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2014年2月17日 (月)

かささぎの旗(二十) 俳句にとって個性とは

 かささぎの旗(二十)

             姫野恭子

 いま現在のわれわれの位置がどこであるの
か、誰もわからない。もし、完璧に見えてい
るひとがあるとすれば、それは神さまだけで
ある。わたしたち人間には、現在の正確な位
置も、ましてや未来など、見通す力はないの
だから。

 わたしが九州俳句誌に拙い連載をさせて頂
いて、どれくらい経つだろう。名のある俳人
でもなく、これという代表句もなく、ただ、
過去に一冊、「俳壇を完全掌握していた評論
の妻の句文集を読んだ」ノートがあるだけ
である。しかもそのノートたるや、間違いだ
らけであった。恥じ入るほかない。

 黙っておこうと思ったが、そうもいかず、
書いてしまうと、前回の作品はわたしのもの
ではない。手違いで人さまの句を自分の名前
で発表してしまった。すべて自分の不徳の致
すところ、何の言い訳もできない。とはいえ

作品を眺めていると、つくづく可笑しく、愉
快にさえなってくるのだった。

 それはどういう意味かといえば、誰の名前
があっても、いいじゃないかと思えるからだ
った。たとえば、去年の九州俳句賞を受賞さ
れたのは、お二人のベテランに属する男性俳
人であったが、失礼を承知でものを言わせて
もらえるなら、この二人の作品を並べて、い
くつかを入れ替えてみたとしても、まるで違
和感のないことに驚くのである。つまり、五
十歩百歩、俳句という文芸は、比較するには
あまりにも短かすぎ、個性を盛り付ける余裕
もないのだ。これは今更ながらの大発見であ
った。

 そんな中、どこに紛れていても、この人の
作品だけは峻別できる、と思う俳人がいる。

それは誰か。

 我が終はりえぬ死を言祝ぐ、闘争(ヒリヒ
リ)のみがある

頽落(いいのよ)した夜(しつきん)の底(
そこ)で羅刹(おじさん)は泣(な)く ー

QUALITY  OF  DEATH (詩は死なり)

[大室寅之祐(おおむろとらのすけ)]、被
差別出身の天皇(すめらみこと)をパチンコ
(いけない)する

 これらは、森山光章氏の作品である。どこ
が俳句かという声がしてくるが、これらは氏
の句集から拾ったもので、ということは俳句
として提出された作品なのだ。読んでからか
なりの時間が経ったが、だからこそ言えるこ
とがある。

 氏は形としての俳句ではなく、俳諧精神と
しての俳句を提出しているのだ。五七五の韻
律も、倍音として捉え直し、自由に徘徊して
いる。わたしは本当におののくのみ。

 良識ある(と自分では思っている)知識人
たちは、はじめから被差別部落の人というよ
うな差別コードにひっかかる言葉は避けまく
る。それをこの人は堂々と書く。また、クオ
リティオブデスの句は、幾重にも意味が取れ
る。高齢化社会は常に失禁しているが、それ
は、いいのよ、と優しげな言葉で処理されて、

死の質感をいよいよ高めるのだ。

   ◇◇◇
 今、俳句はなにを書くべきなのだろう。

 
   あめつちのあはひに手紙つばくらめ

         小郡  さやま舞

 工場の奥まで暗し日の盛り  〃

 
新聞投稿の印象的な俳人の句である。
「九州俳句」173号より転載

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