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2014年9月16日 (火)

親鸞聖人における宿縁の意義  その四の冒頭  

水月(森本光慈)・文

     四

 『往生拾因』はよく読まれた書物であった。三善為康(1049~1139)の『拾遺往生伝』には『阿弥陀経略記』『往生拾因』の著作があったことを述べた後、「念仏の輩、皆もて競ひ写して」とある。また法然も講説・法語類に永観や『往生拾因』への言及、引用があるし、聖覚(せいかく・1167~1235)の『唯信鈔』の後半には宿善に関する釈義があるが、それも先に述べた『往生拾因』の大一因に依るものである。そして親鸞も、「信文類」逆謗摂取釈における五逆の釈を引用や、つねに賀古(かこ)の教信沙弥(きょうしんしゃみ・?~866)を慕っていたことから見て、『往生拾因』を読んでいたことは明らかである。

▼ただこれだけにして、先へ進むのは、待った。
というのも、かささぎは「かこのきょうしんしゃみ」を全く知らない。
加古と賀古はおなじみたいで、いまの兵庫の加古川らしく。
こんな伝説があるそうです。☟
http://www.mirai.ne.jp/~tomo/sura/sosi/kyoushin/syami_top.htm

また、「親鸞聖人が、つねに「われはこれ賀古の教信沙弥の定なり」(『改邪鈔』)と語り、深い 敬慕の念を寄せられた念仏者」でありました。

もうひとつ、おうじょうじゅういん。

「平安後期の僧で三論宗の永観(ようかん)(1033~1111)の撰になる。
1103年(康和5)の成立と伝える。
永観は白河院の要請で康和2(1100)年に東大寺の別当となったので東大寺永観とも呼称される。この『往生拾因』は、念仏の一行は十種の因あるがゆえに、一心に称名念仏すれば必ず往生を得ることを十項目にわたって述べる。念仏は行住坐臥を妨げず、極楽は道俗貴賤を選ばず、衆生の罪もひとしく救済されると説き、これを〈念仏宗〉と称したという。法然聖人は、『無量寿経釈』において、「補助善導之義者此有七家{中略}五源信六永觀七珍海」(善導の義を補助せば是に七家有り。五には源信、六には永觀、七には珍海)と、永観師の名を名をあげておられ、法然聖人の専修念仏思想の先駆として注目される。
なお、親鸞聖人はこの書を「信巻」(末)の末尾で五逆の説明に引文されておられる。」

http://hongwanriki.wikidharma.org/index.php/%E5%BE%80%E7%94%9F%E6%8B%BE%E5%9B%A0#.E4.BA.94.E9.80.86.E3.81.AE.E6.A7.98.E7.9B.B8.EF.BC.88.E4.BF.A1.E5.B7.BB.E6.9C.AB.E3.81.A7.E5.BC.95.E6.96.87.EF.BC.89

少しずつ学びますので、気長にお付き合いの程、お願いいたします。

つづく

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コメント

あのー。
仏教科つうのは、大谷だけかな?
九州では。

さあ……。

西本願寺の系統では、佐賀に九州龍谷短期大学というのがありますが、仏教科があるかどうかは存じません。ただ宗門校ですから、授業はあるはずです。

東本願寺の系統や、他の宗派の学校のことは、まったくわかりません。

そういや、田村圓澄という日本仏教の研究者であった方は九州大学じゃなかったかな。

うわ、水月さん回答くださってありがとうござんす。

なぜきいたのかといいますと、
たとえば、上記(あれ?上記じゃないや。森山さんの句集のところとまちがっている。まったくのんきな。)の法華経の一節の解説を、さてどこから引用したものかと思って。
不案内で、かささぎ的イメージの展開では、法華経⇒創価学会または日蓮宗⇒ってことで、水月さんも冒頭で書かれていたように、どこで学んだか誰に学んだかというのが仏教では大切だと。
ってことはさ。周波が違うと解説もちがうのかなあ。
宗派。

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