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2013年11月11日 (月)

かささぎの旗(十九)

かささぎの旗(十九)

 

  姫野恭子

 

露草のあぜ道たどり訪ね来よ かささぎ  

 

 長らく一緒に連句を巻いてきた同志の沢都

こと澤田都紀子(さわだときこ)が癌の病で
亡くなった。まだ五十六歳、これからを嘱望
される俳人であり連句人であった。

 私たちは寺田天満宮を挟んですぐ近くに住
んでいた。しばらく会えない日があっても、
いつでも会えるという安堵感があった。私生
活でも何かと縁が深く、ぽっかりと心に穴が
空いたような寂しさが拭えない。

 みやこさん。連句人歌人俳人それに観光客
も参加してのぼんぼり祭り連句会、わくわく
しましたね。あのころ前田編集長にさせても
らった、昭和の生活史のアンケート集計と文
集作成も、楽しかったですね。
  俳諧とは直接関係のない、人としての暮ら
しを支える根幹の、食(炊事や風呂の火=ガ
ス)、排泄(厠)について、アンケートを実
施したのである。たとえば、記憶のどの時点
からガスに切り替わったか。いつから水洗ト
イレにかわったか。などなど。

 こんな集計はありそうでなく、非常に面白
かった。回答者の年代によって予想外の答え
が返ってき、豊穣な余白をもたらした。でき
うるなら、九州俳句の同人にも実施したいく
らいだ。楽しいだろうなあ。

 今でも覚えているが、渡辺京二という学者
の先生は子供時代を満州で送り、そこでは水
洗トイレだったそうな。そして回答をくださ
ったとき(今から十二年前くらい)熊本での
お住まいは汲み取り式だと回答されていた。

 回答の中にまだお元気であられた岡井省二

氏の肉筆の回答もあった。書痙のある几帳面
な文字が忘れがたい。みやこさんと二人で集
計しながら、ああだこうだいいあって、まと
めたことを昨日のことのように思い出す。

みやこさん。いえ、ときこさん。こどもの悩
みは尽きなかったけれど、俳句は連句は楽し
かったですね。わたしたちのそれは、行じる

ものであったなあと今ふり返って思います。

 八女句会は句会をもたない句会だった。人
数が少なかったので世間話ばかりしていた。

       

       ◇

 澤田都紀子の九州俳句へ投稿した最期の五
句と俳句賞に応募した二十句から引く。

 田植水入り日も雲も浮かせをり

 蛍火の戸口叩きし無月の夜

 三門の敷居の高さ夏に入る(釈教句)

    米を研ぐ音の眠たさ春の月       
永き日の玻璃の窓には玻璃の空
 
花満てり母はこの途しか知らず
 
ゆるぎなき空になりけり花の時
 
たましいを濡らして浄き緑雨かな
 
夏の霜留まりて水の匂いする
 
いま引きし波の青さや夏の潮 
へその緒のように良夜の雲ひとつ

 
月今宵青信号を渡りきる
 
数珠玉や掌にある風の跡   
初しぐれ風あつまりし峠かな
 
笹鳴きを聞いて厠のみがき砂
 
ありふれた日であり寒の僧に逢う(釈教句)
 
月氷る祈りは海の底に積み
 
冬の夜の雨はげし耳朶より眠る

 最後の句に折笠美秋の一句を重ねる。

   耳おそろし眠りのそとで立つている

 みやこさん。これまでありがとう。合掌。

(九州俳句誌172号11月15日発行より転載)

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