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2014年5月 1日 (木)

みだりがはしき三句

みだりがはしき三句

想ふとき故人はありぬ遠白波   澤 好摩

 想太き、とは何ぞ。
想念が人より太いのだろうか。
だから死してなおオーラが強く、いまもその人を思うと、まるで思いに応えるかのように、ほら。むこうの沖に白波がたったよ。

(と、最初はこんなアホな読みをしていた。あながち、間違いではないだろう。)

  
みだりがはしき三句

裏町のみだりがはしき芙蓉かな    澤 好摩

 先日から本願寺派の僧、水月師とああでもないこうでもないと論じている、そして論じれば論じるほど、なぜかなつかしい、親鸞が御上(後鳥羽院か)に書き送った奏状にあった、「みだりがはしき(猥)」が強烈に残像として生きているため、これがまっすぐ目に飛び込んできた。
裏町を歩いていると、庭先の芙蓉が目にとまった。どぎつい桃色であった、しどけない娼婦のように思えた。。。という読みが一つ浮かぶ。
連想句として、摂津幸彦の次の句が浮かんだ。

露地裏を夜汽車と思ふ金魚かな   攝津幸彦

みだりがはしき三句

凭るるは柱がよけれ妹よ    澤 好摩

この柱は俳句の詩形をさすだろう。
どんなどでかい妹でも倒れんめや。
(※この「~めや」、今でもヤメでは生きている、方言として。)

ほかに、印象にのこった句に、追悼句があります。
ここに紹介したいのですが、あいにく句集を工場に忘れてきました。
影まで酔ひて駅の戒壇に消えてゆく、というような句でした。すみません。
石橋秀野に、雪の銀座の一句あり。
宴が果てれば論も果てたり雪の銀座
だったっけ。ああいいかげんだなあ。わすれてしまった。
さけものまんのに、こまったことだ。

そうそう。煙草吸う、という句がありましたよね。場は機だというよな一瞬の隙をつく。
そうそう。ここらへんでは、たばこは「のむ」というのです。
(たばこは飲んだらいかんでしょう。)

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