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2014年5月27日 (火)

かささぎの旗(二十一) 戦争と震災

  かささぎの旗(二十一)

             姫野恭子

 

 

 ブログを毎日まいにち書いていると、不思議なことが時にある。時にどころか、この世は不思議に満ちていることに、まるで夢見る乙女子のようなおののきを感じるのである。

川は上流と下流と同時に流れているし同時に存在している、ということを、私たちは頭では了解しているのだが、ではこれが川ではなく時の川だとどうなるのか。過去と未来は同時に存在していると言えるだろうか。

 そのような曖昧で哲学的な疑問にも、はっきりと圧倒的な実感をもって、イエス、と答えることができるようになるのだ。

 いま起きていることは、過去にもあったこと。今日只今の骨折りは未来への因となる。

消費増税実施が粛々と行われ、驚くほど静かな国民のわれわれの順応がつづく。平和だ。

 

  車にも仰臥という死春の山

 

  天地は一つたらんと大地震

 

地震の闇百足となりて歩むべし

 

  瓦礫みな人間のもの犬ふぐり

 

  鬼哭とは人が泣くこと夜の梅

 

 高野ムツオ句集『萬の翅』からの五句。

谷口愼也編集「連衆」誌からの引用ですが、

これの句は絶対に先の震災と切り離して読ん

ではならない。―と、谷口先生は注意を促し

ておられます。これらは震災と共にある、賞

味期限つきの作品だというのです。つまり、

これらは時事句であり、永遠のいのちを保つ

かどうかは、作品の価値がきめることだと愼

也先生は書いておられるのです。震災という

大まえがきのある句たち。

 

 一方、これは「円錐」誌から拾いました。

中村草田男の一句について、同人の味元昭次

氏が提示されたはなしをご紹介したい。

 勇気こそ地の塩なれや梅真白 草田男

 この一句を味元氏は戦争とは切り離したと

ころで普遍的に味わいつつ、いい句だと思っ

てきたのだそうだ。ところが、あるとき、『

日本名句集成』で飯島晴子の解説を読み、愕

然としたという。そこにはこう書いてあった。

  昭和十九年作。地の塩とは聖書の中の言

葉で、「汝らは地の塩なり」から取られてい

る。人間社会の腐敗を防ぐべく身を挺す者と

いう意味である。香西輝雄『中村草田男』(

昭和42)によると、発表された時には、「

出陣近き教え子に語りて、次の一句を示す」

と前書があったそうである。『来し方行方』

(昭和22)では前書は削られている。戦後、

前書の事情なしで普遍的に通用する作品だと

草田男自身が認めたのであろう。真の勇気は

確かに時代を超えて地の塩たり得るものであ

る。梅の花の簡素純白も凛然たる勇気を象徴

している。今はカソリック墓地に眠る草田の

寝墓の表には、この句が刻まれている。

 

 一度前書をつけて戦に赴く生徒たちに贈っ

た句から、時代状況が変わったからとて、前

書を取り外すのは、うしろめたいことではな

いのか。そう、味元はいうのだ。

 今回は、戦争と震災というふたつの時事に

ついての作品を、ならべてみた。

 

(九州俳句誌より転載)

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