無料ブログはココログ

« ストップ少子化・地方元気戦略(7) 人の流れを変える | トップページ | 「原発の真実を撮影した男・樋口健二」 »

2014年5月18日 (日)

『一枚のハガキ』

きのう、母と新藤兼人監督のさいごの映画『一枚のハガキ』をみた。
大竹しのぶの最初の夫になる俳優さん、よく見かける人ですが名前を知らなかったので調べますと、
六平 直政(むさか なおまさ、本名:同じ、1954年4月10日 - )は、東京都中野区出身の俳優。アトリエM所属。若き日、状況劇場に所属していた、とありました。

むひらと書いて、まさかのムサカ!

なしてやん。とさらにググると。

珍しい「六平」姓は、父親が秋田県由利本荘市で代々続く真宗大谷派寺院の出で「平家の落人が六つの赤旗を立てた」というこの土地の言い伝えから「むつあか」が縮まって「むさか」になったという[1]。現在も親族が当地で住職を務める他、全国に7 - 8軒ある「六平」家は全て親戚という[1]。

(ウィキペディアより)

魂魄の入った映画だった。
どの役者さんもどの場面も、キラキラとすばらしかった。
戦争がかなしくて、男も女もかなしくて、なみだがぽろぽろこぼれた。

ここから、連句的なおはなしになります。
わたしはこないだの還暦同窓会のとき、なつかしい中学時代の恩師に数十年ぶりであったのですが、そのときに、ずうっと疑問に思っていたことをぶしつけにも尋ねてみたのです。
(じつにプライベートなことだから、書いていいものかどうか迷いに迷いましたが、かささぎだし、許してもらおう。)

先生は当時まだお若かった。私たち生徒とそう違わないように見えた。
クラスにとても頭のいい秀才がいて、噂では先生は彼の姉だという。
それにしても年が離れています。(15歳ほど)
そのことをきいたの。ほんとうに姉弟なのですかと。
すると先生はまさに一枚のハガキの中の村のしきたりと同じ話をなさいました。
わたしはなにかいやでたまらなかったのよ、ともいわれました。
しまった、また余計なことを聞いてしまったなあと思ったけれど、・・。

かささぎ、以前にも、これと似たような話を書いた記憶がある。
長崎原爆忌平和祈念俳句大会に行ったときの思い出。
入賞作品集を手に、この句、いい句ですねえと隣に座ったひとにいったら、その人が作者だったのです。

まだ句を記憶している、えらいぞ、かささぎ!こうです。

麨や戦争後家と母呼ばれ

季語は、麨(はったい)、麦こがしです。
この句からきこえるのは、母のかなしみを見ていた、むすめだった人のかなしみ。

« ストップ少子化・地方元気戦略(7) 人の流れを変える | トップページ | 「原発の真実を撮影した男・樋口健二」 »

コメント

おどろいた。
秋田の由利本荘市からトラックバック。
ああ、そうか。まさかのむさかさん。
自分のかいた文を読んで、いま連想したのが、黄泉比良坂。
坂なのに平べったいとこが、六平と深層で通じる。
父の家は真宗大谷派のお寺さんとありました。
これもまたちょうどのところに石がおちたんだね。

かささぎの同窓会での恩師との会話で、先生がおっしゃった言葉が、映画のなかでも語られたものだから、わたしはついかいてしまいましたが、映画をご覧になってない方にはなんのことかわからないかもしれませんね。
つまり、出征して戦死した兵の家に弟がいたら、嫂と夫婦にならなければならないというのが村の習わしである、というものです。
映画では、このむらでは、・・といったのですが、先生もおなじことをおっしゃった。ということは、わりとどこの村でもおなじ風習があったものと思われる。
よめというのは、未来を運ぶかなめのひとであり、だいじな労働力であり。

映画をみていて、なんともいえない気分になった。

ものがなにもないというのは、うつくしいなあ。
という感慨もわいた、。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 『一枚のハガキ』:

« ストップ少子化・地方元気戦略(7) 人の流れを変える | トップページ | 「原発の真実を撮影した男・樋口健二」 »

最近のトラックバック

2020年2月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29