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2014年6月 3日 (火)

龍の谷から 15  牛の子と幻の命

水月さんの論文「親鸞聖人と法本房行空上人」を打ち込みながら、これまでこのような内容のものはいちども読んだことがないとおもいました。
星野黒木谷の行空上人の墓にぐうぜん出くわしてから、目に触れた資料はいろいろとあったのですが、宗教にしぼって問題を見ていくものはありませんでした。
ですから、面白いです。
仏教用語がわざとのように難解でとっつきにくいのも面白い。
はじめて知る漢字がたくさんあるので、調べつつ楽しみながら読んでる。
わからないことが大好きで、わからないという感覚はすごくだいじに思う。
だんだんと視界がひらけてくるときのかんじが、なにものにも代え難い。

昨夜うちこんだ文章のなかに、鎮西派というのがありました。
弁長の宗派みたいですが、どういうふうに派が違うのか、一つもわからないので、水月さんに問いかけてみました。以下がそのこたえです。

文・水月

鎮西派というのは今日普通にいわれる浄土宗のことです。
開祖は法然聖人と立てますが、実際は門弟の弁長上人の系統です。

法然聖人には数多くの門弟がおりましたが、そのなかで上足の弟子と呼ばれるのが、隆寛律師、幸西大徳、長西上人、弁長上人、證空上人、親鸞聖人などです。
隆寛律師の系統を長樂寺流といい、幸西大徳の系統を一念義(この呼び方には問題があります)、長西上人の系統を九品寺流といい、證空上人の系統を西山派といい、親鸞聖人の系統が浄土真宗です。
それらに対して弁長上人の系統を鎮西派とか鎮西義というのです
なぜ鎮西というかというと、弁長上人は筑前香月の生まれで、比叡山で天台宗の学問をおさめたのち、36歳のときに法然聖人の門に入り、足かけ8年、教えを受けたのち、43歳で郷里に帰って、九州で活躍されたからです。それで鎮西と呼ばれるのです。そして弁長上人の弟子の良忠上人がのちに、関東に下り、そのあと京都にのぼって法然教団の統一をはかったのです。それによって、開祖・法然上人、二祖・聖光(弁長)上人、三祖・良忠上人という浄土宗三代が確立し、法然教団の主流をしめるようになり、今日にいたっています。

弁長上人についての詳しいことはウィキを御覧ください。
ただ、その鎮西派が全法然教団を統一したわけではありません。隆寛律師の長樂寺流や幸西大徳の一念義などは早くに系統が途絶えましたが、證空上人の系統すなわち西山派は現在も浄土宗西山派(詳しくは、西山浄土宗・  浄土宗西山禅林寺派・浄土宗西山深草派の三つが並立しています)として伝わっています。そして親鸞聖人の系統が浄土真宗として伝わっているのは御存知の通りです。つまり、法然聖人の門流で現在まで伝わっているのは鎮西派と西山派と浄土真宗の三つということになります。
なお、前二者は法然聖人を開祖としていますが、浄土真宗は親鸞聖人を開祖とします。しかし親鸞聖人自身において自分が開祖になろうというような意志はまったくありませんでした。親鸞聖人のいわれる「浄土真宗」とは、法然聖人の浄土宗の真実義、法然聖人の浄土宗こそ真実の仏法であるという意味で、法然聖人の浄土宗のほかに浄土真宗を立てたというものではありません。むしろ親鸞聖人にいわせれば、浄土真宗の開祖は法然聖人である、自分はあくまで法然聖人の弟子であるというのが一貫した信条でした。ただ、のちの人が親鸞聖人を開祖とあがめたのです。そして法然聖人は元祖としてあおいでいます。今日の一般教養からすれば、法然聖人は浄土宗を開き、親鸞聖人は浄土真宗を開いたというように理解されていますが、実際はそうではないのです。親鸞聖人の浄土真宗も「法然聖人の浄土宗」のなかの一流派です。そして、繰り返しになりますが、今日の浄土宗というのは法然聖人を開祖とはしますが、実のところは弁長上人の系統なのです。
 
久留米の善導寺には弁長上人の御廟がありますが、善導寺の創建にあたっては草野氏の庇護があったといわれています。そう、草野氏です。本覚院の過去帳には「高野山千手院谷本覚院は待宵小従建立し玉ひ、星野、川崎、黒木、草野家の宿坊にて」とあり、「当寺開基行空上人四家の帰依によって筑後に下向し」とあります(和田重雄氏『貞享版 黒木物語』208頁)。調一党の星野・川崎・黒木の三氏とともに草野氏が出ています。草野氏は調一党と何か関係があるのでしょうか。
 
それと、ひとつ気になるのは、『黒木物語』には黒木助能が待宵小侍従を伴って帰郷したとき、正室は嫉妬のあまり川に身を投げ、城下に災いがおこったので、助能が剣一振りを淵に投じると、祟りはおさまったということです。それで話はいちおう終わりのようです。ところが國武久義氏の「唱導文学としての『黒木物語』─待宵小侍従説話について─」の第三章の終わりには、「以上は黒木地方に残る伝説のあらましであるが、星野村に伝わっている話では、ここに新たな人物が登場する。行空上人である」といわれています。これはどういうことでしょうか。黒木地方に伝わる伝説には行空上人は登場せず、星野村の伝説にだけ行空上人が登場するということでしょうか。黒木村と星野村は隣なのでしょう?どうして違いがあるのでしょうか。その星野村の伝説(行空上人が登場する)というのは和田重雄氏『貞享版 黒木物語』のなかにあるのでしょうか。隅から隅まで読んだわけではないですが、それにはないように思います。他の文献を御存知でしたら、ぜひお教えください。
ただ、その本の中では「本覚院は筑後国を檀家とする由来に、「(正室の祟り)鎮するに宝剣を淵に沈めたるも、たたり息(や)まず」とあります。ちょっと先ほとの黒木地方の伝説とは違いますね。國武氏が「星野村に伝わっている話」というのはこれのことをいっているのでしょうか。けれども、その「由来」は続いて小侍従が牛の子を産んで哀殺し、行空上人に救いを求めたといっています。牛の子を産んだのが正室の祟りなのでしょうか。あるいは話が変わっているのでしょうか。変わっていないとすれば、正室の祟りとして牛の子を産んで哀殺したのを悔い、行空上人の教えによって懺悔し帰依するようになり、高野山に本覚院を建立したということになります。その行空上人の墓が星野村の黒木谷にあるところから、星野村のほうの伝説に行空上人が加わったのでしょうか。黒木と星野のあいだで行空上人が登場するかしないか、理由はどこにあるのでしょう?
 
なお、國武氏の論稿の第五章「諸書の中の小侍従伝説」には、6の文献を引用されていますが、『北肥戦誌』にだけ、「待宵侍従下向の時所願ありて高野山に一寺を建立し、講坊と号す。是調姓の菩提寺なり」という一文があるようです。その他の書にはこうした記述は見当たりません。なぜ『北肥戦誌』http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/post-f7d8.htmlのみ本覚院のことに触れているのか、これも疑問です。その書に行空のことも書かれているか、確かめてみたいと思います。
 
前に小侍従が牛の子を産んだということについて、メタファーとして何か意味が隠されているということでしたが、そのメタファーが何を意味するのか解明するのは容易ではありません。メタファーなのですから。名探偵コナンにでも頼んでみなければならないかもしれませんね。案外、正室の祟りとして牛の子を産んだというだけで、嫉妬の激しさ、祟りの強烈さを物語るものとも思われます。
▼かささぎの独り言
昨夜、先月のアクセスをまとめていたら、幻の命が一位でした。
これにはびっくりです。どういうわけなんだろう。
だれに聞きようもありません。
先月新聞で数回にわたって中絶問題を連載していたのですが、そのとき最も印象に残ったのは、母胎になにかの障害があってどうしても中絶するしかなく、22週というギリギリでいのちを奪った。その子はうっすらと体毛も生えかけており、胸に抱かせてもらった。と書かれていた。
またある家族は、中絶した子を同じようにほかのきょうだいにも抱かせてあげた。という体験が語られていた。
これらはたしかにつらい喪失の記憶ではありましょうが、きれいに昇華させられた負の体験といえる。なぜなら、病気という大義名分があるから。
そうでなく、そのような理由ではない、たとえば不義密通の、この世に出てくるのが許されない事情を抱えた子とか、あるいはそんな重い理由はないが、親の都合でなかったことにしたいいのちを中断する場合の、そのつみのおもいをどう始末するかが、ほんとうはいちばん気がかりなことなんだろうと想像します。
だれもなにもいわない。なぜならひみつのことですから。
そしていえないからこそ初めて人は真っ当な人になる。
けっして、軽くないというのは、そこです。
ところで、なぜ小侍従は牛の子を産むのでしょう。
というか、調一党という三家、三兄弟のほかに牛の子?
いやまて、その三兄弟のうち、小侍従がうんだのは何人?
ああ、いくら伝説でも、整理整頓しなくちゃわからないよ。
それも気になるが、國武先生はどうもわざと、水月さんが言ってた、なんとかいう本にまでは遡及されなかったのではなかろうか、と思われてならない。なんだったっけ。行空上人が一宿上人と呼ばれて崇拝されてた説話のおおもとがのっていた本は。元亨釈書だっけ。わすれてしまいました。自分があたったわけじゃないですから。

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