無料ブログはココログ

« 『アヴェ・マリアのヴァイオリン』  香川宜子・作 | トップページ | 医師数と患者数 ~供給が需要を生むということは、。 »

2013年12月29日 (日)

愛宕百韻のおもて6句目は秋だとおもう。

愛宕百韻

(以下はすべて「本能寺研究室」からの引用記事です。)

愛宕百韻 於:愛宕山威徳院                  
時:天正十年五月二十四日              
(『信長公記』には二十八日とあるが誤り。)

参考資料/島津忠夫校注【日本古典集成】33「連歌集」新潮社刊 

〔初表〕

001 ときは今天が下しる五月哉 光秀

002 水上まさる庭の夏山 行祐

003 花落つる池の流れをせきとめて 紹巴

004  風に霞を吹き送るくれ   宥源

005  春も猶鐘のひびきや冴えぬらん   昌叱

006  かたしく袖は有明の霜       心前

007  うらがれになりぬる草の枕して   兼如

008  聞きなれにたる野辺の松虫     行澄


〔初裏〕

009秋は只涼しき方に行きかへり 行祐

010 尾上の朝け夕ぐれの空 光秀

011立ちつづく松の梢やふかからん 宥源 

012 波のまがひの入海の里 紹巴      

013漕ぎかへる蜑の小舟の跡遠み 心前 

014  隔たりぬるも友千鳥啼く   昌叱

015  しばし只嵐の音もしづまりて 兼如

016  ただよふ雲はいづちなるらん 行祐 

017月は秋秋はもなかの夜はの月 光秀 018それとばかりの声ほのかなり  宥源

019たたく戸の答へ程ふる袖の露  紹巴

020  我よりさきにたれちぎるらん 心前

021いとけなきけはひならぬは妬まれて 
                       昌叱

022  といひかくいひそむくくるしさ 兼如


〔二表〕

  023  度々の化の情はなにかせん 行祐

024 たのみがたきは猶後の親 紹巴                  

025  泊瀬路やおもはぬ方にいざなわれ
                     心前
 

026 深く尋ぬる山ほととぎす 光秀

027谷の戸に草の庵をしめ置きて 宥源

028  薪も水も絶えやらぬ陰   昌叱

029松が枝の朽ちそひにたる岩伝い 兼如

030 あらためかこふ奥の古寺  心前

031 春日野やあたりも広き道にして 紹巴

032  うらめづらしき衣手の月 行祐

033葛のはのみだるる露や玉ならん 光秀 

034 たわわになびくいと萩の色 紹巴

035 秋風もしらぬ夕やぬる胡蝶  昌叱

036  みぎりも深く霧をこめたる  兼如


〔二裏〕

037呉竹の泡雪ながら片よりて 紹巴

038  岩ねをひたす波の薄氷   昌叱

039鴛鴨や下りゐて羽をかはすらん 心前

040みだれふしたる菖蒲菅原 光秀

041山風の吹きそふ音はたえやらで 紹巴 

042  とぢはてにたる住ゐ寂しも 宥源

043 とふ人もくれぬるままに立ちかへり 
                       兼如

044 心のうちに合ふやうらなひ 紹巴

045 はかなきも頼みかけたる夢語り 昌叱  

046 おもひに永き夜は明石がた 光秀 

047  舟は只月にぞ浮かぶ波の上  宥源 

048  所々にちる柳陰          心前

049 秋の色を花の春迄移しきて 光秀 

050  山は水無瀬の霞たつくれ  昌叱


〔三表〕

051下解くる雪の雫の音すなり     心前

052  猶も折りたく柴の屋の内    兼如

053しほれしを重ね侘びたる小夜衣 紹巴
054 おもひなれたる妻もへだつる 光秀 

055 浅からぬ文の数々よみぬらし 行祐

056  とけるも法は聞きうるにこそ 昌叱

057賢きは時を待ちつつ出づる世に 兼如

058 心ありけり釣のいとなみ 光秀

059行く行くも浜辺づたひの霧晴れて 宥源

060 一筋白し月の川水 紹巴

061紅葉ばを分くる龍田の峰颪   昌叱

062  夕さびしき小雄鹿の声    心前

063里遠き庵も哀に住み馴れて 紹巴

064  捨てしうき身もほだしこそあれ 行祐


〔三裏〕

065みどり子の生い立つ末を思ひやり 心前

066  猶永かれの命ならずや    昌叱

067  契り只かけつつ酌める盃に 宥源

068わかれてこそはあふ 紹巴

069旅なるをけふはあすはの神もしれ 光秀

070ひとりながむる浅茅生の月   兼如

071 爰かしこ流るる水の冷やかに 行祐

072  秋の螢やくれいそぐらん  心前

073 急雨の跡よりも猶霧降りて 紹巴

074  露はらひつつ人のかへるさ  宥源

075宿とする木陰も花の散り尽くし   昌叱

076 山より山にうつる鶯 紹巴

077 朝霞薄きがうへに重なりて 光秀

         (※本来ならここに春の短句があるべきところ。かささぎ注)


〔名残表〕

078出でぬれど波風かはるとまり船 兼如

079  めぐる時雨の遠き浦々  昌叱

080むら蘆の葉隠れ寒き入日影  心前

081たちさはぎては鴫の羽がき 光秀

082行く人もあらぬ田の面の秋過ぎて 紹巴

083  かたぶくままの笘茨の露   宥源

084月みつつうちもやあかす麻衣  昌叱

085寝もせぬ袖のよはの休らい 行祐

086しづまらば更けてこんとの契りにて光秀

087  あまたの門を中の通ひ路   兼如

088埋みつる竹はかけ樋の水の音 紹巴

089  石間の苔はいづくなるらん  心前

090  みず垣は千代も経ぬべきとばかりに 

 行祐

091  翁さびたる袖の白木綿   昌叱


〔名残裏〕

092明くる迄霜よの神楽さやかにて 兼如

093 とりどりにしもうたふ声添ふ 紹巴

094はるばると里の前田の植ゑわたし

                 宥源

095 縄手の行衛ただちとはしれ 光秀 

096  いさむればいさむるままの馬の上 

                昌叱         

097  うちみえつつもつるる伴ひ 行祐

098  色も香も酔をすすむる花の本 心前

099 国々は猶のどかなるころ   光慶

▼かささぎの旗の発見

鶴崎裕雄先生の書かれた表八句の季に、一つ異論を提出します。

まず、発句は五月で夏ですが、これはつきなみの月、月次の月ですから、いわゆる月の句ではあっても、ちゃんとした月ではない。
というのを頭に入れて、おもてのあとの七句を読んでいきます。

問題は6句目です。

 ときは今天が下しる五月哉  光秀(夏)

   水上まさる庭の夏山    行祐(夏)

 花落つる池の流れをせきとめて 紹巴(春)

   風に霞を吹き送るくれ   宥源(春)

春も猶鐘のひびきや冴えぬらん   昌叱(春)

 かたしく袖は有明の霜       心前(秋)

うらがれになりぬる草の枕して   兼如(秋)

 聞きなれにたる野辺の松虫     行澄(秋) ここで表がおわる

秋は只涼しき方に行きかへり 行祐(秋) 裏一

尾上の朝け夕ぐれの空  光秀(雑)

鶴崎先生は有明の霜の句を冬としておられるが、秋でないといけない。
一句のなかに季節の違う季語が二つあるとき、どちらが優先されるかという問題になるのですけれども、霜は秋にも降りるというふうに解釈すべきではないでしょうか。
ありあけというのは、「月齢21日を過ぎた、明け方まで白く残る欠けた月のことを 有明の月といいます。(新月に向かいますのでどんどん欠けていきます) 当然夜半過ぎから月が昇り始めることになります。 」http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1178466686;_ylt=A3xT1zptkb9SmEoApBNqAPR7?pos=1&ccode=ofv

かささぎは東明雅師に歌仙のすあきについて尋ねたことを思い出します。すあきというのは、秋の一群の句のなかで、月を出さないことをいいます。めいが先生は、すあきは考えられない、必ず秋が出たら中に一句は月を詠むべきだとおっしゃいました。

前田師を怒らせ、それでもなおかつ、素秋で通そうとしたかささぎは、めいが先生からそう言われたことで、愕然としました。

このときに、めいが先生から頂いた手紙には、さばきの、季節のめぐりに関する姿勢にまで筆が及んでいた。

私は歌仙一巻に夏が二箇所出たなら、冬も二箇所出したい、と書かれていた。

さて、とはいえど、鶴崎先生が有明の霜句を冬だと分類なさったお気持ちも、わかります。

おそらく、前句の

春も猶鐘のひびきや冴えぬらん   昌叱

冴えるという言葉が冬の季節感を招いた。

二水に牙で、さえる。冴えるは冬の季語であります。
意味は寒さが厳しく、あらゆるものに透き通ったような、凜とした、冷たさを感じること 。

しかし、英語だと、be clear 、別に寒くはなくても音はとんがる。

まだ全編を読み通していませんが、暇を見つけて読みたい。
なにかほかにも気づかれたことがお有りのかた、コメントください。

それにしても、一句足りないのがおかしいですね。

取り落としていることに気づかぬほど、切羽詰っていたのか。
八女戦国百首とおんなじだわ。未必の故意かもしれぬ。

つぎのところがすきだ。

月は秋秋はもなかの夜はの月 光秀 

それとばかりの声ほのかなり  宥源

たたく戸の答へ程ふる袖の露  紹巴

我よりさきにたれちぎるらん 心前

いとけなきけはひならぬは妬まれて 
                       昌叱

といひかくいひそむくくるしさ 兼如

恋句、まさに初夜権をめぐる諍い、おもしろし。


« 『アヴェ・マリアのヴァイオリン』  香川宜子・作 | トップページ | 医師数と患者数 ~供給が需要を生むということは、。 »

コメント

私はこのページをブックマークし、彼の友人の数と共有する、彼らは助けることができることを期待してます。教えてくれてありがとう。

ブックマークありがとうございます。
ふしぎな日本語をつかわれますね。
ゲームの宣伝がついたのはじめて。


ここ、ずっときになりながらも、暇がなくてまだ調べていません。どなたか、しらべてもらえませんか。
夏の霜、という季語がありまして、意味は夏の月のひかりをいいますが、いつからそれが季語登録されたか、例句があるだろうが、いつの時代のものか。
それがとりあえずしりたい。月光を霜とみたてる喩。

光秀さんはどうしても「五月」を発句に入れたかったようですね。連句人にとって、発句に花や月を出すことは、よほどでない限りはばかるものなのです。しかも、月そのものではない五月という夏の季語です。

参考資料/島津忠夫校注

とあるのを見て、かささぎはこの島津先生に一度お会いしたことがあるのをおもいだしました。
れぎおん、前田けえこ師のプロデュースで、連句人のための連歌興行というすばらしく面白い興行が伊丹の柿衞文庫(かきもりぶんこ)でありました。そのとき、三人の連歌の先生が捌として参加されたのですが、一人は鶴崎裕雄先生、一人は光田和伸先生、そして大御所島津忠夫先生でした。
前田師は、いまの日本ではこの三人が連歌における権威であるとおっしゃっていました。
なかでも島津先生は最もキャリアが長く偉いのだそうです。

いたみのかきもり文庫に、かささぎは二回行っている。もう一度いきたい。なにかふしぎなところです。
あそこには石橋秀野の最後の句が短冊のかたちで保存されている。それはなぞです。
みんなにせものだという。しかしわたしはひでのさんが書かれたものだと信じる。
昨夜、ぶらり気まま旅という番組で、松江から各駅停車の電車に乗って出雲大社駅までいくのを見ました。戦場カメラマン渡辺さんといまるさん。いまるさんはさんまさんと大竹しのぶさんの娘さん。
石橋秀野は旧制松江高校で俳句を教えていた。
松江にいくときは弁当は忘れても傘を忘れるな、と渡辺さんが言ってました。いちどもいったことがないですが、テレビのおかげでわたしも行ったような気分になりました。たのしい旅だった。
出雲大社、いきたいなあ!!

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 愛宕百韻のおもて6句目は秋だとおもう。:

« 『アヴェ・マリアのヴァイオリン』  香川宜子・作 | トップページ | 医師数と患者数 ~供給が需要を生むということは、。 »

最近のトラックバック

2020年7月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31