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2014年8月 8日 (金)

龍の谷から 19  僧籍も文学なりき水の月

コメント集成

今日6日、龍谷大学に行ってきたところです。もう1日早くおっしゃっていただいていたら、と思います。(かささぎ注;水月さんに龍谷大学へ行くなら、ついでに国宝の類聚古集で万葉集春の歌、志貴皇子の石ばしる垂水の上の早蕨の萌えいづる春になりにけるかも。を、どういう表記かみてきてください。とたのんだ。)

私は国文学が専門ではありませんので、まったく詳しいことはわかりませんが、確かに龍谷大学には『類聚古集』があるようですね。ただ原本を見るのは難しいでしょう。でも影印本があるみたいですから、巻8の巻頭ですね。わかりました。私でわかるかどうかおぼつかないですが、とりあえず探してまいります。でも、明日はお葬式で、これからお盆に入ってお参りがたてこんでいるので、お盆明けでもいいですか。ちょっと遅くなりますが、お許しください。

今日6日じゃない、5日でした、龍谷大学に行ったのは。

いま深夜なので、日付が変わっていることに気づきませんでした。

「志貴皇子の懽(よろこび)のうた」というのが『類聚古集』巻8の巻頭にあり、それがどのように表記されているのかどうかということですね。

しつこいですね。申し訳ない、何せ国文学はまったく無知ですから。
巻8の巻頭というのは『万葉集』ですか。では問題の『類聚古集』は何巻ですか。龍谷大学の影印本は9.10.18.20巻が欠本になっています。それを踏まえて、何巻かお教えください。

龍谷大学もお盆で9~18日まで休館日のようです。明日か明後日、見てきましょう。でも、詳しい情報がないと調べようがありませんので(影印本も普通に見れるところにはなく、職員に探してきて、取ってきてもらわねばならないところにあるようですから)、巻数がわかればお教えください。

うわあすまんすまん。面目ないっす。

じつはわたし、しらないんです。まったく。
一からはじめるわけです。

なぜかサイト上のコメント欄に送信できないので、ここに書いておきます。

それじゃ困りましたねえ。

ひとまず『万葉集』からあたってみてみましょう。それから、斎藤茂吉の本の写真をアップされていましたね。その何頁に「石灑」のことが書かれているか、わかりますか。(かささぎ注;下巻しか持っていず、巻頭に石激の歌、そのおなじ頁にちょこっと触れられている)それによって、『類聚古集』の何巻か、だいたいの見当はつくでしょうから、龍谷大学には1~20巻(4巻、欠本あり)あるようですが、全部出してきてもらって、調べてみましょう。國武先生の学的誠実さに敬服したものとして。

あっ、送信できました。同じものを申し訳ありません。いったいどうなっていたのでしょう。

万葉集では1418の歌番です
あのう恐れながら、
類聚こしゅうは、編集が全く違うんじゃなかったかなあ

まだ調べる時間さえないのです

ただただ水月さんが龍こく大学によく行かれてますから、ぱっと思いつきを言ってみただけでした
境界を破ると別の目ができますし

とりあえず。

明日か明後日に龍谷大学に行こうと思っていたのですが、先ほど大変お世話になっている建設会社の社長さんのお母さんがお亡くなりになって、明日・明後日が通夜・葬儀となりますので、龍大に行くことができません。そしてその後、龍大の図書館は18日までお盆のため休館日のようですから、仕方ないので、できる範囲でということで、いつもの町内にある市立図書館に行き(車で5分もかかりません。資料は、龍大とともに、この図書館で取り寄せてもらったりして、お世話になっています)、『万葉集』について少し調べてきました。後ほど整理して御報告いたします。

(1)まず論点です。貴女は、

>斎藤茂吉のいうことには、類聚古集に「石灑」とあり、いはそそぐとよむように示唆する説もあると書かれてまして、じっさいはどういう表記になっているのか

とおっしゃっています。それは『万葉集』巻第八、1418番の歌の初句の漢字表記が「石灑」となっているのか「石激」となっているのか、ということでしょうか。それとも訓みが「いはばしる」なのか「いはそそぐ」なのかということでしょうか。

(2)前者の場合、御存知のように『万葉集』には原本が伝わっていませんから、確かめようがありません。書写本はいくつかあるようですが、鎌倉時代後期で20巻完備する最古の写本といわれるのが西本願寺本です。これが今日、底本として多く利用されているようです。『岩波日本古典文学大系5 万葉集2』も底本として「竹柏園複製西本願寺本万葉集」とあり、その282頁には「石激」となっています。小学館の『日本古典文学全集 万葉集2』も底本は西本願寺本のようで、299頁に「石激」となっています。したがって、西本願寺本は「石激」の表記のように思われます。

(3)貴女が写真をアップされている斉藤茂吉の本は図書館になかったので、その写真をよく見ると、

>類聚古集に「石灑」とあるから、「石そそぐ」の(あと判読不明)のものと解釈する説もあるが、

とあります。私は実際に見ていませんが、茂吉によれば、『類聚古集』には「石灑」とあるのでしょうね。前の『岩波日本古典文学大系5 万葉集2』
282頁の頭註に初句について、

>石ばしる ─ 石のを激流する。ここ、石灑とある古写本によって、イハソソクと訓む説もある。

とあります。その古写本とは、『類聚古集』であり、イハソソクの訓は茂吉のいう一説と思われます。したがって、「石灑」か「石激」かは写本の相違となり、『万葉集』の原本がどうであったか、それが伝わらない以上、どうであったか確かめることはできません。

(4)「いはばしる」か「いはそそぐ」かについて、茂吉は、

>私は、初句をイハバシルと訓み、全体の調子から、(中略)のものとして解釈したく、

といっています。イハバシルと訓むのが歌全体のからいって調子いい、というのでしょうね。

『角川古語大辞典によれば、「いはそそ・ぐ」(石灑)について、

>水の流れや波が岩にぶつかって、しぶきを上げる。「いはばしる」とほぼ同じ意味で、「石激」「石流」などと表記された『万葉集』の歌は、旧訓で「いはそそく」と読んでいる。

とあります。「いはそそぐ」も「いはばしる」もほぼ同じ意味といっています。また「いはそそぐ」は旧訓といっていますから、訓みに新旧2種あるということでしょうか。

ちなみに、筑摩書房の『古典日本文学2 万葉集 上』184頁には「岩そそく」とあります。これの底本がわからないのですが、その下巻の口絵写真に西本願寺本が掲載されていますから、西本願寺本を底本としているのでしょうか。にもかかわらず、「岩そそく」とあるのは、旧訓によったものか、よくわかりません。

(まとめ)「石灑」か「石激」かは写本の相違で、『万葉集』の原本がどうであったか確かめることはできません。また「いはそそぐ」か「いはばしる」かは、ほぼ同意味で、新旧の訓みの相違か? あるいは学者の見解によるしかありません。ただ西本願寺本は「いはばしる」のようです。

なお、『類聚古集』がどうなっているかは、茂吉が「石灑」といっていますから、そうなんでしょう。それでも、龍谷大学には『類聚古集』の索引付きの影印本があるのを見つけましたから、今度確かめてきます。

お取り込み中、簡潔に充分にまとめてくださって、ありがとうございました。

われながら、いい球を投げたものだと感心します。偶然とは言え、水月さんは何かあちらからの言伝を手にしてかささぎブログを通りかかられたのでありましょう。

書くことはいっぱいあります。
しかし、とりあえず、ありがとうございます。

去年はじめて石激のうたの問題に目がひらいたのは、大谷雅夫先生の文学誌上の論文によってでした。
けさ、大谷先生のお名前で検索をかけましたら、かささぎがうちこんだ一文がこの先生ご自身の京都新聞社へのご寄稿☟http://www.kyoto-np.co.jp/info/sofia/20090719.htmlのあとに出ます。
うちこんでよかったとおもった。
いろんなことがつながっているなあ。

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コメント

万葉集の原本は残ってないということを踏まえても。
ながらくいはそそく、とよまれてきたものを、かえたとき、いははしるにかえたとき、。
原作者のおもいをふみにじることにはならないのだろうか。
こっちのほうがうたの本意だ、とか、調子がいいので、とかはまた、べつの問題とおもわれるのですが。
それがずうっと気になっていて、いつか自分でも調べてみたいなあと思っていたら、たまたま斎藤茂吉がごちゃごちゃしている机におちていて、それはかつて石橋秀野をしらべていたときに、安見子の歌をみるために買っていたのだけれど、その巻頭がこの石激の歌だったことに何か大きな啓示を受けてしまったのでした。
国武先生がこのあいだ、物語と史実のあいだで語られたこと、あなたそれはちがうでしょう。とは決していえないでしょう。とおっしゃった、その一言とともに、なんども胸によみがえることであります。

何度も申しておりますように、私は国文学が専門ではありません。近所の図書館でちょこっと調べてみたことを書いたにすぎません。まあ、うわっつらです。国文学を専門にしていらっしゃる方からすれば、とくに『万葉集』を専門にしていらっしゃる方からすれば、さぞかしお笑いになることでしょう。

私がまず論点として(1)に挙げたのは、『万葉集』巻第八、1418番の歌の初句の漢字表記が実際どうなっているのか、という明確な貴女の問いに対して、訓みが「いはばしる」か「いはそそぐ」かという点も挙げました。貴女がおっしゃっていないことをあえて挙げたのは、貴女は「いはばしる」ではなく「いはそそぐ」ではないかと思って質問していらっしゃるのではないかと勝手に想像したからです。

貴女は何も触れておられなかったけれど、『万葉集』の原本は不明ですが、「石激」という漢字表記があり、「いはばしる」と訓むのが通常のようです。しかし、原作者は「いはそそぐ」と訓んだのではないか、「いはばしる」は改変であるということですね。なぜか、私にはとうていわかりかねます。

でも、そういうことってあるんですよね。自分の専門に引き込んでしまいますが、法然聖人の法語に「問ていはく、称名念仏申す人は、みな往生すべしや。答ていはく、他力の念仏は往生すべし。自力の念仏はまたく往生すべからず」というのがあるんですが、これを江戸時代の浄土宗の大学者・義山という人が「他力の念仏は往生すべし。自力の念仏は、本より往生の志しにて申念仏にあらざれば、またく往生すべからず」と改ざんして、出版しているんです。これを義山本などといって、法然聖人の研究においては絶対用いてはならないとされています。義山が改ざんしたのは理由があってのことですが、法然聖人の教えとは異なってきます。

いま「いはそそぐ」を「いはばしる」と改変したというのも、原作者の意にそぐわず、あってはならないことでしょうね。待宵の歌が黒木地方で長く語りつがれていくうちに、下の句が変化していったというのとはまた違うでしょう。ただ古田武彦氏が提唱する邪馬台国の国名、「邪馬壹国」を「邪馬臺国」と改変したという問題ほど大きくはないと思いますが…。

いま、斎藤茂吉のを読み返していました。
小さいながらも私は激湍、げきたんであると思いたいのだ。と書かれていました。
チョロチョロと垂れて流れる水ではなく、小ぶりの瀧、その上のほとりにワラビが顔をだす春になったと。

ありがとう、ご法話の連句的。
最初から与えられたものとして、岩走ると読んでいたが、じつは分からないというのが凄いことだった。

使用言語アメリカ英語
のアクセスあり

これを札幌の古典研究室の杉浦教授にたずねてみたのですが、わたしは専門ではないのでわかりかねるというお返事でした。ふうん。そんなものなんだね。
ということはだ。
じぶんでかんがえろ、じぶんでしらべよ。
ということなんですね。

そこで、かささぎは、季節が季節ではあるし、山の民であったわが母に、おかあさん。こういう歌があって、ふるいふるい歌で、二種類の歌いだしがあるんだけど、どう思うか、と聞いてみた。
ほんとは、たちきの瀧春樹先生にきくのがいいかも。とおもったが、いまはとおいので、できない。(瀧春樹先生は、わらびやぜんまいが大好きで大好きで、どうやって見分けるかをおしえてくださったことがある)。
さて、かささぎの母曰く。
うたはつくったひとのよんだとおりに、いじったらいかんじゃろう。そのとおりにつたえんとね。
ばってん、ぜんまいなら石のある近くの湿地に生えるけど、わらびはねえ、日の当たる山中にはえとるけんね。
なんか、うたが暗くてうっそうとした岩場近くのわらびをよんでるけん、わらびじゃなくぜんまいのごたる気のするね。
というものでした。
なあるほど!

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