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2014年3月 1日 (土)

渋谷幽哉師の遺稿から  「ひよこ飛びなさい」5

渋谷幽哉・文

燃料不足

 

燃料不足は飛行作業を不定期なものにしてしまうほど深刻だったようで、艦攻隊でも学生のなかから十数名を選んで特別訓練を実施することになった。およそ出水空いらい、練習機・雷撃機と乗り継いで猛訓練をしたが、われわれの飛行時間は平均してようやく二百時間そこそこだった。小型機では普通三百時間ぐらいが、やっと一人前と言われている。もう少し飛ばねばならぬのだが、今はそんなぜいたくは言っておれないらしい。まさかと思っていたが、私もその一人に選ばれた。選にもれた連中がじだんだ踏んで悔しがり、われわれの幸運を羨(せん)望した。無理もない。彼らの当分の仕事は土方作業なのだから。特訓は朝、昼、晩ぶっ通しの猛烈さで、飛びに飛んだ。燃料も優先的にもらえた。察するところ、急きょ一定数の特攻要員を養成せよ、と厳命がきたのだろう。夜間定着、計器飛行、三角航法、夜間飛行等が矢継ぎ早に実施され、日ごとに腕を上げていった。そんなある日、一番腕のいい金田少尉が編隊離陸で失速殉職した。原因は一番機の上昇速度不足とささやかれた。われわれの手で納棺したが、全身打撲、あまたの骨折、粉砕即死であった。

明けて昭和二十年三月十八日早朝、宇佐始まっていらいの驚天動地の大事件が起きた。敵艦載機の奇襲攻撃である。その数二、三十機。グラマンF4F、コルセアーなど、太陽を背に突っ込んできた。目標は当時宇佐空に駐留していた一式陸攻桜花隊(人間爆弾部隊)だ。出撃直前、燃料満載で約四十五機並んでいたのだ。超低空、地上に激突せんばかりに機銃掃射を繰り返した。長いように思ったが、その間十数分もあったろうか。一式陸攻は次々に爆破炎上して、ほとんど灰塵(じん)に帰した。敵ながら見事であった。わが方の応戦は陸軍の三式戦「飛燕(えん)}がただ一機、勇猛果敢に空戦を挑んでいたのが強く脳裏に焼き付いている。幸い、隊の施設等には大した被害はなかったが、少数の死傷者が出たし、配電室もロケット弾が命中して、その晩は停電を余儀なくされ、食事ができず、ろうそくの明かりで、カンメンポウ(堅パン)をかじったことを思い出す。

これは当隊にとって大変な衝撃であった。皆の気持ちのなかに戦局の帰趨(きすう)についての、淡い不安の念が生まれ、このままじっとしておれないといういらだたしさがみなぎり始めた。

▼かささぎメモ

数日、カラーリングができない。
文字の色付け不能。

かささぎの旗が大石政則日記を転載している中に、上記の驚天動地の宇佐空での被弾がなかったか、探した。
日付を合致させて転載していたため、みつかった。

同日付の日記転載分:http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_66d2_1.html

○転載分全目録

  • 大石政則日記  最後の遺書 2008.04.27
  • 大石政則日記 その31 2008.04.16
  • 大石政則日記 その30 2008.04.15
  • 大石政則日記 その29 2008.04.14
  • 大石政則日記 その28 2008.04.13
  • 大石政則日記 その27 2008.04.12
  • 大石政則日記 その26 2008.04.11
  • 大石政則日記 その25 2008.04.10
  • 大石政則日記 その24 2008.04.09
  • 大石政則日記 その23 2008.04.08
  • 大石政則日記 その22 2008.04.07
  • 大石政則日記 その21 2008.04.06
  • 大石政則日記 その20 2008.04.05
  • 大石政則日記 その19 2008.04.02
  • 大石政則日記 その18 2008.04.01
  • 串良基地慰霊祭における追悼文 2008.03.30
  • 大石政則日記 その17 2008.03.23
  • 大石政則日記 その16 2008.03.22
  • 大石政則日記 その15 2008.03.21
  • 大石政則日記 その14 2008.03.20
  • 大石政則日記 その13 2008.03.19
  • 大石政則日記 その12 2008.03.18
  • 大石政則日記 その11 2008.03.17
  • 大石政則日記 その10 2008.03.01
  • 大石政則日記 その9 2008.02.27
  • 大石政則日記 その8 2008.02.18
  • 大石政則日記 その7 2008.02.13
  • 大石政則日記 その6 2008.02.12
  • 大石政則日記 その5 2008.02.11
  • 大石政則日記 その4 2008.02.10・・・この日以降日付を合わせ転載。
  • 大石政則日記 その3 2008.02.07
  • 大石政則日記 その2 2007.12.20
  • 大石政則日記 2007.10.25
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