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2014年11月13日 (木)

はてとくれ

しづかなる水は沈みて夏の果    正木ゆう子

春のくれ液軆として沈むなり     柿本多映

夜の果てに来て玉葱の皮捨つる   川村蘭太

ここに三つのすぐれた現代俳句がある。

連句の発句におきたい句はどれか。

と問われれば、上から順に番号をうちたい。

その理由をかんがえている。

わたしは、景の句だからとおもうのだが。
作者はぴったり風景と重なりあっている。
古くなったラップのように、ひきはがすことができぬほど。

という理由がひとつ。

だけど、ほんとは。

じぶんのよわいにつうずる回路をいちばん強く感ずるからか。

ことほどさように、選句はきままなものだ。

こないだ大学の就職セミナーできいた、さる大企業の人事担当者がいった、けっきょくは、「すきかきらいか」なんですよ。というのとおなじなのだろう。

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コメント

正木ゆう子の句は先だって熊本の川崎史門さんが同封されていたエッセイで知る。

静かな水、との表現、島崎藤村の、ある女の生涯、にでてきます。

青空文庫で読めるんだね!
静かな水、木曽川の流れをそういってます。

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