無料ブログはココログ

« 「原発の真実を撮影した男・樋口健二」 | トップページ | ストップ少子化・地方元気戦略(8)(9) 実態と施策 »

2014年5月18日 (日)

親鸞聖人と法本房行空上人   四の下

文・水月

  四の下

 ただ行空が「念とは思ひとよむ、されば称名には非ず」と語ったことは疑えないが、それをもって何をいおうとしたのか必ずしも明らかではない。
もともと一念義・多念義というのは、法然の常教であった「信おば一念に生(むまる)ととり、行おば一形をはげむべし」といわれる信と行を切り離し、「信おば一念に生(むまる)ととり」のみを取り上げたのが一念義であり、「行おば一形をはげむべし」のみを取り上げたのが多念義である。
善導の用語でいえば、安心門と起行門である。安心門においては廃立をかけ、聖道門を捨て、雑行を捨て、助行を捨て、自力の称名を捨て、多念の称名を捨て、一声の称名をもって決定往生の業因と信じていくのである。起行門においてはその一声の称名を一生涯にわたって相続していくのである。安心門と起行門は一具であって、一方に執じて一方を廃してはならない。
聖覚(1167~1235)が『唯信鈔』に「一念決定しぬと信じて、しかも一生おこたりなく申すべきなり。これ正義とすべし」というとおりである。ただそこに往生決定する時を持ち込めば、安心門の一念義はいわゆる平生業成説になり、起行門の多念義は臨終業成説になって、互いに相容れない思想となる。行空が一念義を立てたということは、安心門を重視し、平生業成説を主張したのであろう。三長記』に「一念往生の義を立つ」といっているのは、多念を積むのでなく、一念で往生が決定することをいったものと思われる。そして「念とは思ひとよむ、されば称名には非ず」とは、本願を思う心がおこった時、一声の称名も待たずに、往生決定するということをいおうとしたものではなかろうか。
法然は『大経』に説かれる三処の一念(第十八願成就文・三輩段の下輩の文・弥勒付属の文)をいずれも行(称名)の一念と見ていた。行空はその中で第十八願成就文の一念を信の一念と見ようとしたのではないかと思う。弁長の『浄土宗要集』は、第十八願の「乃至十念」が称名であることは幽かであるが、「聞其名号、信心歓喜、乃至一念」という成就文によって「称名の念仏とは堅むるなり」といっている。
成就文を願文の「乃至十念」が称名であることの証権としている。その延長上に「一念とは思ひとよむ、されば称名には非ず」という行空の言葉が出てくるからである。行空は第十八願成就文の一念を信の一念と見て念=思と語ったのではなかろうか。
これが元久元年八月以前の言葉であり、親鸞も聞いていたとすると、親鸞に与えた影響は大なるものがあるといえよう。『教行証文類』『信文類』に成就文の一念を信の一念として釈願していくからである。また『一念多念文意』などに信心を得た即時に往生が決まると説いているからである。
行空の念=思はその先駆けと考えられる。そして行空が念=思を重視したことは、必ずしも称名を否定したものとは思えない。『三長記』に「勧むる所、執ずる所、只だ念仏往生の義なり」といっているからである。
むしろ行空は、法然の「他力の念仏は往生すべし、自力の念仏はまたく往生すべからず」を承けて、他力の念仏は念=思すなわち信にもとづく念仏であり、自力の念仏はそうでない念仏であると分明にし、念=思の信による他力の念仏をひとえに勧めたのではなかろうか。
のちに親鸞が『論註』の讚嘆門釈によって「大行とはすなはち無碍光如来の名を称するなり」といった如実の称名である。それが如実か不如実かは信心による。「如実修行相応は、信心ひとつにさだめたり」といわれるとおりである。行空が念=思を重視するのは、法然の専修念仏を正確に捉えようとしたあらわれだろう。それがまた親鸞の念仏観に影響を与えたものと思われる。ただ行空は行動派であったがために語っただけで、それらを理論化することもなく、のちの親鸞を待たねばならなかったのであろう。

しかし先学の行空に対する見方は異なっている。
住田智見氏は行空の義を「無念無称」とされているのである。また山上正尊氏は法然の門流における一念義と多念義を義によって種々に分類し、一念義のなかに「無念心(信)知」というものを立てられている。それは『漢語灯録』所収の「遺北陸道書状」といまの『浄土宗要集』と先述の『金剛宝戒章』によったものである。そのなかで主となるのは「遺北陸道書状」のようであるが、『西方指南抄』には収録されておらず、法然のものかどうか真偽の問題がある。中沢見明氏は偽作といい、重松明久氏は偽書と断定すべき根拠はなく信頼して差し支えないといわれている。

いずれにせよそれは、法然が承元三年(1209)北陸道で一念義を唱えている誑法者を批判したというものである。そこに「姧しく一念の偽法を弘めて、無行の過を謝することなし、剰へ無念の新義を立てて、猶ほ一称の小行を失ふ」といい、「所謂る心に弥陀の本願を知れば、身必ず極楽に往生す、浄土の業、是に於て満足す。此の上何ぞ一念に過ぎん。一返なりと雖も、重て名号を唱ふべけんや」といわれている。
一称の小行を廃して無念の新義を立て、心に弥陀の本願を知れば身は必ず浄土に往生することが満足するから、この上に一遍の念仏も必要ないというのである。まさに一念に執じて多念の称名を廃した典型的な一念義であるといえる。その一念も一声の称名ではなく、心に本願を知る一念であって、まったく無称である。
住田氏
は「無念の新義」という無念も「無称の義にて専ら心念を募る」ものであるといわれている。
もっとも「遺北陸道書状」には北陸道の誑法者というだけで、それが誰の義であるか示されているわけではない。しかし了祥法然が承元三年に「遺北陸道書状」で批判したという相手を、「北国佐渡にあるは法本なれば、おそらくは是なるべし」といい、「是佐渡流人、行空が事にして」といっている。住田智見氏も「『
北越書』(「遺北陸道書状」)にのたまふ処は、この行空のことなるべし」といわれている。また山上氏もこの義のなかに、『浄土宗要集』における「法本房の云く」と明記された文と、『金剛宝戒章』において念仏を「念は無念を以て念と云ふ、仏は心仏を以て仏と云ふ」という文を配されているから、おのずから行空の義ということになってくるが、当を得たものではないであろう。
行空は上述のとおり、称名を廃したのではなく、むしろ念仏を勧進していたからである。
「遺北陸道書状」は問題の書でもあり、行空の「念とは思ひとよむ、されば称名に非ず」の語を合わせてはならないと思う。

「五」へつづく

▼かささぎの愚痴

いやあ、とても、むずかしい。
ことば、内容、どっちもぜんぜんわからない。
しらべるのも、めんどくさいよね。
だいたいさ。字が出てこんちゃん。

おんなふたつに干すの字なんて、どっから引いてきたのだろう。
わたくし、まず「くんそくのかん」ということばを思い出し、君側の奸のカンの字の正字かもと思った。
そこで奸を出してほかに異体字がないか調べるも、ない。

で、女二つの横に干と書いてなんという字?で検索。
島津軍の関ヶ原における退却戦、「捨て奸(がまり)」に寄り道。
http://www.youtube.com/watch?v=opnPJlDFvTI

ひや~~おもしろい。壮大な敵陣を正面突破でぶっちぎり、にげたんだって。
三百名ほどいた軍勢が薩摩に逃げ帰ったときには八十名になっていたんだって。

は。

それとこことどう関係あんの。

ありません。

まったく関係ありませんでした。とほほ。

しかし、みつけました。ありました。

「姧しく一念の偽法を弘めて、無行の過を謝することなし、剰へ無念の新義を立てて、猶ほ一称の小行を失ふ」

ここんところですが。かしましく、ではないよねえ。意味がつうじないもの。
いやしく?いちねんのぎほうをひろめて、むぎょうのかをしゃすることなし、あまつさへ、むねんのしんぎをたてて、なほいっしょうのしょうぎょうをうしなふ。

意味はなんとなく掴めますが、正確な読みはわかりません。

ほかに、北陸道の誑法者のよみ。
きょうぼうしゃ、と思っていた、でも、「おうぼうしゃ」かもしれない。

それで誑法者で検索しましたところ、かささぎの旗がでました。げげ。

http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2014/04/post-5f90.html

« 「原発の真実を撮影した男・樋口健二」 | トップページ | ストップ少子化・地方元気戦略(8)(9) 実態と施策 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 親鸞聖人と法本房行空上人   四の下:

« 「原発の真実を撮影した男・樋口健二」 | トップページ | ストップ少子化・地方元気戦略(8)(9) 実態と施策 »

最近のトラックバック

2020年7月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31