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2014年7月26日 (土)

筑後学ばぼちぼち、しゅい。(筑後学を折々にしましょう)

筑後国ってどこ?

筑後国は、現在の福岡県南部であり、小郡市、大刀洗町、久留米市、うきは市、大木町、大川市、柳川市、大牟田市、八女市、筑後市、みやま市、広川町にあたります。

筑後国には10の郡がありました

筑後国は、古代の10の郡、御原(みはら)郡、御井(みい)郡、山本(やまもと)郡、竹野(たかの)郡、生葉(いくは)郡、三潴(みずま)郡、上陽咩(かみつやめ)郡、下陽咩(しもつやめ)郡、山門(やまと)郡、三毛(みいけ)郡で構成されています。現在の郡名とほとんど変わりません。

どうして筑後国の一番北側に国府があるの?

筑後川流域の古代の郡のなかで、筑後川をまたいで設置されている郡は、筑後国府がある御井郡だけです。つまり、筑後川を渡る地点として、一番重要な場所であり、筑紫平野の陸路と水路の交差点なので、この場所に国府が置かれたと考えられます。

国府ってなに?

今で言う県のような行政単位である「国」ができあがったのは、今から1300年ほど前です。そして、それぞれの国に国府という役所が造られました。国府には、数百人の従業員が働き、さらにその家族や、職人などが住んでいたため、当時としては、地域の政治だけでなく、経済や文化のセンター的な役割をになっていました。そのため、国府跡の発掘調査では、さまざな道具や高級品などが出土し、当時の人々の生活や時代背景を考えるための貴重な資料となっています。

以上はぜんぶ、ここからコピペしました。転載させてもらい、ありがとうございます。http://www.city.kurume.fukuoka.jp/1060manabi/2050bunkazai/3020maibuncenter/2014-0611-1047-551.html

かささぎの旗記載:

小郡も筑後なんだ!とびっくりした。七夕神社がありますね。
七夕すいかというのは筑後一円にしかないようです。なぜだ。

黒木と星野の物語を調べていて、星野はむかし浮羽で、生葉郡だったことを知りましたが、六年ほど前、警備会社で働いていたころ、いくはの古い由緒書きの書かれた景色のよいところにひとり交通警備でたたされたことがありました。が、人も車も自転車さえ通らず、あまりに暇だったので、携帯で現場を写したことがあった。それ、かなり遠い写真ですが、蔵からさがしてきた。

http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2013/02/post-25aa.html

浮羽島の由来、と題した案内看板の文字、400倍に拡大しても見えませんね。
当時のかささぎ携帯写真の限界。なにをつかっていたかな。サイバーショット。

これでみると、的邑(いくはのむら)です。景行天皇のおはなしのなかででます。

くわしくしらべているブログ発見。じつにくわしい。
あたしは「いくは」までが盃とおもっていたら、「うき」が盃なんだ。笑

http://ameblo.jp/nankananka70/entry-10060230069.html

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