックユーモアかよ、と諧謔臭に苦笑い。

つぎに、枯野にぽつんとおかれた冷蔵庫のすがたを想像してみる。
廃棄物処理場という風情ではないなあ、不法投棄っぽい。
もう自分の意志とは関係なく、ドアも開きっぱなしで閉まらない。
この役立たず。とののしる人も、退場したいまはだれもいない。
してみると、ののしられることもそしられることも、あったかいことだったのだな。
と、冷蔵庫はそんないじらしい思いで胸がいっぱいになる。
現役でいたころは、物でいっぱいだった胸が、いまは想いであふれる。

最初はゲラゲラ笑っていたのですが、最後はそんなよみにたどりつきました。

一年前、谷口先生はたかやな祭連句にみえるはずでした。
ところが、奥様から電話が入り、告げられたのは入院でした。

お元気になられてよかった。
連句につきあっていただきたいので、うれしかった。
げんきんなはなしですが、正直な気持ちです。
なかなかいないんだもんなあ。連句をこころざす俳人。

・・・・

さて、みなさん。ここでご相談。

連句の構成をおもうとき、発句、脇句、第三句は、四句目からの平句(ひらく)とは別に存在する、特別なオーラを放つものであります。
発句と脇は、べたつきでよく、おなじ時空間のおなじ思いで、発句の背景などを補うようによまれますが、第三はそこから大きく転じて、まったく切れていいのです。というより、発句脇につながってはいけないのです。
そして、第三のかたちというのがあらかじめ決まっていて、語尾が、

「に、にて、て、もなし、らむ(らん)」のどれかでとめること。

つまり、先生の発句は第三の「てどめ」とおなじでありました。

最初、かささぎは、これを口実に、もう一度つくってもらおうと思いました。

けれども、すぐ、教養が邪魔をしました。(たわけ!)

芭蕉にもあったから。

唐崎の松は花より朧にて    はせを

第三のかたちの発句を問われて、りくつをいってゆるしている。

第三でべつのとめかたをすればいいだけのことですものね。

ということでよろしいでしょうか。
どうか脇をおねがいします。

みんなよみたかろう?

どうぞおもうぞんぶん、つけてみてください。

乙四郎さんどうですか。
せいこさんどうですか。
かささぎさんどうですか。

(といいつつ、あした、しごとなので、ねますごめんね)

飛び入りも歓迎いたします。

そうだ。

ニューヨークのぽぽなさんもどうですか。ひさしぶりにかたしてあげるね。
せっかくの文音だしなあ。。。。ねむい

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コメント

俳人にとって、枯野って特別なものなのだね。

旅に病んで夢は枯野をかけめぐる 芭蕉

よく眠る夢の枯野が青むまで 兜太

これを発句にするとなると、何がむつかしいって、三句だよね。
脇の句の方がずっと楽。

冷蔵庫枯野に在れば口開けて   

町騒を背に来る油売り

かささぎが来てつつく寒靄

きのう仕事中に浮かんだ脇です。

ある朝ろばのパンやさんみたいな音楽いりのにぎわしいアナウンスをきいた。あれはなに?と人にきくと、あぶらうり、とのこたえ。えっサラダ油うりにくるの、あぶらって重たいものねえ。ん、まてよ。灯油か!

脇、かささぎに免じてかんあいにしませんか。

せいこさんもいうように、問題は第三。
らんでいくしかなかろうなあ。
もなしどめ、も、ありだが、むづかしそう。
らんなららんさんだしてみん。

なしか!
ここが読まれとる。
懐かしいのう。ばあさんや。

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