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2013年12月25日 (水)

『生』  杉山平一

   杉山平一

ものをとりに部屋へ入って

何をとりにきたか忘れて

もどることがある

もどる途中でハタと

思い出すことがあるが

そのときはすばらしい

身体がさきにこの世へ出てきて

しまったのである

その用事は何であったか

いつの日か思い当るときのある人は

幸福である

思い出せぬまま

僕はすごすごあの世へもどる

杉山平一全詩集〈上〉「ぜぴゅろす」所収

同朋新聞 真城義麿師の説教文より引用しました

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コメント

ときどき、アクセスがあるんです
そのたび、おもいだせそうな気がするけれど

ありがとうございます。

結局、よむべきものとはきちんとであってる。

出会うべき人ともちゃんと出会っているのだ。
そうそう、母が人からもらってきた、去年10月号の「倫風」で、甲野よしのりさんの「身体は、不思議なちからを持つ自然」も今朝よめました。

おぼかたさんの件、記者会見をみる時間がなかったが、こういうことを考えた。
汎用性について。
身体性が実験におよぼすことがあるのではないか。だれもまだみえてない与件が。
表現できることとできないこと。
時間の使い方はかぎられていること。
日本人が英語で論文かくひまは惜しい、研究に費やしたほうがいい。

ちなみに、もし自分が英語を母国語とする人間であれば、日本人の若い研究者が卒論に自国の雑誌から論文を引用して冒頭にそっくり据えてくれたことに、感謝こそすれ、軽蔑はしないだろう。

ここが読まれていました。

うん。読まれていました。

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