無料ブログはココログ

« 第6次医療法改正(15) 知事の権限強化 | トップページ | どうですか、って。 »

2014年3月10日 (月)

渋谷幽哉師遺稿集より 「ひよこ飛びなさい」7

渋谷幽哉・文

出撃命令

四月十一日夜二一〇〇(フタ ヒト マル マル)、スピーカーが搭(とう)乗員整列を告げた。飛行隊長の山田大尉が一枚の紙片を持ってわれわれの前に立ち、菊水二号作戦が発令される。本隊から次の三名に行ってもらう。呼ばれたら一歩前へ」とH少尉、F少尉、M少尉を指名した。同様に十六日菊水三号にS少尉、T少尉、四月二十八日菊水四号にO少尉、H少尉、S少尉、五月四日菊水五号にK少尉と次々に行ってしまった。

出撃下令の夜は遺書、遺品の整理、地図を広げての作戦準備に忙しい。そんなときの皆は異様に寡黙である。残る者は彼らの搭乗機の整備状況を点検するため出かける。整備員はほとんど夜を徹し、必中の願いをこめて整備に余念がない。思わず頭が下がる。もし一機でも不調で帰投するようなことがあると、いじらしいくらい慟哭(どうこく)するということを聞いた。彼らも出撃する者に劣らぬぐらい必死なのだ。

東の空が白むころ、出撃学生を飛行場に送る。昨夜は眠れたであろうか。まんじりともしなかったであろう。死出の装束を着けた彼らの後ろ姿に神々しさが漂う。O少尉はその辞世に「もろもろの装ひつけて国のため 征で立つ姿母に見せばや」と詠んでいる。出撃者を全員指揮所前で別杯が行われる間、戦友の乗機を列線に運ぶ。見ると八百キロ爆弾がみがき上げられて、白ペンキで「必中」と記してある。敵艦までわずか二時間余だが、心尽くしの巻きずし、飲み物が積み込まれる。午前六時発進だ。乗り込む友と力いっぱい手を握り合い肩を抱き合う。「一足先に行って貴様たちを待ってるぞ」「必ず行くぞ」。
やがて轟々(ごうごう)とエンジンがうなり、おもむろに走り出す。片手を振りながら、純白のマフラーをなびかせつつ重そうに離陸していく。燃料は片道分だ。大地を離れた一瞬、再び彼らに生きて相まみえることはない。生と死のはざまはかくてまことにあっけなく訪れ去っていく。

時を移さず地下壕(ごう)の無電室に駆け込み、電信員の動きをかたずをのんで見守る。三、四十分で敵戦闘機の巣窟(くつ)、奄美大島の西方洋上に達するのだ。やがて、戦友の搭乗機が敵機に遭遇したと発信してくる。爆装した低速の九七式三号艦攻は動きが鈍い。目を閉じて、心のなかで友の無事を念ずるが、次々に撃墜されていくのがわかる。さぞ無念だろう。歯ぎしりをしながら友の胸中を察する。張り詰めた無電室の空気も沈みがちになる。あと何機残っているのだ、一機でもいい、二機でもいい、なにがなんでも彼らの攻撃を成功させたい。無電はまだ入らぬか、皆の心が焦燥と不安に揺らぐ。

(つづく)

(初出・熊本日日新聞昭和五十三年十月)

もろもろの装ひつけて国のため 征で立つ姿母に見せばや  大石政則辞世

http://eireinikotaerukai.com/documents/document_001.html

大石政則隊員、搭乗機の風防に油漏れのため引き返したときの次第をつづった日記
(四月十二日付)

http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/27_ca09.html

(大石政則日記は残ってまとめられ、本になったが、渋谷幽哉師ご自身は日誌をつけておられなかっただろうか。もちろん、いろいろな顕彰会、ことに戦友会での慰霊の機会は数多くあったことだろう。
聞くもがなの、うかつなことを尋ねてしまった。
かたときもわすれることなどできなかったに違いない。

« 第6次医療法改正(15) 知事の権限強化 | トップページ | どうですか、って。 »

コメント

彼(大石政則少尉)の辞世

○待ちわびし 身に甲斐ありて大君の
 御盾ととびたつ今日のうれしさ
○もろもろのよそほひつけて國のため
 いで立つ姿母に見せばや

渋谷幽哉師の辞世

皇民(すめたみ)はかくなる時し強してふ
古人(いにしへびと)の言ぞ偲ばゆ

この歌は幽哉師の実弟渋谷長流(ながる)氏の書かれた「幽哉氏の生涯」にて紹介されています。
実父は歌人でもあられたので、墨と短冊と矢立を用意して辞世をしたためさせた、とあります。とても風格のあるうただとおもう。

この二つの句は本当の気持ちだと思いますか?
かささぎさんは。

私には本当だと思えるんです。
この心境まで達してたと思うんです。

たらちねのいませし空を伏し拝み
別れの言葉告げたて奉る

もうひとつの搭乗直前のこの句
直前までこれ書いて搭乗した。

これが一番慟哭しました。

夜勤をしているときなどに、よくおもうこと。
少しでも怪我したりしたら、こころは大騒ぎです。
釘で指を打ちそうになっただけでも、溶接の焼けとり機で感電しそうになったりしただけでも、あるいはダンボールで指を切っただけでも。
いのちをちょっとでも損なうように感じることから、本能は逃げてます。
それなのに、自分のいのちを捧げる、我と我が身を砕きに行く、なんてことがどうしてできるのかと、考えるだに恐ろしくてなりません。

ああ同期の桜の動画をみなければなりませんが。
意識をぐっとあげなければ、とてもみれるものではありません。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 渋谷幽哉師遺稿集より 「ひよこ飛びなさい」7:

« 第6次医療法改正(15) 知事の権限強化 | トップページ | どうですか、って。 »

最近のトラックバック

2020年7月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31