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2013年11月25日 (月)

上野千里さんの詩

人の苦しみに泣いたおかげで
 人の世の楽しみにも心から笑える
 打たれ踏まれて唇を噛んだおかげで
 生まれてきたことの尊さがしみじみ分かる
 醜い世の中に思わず立ちあぐんでも
 見てごらん ほら あんなに青い空を
 みんなが何も持ってないと人が嘲っても
 みんなが知っている、もっとも美しい本当に尊いものを
 愛とまことと太陽に時々雨さえあれば
 後はそんなにほしくない
 
 それから力いっぱい働こう
 そうして決して不平は云わずに
 いくらつらくても決してひるまずに
 
 どこかに不幸な人がいたら
 どんなことでも力になってあげよう
 もしすっかり自分を忘れてして上げられたら
 もうそれできっと嬉しくてたまらないだろう
 
 朝 お日様が昇るときは
 あいさつに今日もやりますと叫びたい
 夕べ お日様が沈むときは
 夕焼け空をじっと見つめて坐っていたい
 
 心にはいつもささやかな夢をいだいて
 小鳥のようにそっと眠り
 ひまがあったら古い詩集をひもといて
 ひとり静かに思いにふけりたい
 
 幸せは自分の力で見出そうよ
 真珠のような涙と太陽のような笑いの中に今日もまたあしたも進んでいこうよ
 きっといつの日か振りかえって静かに微笑めるように

以上、思考の部屋からの転載です。ご紹介、感謝いたします。

http://blog.goo.ne.jp/sinanodaimon/e/84d938763f0caeef477d22540ed3ebcd

 みんなに
          上野千里

悲しみのつきぬところにこそ
かすかな喜びの芽生えの声がある
熱い涙のその珠にこそ
あの虹の七色は映え宿る。

人の世の苦しみに泣いたおかげで
人の世の楽しみにも心から笑える
打たれ踏まれて唇を噛んだおかげで
生れてきたことの尊さがしみじみわかる。

醜い世の中に思わず立ちあぐんでも
見てごらんほらあんなに青い空を
みんなが何も持っていないと人が嘲っても
みんな知っているもっと美しい本当に尊いものを。

愛とまことと太陽に時々雨さえあれば
あとはそんなにほしくない
丈夫なからだとほんの少しのパンがあれば
上機嫌でニコニコ歩きたい。

それから力いっぱい働こう
そうして決して不平は云わずに
何時も相手の身になって物事を考えよう
いくらつらくても決してひるまずに。

どこかに不幸な人がいたら
どんなことでも力になって上げよう
もしすっかり自分を忘れてしてあげられたら
もうそれできっと嬉しくてたまらないだろう。

うつ向いていればいつ迄たっても暗い空
上を向いて思い切って笑ってごらん
さびしくてどうしても自分が惨めに見えたら
さあもっと不幸な無数の人々のことを考えてごらん。

道はどんなに遠くてもお互いにいたわりあい
みんな手をとり合って歩いて行こう
悲しい時は共に泣き楽しい時は共に笑い
肩を組み合って神のみ栄をたたえよう。

朝お日様が昇る時は
あいさつに今日もやりますと叫びたい
夕べお日様が沈む時は
夕焼雲をじっとみつめて坐っていたい。

心にはいつもささやかな夢を抱いて
小鳥のようにそっと眠り
ひまがあったら古い詩集をひもといて
ひとり静かに思いにふけりたい。

幸せは自分の力で見出そうよ
真珠のような涙と太陽のような笑いの中に
今日もまたあしたも進んで行こうよ
きっといつの日か振り返って静かに微笑めるように。

上記はもっと長文になっておりますが、おなじ遺書からの転載であります。
こちらからの転載です☟。
ありがとうございます。

http://ameblo.jp/akemi-gid/entry-11454029029.html

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コメント

「思考の部屋」☟に背景が書かれています。

「原典は『世紀の遺書』 (三土修平)2013-12-17 19:07:11紀野一義先生のご本の中で紹介されていて、この詩をお知りになったというわけですか。原典は巣鴨遺書編纂会の『世紀の遺書』(1953年初版、復刻版は1984年刊行)という本の737ページなのですが、その本が古本市場でもなかなか手に入りにくい本になっているため、このすばらしい詩がさほど世の中に広まっていないのは、残念です。自己宣伝で恐縮ですが、私が今年6月に出した幻冬舎ルネッサンス新書『靖国問題の深層』には、詩とともに、その前についている上野さんの夫人あての遺書の主要部分も紹介しました(同書第九章)。出版社の編集者もたいへんな情熱をこめて、引用文の正確を期してくださいましたので、今後、引用元としてご利用いただければ幸いです。」

というコメントを思考の部屋さんで読みました。
三土修平さんの書かれたものです。
ものを知らない私は、なんでもご存知の、さくらさんに聞いてみよう。(ここで、がめ煮の用意をはよせんか!と母の怒りの声が・・・

貴ブログその他いくつかのサイトで上野千里さんの遺詠が話題になり、紀野一義先生のご本でこの詩を最初に知ったという方が多いことをあらためて知り、紀野先生のご業績に思いを馳せておりました折も折、年末に新聞で紀野先生の訃報に接しました。深い学識に裏づけられながら、つねに一般の在家の方々を念頭に置いて、実践に結びつく平易な仏教をお説きになった紀野先生の偉大な業績にあらためて敬意を表し、謹んでご冥福をお祈りするものです。

三土修平さん、
コメントをいただき、ありがとうございます。
気づくのが遅れまして失礼しました。
思考の部屋さんのブログではじめてこの詩を読んだ時、まっすぐに届いたので、つい移してしまいました。

>どこかに不幸な人がいたら
どんなことでも力になって上げよう
もしすっかり自分を忘れてしてあげられたら
もうそれできっと嬉しくてたまらないだろう。

と書いた人が、ひとの罪をかぶって死んでしまうなんて、。

今日、正月の縁者周りをしていると、上陽の親戚の家で、戦時中の話をききました。
すぐ近くにB29が落ちて(撃墜されて)、それからパラシュートで脱出してきた米兵は生け捕りとなり、近くの派出所の玄関の柱にみせしめのように括りつけられていたのをこどもだったおばさんは覚えていました。戦後、そのようなことをした警官は、戦犯として断罪されたんだそうです。
また、小郡ではB29に零戦がまっすぐ浮上して体当たり、敵機が壊れて落ちたところが防空壕の上で、その中の人たちが亡くなったそうです。
田舎の方には空襲などなかったのかと思っていました。
永遠の0の特攻の映画がとても良かったので、連れて行った母が、もう一度見たいと言ったという話をしたら、そういう昔の話をしてくださいました。このおじさんおばさんは七十代後半です。

靖国の本、読みたいと思います。また、紀野一義という仏教者の残された言葉にも、学びたいとおもいます。教えてくださってありがとうございます。
これからもよろしくおねがいしたします。

わたしが靖国問題でわからないのは、たとえば、前遺族会会長の古賀誠氏は、戦犯を分祀すべし、とおっしゃいますよね。
しかし、戦犯かどうかはどうやって峻別するのでしょう。
多くの人が開戦のとき欣喜雀躍したと聞きます。
皆負けるまでは勝つと思い込んでいたはずです。
そういう意味では、だれひとり罪から逃れられないのではないでしょうか。

私自身は、12月26日の安倍首相参拝以降またまた蒸し返されているいわゆる「靖国問題」(目下の外交関係などとの関係での靖国問題)の論議については、いささか食傷気味で、いちいち相手にしている気にもなれないという心境です。

靖国神社を今後どんな神社にしていったらいいかという問題については、私は『靖国問題の原点』(初版2005年、増訂版2013年)という本の第7章に個人的見解を書きましたが、それは、戦犯を分祀するだの何だのいう政治や外交の都合からする「解決策」とはまったく別次元の、「初詣やみたままつりでにぎわうふつうの神社にしていったらいい」というものです。目下、この提案に賛同する人などほとんどいませんが、日本では、北野天満宮や和霊神社(宇和島市)のように、起源からいえば政治的意味を付与されていた神社であって、いまはもうそんな意味は完全に脱色された民間の神社になっているというものは、いくらでもあります。そのあたりを百年・千年の計で考えてゆくべきでしょう。

当面の論争との関係でいえば、「戦犯は国内法上の犯罪者ではない!」等、勇ましく叫ぶ人々が、上野さんのような戦犯のことを真っ先に紹介したうえでその主張を述べるのならわかるのに、そうしないという点に、不自然なものを感じてしまいます。

何はともあれ、私が上野さんの遺書と遺詠をみなさんに知ってもらいたいのは、靖国の問題だからといって決まりきったように政治や外交の次元で論じてほしくないからであります。もっとも、「日本人の心の問題だ」と言いながら、それを必ず自己の政治目標(憲法改正等)とからめて持ち出すというのも、ごめんこうむりたいものです。憲法の改正、集団的自衛権等、論じていけないというのではありません。が、論じるなら、それはあくまで、世俗世界の利害得失の観点から冷静に論じるべきです。

>私が上野さんの遺書と遺詠をみなさんに知ってもらいたいのは、靖国の問題だからといって決まりきったように政治や外交の次元で論じてほしくないからであります。

同感です。
そういうことをなにも知らないで読んで、こころを打たれ、そのあと、背景を知って、さらに打たれました。
映画「永遠の0」にも、似たような感想をもちました。
戦争を美化するから見ないという人にこそ、見て欲しい気がします。あんまり見る前に身構えないで見てほしい。


>戦犯を分祀するだの何だのいう政治や外交の都合からする「解決策」とはまったく別次元の、「初詣やみたままつりでにぎわうふつうの神社にしていったらいい」というものです。目下、この提案に賛同する人などほとんどいませんが、日本では、北野天満宮や和霊神社(宇和島市)のように、起源からいえば政治的意味を付与されていた神社であって、いまはもうそんな意味は完全に脱色された民間の神社になっているというものは、いくらでもあります。そのあたりを百年・千年の計で考えてゆくべきでしょう。

北野天満宮、和霊神社とは、。
和霊神社、調べてみました。おお、宇和島の神社ですね。
にぎたまじんじゃ、と読むのかなと思いきや、われいじんじゃ、でした。☟に、澄たからさんが以前紹介してくれてた、愛媛の亥の子唄も出てきました。
まったく存じ上げない、伊達騒動のはなしもしることができました。日本一の石鳥居だそうで、建立は昭和13年、わが寺田天満宮の石鳥居もその年だったなあ。

この世は、目に見えることは二割くらいで、あとの八割くらいは見えない力によって運ばれている、と何かで読みました。
おのずと、敬虔なきもちになります。

知らないことを教えてくださってありがとうございます。

ここが時どき開かれています

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