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2013年11月25日 (月)

たかやな祭連句興行 歌仙「こうのとり」(改題)

初折表

陽だまりや水仙の葉の伸び具合    八山呆夢
  学生たちのまとふ冬麗        姫野恭子
語り部は軽妙洒脱志気見せて     青翠えめ
  封書二通を投函に行く        山下整子
中天に浮く満月の皓々と         鹿田 恵
  色なき風にかざす杯          竹橋乙四郎

 

秋小寒五臓六腑が走り出す     東妙寺らん
 カーヴィーダンスで腰を振ろうよ    整子
白銀も黄金も玉も君のため        乙四郎
  屹然と富士 財布が軽い        古賀音彦
みねばりの斧折樺(おのおれかんば)と言はるる樹  恭子
  光明威相震動大千          整子
雲行の変はりゆきたる夏の月    えめ
  モネのパラソル丘に広げて    恵
平凡が人の影ほど街にある     中山宙虫
  物知り顔に食む偽装食     乙四郎
ちちははと呼べば遥けき花明り    らん
  子猫ころころ蝶とたはむれ     乙四郎

名残表 

穀雨来てどの空部屋も埋まりをり   宙虫
  ベビーシッター求人広告      恵
銀泥の木に匿ひてこうのとり      整子
  女流作家の筆は進まず       えめ
がんたんにじょ夜のかねがねなりひびく  内村まとよ
  夢の続きを福引に込め       乙四郎
ベクレルに帰還阻まれ汚染水     らん
  この一線を越えたらいかん     乙四郎
出自など気にせず裸見せ合うて    呆夢
  明日はきっぱり消える私      宙虫
ボンベイの港の跡に望降り        らん
  ふかぶかと秋かげが濃くなる     整子

名残裏     
   

JFK 五十年目の命の日       えめ
  讃美の調べ届けあなたへ   乙四郎
高良山御井府中の坊津街道    音彦
  百姓衆が種池浚ふ        整子
せせらぎを往きつ戻りつ花筏    恵
  薄暮の里にかかる野霞      恭子

処:保健医療経営大学第4中講義室
時:平成二十五年一一月二十四日九時半~四時
捌:姫野恭子

▼ことばメモ

がんたんにじょ夜のかねがねなりひびく:
元旦に除夜の鐘鐘鳴り響く  内村真豊(小学三年生)

坊津街道(ぼうのつかいどう):http://www.geocities.jp/bicdenki/satumakaidou-tikugo.htm

坊津というと梅崎春生の短編「桜島」をすぐ連想します。特攻基地があったところだから。
http://www.geocities.jp/seppa06/0603kagosima/bonotu.html

ほかにこれだけは覚えておきたい、最初にザビエルが足をおろしたのは、ここです。
以下、坊津(鹿児島)の説明。

この頃伝来したキリスト教とも縁がある。1549年フランシスコ・ザビエルが日本でまず最初に上陸したのはこの地である。また、江戸幕府のキリシタン追放令で国を出て、ローマ司祭となって戻ってきたペトロ・カスイ・岐部寛永7年(1630年)に上陸したのも同地である。

ほかに、御井府という言い方がかささぎには気になったのですが、御井(高良さんの麓のまち)にはお役所があったのですね。
江戸時代、久留米藩のことは、つづめて、べいふ、米府という言い方がよくされている。
それとともに、忘れないでおこう。

おつかれさんでした。楽しかった。一年分の勉強をしたかんじです。

▼恋の座を恋の座に

そらんさんの恋離れ句は、荷造りをするでも、空を明日から愛するでしょう、でも、雑踏の中でも、よかったのですが、おいた時に、全体の中での姿かたちが一番美しい句を頂きました。
雑踏の中だと、つぎの句との距離はよかったのですが、そうしますと、ぼんさんの出した恋句が浅くなりそうでした。
連句は物語をあむことではないとしても、。

初折の恋も、音彦句の前半分を替えました。
おじんおばんはらんさんの花句のちちははと重複します。
はじめ、

愛燦燦と財布が軽い
自転車漕ぐと財布が軽い
愛らんさんと財布が軽い(らんさんは爛燦)

などとやってましたが、屹然と富士・財布が軽い。
ちょっと上品でしょ。風格がありませんか。

みねばりの樺の木と銀泥の木と出ましたが、気づきませんでした。
離れているからいいでしょう。
あと、お経の言葉、これは佛を褒め称える言葉みたいです。
五年で四ミリだったかな。育つのにとても時間がかかる樺の木。
意味など考えずに勢いでついてしまった付け句のふしぎさ。
連句のこういうところ、おもしろし。

決していい巻きではなかったかもしれませんが、乙四郎先生の時事を軸足にした恋句からぼんさんの情のこもった恋が出て、そらんさんの健気な恋離れも出て、よくなりました。

▼かささぎの簡単な留書

ことし駐日大使になったキャロラインさんは、かささぎたちの少女時代に、少女フレンドだったか、マーガレットだったか、少女漫画誌上にて、キャロラインちゃんの日記を連載していたのを遠く記憶している。懐かしい、親しみの念のわく人だ。

あのころのアメリカは理想に燃えていた。
わたしたちの目から、アメリカという国はとても偉大な国に思えた。

命の日と書いて、命日。
はじめ、この歌仙の題は、ナウ一句目のジョンFケネディの五十回忌の句から取ろうと思った。
人がこの星の上で死ぬためには、なにはともあれ、この世に生まれてこなければならぬ。
生まれ出るためには、男と女が出会って、恋をして、そしてそれから、一線を超えねばならない。
それがなければ、命の芽生えはない。
それがなければ、あとに続く歴史もない。

と思うと、「この一線を超えたらいかん」は禁忌でなく示唆に思えるからふしぎだ。

▼追書

  ベビーシッター求人広告  恵

銀泥の木に匿ひてこうのとり  整子

  女流作家の筆は進まず   えめ

山下整子のこうのとりの一句。
これが出たとき、こうのとりは、あまりにも前句につきすぎて補足的ではないかと感じたのです。
が、一句が景の句であること、絵本の絵のようにあるいは詩のように幻想的な味わいがあること、なにより、北国っぽい吟泥の木の魅力に心惹かれて、これを頂きました。

理屈でものを思いますと、恵さんの句は今すぐにでも子守が欲しい、切羽詰っている感じをうける。
それに引き換え、せいこ句はまだ赤ん坊は生まれていず、誕生の「とき」を待っている気配なんです。

だから、あら、これは時が逆流してるみたいね。とまず思った。
いまにしておもえば、集合無意識みたいなものが顕ちあらわれている。
ぼん(呆夢)さんが連句に来れなかったのは、娘さんに赤ん坊が生まれたからでした。
また、えめさんがこの日旅行をキャンセルして連句へ出席できたのは、娘さんが出産のために時を待っているから、なのでした。(連句の翌々日無事に生れたそうです)。

それについたえめさんの句は、因果論みたいにベタつきなのですが、女流作家に敬意を表して、あえて頂きました。連キストから、根を断て!と言われても仕方ない見事な三句絡みではあります。

(男流作家とは言わないのに、女流作家という言葉だけはある不思議さよ。)

時間をおいて歌仙を眺める。
みえないものがみえてくる。

だれも知らなかったことに、銀泥の木の花言葉が「時」でした!
葉っぱが裏白で表裏はっきりしているためという。夜と昼のように。
また、こうのとりは、鶴のようにわたり鳥でもありますが、日本のは留鳥であるよし。
こうのとりが赤ん坊を運ぶという言い伝えは西洋から入ってきたもののようです。

かささぎの家と古賀音彦さんの家と竹橋乙四郎先生の家にもいつの日か、こうのとりが来てくれることを願って、題名を「こうのとり」としたいと思います。笑。

(なんどもすみませぬ。)




  
 

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コメント

満尾、おめでとうございます。

発句にとっていただき、ありがとうございました。参加できなかったことが、しみじみと悔やまれます。
又、過去の連句をアップしていただき、懐かしく思い出しました。

連句をはじめたことで、世界が広がりました。目に入るものすべてが、五七五の文字となり、頭の中をよぎります。じっさいに文字になる事は少ないのですが、いつも俳句の世界に遊んでいます。

これからも長く続けていけたらいいですね。連衆の一人が他界されました。年を重ねるごとに、これは避けられない事だとは思いますが、ずっとずっと続けていきたい。今はそう思っています。

皆さんお疲れ様でした。
連句人口が少しでも増えますことを祈念いたします。
ありがとうございました。

例えいつお迎えがあっても、今を丁寧に生きる。
苦しいときは苦しみ、楽しいときは楽しむんだ。
自然なことでありました。

≫未来とは切り岸のはていつの日かそこから落ちる用意はいいか  梅村このみ

届いたばかりの、やまなみ12月号で見つけた一首です。
わたしたちは切り岸に向かっているのです。その果てはだれもがいつかたどりつくところ。覚悟なんかなくてもいいのかもしれない。だって、これこそ、神のみが知る、うんめいだもの。

切岸はまあるい底をもつてゐる
時の螺旋のネジ巻く土岐氏

ちょっとしゃれてみました。
さっき思索の部屋にいってきたら、ときのとこが書かれていたんです。そいでふっと連句で明智光秀のホック、謀反の前にやった座の、あれを思い出したんだ。

だけど、その歌いいですね。

「もとめ(求め)」とは、「もとへ」、さらに細かくいえば「~のもとへ」がなければ成立しません。

という信濃大門さんのことばも、印象的でした。
わたしはなにかをもとめている。
みんなもなにかをもとめている。
それをもとめて連句につらなった。

突然ふらりと顔出してすんませんでした。おかけで楽しい時間を過ごさせてもらいました。自分が生きているから人の病気や葬儀のこと気になるんですよね。自分がこの世からいなくなることはある意味念頭にないのではないかなともおもうわけで。やはり、生きることが先決です。人間は。じゃ、またの機会に。

うん、うん。そらんさん、言い得て妙なり。
同感。
またきてくだされ。嫁女も同伴可也。

ところで、歌仙を書き写しているとき、少し気になったのは、最初、どこで何をよむと案を書いていて、そのとおりにだいたい出していきましたが、出来上がりには何の句とは説明しませんよね。で、。
ナオの恋ですが、あまりにもお笑いじみて、心配になり、どこが恋なんやと、だからそらんさんの句(恋離れ)を、明日はきっぱりのところを恋はきっぱりと書き直したりした。(でももとに戻した。)

確かに。恋が「 」連発だったとは。出がけだったんで真剣にみてなかったもんで。笑。
土下座したから恋が始まって。一線を超える恋になる。と進んだ方がすじのような気もするね。

「土下座するからこっちを見てくれ」

合鍵を渡し一線越えし夜

も少ししっぽりしたいようや気もするもんで。
がんばっとくれ。
^o^


真剣味に欠けていたのを反省しています。
つい、。
前田師ならば、といつもおもいます。

ところで、除夜の鐘、新鮮でした。
あの一句で救われた。
まず、除夜の字すら知らなかった。
徐々にのジョとおもってたし、またがって鳴るものというのも、考えたこともなかった。みそかとがんたんに。

あらあら。
潮騒に港もめちゃ接岸ぎみなんだ。

明日はきっぱり消える私(わたくし)
明日はきっぱり荷造りをする
空を明日から愛するでしょう
明日はきっぱり雑踏の中
すべて荷を詰め明日を生きよう

このあたりで昼休みが終わる。

遅くなりましたが、調整しました。
もし、障りなど気づかれました場合は、お知らせください。
ありがとうございました。
発句も恋句も、ぼんさんこころこもっていますよ。
みなさん、ありがとうございました。
まなばせていただきました。

いくつかの手直しを経て、「この一線を越えたらいかん」の一句がますますさえて、立ち上がってきましたね。改題されたのも、無理からぬことと感じました。

木と樹。
言い訳のようですが、わたしは別物と捉えることも可能かと思っています。

控えめで、目立ちませんが、

≫穀雨来てどの空部屋も埋まりをり   宙虫
  ベビーシッター求人広告      恵
銀泥の木に匿ひてこうのとり      整子

この項の「ベビーシッターの句」は、よくぞここで、これが出たとわたしは初心者めぐみさんをほめたたえたいと思いました。

せいこさん、同感です。
よくぞだして下さった。
目に浮かぶようです、早急に子守が欲しい働く母親と、その町並みが。
こういう句が出せる人は素晴らしいと思います。

越えるですかねえ。
検索、ひらがなでしますと、越えるなんです。
ところが私の辞書だと、一線を超えるです。

それから、そらんさん、
あんな無理難題を出して下さってありがとう。
あとから入れ込むことのしんどさは。

白楊の木の葉は裏とオモテがはっきりしていて、花言葉は時だと、書いてありました。
なんとぴったりの取り合わせ。
あの世のときこさんが笑っています、すぐ目の前で。
句が一幅の幻想的な絵のようで、私はなぜか伊藤若冲の絵を連想した。

こうのつくつくならびいる⚪⚪
ていう脇があるんだけど、こうのとりというより鶴かも

わたしの中では、場所的なものを越える、量的なものを超える、というように判断していたのですが。

一線をどうとるかでしょうね。
汚染水が限界を超えるは超えるだと思う。
あなたとわたしの間に横たわる線を越すのは、越すかなあ。

参考までに。↓

横から突然失礼!
男と女の間にある深くて暗い川を越えるのでは?それとも「来てよその火を飛び越えて…」(潮騒のメモリー)か??
それで肥えたらアカンけど。

ろいりー先生。
おはようございます。
わたしは昨夕、二日続けての残業なしの嬉しさにはよ帰ってあれもしようこれもしようと思っていたのですが、アクシデントに見舞われてそれどころではありませんでした。
ただ、その予兆は数日前からあった。
大難を小難にかえてくれたのは、こうのとり、お前だったのか!
と、今朝の西日本新聞をみて、そう思った。
ほんとうに、こうのつくつく並びいて、という荷兮の発句(脇ではありませんでしたね。冬の日第五歌仙の発句でした)が彷彿とされる読者の投稿写真があった。
ああ、こうのとりって冬の季語なんだ。
今時分のとりなんだ。と実感をともなって、しげしげと眺めたことです。

ほんとうにときこさんがあの座にいたんだね。
せいこさんの銀泥の木に隠れている鳥を、尾長はどうだろう(めぐみさん)とかコウノトリにしようよ、とか言っていたとき。

喪中欠礼状、ときこさんのご主人さまありがとうございました。
葬儀のとき、本来ならわたしは亜の会代表としてごあいさつをしなければならなかったのだろう。
しかし、亜の会はふつうの会とは違うのです。
どう違うかと言われても返答に困るのだが、運のめぐりの自然な運行に従ってるだけの、もじどおり、亜の亜種の会でありまして、ただひたすら連句を行じるのが好きなものが集まる会、であります。
この亜の会という命名は、かささぎの師匠であった前田圭衛子先生によります。十五年くらいの歴史を持っており、連衆には変遷があったものの、ふしぎと生きながらえてきました。
それは、やはり、こういう気づきが,れんくというパノラマ時間のなかでたくさんもたらされるからです。
澤田さんのご主人、たしか、かささぎたちと同い年ではないのでしょうか。みやこさんにはたいへんにお世話になり、言葉では言い尽くせないくらいです。
じつはこないだお座の朝、長男を連れて、澤田さんちへ行ったんだ。長男は世話になったのに、葬儀にも出なかったので、気になっていたんです。でも、玄関がしまっていて、会えませんでした。

わたしは、おなじ村に、みやこさんもたからさんも、それから私の身内であるのですが、島貞女もいてくれたことを、天のめぐみと感じているし、大変に感謝している。
すぐ近くには天野おとめさんもいてくれるし、こないだはまことくんの温顔にも久しぶりに会えた。
座になってまた連句しようよ。
みやこさん喜ぶだろうね。
懐かしい記憶もないまぜに、なみだもないまぜに。

ということで、呂伊利先生。
つぎはおいでくださいね。

面白いでしょう。
閉じられているのに、開かれている。
あるいは、開かれつつ、閉じている。
そんな世界。
個が公に昇華されるといいますか。
そう、公はコウ、こうのとりかも。

無事に整理をつけたようで。いやはやその場を離れてみると見えてくるものありますね。ま、新しい年に向かってがんばりましょう。

そらんさんよ、くまモン、ほんとに可愛いですね。
いまやっているCMで、くまもと、どっちゃんいく?っていうのが大好きです。

再改題しました。
こうのとり。
時間をおいて見えてくるもの。
すごいもんだなあ。
人の意識ってすごい。集団の無意識。超意識。
本文の下のほうに、追い書きしております。

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