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2014年9月27日 (土)

医療保険制度改革の論点(1)社会保障審議会医療保険部会での論点

医療保険制度改革の論点(1)

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19日に開催された社会保障審議会医療保険部会で、事務局が医療保険制度改革の主な論点を整理しています。
目次の大項目は
1 医療保険制度の財政基盤の安定化
2 国民の負担に関する公平の確保
3 保険給付の対象となる療養の範囲の適正化等
4 医療費適正化、保険者機能発揮

です。
医療保険制度の財政基盤の安定化については国保改革と協会けんぽの国庫補助が主論点です。
国保の財政上の構造問題についての論点は次の通りです。
○都道府県が国保の財政運営の責任を果たすためには、財政上の構造問題を解決することが前提。高齢化の進行に伴い医療費の増加が見込まれるが、国保の構造問題を解決するためには、赤字を解消するだけでなく、将来にわたり安定した制度とすることが必要ではないか。
○年齢構成や所得水準など保険者の責によらない構造問題の解消について、対策の検討が必要ではないか。その際、大都市では、法定外繰入が多く行われている一方で保険料負担率が平均より低い状況であることをどのように考えるか。
一般会計からの法定外繰入についての論点は次の通りです。
○一般会計からの法定外繰入をやめるべきというのであれば、国保の基盤強化のための公費による財政支援が不可欠ではないか。また、法定外繰入を行う市町村でも、被用者保険と比べ、保険料負担率は高い水準にあり、仮に法定外繰入をやめて、単純に保険料を転嫁するとなると、中低所得者層の負担はさらに重くなってしまい、国保制度自体が破たんしかねない。
○一般会計からの法定外繰入について、東京、神奈川、大阪、埼玉、愛知で合計2000億円以上に及ぶが、これらの都府県が平均保険料率まで保険料を引き上げれば、法定外繰入は減る。法定外繰入は行わないという方向で、制度改革を行うべきではないか。
国保の保険料負担の水準についての論点は次の通りです。
○あるべき保険料水準について十分議論した上で、国保と被用者保険との保険料負担の格差をできる限り縮小し、所得水準が低いにもかかわらず保険料負担が重いというような逆進性を是正するため、国保の基盤強化が必要ではないか。
○国保の保険料負担は重いというが、国保と被用者保険とでは所得形態が異なり、また、所得捕捉率が同等とは言えない中で、単純に比較することは困難であり、1人当たり保険料負担率の平均が高いか低いかを議論することはできないのではないか。
○あるべき保険料水準については、保険料水準は低い方がいいと思いがちである中、公費投入ありきという前提で議論して、適正な水準に決まるのか。
国保に対する財政支援の拡充についての論点は次の通りです。
○1700億円の公費投入はまだ実施されておらず、早期に確実な実施が必要。1700億円だけでは財政基盤の強化は難しく、更なる公費投入が不可欠ではないか。後期高齢者支援金への全面総報酬割導入により生じる財源の優先的な活用を含め、国の責任で財源確保を行うべきではないか。
○国保の財政基盤強化の具体策を、規模も含めて、一刻も早く提示すべきではないか。
○公費投入の方法としては、都道府県の被保険者の所得格差に着目した、より財政調整機能を強化する支援策が必要ではないか。また、低所得者対策も重要ではないか。
○「財政安定化基金」を設け、赤字補填のための法定外繰入を解消していくことが適当ではないか。
○地方単独事業に行われる国庫補助の減額措置については、少子化対策等に関する地方の努力に反するものであり、廃止すべきではないか。
都道府県と市町村の役割分担についての論点は次の通りです。
○都道府県と市町村の役割分担のあり方については、保険者機能を十分に発揮できるのかという観点で、議論を深めていくことが必要ではないか。
○国保の財政運営が都道府県単位化されるだけでなく、被保険者にもメリットがあり、市町村の保険者業務にも効率化が図られるというメリットがある仕組みにすべきではないか。
○保険料の賦課徴収については、分賦金方式か直接賦課方式かという論点があるが、直接賦課方式の場合、徴収を怠ると、つけが全体に回ることになるため、分賦金方式が妥当ではないか。
○国保の保険料の設定については、均一の保険料にするのかという論点があるが、負担する側が納得できる透明で公平な制度設計とすべきではないか。保険料を抑えたければ、自分の都道府県で努力して医療費を抑えるという、前向きな格差を取り入れた仕組みとすべきではないか。
○給付については、地域包括ケアが進められていることを踏まえ、医療・介護の連携という視点から、都道府県と市町村の役割分担を検討することが重要ではないか。
○医療費適正化の努力をしている自治体の工夫が活かせるインセンティブも重要ではないか。
協会けんぽの国庫補助についての論点は次の通りです。
○協会けんぽについては、直近の収支はやや改善したが、依然として厳しい状況。国庫補助率を16.4%ではなく、20%にすること、暫定的ではなく恒久化することを含め、協会けんぽの財政見通しを踏まえながら、国庫補助の在り方を検討すべきではないか。
これほどの数のそれぞれの論点について結論が出せなければ、国保の運営主体の都道府県一元化など机上の空論となってしまいます。
結論(到達目標)実現を命令することで指導力(リーダーシップ)を発揮したと勘違いしている偉い人が大勢いますが、真のリーダーとは、結論に至るための論点それぞれについて解決策を示す事ができる人です。

(保健医療経営大学 学長ブログ転載)

▼かささぎ日誌~まだまだつづく香川宜子記

それにしてもだ。

なぜジャンヌ・ダルクさんのお嬢ちゃんがコバケンオーケストラにおったんじゃろう。
どういう御縁なんだろ。
ふたおやとも医師のおうち、本人はあかんぼのときより英才教育をうけて知能抜群、医大でも偏差値のとりわけ高いところに在籍。障害者どころかむしろ、持ちすぎている人。
・・・ん。だからかな。持ちすぎていると妬まれるから。
自分で自分の身を守るように。
こどものころから武術の空手を学んだ。
そしてもう一つ、音楽!ヴァイオリン!!

ところで。
香川先生は一見、可愛い女性ですが、やはり貫禄があります。
オーラの量が半端じゃないかんじ。まばゆい。
肌が真っ白で、ほっぺたがピンクで、ルノアールの絵のよう。

その先生が、高知新聞のお偉いさんと喧嘩したという。
あ。しまった、高知ではない、高松だったか。笑。
地名が覚えられないかささぎは、いつもこうです。
だいたい香川なんだから、香川県なら覚えやすいのに。
郷土の新聞に紹介してもらえなかったのがとっても悔しいと。
わたしはその残念無念なきもち、よおくわかります。

でも。捨てる神あれば拾う神あり。
待てば海路の日和あり。

遠くの人たちが先生をみつけて、やってきてくださったじゃないですか。

読書感想文の指定図書になったことで、一気に認知度が高まったもの。

先生の一冊がもたらすものは測りしれません。

わたしもなにも知らなかったということがまずわかった。

アウシュビッツもですが、板東捕虜収容所の知識は皆無だった。
ただかすかに、松平ケンさんの映画のポスターがなにかあったなあというくらい。
戦争に関しては日本の悪いところしか教わってこなかったから。

それにもう一つ連句的。

ぱっと見、とても華やかな香川宜子氏。

しかし実は地道に医師をなさっている。
あたしはなんとなく、最近は「小説家」をなさっているんだろうと、つまり家でごろごろしていらしゃるのだろうと勝手にイメージしていたら、とんでもない。
かささぎは低賃金肉体労働者なので、ほぼ一日十時間働いておるのですが、早朝、あれは五時半ごろだったかも、いや、もっと早かったかも、ともかく先生のご都合などお構いなしに今せねば永遠に打電を失すると思って、メールしたところ、今からちょうど宿直なのでよかったです、というような返信。しまったパソコンではなかったんだと思ったときには遅かった。
それについて、こないだ、尋ねたところ、わたしは小説でたくさんお金をつかうから、働かねばなりません。と答えられました。

▼こんなところで、板東俘虜収容所の解説。
はりつけておきますね。

1917年に丸亀、松山、徳島の俘虜収容所から、続いて1918年には久留米俘虜収容所から90名が加わり、合計約1000名の捕虜が収容された。収容所長は松江豊寿陸軍中佐(1917年以後同大佐)。松江は捕虜らの自主活動を奨励した。今日に至るまで日本で最も有名な俘虜収容所であり、捕虜に対する公正で人道的かつ寛大で友好的な処置を行ったとして知られている。板東俘虜収容所を通じてなされたドイツ人捕虜と日本人との交流が、文化的、学問的、さらには食文化に至るまであらゆる分野で両国の発展を促したとも評価されている。板東俘虜収容所の生み出した“神話”は、その後20年余りの日独関係の友好化に寄与した。

板東俘虜収容所は、多数の運動施設、酪農場を含む農園、ウイスキー蒸留生成工場も有し、農園では野菜を栽培。また捕虜の多くが志願兵となった元民間人で、彼らの職業は家具職人や時計職人、楽器職人、写真家、印刷工、製本工、鍛冶屋、床屋、靴職人、仕立屋、肉屋、パン屋など様々であった。彼らは自らの技術を生かし製作した“作品”を近隣住民に販売するなど経済活動も行い、ヨーロッパの優れた手工業や芸術活動を披露した。また、建築の知識を生かして捕虜らが建てた小さな橋(ドイツ橋)は、今でも現地に保存されている(現在では保存のため通行は不可)。文化活動も盛んで、同収容所内のオーケストラは高い評価を受けた。今日でも日本で大晦日に決まって演奏される、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン交響曲第9番が日本で初めて全曲演奏されたのも、板東収容所である。このエピソードは「バルトの楽園」として2006年映画化された。

(そうそう。バルトの楽園、でしたねえ。)

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コメント

お答えいたします。
ジャンヌの娘は、コバケンの奥様がアヴェ・マリアのヴァイオリンの熱烈なフアンでいてくださり、この本の楽曲でコバケンのコンサートをしてくださるという話になったのです。で、お話していると、あと2か月で福岡でコバケンコンサートがあるっていうので、「あら、うちの子は北九州にいるんですよ。いっしょに見に行きます」って話をしてると、アヴェ・マリアのヴァイオリンを持って出演して頂戴っていう話になって、一生に一度の大舞台だから、出るって子供も言い出して、勉強そっちのけでバイオリンを2か月で10曲仕上げて出演した次第です。

喧嘩したのは、地元、徳島新聞の理事んNというとんでもない輩です。「課題図書ってなんで?賞でもないのに、ほんなに価値があると思うなら自分で新聞社に宣伝しにきたらよかったんで。「地元新聞でも相手にされない哀れな私です」って講演すると憐れんでみんな聞いてくれるわ」とほざかれたのです。人を尊重できないものの言い方ができる人がいらっしゃるから、夜の中は平和が来ないのですね。

ありがとうございました。
かいてもらうのがいちばんです。
かささぎ、ききとり力ゼロ。ってか、真逆にきいてたりするけんねえ。笑

ジャンヌ・ダルクさんもたけばしおつしろうさんも、とってもスケールがおおきいです。

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