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2014年5月 4日 (日)

うかうかと一ツ目神社に迷ひこむ

うかうかと一ツ目神社に迷いこむ

松尾敬宇中佐のお墓を訪ねる途中で、迷い込んだ古い社。

うかうかと一ツ目神社に迷いこむ

広々とした池が参道の右手に迫っていました。

うかうかと一ツ目神社に迷いこむ

参道は細く長く、むこうから車がきてもすれ違うことはできません。

うかうかと一ツ目神社に迷いこむ

うかうかと一ツ目神社に迷いこむ

車をおりて、母を車に残して、行き止まりにある神社にUターンできる駐車場があるかを確認しにいきました。
すると池からウシガエルの野太い声が聞こえてきました。人の気配はありません。

うかうかと一ツ目神社に迷いこむ

だれもいず。しーんとした古いやしろ。

うかうかと一ツ目神社に迷いこむ

案内板には西暦五百年ころの創建だと書かれています。ふるい!

以下、くまもとの案内からもってきましたので、よんでくだされ。

「一ツ目神社は一ツ目水源に行く途中にあります。別名薄野神社ともいいます。この神社は継体天皇の4年(510年)11月4日に始めてお祀りしたといわれています。祀った人は若山連という人の子孫で吉田某(現在の下吉田八幡の神主さんの祖先)だということです。若山連という人は景行天皇が震岳の賊を征伐された時ついて来た人で天皇に命ぜられて上吉田の布都原に残り八神殿を祀られたといわれています。
    この神社の祭神は天目一箇神(あまのめひとつのかみ)です。この神様は、鍛冶の神様です。確かに一つ目神社の周辺では、昔から良質な砂鉄がとれていたという話があります。

    これほど古い由緒ある神社ですが度々の火災にあいました。現在残っている神殿は安永8(1779)年、拝殿は天明3(1783)年、神門は寛延4(1751)年に建ったものです。また、二の鳥居は元禄6(1693)年に建ったもので、山鹿市で一番古い鳥居です。
    神社の裏には「肥後国誌」にも記されている「世止命の池」というたいへん古い池があります。

    また、神社の周囲は大きなスギやイチョウの木があります。これらの木は、平成2年に「薄野神社の森」として「ふるさと熊本の樹木」に登録されました。」

※薄野神社と書いて、うすのじんじゃ、なのか、すすきのじんじゃ、なのか不明です。
かささぎ的には、すすきのだと思うよ。うすくないもの。笑。

菊池の千本槍は有名です。その菊池はとなりです。
製鉄の神さまを祀った神社だったのでしょうね。

蛍がたくさん見れるところだとも書かれています。車で行くの、こわいなあ。

うかうかと一ツ目神社に迷いこむ

うかうかと一ツ目神社に迷いこむ

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