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2014年4月 1日 (火)

行空とは何者か~『法本房行空上人と造悪無碍』 5・6

 水月・文

    五

 では、なぜ行空が造悪者と見なされてきたのかということも見ておかねばならないであろう。第一の要因は行空が法然から破門をうけたからと思われる。前に触れた『三長記』元久三年二月三十日の条には「行空に於ては殊に不当なるに依つて、源空上人一弟を放ち了る(72)」とある。松野純孝氏はこれを、藤原長兼の単なる風聞に基づいたものではなかろうかと疑問視されているが(73)、私は事実であったと思う。というのは、さきの『西方指南抄』「七箇条制誡」に、「善信 行空」の次第になっているからである。行空は親鸞より相当先輩と考えられる。その行空を自分の後ろに置くのは不遜であろう。前に傍線を記したように松野氏は、行空を後から思い出したといわれるが、それなら書き直すことくらいはできたはずである。それもせず、真蹟本を真仏(一二○九~一二五八)に伝授し、覚信(生没年不詳)に書写を許している。それはやはり、いちおう破門を受けたからであろう。

 

 そうすると、問題になるのは破門の理由である。『三長記』は「殊に不当」というのみで、具体的な理由を示していない。先学は種々にいわれるが、たとえば梯實圓氏は「その言動の社会的影響を勘案してのことであったと考えられる(74)」といわれている。そこで思い合わされるのは、『興福寺奏状』の「第二、新像を図する失」で取り上げられる摂取不捨曼荼羅である(75)。それは民衆教化に絶大な成果をあげたようである。既成の仏教からはげしく非難された所以である。それを誰がはじめたのか定かではないが、不思議にも諸種の法然伝にこのことが触れられていない。もしかすると破門を受けた行空が発案あるいは積極的に伝道に用いたからではなかろうか。摂取不捨曼荼羅は『観念法門』や『選択集』摂取章などの意を図像化したものであるから(76)、法然の意に反するものではない。ただ、法然は梯氏のいわれる「社会的影響」をはばかり、破門という措置に及んだのであろう。すなわち行空の破門は摂取不捨曼荼羅にあると思うのである(77)。行空が異端を唱えたとか、法然と意見が対立したとかいうものではなかったであろう。いずれにしても、その破門は名目上であって、実効力のなかったものと思われる。その証拠に行空は、翌年のいわゆる承元(建永)の法難で、流罪になっている。それゆえさきほど「いちおう破門を受けた」といったのである。

   

 第二に、『金剛宝戒章』と『浄土布薩式』の著者の問題がある。両書は法然に仮託した偽書と見なされるものであるが、了祥は「かれ(=行空)が偽作にして(78)」といっている。しかし、円智(?~一七○三)・義山(一六四七~一七一七)の『行状絵図翼賛』には『金剛宝戒章』を行空の輩が偽作したもので、長楽寺の鏡空(生没年不詳)の奥書にいわれているということである(79)。また三田全信氏によれば、江戸時代に『浄土布薩式』を西山邪徒の偽書とする説などがあったという(80)。近年では恵谷隆戒氏が『金剛宝戒章』を一説として行空の輩が偽作したといい、『浄土布薩式』もそれと関連があるから作者はおそらく同一系統の人かといわれている(81)。また大橋俊雄氏や石田瑞麿氏、坪井俊映氏は『金剛宝戒章』の著者を湛空(一一七六~一二五三)の流れを汲むものといい(82)、井川定慶氏は『浄土布薩式』を聖冏(一三四一~一四二○)の頃に偽作されたものといわれている(83)。このように諸説ある以上、必ずしも行空自身の作と決めるわけにはいかない。

   

 第三に、『漢語灯録』所収の「遺北陸道書状」の所対がある。「遺北陸道書状」は「北越書」などとも呼ばれ、承元三年(一二○九)法然が北陸道の誑法者を批判したものである。了祥は「元祖『北越書』にのたまふところ、(中略)北国佐渡にあるは法本なれば、おそらくは是なるべし」といい、「是佐渡流人、行空が事にして」といって(84)、所対の誑法者を行空と見ている。住田智見氏も「『北越書』にのたまふ処は、この行空のことなるべし(85)」といわれている。しかし、「遺北陸道書状」は『西方指南抄』に収録されておらず、中沢見明氏は偽作といい(86)、重松明久氏は偽書と断定すべき根拠はなく信憑して差し支えないといわれている(87)。このように「遺北陸道書状」には真偽の問題もあり、行空その人を正面から批判されているわけではないので、簡単に行空が誑法者であるとはいえないであろう。

 

 第四に、元久三年二月三十日の宣旨に行空を「忽(たちま)ち一念往生の義を立て、故(ことさら)に十戒毀(教カ)化の業を勧め、恣(ほしいまま)に余仏を謗り、其の念仏行を違失す(願(ママ)進す)(88)」とある。大原性実氏はこれによって「十戒毀犯之業、即ち造悪の邪説を骨頂したところが大いに師説に叛いた所以であっ」たといわれている(89)。難しい問題であるが、戒を捨てしめたということが、ただちに造悪につながるものであろうか。法然によれば、阿弥陀仏は衆生往生の行として念仏一行を選択された。それを信ずるということは、戒をはじめ念仏以外の一切の行を廃捨することである。行空が「十戒毀(教カ)化の業を勧め」たというのは、法然の選択・廃立を、真っ向から振りかざしたことをいうのであろう。行空は師説に背いたというより、むしろ師説に純粋すぎるほど忠実であったのではなかろうか。興福寺から「偏執、傍輩に過ぐ」と非難される所以である。しかし、行き過ぎた点はあったにせよ、行空は「七箇条制誡」に署名している。また親鸞もそれを『西方指南抄』に確認している。そのなかには「一、念仏門に於て戒行無しと号して、専ら婬・酒・食肉を勧め、適、律儀を守る者を雑行と名づく。弥陀の本願を憑む者、説いて造悪を恐るゝこと勿れといふことを停止すべきこと(90)」(傍線筆者)という条目もある。これに署名している以上、造悪をほしいままにしていたとは思えない。

           

 ともあれ、行空は興福寺から名指しされる法然門下の過激派であったが、造悪無碍者でなかったことは、親鸞が『西方指南抄』の「七箇条制誡」に「行空」と記していることから知られよう。もし造悪無碍者であったなら、善証房のように、つつしんで遠ざかっていたはずである。そこで「行空」という、わずか二字の署名であるが、値千金の重さがあると思う。行空の実像を示す二字であろう。また、これによって行空の立てた義も考え直さねばならないが、次の課題としたい。

       

      終

脚注:

平成二十五年差月発行の龍谷教学第48号抜刷

『法本房行空上人と造悪無碍』  森本光慈・著

この論文はこれで終わりですが、せっかく二冊いただきましたので、もう一冊のほうも転載したいのですが。おつきあいください。

(72)『三長記』元久三年二月三十日の条(『増補史料大成』三一・一八三頁)

(73)松野純孝氏『親鸞─その生涯と思想の展開過程』(三省堂、一九五九年)八七頁。

(74)梯實圓氏『法然教学の研究』(永田文昌堂、一九八六年)十七頁。

(75)『興福寺奏状』(『岩波思想大系十五 鎌倉旧仏教』三三頁)。摂取不捨曼荼羅については、梯實圓氏『法然教学の研究』(永田文昌堂、一九八六年)五○六~五○八頁、千葉乗隆氏「摂取不捨曼荼羅について」(同氏『真宗文化と本尊』〈法蔵館、二○○二年〉所収)などを参照されたい。

(76)『観念法門』、『選択集』摂取章(『浄土真宗聖典七祖篇〈註釈版〉』六一八、一二二八頁)など。

(77)この点、拙稿「親鸞聖人と法本房行空上人」(『行信学報』二四、二○一一年)に行空破門を「七箇条制誡」に反したためと記したことは訂正したい。

(78)了祥『異義集』巻一(『続真宗大系』十九・四頁)

(79)『円光大師行状絵図翼賛』巻四十六(『浄土宗全書』一六・六六四頁)

(80)三田全信氏「金剛宝戒と浄土布薩の論集 解説」(『浄土宗典籍研究』〈山喜房佛書林、一九七五年〉七五八頁)

(81)恵谷隆戒氏『円頓戒概論』(大東出版社、一九三七年)一六六頁。

(82)大橋俊雄氏「金剛宝戒章の成立について─伝法然上人撰述書研究其二─」(『印度学仏教学研究』一○─二、一九六二年)、石田瑞麿氏「『金剛宝戒章』の成立とその思想」(『奥田慈応先生喜寿記念 仏教思想論集』所収、一九七六年)、坪井俊映氏『法然浄土教の研究─伝統と自証について─』(隆文館、一九八二年)七四一頁。

(83)井川定慶氏「浄土布薩式の検討」(『仏教大学研究紀要』三八、一九七○年)

(84)了祥『異義集』巻一(『続真宗大系』十九・三頁)

(85)住田智見氏『異義史考』(同氏著作集『異義史の研究』〈法蔵館、一九八七年〉一五○頁)

(86)中沢見明氏『真宗源流史論』(法蔵館、一九五一年)九四~九五、一○二~一○三頁。ほかに田村円澄氏『法然上人伝の研究』(法蔵館、一九七二年)三九頁には『西方指南抄』所収の「光明房に答ふる書」を換骨奪胎したものといわれている。

(87)重松明久氏『日本浄土教成立過程の研究』(平楽寺書店、一九六四年)三八八、四八二、四八五頁。

(88)元久三年二月三十日の宣旨(『鎌倉遺文』三・二七○頁・一六○五号)には「還失念仏行」とあるが、『三長記』同条(『増補史料大成』三一・一八三頁)には「願進其念仏行」とある。これから述べる大原性実氏は前者を用いている。

(89)大原性実氏『真宗異義異安心の研究』(永田文昌堂、一九五六年)七六頁。

(90)『西方指南抄』巻中末所収「七箇条制誡」(『真宗聖教全書』四・一五三頁)

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コメント

摂取不捨曼荼羅について調べていたら、おもしろい記事にであう。ほれよ。これどす。☟
それにしても、熊谷直実。なんども見直した、熊谷真実に見えてしまって。
わすれぬようにかいておきます。
心せよ。熊谷直実と熊谷真実はちがひます。

滞在時間 25分12秒 閲覧ページ数 8ページ 参照元 pdf 金剛宝戒章

へえー。

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