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2014年3月17日 (月)

渋谷幽哉師遺稿集より 「ひよこ飛びなさい」8

渋谷幽哉・文

突入

出撃発進後約二時間三十分、まだ彼も飛んでいるようだ。あいつは連絡はないが、奄美を避けて、大きく東シナ海南方に回り込んで飛行中だろうと望みをつなぐ。間もなく敵戦艦に突入する、敵空母に突入すると、次々に打電してくる。対空砲火がすごい、スコールを逆に降らすようだという。「頼むゾ」と胸中に叫びながら、友の最後の突入符号「ツー」を追う。
十数秒もあろうか、ポツンと途絶える。
「やったぞ」「命中であってくれ」。
途端に涙が堰(せき)を切ったように流れる。電信員が直立不動で厳粛に「受信の結果と、高速偵察機『彩雲』の一航過撮影の結果を照合して、戦果を確認するのだ」と告げる。
翌日O少尉は戦艦に、F少尉は空母に命中したらしいと聞く。部屋に帰ると、出撃した者のベッドが無情にも運び去られている。きのうまでにぎやかに死について論じ合い、談笑した友の姿はもうここにない。

弱冠二十二、三歳の青春を賭(と)して、祖国の隆盛を信じ、同胞の繁栄を希(ねが)って散っていった予備学生。死に臨み、彼らはまことに静かであった。出撃の直前まで、学生時代に学んだのであろうか、カントの純粋理性批判を読みふけっていた者、黙々と遺書をしたためていた者、それぞれに学生らしい風貌(ぼう)が今も脳裏を去らぬ。
「われわれは学徒兵として最後を飾ろう」と誓い合った宇佐空のことが忘れられない。

五月十七日夜半、私を含め残った三人は「搭乗員整列」に緊張し「さあ出番だ」と待つ。山田大尉が「本日、菊水第六号作戦をもって宇佐空の攻撃を終わることになった。貴様たちは残った飛行機をもって原隊に帰投せよ」と命じた。聞くところでは、四月二十九日のB29の爆撃で宇佐空は壊滅的打撃を受け解隊のやむなきに至り、西海空部隊として再編されつつあるという。今にして思えばかつて二万五千時間も飛んだ特務士官のベテランパイロットが「戦争は怖い、殊に戦いを重ねるたびに怖くなるものだ。だからベテランは特攻に使えない。その点初陣は怖さを知らぬ。だから貴様たちが行くことになるのだろう」としみじみとした口調で述懐したのを思い出す。

実にあまたの予備学生や予科練が飛行時間三百時間そこそこの「ひよこ」のままで、あたら春秋に富む生命を自ら進んで断ったのである。戦い終わって三十有四年、ともに肩を抱きながら歌いかつ涙した「同期の桜」が今もなお聞こえてくるようだ。

(熊本日日新聞・昭和五十三年十月十六日から六回連載の週間随想より転載された、『至誠院釈幽哉師を偲ぶ』の中の、遺稿集より引用。)

全文転載するのに時間がかかってしまいました。
折をみて、原文通り、一本に編集しなおします。

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コメント

>対空砲火がすごい、スコールを逆に降らすようだ

映画をみて、実感しました。おそろしくておそろしくて、逃げ出したい。

>ベテランパイロットが「戦争は怖い、殊に戦いを重ねるたびに怖くなるものだ。だからベテランは特攻に使えない。その点初陣は怖さを知らぬ。だから貴様たちが行くことになるのだろう」
なんと正直な述懐だろうか。

それにしても。やはり戻ってくるのは、最初に感じた、このヒヨコ飛びなさい、という題のすごさです。

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